学位論文要旨



No 122674
著者(漢字) 大戸,梅治
著者(英字)
著者(カナ) オオト,ウメハル
標題(和) MD-2蛋白質によるリポ多糖認識に関する構造生物学的研究
標題(洋)
報告番号 122674
報告番号 甲22674
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1219号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 助教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【背景と研究目的】 免疫機構は獲得免疫系と自然免疫系に分類される。獲得免疫に関しては,抗原に対する高い親和性と選択性を抗体が担っている。一方,自然免疫に関してはToll-like receptor (TLR)ファミリーがその役割を担い,様々な病原体に対する感染防御反応を誘起する。

 ヒトMD-2は2ヶ所の糖鎖結合可能部位を含むアミノ酸残基160個から成る分泌蛋白質であり,アミノ末端に16残基のシグナルペプチドを有する。MD-2はTLR4と会合し,この複合体がグラム陰性細菌のエンドトキシンであるリポ多糖(LPS)の活性中心本体のlipid Aを認識することによって活性化し,細菌などの感染から生体を防御している。一方,過度のLPSに暴露した際にはエンドトキシンショックによる敗血症を惹起する。

 本研究では,ヒトMD-2蛋白質の三次元構造をX線結晶構造解析により解明し,さらにlipid Aのアンタゴニストであるlipid IVaとの複合体の構造から,MD-2によるLPS認識に関する構造生物学的知見を得ることを目的とした。

【MD-2の発現と精製】 アミノ末端にヒスチジンタグとfactor Xa認識配列を付加したヒトMD-2(アミノ酸残基17-160)のcDNAを,メタノール資化酵母Pichia pastoris用の発現ベクターの酵母由来のシグナルペプチドであるα-mating factor下流に組み込み,組換え体MD-2を発現させた。5ステップのカラムクロマトグラフィー操作,factor Xaによるタグの切断とEndoglycosidase Hfによる糖鎖の短鎖化を経て,SDS-PAGE上で単一のバンドとなるまで精製し,結晶化サンプルとした。この組換え体MD-2はlipid A,lipid IVaとLPSへの結合能を有し,また,MD-2欠損細胞への添加がLPS応答を惹起することを確認した。MD-2に対して当量のlipid IVaを混合した後に陽イオン交換カラムによってlipid IVa複合体を分取し,結晶化サンプルとした。ゲルろ過カラムの溶出時間は,ネーティブ体,lipid IVa複合体ともに単量体であることを示す。

【結晶化】 ポリエチレングリコール8000を結晶化剤とするハンギングドロップ蒸気拡散平衡法を用いてネーティブ体結晶を析出させた。結晶の空間群はP41212,格子定数はa=53.1Å,c=111.5Åであり,非対称単位にMD-2が1分子存在する。ポリエチレングリコール3350を結晶化剤としてネーティブ体結晶と同型のlipid IVa複合体結晶(a=52.8Å,c=110.9Å)を析出させた。

【X線結晶構造解析】 回折強度データ測定は,波長1.0000ÅのSPring-8シンクロトロン放射光X線を用い,結晶を100Kの窒素気流中に置いて行った。ネーティブ体結晶(25μm×25μm×150μm)と,lipid IVa複合体結晶(25μm×25μm×100μm)について,それぞれ2.0Åと2.2Å分解能までの回折強度データを収集した。

 ネーティブ体結晶について,4種の重原子置換体を調製し,多重重原子同型置換法により初期位相を決定した(表1)。分解能2.4Åまでの平均のfigure of merit (m)はm(centric)が0.67でm(acentric)が0.61である。溶媒領域を平均化し,位相を改善した後の電子密度をもとに三次元構造の初期モデルを構築し,結晶構造を最尤推定法により精密化した。さらにネーティブ体の構造を初期モデルとし,lipid IVa複合体の構造を精密化した(表2)。

