学位論文要旨



No 122678
著者(漢字) 小松,邦光
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,クニミツ
標題(和) 植物レクチンを利用したヒト末梢血単球のプロファイリングと細胞の分画法
標題(洋)
報告番号 122678
報告番号 甲22678
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1223号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 講師 山田,麻紀
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 細胞表面の糖鎖は増殖因子やホルモンの受容体、細菌やウィルスの受容体、そして細胞間相互作用や細胞移動において重要な役割を演じている。糖鎖の多様な構造は、一般に細胞の系譜で変化することが知られており、細胞の分化段階および成熟段階を反映すると考えられている。このことから、細胞表面の糖鎖によって生体内のあらゆる細胞系譜が記述されると考えられているが、200種類以上の糖鎖合成関連遺伝子の組合せで合成される糖鎖構造を、遺伝子発現から推測することはできない。加えて、未だに明らかになっていない細胞集団も多く、まずは糖鎖を直接検出し、その発現が異なる細胞集団を個々に同定する必要があると考えた。糖鎖を直接検出する方法としては、レクチンを利用する方法がある。特に植物レクチンは特異的な糖鎖の検出プローブとして、生物学や医学の分野で広く利用されている。近年、植物レクチンのアレイや遺伝子工学技術による改変レクチンライブラリーの作製によって、多数のレクチンと種々の糖タンパク質もしくは細胞との結合パターンを測定し、これによって表面糖鎖に基づくプロファイリングを行うことが可能になった。このことから、私は細胞表面糖鎖を多数の植物レクチンで検出することで、種々の細胞集団を同定することができると考えた。本研究の長期的な目標はそれぞれ特異的な機能を持つ細胞集団を細胞表面糖鎖に基づいて記述すること、および生体内のあらゆる細胞の系譜と成熟段階を細胞表面糖鎖に基づいて記述することである。今回はヒト単球とその類縁細胞である樹状細胞(DC)を対象として研究を行った。

 単球およびDCはそれぞれ多様な亜集団から成る。DCは重要な抗原提示細胞であり、免疫の応答にも寛容にも重要な役割を果たしている。単球は骨髄において骨髄系前駆細胞より生じ、末梢血中へ放出される。単球はDCの前駆細胞であるが、それ以外にも培養条件の違いによってマクロファージや破骨細胞などにも分化することがわかっている。しかし、単球およびその分化経路に存在する亜集団の全容、そして各亜集団に対応する細胞分化のコミットメントについては完全には明らかにされていない。本研究では、細胞表面糖鎖の多様性に基づいて単球から特異的な機能を持つ細胞亜集団を同定し、分画することを試みた。

1、植物レクチン単球亜集団の同定:Jacalin低結合および高結合単球亜集団

【方法と結果】

(1) ヒト単球の採取とDCの誘導

 ヒト末梢血からパーコールを用いた密度勾配遠心によって末梢血単核球を調製し、さらに抗CD14抗体ビーズを用いた磁気細胞分離法によってCD14+単球を単離した。単球をGM-CSFおよびIL-4存在下で7日間培養して未成熟DCを誘導した。さらにLPSを添加して2日間培養することで成熟DCを誘導した。調製された細胞は表面マーカーに対する抗体を用いたフローサイトメトリー法により確認した。

(2) 単球及びそれに由来する細胞へのレクチンの結合

 糖鎖構造特異的に結合するタンパク質であるレクチンを30種類用い、ヒト単球もしくは未成熟・成熟DCへの結合をフローサイトメトリー法で解析した。使用したレクチンの濃度は、10μg/mlを最大として、単球を凝集させないがシグナルを最大に得られるように最適化した(表 1)。レクチンの細胞に対する結合は分化・成熟過程で変化した。例えばMAHは3種類のどの細胞にも結合したが、DBAはいずれの細胞にも結合せず、SBAやPNA、およびVVA-B4は単球の分化、成熟過程で結合が減少した。また特に興味深いことに、Jacalinは未成熟および成熟DCに対しては高いレベルで結合するのに対し、単球の中には結合レベルの高い細胞と低い細胞が見られた(図 1)。

