No | 122679 | |
著者(漢字) | 坂上,秀樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカガミ,ヒデキ | |
標題(和) | コリン特異的ホスホジエステラーゼNPP6のオリゴデンドロサイトにおける機能の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 122679 | |
報告番号 | 甲22679 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1224号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 グリセロホスホコリン(GPC)はグリセロール骨格のα位にリン酸基を介しコリンが結合した化合物であり、生体内において細胞内、細胞外に広く存在している。GPCは細胞内の浸透圧調整物質(オスモライト)として機能していることが知られているが、細胞外のGPCについてはその機能は不明である。私は修士課程においてNucleotide Pyrophosphatase Phosphodiesterase(NPP)familyに属する新規分子NPP6がコリン特異的ホスホジエステラーゼであることを発見した。NPP6は細胞外に活性部位を持つエクト型の酵素であり、GPCに対し高い親和性を示したことからNPP6は生体内でGPCの代謝を介し何らかの機能を発揮している可能性が示唆された。 本研究において、私は、NPP6の発現部位の同定と機能解析を行った結果、NPP6が中枢神経系においてオリゴデンドロサイトに特異的に発現しており、細胞外のGPCを分解し細胞の生存・成長に必須な因子であるコリンを供給する可能性を見出した。 【方法と結果】 1. NPPは腎臓および脳に高発現している NPP6の特異的モノクローナル抗体を作成し、Western blottingによってマウスの発現臓器を解析した(図1)。その結果、NPP6は腎臓および脳に高発現していることが分かった。このうち腎臓においては近位尿細管および細いヘンレの下降脚に特異的に発現していた。 2. NPP6は中枢神経系においてミエリンに発現している NPP6の脳における発現を免疫組織染色によって調べた。その結果、NPP6は図2に示すようにミエリンのマーカーであるMyelin Basic Protein(MBP)と同様の染色像を示すことが分かった。染色像を詳しく観察したところ、繊維状の染色像が見られ細胞体の染色は見られなかった。このことから、NPP6は脳において神経軸索を取り囲み絶縁体を形成するミエリンに発現していることが分かった。NPP6は大腿神経などの末梢神経系には発現が見られなかった。従って、NPP6は中枢におけるミエリン形成細胞であるオリゴデンドロサイトに特異的に発現しているものと考えられた。 3. NPP6はオリゴデンドロサイトの分化の初期段階にて発現し始める マウスの発達段階の脳における発現をWestern blottingによって調べたところ、NPP6は生後4日以後により発現し始め、14日まで発現が上昇し、その後一定の発現を保つことが分かった(図3)。NPP6が発現し始めるこの時期はマウスにおいてミエリン形成が始まる時期に当たるため、ミエリン形成の後期のマーカーであるMyelin Associated Glycoprotein(MAG)とMBPの発現を同時に調べたところ、NPP6の発現はいずれのマーカーよりも早いことが分かった(図3)。これらことからNPP6がオリゴデンドロサイトの分化において比較的初期段階にて発現し始めると予想された。 NPP6の発現時期を細胞レベルで詳細に調べるため、初代培養オリゴデンドロサイトにおけるNPP6の発現を調べることにした。その結果、NPP6はオリゴデンドロサイトへの分化が進み、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるNG2の発現が陰性になると発現し始めること、また、分化の後期マーカーMAGはNPP6に続いて発現し始めることが分かった(図4)。このことから、NPP6がオリゴデンドロサイトへの分化の初期段階に発現する新規分化マーカーとなることが明らかになった。一方、オリゴデンドロサイトへの分化過程におけるいくつかのコリン関連遺伝子(コリントランスポーター[CHT1,CTL1]、スフィンゴミエリン合成酵素[SMS2])の発現変動を調べたところ、どの遺伝子も分化の進行と共に発現が上昇し、その変動パターンがNPP6と類似していることがわかった(図5)。 4. NPP6陽性オリゴデンドロサイトはGPCをコリン源として利用できる NPP6はコリン特異的ホスホジエステラーゼであることから、NPP6を発現したオリゴデンドロサイトは細胞外のホスホジエステルを分解しコリン源として用いている可能性がある。