【MD-2の三次元構造】 MD-2は約40Å×25Å×25Åの単一のドメインから成り,9本のβ鎖(アミノ末端からβ1,β2,β3,β4,β5,β6,β7,β8,β9)を含む。これらの逆平行β鎖は2つのβシートに分かれ,シート1はβ1,β2,β5,β6,β8とβ9,シート2はβ3,β4とβ7から成る。シート1とシート2は互いに約45°の角度をなしている(図1)。これらのシートの間には約15Å×8Å×10Åの大きな疎水的なポケットが存在する。β6とβ7の主鎖間は12Å以上の距離があり,このポケットの入り口となっている。このポケット内には,ネーティブ体構造では3本の脂肪酸に相当する電子密度が,lipid IVa複合体ではlipid IVaの電子密度が認められた。MD-2には7つのシステイン残基があり,ポケット内にあるCys 133以外はジスルフィド結合を形成する。糖鎖結合可能部位Asn 26とAsn 114には,結合したN-アセチルグルコサミン(NAG1とNAG2)が認められた。これらの糖鎖はリガンド結合部位からは離れた位置に存在しており,リガンドの認識には直接関与せず,蛋白質の安定性に寄与している。ネーティブ体構造とlipid IVa複合体構造の平均B-factorはそれぞれ39Å2と37Å2である。これらの主鎖原子間での根二乗平均差異は0.3Å,側鎖原子を含めると0.7Åであり,構造の差異は小さい。

【MD-2によるlipid IVaの認識】 図2にlipid IVaとその周辺のMD-2の構造を,図3にlipid IVaの化学構造を示す。

 β7に沿うようにlipid IVaのXP1,XG1,XG2とXP2が配置し,XP1とXP2のリン原子間の距離は12.5Åである。脂肪酸鎖XA1とXA3のカルボニル酸素がSer 120とLys 122の主鎖の窒素原子とそれぞれ水素結合を形成している。またXA3の3-ヒドロキシ酸素がSer 120の主鎖のカルボニル酸素と水素結合を形成している。一方,β6のArg 90とGlu 92の側鎖とlipid IVaのXG2,XP2の間には5個の水分子が存在し,これら側鎖とlipid IVaの間に直接の相互作用は存在しない。MD-2は等電点8.7の塩基性蛋白質であり,分子表面に存在する18個のリジンとアルギニンの側鎖が,負電荷を帯びたlipid IVaを静電相互作用によって引きつける役割を果たしている。

 Lipid IVa分子の脂肪酸鎖は,いずれもMD-2の疎水的なポケットに入り込んでいる。XA1は3方向を疎水性残基に囲まれ最も深くポケットに入り込んでいる。XA1とXA2は比較的直鎖状のであるのに対し,XA3とXA4は曲がった構造をとる。Lipid IVa分子の平均B-factorは46Å2であり,XA1,XA2,XA3とXA4ではそれぞれ33,46,41と53Å2である。XA1,XA2,XA3とXA4の原子と4.5Å以内にあるMD-2のアミノ酸残基数はそれぞれ14,9,9と9個である。

 これらXA1,XA2,XA3とXA4が結合するMD-2の位置をそれぞれL1,L2,L3とL4部位とすると,ネーティブ体構造においてもL1,L2とL3部位に脂肪酸鎖が存在する。ネーティブ体のこれら部位に,酵母由来の脂肪酸鎖が充填する形ではまり込んでおり,内在性のリガンドの存在が示唆される。

 アゴニストである大腸菌のlipid Aでは,XA3'とXA4'がさらに余分に付加されている(図3)。しかし,MD-2のポケットにさらに脂肪酸鎖を収納する空間は存在しない。結合の様式がlipid IVaと同じならば,lipid Aが結合する際には余分な脂肪酸鎖がポケットの外に出る可能性がある。

表1 位相決定の統計値 a

a The parenthesized values are for the highest resolution shell.

b p-chloro-mercuribenzenesulfonate.

c R(merge)(I)=Σ|I-|/ΣI, where I is observed diffraction intensity.

d R(iso)=Σ|F(PH)-FP|/ΣFP, where F(PH) and FP are structure amplitudes of the native and derivative datasets, respectively.

e Cullis R=Σ‖F(PH)±FP|-FH|/Σ|F(PH)±FP|, where F(PH) and FP are structure amplitudes of the native and derivative datasets, respectively, and FH is calculated heavy-atom structure amplitude.

表2 データ収集と結晶学的構造精密化の統計値 a

a The parenthesized values are for the highest resolution shell.

b R(merge)(I)=Σ|I-|/ΣI, where I is observed diffraction intensity.

c R=Σ|Fo-Fc|/ΣFo, where Fo and Fc are observed and calculated structure amplitudes, respectively.

d R(free) is an R value for a 5% subset of all the reflections, which was not used in the crystallographic refinement.