(3) Jacalinと細胞表面マーカーの二重染色

 Jacalinへの結合性と相関する細胞表面マーカーがあるかどうかを調べるため、Jacalinと19種類の白血球細胞表面マーカーを用いて単球の蛍光二重染色を行った(図 2)。Jacalinはムチン様糖タンパク質に結合するが、ムチンドメインを持つCD43やCD45RAを発現している単球にはJacalin高結合と低結合の両方の細胞が含まれており、Jacalinの結合とこれらの糖タンパク質の発現には相関関係は見られなかった。一方、CD16を発現する単球はJacalin結合性は高かったが、CD16を発現しない単球はJacalin高結合と低結合の両方の細胞集団を含んでいた。また、糖鎖を認識して細胞移動に関わるL-セレクチン(CD62L)はJacalin低結合の単球に発現されていたが、Jacalin高結合の単球には発現されていなかった。

【考察】

 単球の分化に伴いSBA、PNA、VVA-B4の結合レベルが低下すること、またJacalinが未知の亜集団の同定に用いられうることが示された。これらのレクチンはすべてO結合型で比較的短い長さの糖鎖を認識するものであり、単球の分化・成熟段階を見分けるのにO結合型糖鎖が有用であることが示された。Jacalinを用いると、CD16-単球の中に結合レベルの高い細胞集団と低い細胞集団が発見された。これまでは、CD16-単球はCD62Lを発現すると言われていたが、この中にはCD62L+Jacalin(low)およびCD62L-Jacalin(high)の細胞が含まれていることが明らかになった。従って、Jacalinで見分けられる亜集団は、既存のマーカーでは記述することのできない亜集団であると結論された。

 単球上でJacalinの結合性を規定する要因としては、糖転移酵素の発現や糖鎖を持つ分子の細胞表面での発現量が挙げられるが、Jacalinは比較的広い糖鎖認識特異性を有することから、前者よりも後者の可能性があると考える。JacalinリガンドについてはO結合型糖鎖を持つ糖タンパク質であると推測され、レクチンカラムによるアフィニティークロマトグラフィーを利用して同定を試みている。

2、植物レクチンを利用した単球の分画法:新規単球亜集団に特異的な機能の探索

【方法と結果】

(1) 単球亜集団の分画

 JacalinとCD16で分けられた単球亜集団をセルソーターで単離することを試みた。CD16を発現している細胞をCD16+Jacalin(high)亜集団とし、これと同程度にJacalinの染色が見られるがCD16の発現がない細胞をCD16-Jacalin(high)、これよりJacalinによる染色性が低い集団をCD16-Jacalin(low)亜集団と定義した。典型的なデータとしては、各亜集団の比率はCD16+Jacalin(high)が6.05±2.34%、CD16-Jacalin(high)が65.95±4.11%、およびCD16-Jacalin(low)が27.44±5.58%だった。純度を高めるためにそれぞれをやや狭くゲーティングして分画したときには、400mLのヒト末梢血から採取された約1.5×107個の単球から、CD16+Jacalin(high)が約2×105個、CD16-Jacalin(high)が約2×106個、およびCD16-Jacalin(low)が約1×106個得られた(図 3)。分画後の各亜集団の純度は、それぞれ90%以上だった。

(2) 単球亜集団の形態

 単離した細胞を染色後観察したところ(図 4)、どの亜集団においてもほぼ円形の細胞が見られ、細胞質に対して大きな核を持つ単球の特徴を備えていた。細胞の表面積を楕円に近似して計算すると、CD16+Jacalin(high)は226.2±66.6μm2、CD16-Jacalin(high)は311.0±62.8μm2、そしてCD16-Jacalin(low)は251.3±68.7μm2だった(平均±標準偏差、n=50)。CD16+Jacalin(high)は小さく、CD16-Jacalin(high)は大きい傾向があったが、t検定で有意な差は見られなかった。

(3) ケモカインレセプターのmRNAの発現

 単離した細胞からmRNAを回収し、19種類のケモカインレセプター遺伝子の発現をPCR法で調べた。この中で特に亜集団間で発現に違いがあると思われたCX3CR1、CCR2、およびCCR5については、そのアガロースゲル上でのバンド強度をβアクチンのバンド強度で規格化し、mRNAの発現量を半定量した。CD16+Jacalin(high)はCX3CR1を強く発現していたが、CD16-Jacalin(high)及びCD16-Jacalin(low)はこれを発現せず、代わりにCCR2とCCR5を発現していた。Jacalinの結合性と発現するケモカインレセプターの間に相関関係は見られなかった。