この仮説を検証するため、まずNPP6の生理条件下での基質を決定することにした。一般的な培養細胞はコリンを含まない培地中では増殖することが出来ない。また、コリンの代わりにPCやLPCなどの様々なコリンホスホジエステルを加えても、そのままではほとんどコリン源として利用されることはない。そこで、NPP6を強制発現させることで細胞がそれらをコリン源として用いることが出来るようになるかどうかを細胞増殖を指標に調べ、NPP6の生理的基質を決定した。Neuro-2aにレトロウィルスを用いてNPP6を発現させたところ、NPP6の発現によりGPCがあればコリンを含まない培地であっても細胞が増殖できるようになることが分かった(図6)。このことからNPP6を発現した細胞がGPCをコリン源として用いることができることが明らかになった。 オリゴデンドロサイトの初代培養系において、分化前のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)はNPP6を発現していないが(図7(1))、分化誘導後24hrの時点ではNPP6の発現がみられた(図7(2))。そこで、分化前後で培地中のコリンをGPCへ置換し、MAGの発現を指標にオリゴデンドロサイトの分化を評価した。培地よりコリンを除くとOPCは分化を停止し、MAGの発現上昇が観察されなかった。一方、分化後においても培地よりコリンを除くとMAGの発現上昇は見られなかったが、GPCを加えることによってMAGの発現上昇が見られた。このことからNPP6を発現したオリゴデンドロサイトはGPCをコリン源として用いることが出来ることが明らかになった。 5. オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源とするにはNPP6が必要である NPP6陽性オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源として利用できることがわかったが、これがNPP6によってGPCが分解されたためであることを確認するため、NPP6のRNAi系を構築した。増殖性細胞であるOPCにshRNA発現レトロウィルスを感染させ、NPP6に対するshRNAを発現させた。その状態でオリゴデンドロサイへ分化誘導することにより、NPP6の発現上昇を抑えた。分化誘導後のMAGの発現を調べたところ、コリン含有培地で培養する限りmockベクターを感染させた細胞と同様にNPP6抑制細胞においてもMAGの発現上昇が観察され、NPP6の発現抑制そのものがオリゴデンドロサイトの分化にそれほど影響を与えないことが分かった(図8.choline)。そこで、図7の系と同様、分化誘導後24hrの時点で培地中のコリンをGPCへ置換し、GPCをコリン源とすることが出来るかどうかを調べた。すると、mockベクター感染細胞ではMAGの発現上昇が見られるものの、NPP6抑制細胞ではMAGの発現上昇が見られなくなった(図8.GPC)。このことから、NPP6陽性オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源として利用するためにはNPP6が必要であることが明らかになった。 【まとめと考察】 本研究において私は、コリン特異的ホスホジエステラーゼNPP6が中枢神経系においてオリゴデンドロサイトに特異的に発現しており、新規分化マーカーとなることを見いだした。NPP6はオリゴデンドロサイトが前駆細胞から分化していくのに伴い発現し始める。この時期はオリゴデンドロサイトが細胞膜を伸展させる時期にあり、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリンなどのリン脂質の合成に大量のコリンが必要とされる。実際コリン関連遺伝子はこの時期に発現が上昇した。本研究において私は、NPP6が脳脊髄液中に存在するGPCを分解することで、オリゴデンドロサイトへのコリン供給系の一端を担っている可能性を示した。 肝臓以外の細胞はコリンを合成できないため、細胞外の遊離コリンを、コリントランスポーターを介し取り込んでいる。コリンは遊離コリンとしてだけでなく、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、リゾホスファチジルコリン、GPC、ホスホコリンなどの形で生体内に存在するが、これらのコリン前駆体が細胞に利用されるためには、遊離コリンまで代謝される必要がある。しかし、コリン前駆体の代謝経路ならびに代謝酵素の実態は未解明であった。本研究によって、NPP6を介した細胞外のGPCの機能として、脳内におけるコリン源としての新たな可能性が示唆された。GPCはアルツハイマー病などの神経疾患で脳内の濃度が変動し、病態との関連が示唆されている。今後NPP6の研究を通じオリゴデンドロサイトにおけるGPCの重要性が明らかになるとともに、これらの疾患との関連などを含め、脳内のGPCの機能が解明されていくものと期待される。 図1 NPP6の臓器分布(Western blotting) 図2 脳におけるNPP6,MBPの染色像 図3 マウスの発達段階の脳におけるNPP6,MAG,MBPの発現変化(Western blotting) 図4 オリゴデンドロサイトの初代培養系におけるNPP6,MAGの発現変化(Real Time PCR) 図5 オリゴデンドロサイト初代培養系における遺伝子発現変化 図6 NPP6は細胞がGPCをコリン源とすることを可能にする 図7 NPP6陽性オリゴデンドロサイトはGPCをコリン源とすることが出来る 図8 NPP6のRNAiによってMAGの発現上昇がみられなくなる | |
審査要旨 | グリセロホスホコリン(GPC)はグリセロール骨格のα位にリン酸基を介しコリンが結合した化合物であり、生体内において細胞内、細胞外に広く存在している。GPCは細胞内の浸透圧調整物質(オスモライト)として機能していることが知られているが、細胞外のGPCについてはその機能は不明である。坂上は修士課程においてNucleotide Pyrophosphatase Phosphodiesterase(NPP)familyに属する新規分子NPP6がコリン特異的ホスホジエステラーゼであることを発見した。NPP6は細胞外に活性部位を持つエクト型の酵素であり、GPCに対し高い親和性を示したことからNPP6は生体内でGPCの代謝を介し何らかの機能を発揮している可能性が示唆された。 本研究において、坂上は、NPP6の発現部位の同定と機能解析を行い、NPP6が中枢神経系においてオリゴデンドロサイトに特異的に発現しており、細胞外のGPCを分解し細胞の生存・成長に必須な因子であるコリンを供給する可能性を見出した。 NPP6は腎臓および脳に高発現している 坂上は、まずNPP6の特異的モノクローナル抗体を作成し、Western blotting法を用いてマウスにおけるNPP6発現臓器を解析した。その結果、NPP6は腎臓および脳に高発現していることが分かった。このうち腎臓においては近位尿細管および細いヘンレの下降脚に特異的に発現していた。 NPP6は中枢神経系においてミエリンに発現している 次に、坂上はNPP6の脳における発現を免疫組織染色によって調べた。その結果、NPP6はミエリンのマーカーであるMyelin Basic Protein(MBP)と同様の染色像を示すことが分かった。染色像を詳しく観察したところ、繊維状の染色像が見られ細胞体の染色は見られなかった。このことから、NPP6は脳において神経軸索を取り囲み絶縁体を形成するミエリンに発現していることが分かった。一方、NPP6は大腿神経などの末梢神経系には発現が見られなかった。従って、NPP6は中枢におけるミエリン形成細胞であるオリゴデンドロサイトに特異的に発現しているものと考えられた。 NPP6はオリゴデンドロサイトの分化の初期段階にて発現し始める 坂上がマウスの発達段階の脳における発現をWestern blotting法によって調べたところ、NPP6は生後4日以後により発現し始め、14日まで発現が上昇し、その後一定の発現を保つことが分かった。NPP6が発現し始めるこの時期はマウスにおいてミエリン形成が始まる時期に当たる。そこで、ミエリン形成の後期のマーカーであるMyelin Associated Glycoprotein(MAG)とMBPの発現を同時に調べたところ、NPP6の発現はいずれのマーカーよりも早いことが分かった。これらことからNPP6がオリゴデンドロサイトの分化において比較的初期段階にて発現し始めると坂上は予想した。 坂上はNPP6の発現時期を細胞レベルで詳細に調べるため、初代培養オリゴデンドロサイトにおけるNPP6の発現を調べることとした。その結果、NPP6はオリゴデンドロサイトへの分化が進み、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるNG2の発現が陰性になると発現し始めること、また、分化の後期マーカーMAGはNPP6に続いて発現し始めることを見出した。このことから、NPP6がオリゴデンドロサイトへの分化の初期段階に発現する新規分化マーカーとなることが明らかになった。一方、オリゴデンドロサイトへの分化過程におけるいくつかのコリン関連遺伝子(コリントランスポーター[CHT1,CTL1]、スフィンゴミエリン合成酵素[SMS2]の発現変動を調べたところ、どの遺伝子も分化の進行と共に発現が上昇し、その変動パターンがNPP6と類似していることがわかった。 NPP6陽性オリゴデンドロサイトはGPCをコリン源として利用できる 坂上は、NPP6はコリン特異的ホスホジエステラーゼであることから、NPP6を発現したオリゴデンドロサイトは細胞外のホスホジエステルを分解しコリン源として用いていると仮説を立てた。この仮説を検証するため、坂上はまずNPP6の生理条件下での基質を決定することにした。一般的な培養細胞はコリンを含まない培地中では増殖することが出来ない。また、コリンの代わりにPCやLPCなどの様々なコリンホスホジエステルを加えても、そのままではほとんどコリン源として利用されることはない。そこで、NPP6を強制発現させることで細胞がそれらをコリン源として用いることが出来るようになるかどうかを細胞増殖を指標に調べ、NPP6の生理的基質を決定した。Neuro-2aにレトロウィルスを用いてNPP6を発現させたところ、NPP6の発現によりGPCがあればコリンを含まない培地であっても細胞が増殖できるようになることが分かった。このことからNPP6を発現した細胞がGPCをコリン源として用いることができることが明らかになった。 オリゴデンドロサイトの初代培養系において、分化前のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)はNPP6を発現していないが、分化誘導後24hrの時点ではNPP6の発現がみられた。そこで、坂上は分化前後で培地中のコリンをGPCへ置換し、MAGの発現を指標にオリゴデンドロサイトの分化を評価した。培地よりコリンを除くとOPCは分化を停止し、MAGの発現上昇が観察されなかった。一方、分化後においても培地よりコリンを除くとMAGの発現上昇は見られなかったが、GPCを加えることによってMAGの発現上昇が見られた。このことからNPP6を発現したオリゴデンドロサイトはGPCをコリン源として用いることが出来ることが明らかになった。 オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源とするにはNPP6が必要である NPP6陽性オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源として利用できることがわかったが、これがNPP6によってGPCが分解されたためであることを確認するため、坂上はNPP6のRNAi系を構築した。増殖性細胞であるOPCにshRNA発現レトロウィルスを感染させ、NPP6に対するshRNAを発現させた。その状態でオリゴデンドロサイへ分化誘導することにより、NPP6の発現上昇を抑えた。分化誘導後のMAGの発現を調べたところ、コリン含有培地で培養する限りmockベクターを感染させた細胞と同様にNPP6抑制細胞においてもMAGの発現上昇が観察され、NPP6の発現抑制そのものがオリゴデンドロサイトの分化にそれほど影響を与えないことが分かった。そこで、分化誘導後24hrの時点で培地中のコリンをGPCへ置換し、GPCをコリン源とすることが出来るかどうかを調べた。すると、mockベクター感染細胞ではMAGの発現上昇が見られるものの、NPP6抑制細胞ではMAGの発現上昇が見られなくなった。このことから、NPP6陽性オリゴデンドロサイトがGPCをコリン源として利用するためにはNPP6が必要であることが明らかになった。 以上のように、本研究において坂上は、コリン特異的ホスホジエステラーゼNPP6が中枢神経系においてオリゴデンドロサイトに特異的に発現しており、新規分化マーカーとなることを見いだし、NPP6が脳脊髄液中に存在するGPCを分解することで、オリゴデンドロサイトへのコリン供給系の一端を担っている可能性を示した。 肝臓以外の細胞は十分量のコリンを合成できないため、細胞外の遊離コリンを、コリントランスポーターを介し取り込んでいる。コリンは遊離コリンとしてだけでなく、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、リゾホスファチジルコリン、GPC、ホスホコリンなどの形で生体内に存在するが、これらのコリン前駆体が細胞に利用されるためには、遊離コリンまで代謝される必要がある。しかし、コリン前駆体の代謝経路ならびに代謝酵素の実態は未解明であった。本研究によって、坂上はNPP6を介した細胞外のGPCの機能として、脳内におけるコリン源としての新たな可能性を見出した。GPCはアルツハイマー病などの神経疾患で脳内の濃度が変動し、病態との関連が示唆されている。今後NPP6の研究を通じオリゴデンドロサイトにおけるGPCの重要性が明らかになるとともに、これらの疾患との関連などを含め、脳内のGPCの機能が解明されていくものと期待される。 本研究は、NPP6の生体内における発現、機能を解析し、NPP6を介したGPCの脳内におけるコリン源としての可能性という新しい概念を提唱したことから、薬学(博士)に十分値するものと判断した。 | |
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