図1. Lipid IVa複合体構造の全体図(ステレオ図)。MD-2をリボンモデルで,Lipid IVa分子,Asn残基とNAG1とNAG2,およびCys残基をball & stickモデルで示す。

図2. Lipid IVaの認識の詳細(ステレオ図)。Lipid IVa分子を濃い灰色で,MD-2分子を薄い灰色で示す。図は,図1を紙面垂直方向に180°回転した方向から見たものに相当する。

図3. Lipid IVaの化学構造。実線で示すLipid IVa部分に加え,Lipid Aでは,破線で示すXA3'とXA4'が余分に付加されている。

審査要旨 要旨を表示する

 獲得免疫では,抗原に対する高い親和性と選択性を抗体が担っている。自然免疫ではToll-like receptor (TLR)ファミリーがこのような認識の役割を担い,様々な病原体に対する感染防御応答を誘起する。

 グラム陰性細菌のエンドトキシンであるリポ多糖(LPS)は自然免疫系を活性化する。これは,LPSの活性中心本体であるlipid Aを,TLR4と会合するMD-2蛋白質とTLR4の複合体が認識することによるものであり,この認識応答が感染防御応答を引き起こす。過度のLPSに暴露された際には,認識応答はエンドトキシンショックによる重篤な敗血症を惹起する。

 本論文の研究では,ヒトMD-2を調製し,MD-2,および,lipid Aのアンタゴニストであるlipid IVaとの複合体の双方の三次元構造をX線結晶構造解析により解明し,MD-2がLPSの活性中心を認識する実体であることを明らかにしている。

 ヒトMD-2は,アミノ末端側に16アミノ酸残基のシグナルペプチドを有する160残基の分泌蛋白質であり,2ヶ所の糖鎖結合可能部位を有する。これらもあって,MD-2を発現させ,構造生物学的な研究を行うことは極めて困難であった。研究では,ヒトMD-2(アミノ酸残基17-160)のcDNAに,そのアミノ末端部位の上流にヒスチジンタグとfactor Xa認識配列を付加したタグ付き発現配列を,メタノール資化酵母Pichia pastoris用の発現ベクターに組み込んだ。その際,酵母由来のシグナルペプチドであるα-mating factorの下流に発現配列を組込み,組換え体タグ付きMD-2をP. pastorisに発現させた。5ステップのカラムクロマトグラフィー操作,factor Xaによるタグの切断とEndoglycosidase Hfによる糖鎖の均一短鎖化を経て,SDS-PAGE上で単一のバンドとなるまで精製してMD-2を得た。

 組換え体MD-2はlipid A,lipid IVaとLPSへの結合能を有すること,また,MD-2欠損細胞へのMD-2添加がLPS応答を惹起することも確認している。MD-2とlipid IVaを混合し,陽イオン交換カラムによってlipid IVa複合体を分取し,結晶化用サンプルとした。ゲルろ過カラムの溶出時間および動的光散乱法により,MD-2自体,lipid IVa複合体ともに単量体であることを示した。

 ポリエチレングリコール8000を結晶化剤とするハンギングドロップ蒸気拡散平衡法を用いてMD-2自体のネーティブ体結晶を析出させた。結晶の空間群はP41212,格子定数はa=53.1Å,c=111.5Åであり,非対称単位にMD-2が1分子存在する。ポリエチレングリコール3350を結晶化剤としてネーティブ体結晶と同型のlipid IVa複合体の結晶を析出させた。

 結晶を100Kの窒素気流中に置き,波長1.0000Åのシンクロトロン放射光X線を用いて,ネーティブ体結晶と複合体結晶についてX線回折強度データを収集した。ネーティブ体結晶について多重重原子同型置換法により初期位相を決定し,最尤推定法により分解能2Åで構造を精密化した。さらに,ネーティブ体構造を初期モデルとし,複合体の構造を分解能2.2Åで得た(図1)。