【考察】

 JacalinとCD16を組み合わせることで、3つの単球亜集団を単離した。レクチンを利用した表面糖鎖に基づく細胞の分画法を確立したことで、各亜集団特異的に発現するJacalinリガンドの探索、発現する遺伝子の比較、in vitro培養による細胞分化におけるコミットメントの検討、分化誘導された細胞の種類と機能の比較など、それぞれの単球亜集団に特異的な機能を調べることが可能になった。

【結語】

 本研究において、私はO結合型糖鎖に特異的なレクチンであるJacalinの結合性の違いによって新規の単球亜集団を発見した。さらにJacalinの結合性とCD16の発現を組み合わせることで3つの単球亜集団を単離することに成功した。現在のところは、Jacalinの結合性によって区別される単球亜集団に関して、機能の違いはまだ見つかっていない。単球亜集団の推測される機能としては次の二点が考えられる。まず、単球そのものが、細胞表面に発現するJacalinのリガンド糖鎖と、生体内のJacalin様レクチンとの相互作用によって、亜集団に特異的な細胞間相互作用や細胞移動をするという点。そして、亜集団に特異的な分化のコミットメントが存在し、特定のサイトカイン条件下では特定の亜集団だけが目的の細胞に分化する、もしくは、例えばDCの中でもその一部の亜集団のみに分化するという点である(図 6)。これら亜集団に特異的な機能を明らかにすることによって、樹状細胞ワクチンなど免疫療法で効果の高い細胞の調製や、病態に関わる細胞のみにターゲットを絞った治療のデザインなどへの応用が可能である。

表 1、使用したレクチン。植物レクチンは単糖特異性ごとにまとめて表記した。*は比較的長さの短いO結合型糖鎖に結合することが知られているもの。

図 1、Jacalinの結合。単球(A)、未成熟DC(B)、および成熟DC(C)に対するビオチン化Jacalinの結合をフローサイトメトリー法によって測定した。横軸は蛍光強度、縦軸は相対的細胞数を表す。黒いヒストグラムはレクチンなしのコントロール、白いヒストグラムはJacalinの結合量を表す。

図 2、Jacalin(横軸)と各種表面マーカー(縦軸)による単球の二重染色。Jacalinの結合とマーカーに対する抗体の結合はフローサイトメトリー法によって解析した。

図 3、単球亜集団の分画。単球を抗CD16抗体とJacalinで染色し(A)、CD16+Jacalin(high)(B)、CD16-Jacalin(hlgh)(C)、およびCD16-Jacalin(low)(D)を単離した。

図 4、単離された単球亜集団の形態。CD16+Jacalin(high)(A)、CD16-Jacalin(high)(B)、およびCD16-Jacalin(low)(C)単球亜集団はサイトスピンによってスライドグラス上にはり付け、ヘマトキシリンおよびエオジンによって染色した。スケールバーは10μmを示す。

図 5、ケモカインレセプターのRT-PCR解析。単離した単球亜集団から回収したmRNAから、CX3CR1、CCR2、およびCCR5に特異的なプライマーで増幅したPCR産物をアガロースゲル電気泳動で解析し、そのバンド強度をβ-actinのバンド強度で規格化して、発現量を半定量した。

図 6、単球亜集団の推測される機能。単球そのものが、細胞表面に発現するJacalinのリガンド糖鎖と、生体内のJacalin様レクチンとの相互作用によって、亜集団に特異的な細胞間相互作用や細胞移動をする。あるいは、亜集団に特異的な分化のコミットメントが存在し、特定のサイトカイン条件下では特定の亜集団だけが目的の細胞に分化する、もしくは、例えばDCの中でもその一部の亜集団のみに分化するという二点の可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 「植物レクチンを利用したヒト末梢血単球のプロファイリングと細胞の分画法」と題する本論文は、ヒト末梢血単球に含まれる未知の亜集団を植物レクチンであるJacalinを用いて同定し、さらに分画することによって、その特異的な機能を探索した結果を述べたものである。全体は「序論」、植物レクチンによる単球亜集団の同定:Jacalin低結合および高結合単球亜集団」、「植物レクチンを利用した単球亜集団の分画法:新規単球亜集団に特異的な機能の探索」、及び「結語」から成る。