 MD-2は約40Å×25Å×25Åの単一のドメインから成り,9本のβ鎖(アミノ末端側からβ1〜β9)を含んでいる。これらの逆平行β鎖は,互いに約45°の角度を成す2つのβシートに分かれ,シート1はβ1,β2,β5,β6,β8とβ9,シート2はβ3,β4とβ7から成る。これらのシートに挟まれて,約15Å×8Å×10Åの大きな疎水的なポケットが存在する。ポケットの入り口にはβ6とβ7があり,これらの主鎖は12Å以上も離れている。ポケット内には,ネーティブ体構造では脂肪酸に相当する3本鎖の電子密度が,複合体ではlipid IVaの電子密度が認められ,これらリガンドの三次元構造も得られた。

 MD-2には7つのシステイン残基があり,ポケット内にあるCys 133以外はジスルフィド結合を形成することを明らかにした。糖鎖結合可能部位Asn 26とAsn 114には,結合したN-アセチルグルコサミンが認められ,これらの糖鎖は,リガンド結合部位からは離れた位置に存在することから,リガンドの認識には直接関与せず,蛋白質の分泌と安定性に寄与するとしている。ネーティブ体構造と複合体構造の平均B-factorはほぼ等しく,主鎖原子間での根二乗平均差異も0.3Åと小さく,アンタゴニスト複合体はネーティブ体との構造の差異が小さい。

 Lipid IVaは,2個のN-アセチルグルコサミン(XG1とXG2)に,2個のリン酸基(XP1とXP2)と4本の脂肪酸鎖(XA1-XA4)が付加された4-acylatedエンドトキシン分子である。なお,このものはマウスではアゴニストとして作用する。複合体中では,β7に沿うようにlipid IVaのXP1,XG1,XG2とXP2が配置し,XP1とXP2のリン原子間の距離は12.5Åである。脂肪酸鎖XA1とXA3のカルボニル酸素がSer 120とLys 122の主鎖の窒素原子とそれぞれ水素結合を形成し,また,XA3の3-ヒドロキシ酸素がSer 120の主鎖のカルボニル酸素と水素結合を形成している。等電点8.7のMD-2の分子表面に存在する18個のリジンとアルギニンの側鎖が,負電荷を帯びたlipid IVaを静電相互作用によって引きつける役割を果たしている。

 Lipid IVa分子の脂肪酸鎖は,いずれもMD-2の疎水的なポケットに入り込んでいる。XA1は3方向を疎水性残基に囲まれ最も深くポケットに入り込んでいる。XA1とXA2は比較的直鎖状であるのに対し,XA3とXA4は曲がった構造をとっている。XA1,XA2,XA3とXA4の原子と45Å以内にあるMD-2のアミノ酸残基数はそれぞれ14,9,9と9個で,脂肪酸鎖に対応するMD-2の位置をそれぞれL1,L2,L3とL4部位とすると,ネーティブ体構造においてはL1,L2とL3部位に脂肪酸鎖(P. pastoris由来のミリスチン酸に帰着)が存在することから,同様の内在性のリガンドのヒトでの存在を示唆している。

 ヒトではアゴニストである大腸菌のlipid Aは,糖骨格とリン酸基の部分がlipid IVaと同一で,脂肪酸鎖がさらに2分子付加された6-acylated分子である。MD-2のポケットには,4本を越える脂肪酸鎖を収納する空間が存在しないことから,lipid Aの結合の様式がlipid IVaと同じならば,lipid Aが結合する際には余分な脂肪酸鎖がポケットの外に出る可能性を指摘している。

 以上のように,本論文では,ヒトのMD-2蛋白質を発現,精製,結晶化し,その三次元構造の詳細をX線結晶構造解析により明らかにした。さらに,エンドトキシンの活性中心本体のlipid IVaとMD-2の複合体を調製し,その三次元構造も同様に解析した。その結果,エンドトキシンを認識する実体がMD-2であり,エンドトキシン-MD-2複合体がTLR4と会合することにより自然免疫系が活性化されることを明らかにした。本論文におけるヒトMD-2,および,アンタゴニストであるlipid IVaとの複合体の構造研究は,重篤な敗血症の治療薬の開発への新たな指針を与えるものであり,構造生物学,蛋白質工学,免疫学,および薬学に寄与するところが大である。よって,本論文は博士(薬学)の学位の授与に値する内容を有すると認める。

図1. ヒトMD-2とlipid IVa複合体の三次元構造(ステレオ図)

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