 最近、植物レクチンのアレイや遺伝子工学技術による改変レクチンライブラリーの作製によって、多数のレクチンと種々の糖タンパク質もしくは細胞との結合パターンを測定し、これによって糖鎖構造を推定し、さらに細胞表面糖鎖に基づく細胞のプロファイリングを行うことが可能になった。本論文の第一章ではこれらの新技術のアウトラインが述べられている。さらに、本研究でヒト単球とその類縁細胞である樹状細胞(DC)を対象として、特異的な機能を持つ細胞集団を細胞表面糖鎖に基づいて分類し記述することを目指したことの重要性が述べられている。「植物レクチン単球亜集団の同定:Jacalin低結合および高結合単球亜集団」と題する第二章では、ヒト末梢血から単核球を調製し、抗CD14抗体ビーズを用いた磁気細胞分離法によってCD14+単球を単離し、GM-CSFおよびIL-4存在下で7日間培養して未成熟DCを誘導し、さらにLPSを添加して2日間培養することで成熟DCを誘導した。即ち異なる分化段階にあるヒト細胞を得た。30種類のレクチンを用い、ヒト単球もしくは未成熟、成熟DCへの結合をフローサイトメトリー法で解析したところ、各レクチンの細胞に対する結合は分化と成熟の過程で変化し、特にJacalinは未成熟および成熟DCに対しては高いレベルで結合するのに対し、単球の中には結合レベルの高い細胞と低い細胞が見られることが明らかにされた。Jacalinの結合性と相関する細胞表面マーカーがあるかどうかを調べるため、Jacalinと19種類の白血球細胞表面マーカーを用いて単球の蛍光二重染色を行った結果、CD16を発現する単球はJacalin結合性は高かったが、CD16を発現しない単球はJacalin高結合と低結合の両方の細胞集団を含んでいることが分った。また、糖鎖を認識して細胞移動に関わるL-セレクチン(CD62L)はJacalin低結合の単球に発現していたが、Jacalin高結合の単球には発現していなかった。単球の分化に伴うレクチン結合性の変化を見ると、SBA、PNA、VVA-B4の結合レベルが低下することが示された。これらのレクチン及びJacalinはすべてO結合型で比較的短い長さの糖鎖を認識するものであり、単球の分化・成熟段階を見分けるのにO結合型糖鎖が有用であることが示された。またJacalinで見分けられる亜集団は、既存のマーカーでは記述することのできない亜集団であると結論された。

 「植物レクチンを利用した単球亜集団の分画法:新規単球亜集団に特異的な機能の探索」と題する第三章では、JacalinとCD16で見分けられた単球亜集団をセルソーターで単離することが試みられた。CD16+Jacalin(high)、CD16-Jacalin(high)、及びCD16-Jacalin(low)の三種類の亜集団が得られ、分画後の純度は、それぞれ90%以上だった。単離した細胞の形態に、顕著な差異は見られなかった。一方、ケモカインレセプターのmRNAの発現をみると、CD16+Jacalin(high)はCX3CR1を強く発現していたが、CD16-Jacalin(high)及びCD16-Jacalin(low)はこれを発現せず、CCR2とCCR5を高発現していた。Jacalinの結合性と発現するケモカインレセプターの間に相関関係は見られなかったことから、Jacalinの結合性によって分画された亜集団間の機能的な差異を明らかにするためには、更なる詳細な解析を必要とすることが分った。

 本研究において、学位申請者はO結合型糖鎖に特異的なレクチンであるJacalinの結合性の違いを利用して、新規の単球亜集団を発見した。さらにJacalinの結合性とCD16の発現を組み合わせることで3つの単球亜集団を単離することに成功した。これら亜集団に特異的な機能を明らかにすることによって、樹状細胞ワクチンなど免疫療法で効果の高い細胞の調製や、病態に関わる細胞のみにターゲットを絞った治療のデザインなどへの応用が可能となる。このように、本研究は免疫学及び免疫学的な背景に基づく細胞治療の改善に貢献するところが大であり、本研究を行った小松 邦光は博士(薬学)の学位を取得するにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク