学位論文要旨



No 122680
著者(漢字) 高橋,真也
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,シンヤ
標題(和) ナンセンス変異を含むmRNAの分解経路に介在するUpf因子群の新規活性化機構の解析
標題(洋)
報告番号 122680
報告番号 甲22680
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1225号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

[序]

 真核生物は、その恒常性維持や細胞内・外の刺激に対する生体反応を制御するにあたり、自己の遺伝情報を正確に発現することが必須であり、そのために必要な様々な機構を有している。それらの機構の中でも、mRNA上に生じたエラーを監視する機構(mRNAサーベランス)は、多様化する遺伝子発現において、初期過程でエラーに対処できるという点で非常に重要な機構であると言えるmRNAサーベランス機能のひとつとして、転写・複製中のエラーやスプライシング時のエラーにより生じる不適切な翻訳終結コドン(ナンセンス変異)を含むmRNAを選択的に分解するNMD(Nonsens-mediated mRNA Decay)経路と呼ばれる監視機構の存在が明らかとなってきた。この経路により、本来コードされていたものよりも短い、有害と考えられる蛋白質の生成を抑えることが可能となる。

 NMD経路においては、酵母、線虫を用いた遺伝学的な解析の結果から、Upf因子群(Upf1,Upf2,Upf3)が必要であることが明らかとなってきた。Upf因子群それぞれの破壊細胞では、ナンセンス変異を含むmRNAが特異的に蓄積し、正常なmRNAの分解過程は影響を受けない。また、Upf因子群を複数破壞した細胞群において、ナンセンス変異を含むmRNAの更なる蓄積が観察されないことや、因子群間で相互作用が論じられていることから、Upf因子群は複合体を形成し、協調的に機能していると考えられている。しかしながら、NMD経路におけるUpf因子群の詳細な分子機能や制御機構に関しては未解明である。

 本研究において発表者は、生化学的なアプローチによってUpf因子群を解析することを目的とした。その結果として、1)Upf1はRINGドメイン様領域を含み、E3活性を有すること、2)Upf1 E3活性はNMD経路において重要であること、3)Upf1のE3活性にはUpf3が重要であること、4)Upfq1は細胞内でUpf3をユビキチン化することを見出した。これらの結果から、ナンセンス変異を含むmRNAの認識時において引き起こされる、Upf3ユビキチン化を通じた、NMD経路活性化メカニズムが想定された。

[結果]

1.Upf1はE3活性(自己ユビキチン化能)を有する

 Upf因子群における生化学的特性の手掛りを得るべく、各因子のアミノ酸一次配列に着目したところ、Upf1のN末端領域に、種間を越えて保存性が非常に高いシステイン(Cys)とヒスチジン(His)に富む特徴的な配列を見出した(図1)。これらのアミノ酸配列は、ユビキチン修飾経路において機能する、ユビキチンリガーゼ(E3)のRINGドメインを想起させるものであった。ユビキチシ修飾経路とは、標的蛋白質がそれぞれの特異的E3によりユビキチン化され、そのユビキチンがシグナルとなりプロテアソームにより分解される、もしくは多様な情報を伝える経路である。そこで、Upf1がE3であるか否かを検討するために、E3の自己ユビキチン化能を指標とし、Upf1のE3性を検討することにした。酵母細胞内から精製したリコンビナントUpf1を用いてin vitroユビキチン化アッセイを行ったところ、自己ユビキチン化を示すUpf1の高分子側へのシフトが検出された。また、このようなシフトはRINGドメインを欠いたUpf1では検出されなかった。さらに、RINGドメインを形成していると考えられる、システイン及びヒスチジンに点変異を与えたリコンビナントUpf1もまた、自己ユビキチン化能を有さないことがわかった(図3)。これらの結果から、Upf1 RINGドメインは、自身のE3活性において重要であることが示唆された。

2.Upf1 RINGドメインはNMD経路の活性化に重要である

 次に、Upf1のRINGドメインがNMD経路において必要か否かを、ナンセンス変異を含んだmRNAの分解動態を検出することにより検討した。内在のUpf1を欠損させた細胞に、正常及び変異RINGドメインを有するUpf1を導入したところ、正常なUpf1ではNMD経路の欠損が抑制されるのに対し、変異RINGドメインを有するUpf1では抑制できなかった(図4)。以上の結果から、Upf1のRINGドメインE3活性はNMD経路活性化に必要であることが強く示唆された。

3.Upf1 E3活性にはUpf3が必要である

 Upf1のE3活性(自己ユビキチン化能)における他のUpf因子群の寄与を調べる目的で、UPF2もしくはUPF3を欠いた細胞を用いてリコンビナントUpf1を精製し、in vitroユビキチン化アッセイを行った。その結果、UPF2を欠いた細胞から精製したUpf1は、野生細胞から精製したUpf1と同等にE3活性を呈したが、UPF3を欠いた細胞から精製したUpf1はE3活性を示さなかった。さらに、UPF3を欠いた細胞に、外来のプラスミドでUpf3の発現を救助した細胞を作製し、この細胞から得たリコンビナントUpf1を用いて同様のアッセイを行ったところ、Upf1のE3性は正常に回復した。これらの結果により、Upf1のE3活性にはUpf3の存在が重要であることがわかった。

4.Upf1 E3活性にはUpf3の相互作用が必要である

 Upf因子群は複合体として存在していることが明らかであったが、詳細な結合様式に関しては不明であった。そこで、Upf1-Upf3間の相互作用をin vivoにおいてさらに検討することにした。免疫沈降法により、Upf1沈降画分を精製したところ、この画分にUpf3が認められた(図5上段)。また、Upf2が両者間に存在する可能性を排除するために、upf2破壊細胞を用いて、Upf1の精製を行ったところ、Upf3は同様に認められ、Upf1-Upf3間の物理的相互作用は維持されることがわかった(図5中段)。しかしながら、RINGドメインを欠いたUpf1、及びE3活生を欠く点変異体Upf1では、Upf3との相互作用が完全に抑制されることがわかった。一方で、先にUpf1と相互作用することが知られているeRF3については、野生体及び点変異体Upf1ともに、相互作用に変化は認められなかった(図5下段)。したがって、Upf1のRINGドメインはUpf3との相互作用に重要であり、Upf1 E3活性はUpf3との相互作用によって、特異的にもたらされる可能性が考えられた。

5.Upf1はUpf3のユビキチン化に寄与する

 Upf1のE3活性がNMD経路において機能するならば、経路活性化時において、実際にユビキチン化される基質の存在が考えられる。先の解析により、Upf1免疫沈降画分でUpf3がブロードなバンドとして検出されることから(図5参照)、Upf3自身がUpf1の基質である可能性を考え、Upf3のユビキチン化状態を正常細胞及びupf1破壊細胞において検出した。その結果、正常な細胞において認められる、モノユビキチン化されたUpf3が、upf1破壊細胞では検出されないことがわかった。以上から、Upf1は自身のE3活性にUpf3を必要とするだけでなく、Upf3そのものをユビキチン化している可能性が考えられた。

[まとめ]

 本研究において得られた知見から、以下のようなNMD経路の活性化メカニズムが考えられる(図6)。まず、ナンセンス変異の認識時に、Upf1は翻訳終結因子eRF3からのシグナルを受け、Upf3を誘引する。次に、Upf3と相互作用したUpf1はUpf3自身をユビキチン化し、このシグナルがmRNA分解酵素群に伝わることにより、NMD経路を活性化するというモデルである。本研究において得られた知見は、NMD経路の分子機構の解明において新たな手がかりを与えるものと期待される。

図1 Upf因子群はナンセンス変異を含むmRNAの分解(NMD)に寄与する

図2 Upf1はRINGドメイン様領域を有する

図3 Upf1 RINGドメインはE3活性を有する

-in vitro ubiquitination assay-

図4 Upf1 RINGドメインはNMD経路の活性化に重要である

-Northern hybridization assay-

図5 Upf1 RINGドメインはUpf3との相互作用に重要である

-immunoprecipitation assay-

図6 Upf1によるUpf3ユビキチン化を介したNMD経路活性化の分子モデル

審査要旨 要旨を表示する

 遺伝子発現は、DNAを鋳型としてmRNAが転写され、そのmRNAを用いて蛋白質が翻訳されることで遂行される。正常に転写、スプライシングを受けたmRNAからは正常な機能蛋白質が産生され、本来の機能を遂行する。しかしながら、転写、スプライシング時にエラーが起き、蛋白質の読み枠に不適切な翻訳終結コドン、すなわちナンセンス変異が含まれてしまった場合、そのようなmRNAからは不完全な蛋白質が産生される。このような蛋白質は生体内で不完全な機能しか果たせないため、真核細胞においては、このような異常なmRNAを速やかに分解する機構が備わっている。Nonsense-mediated mRNA decay、NMD経路と呼ばれる機構である。

 NMD経路は、ナンセンス変異の認識過程とmRNA分解過程の両過程に分けられる。NMD必須因子であるUpf1は,ナンセンス変異の認識に関与する翻訳終結因子eRF3及びmRNA分解酵素群と相互作用することから、Upf1はナンセンス変異認識過程とmRNA分解過程の両過程を共役する因子であることが予想された。しかしながら、Upf1を取り巻く因子群の相互作用並びにUpf1自身の生化学的意義に関しては未解明であった。「ナンセンス変異を含むmRNAの分解経路に介在するUpf因子群の新規活性化機構の解析」と題した本論文においては、Upf1がRING finger型ユビキチンリガーゼE3であることを解明し、その活性がNMD経路において重要な役割を果たすことを見出している。

1.Upf1はユビキチンリガーゼE3活性を有する

 Upf1の一次構造に着目したところ、N末端領域にユビキチン修飾経路におけるユビキチンリガーゼ(E3)に特徴的なRINGドメインを想起させる配列を見出した。ユビキチン修飾経路とは、標的蛋白質がそれぞれの特異的E3によりユビキチン化され、そのユビキチンがシグナルとなりプロテアソームにより分解される、もしくは多様な情報を伝える経路である。酵母細胞内から精製したリコンビナントUpf1を用いてin vitroユビキチン化アッセイを行ったところ、自己ユビキチン化を示すUpf1の高分子側へのシフトが検出された。また、このようなシフトはRINGドメインを欠いたUpf1では検出されなかった。さらに、RINGドメインを形成していると考えられる、システイン及びヒスチジンに点変異を与えたリコンビナントUpf1もまた、自己ユビキチン化能を有さないことがわかった。これらの結果から、Upf1 RINGドメインは、自身のユビキチンリガーゼ活性において重要であることが示唆された。

2.Upf1 RINGドメインはNMD経路の活性化に重要である

 Upf1のRINGドメインがNMD経路において必要か否かを検出した。内在のUpf1を欠損させた細胞に正常及び変異RINGドメインを有するUpf1を導入したところ、正常なUpf1及びユビキチンリガーゼ活性を有するUpf1ではNMD経路の欠損が抑制されるのに対し、ユビキチンリガーゼ活性を有さないUpf1では抑制できなかった。Upf1ユビキチンリガーゼ活性はNMD経路活性化に必要であることが強く示唆された。

3.Upf1ユビキチンリガーゼ活性にはUpf3が必要である

 Upf1ユビキチンリガーゼ活性における他のUpf因子群の寄与を調べる目的で、UPF2もしくはUPF3を欠いた細胞からリコンビナントUpf1を調製し、in vitroユビキチン化アッセイを行った。その結果、UPF2を欠いた細胞から調製したUpf1は野生細胞から調製したUpf1と同等にユビキチンリガーゼ活性を有したが、UPF3を欠いた細胞から調製したUpf1はユビキチンリガーゼ活性を示さなかった。さらに、Upf3の発現を救助した細胞では、Upf1ユビキチンリガーゼ活性は正常に回復した。これらの結果から、Upf1のユビキチンリガーゼ活性においてUpf3の存在が重要であることが示された。

4.Upf1ユビキチンリガーゼ活性にはUpf3の相互作用が必要である

 Upf因子群は複合体として存在していること報告されていたが、詳細な結合様式に関しては不明であった。そこで、Upf1-Upf3間の相互作用を免疫沈降法により検討したところ、野生型Upf1とUpf3の相互作用は認められたが、ユビキチンリガーゼ活性を欠くRING変異体Upf1では、Upf3との相互作用が完全に抑制されていた。また、upf2破壊細胞を用いて同様の検討を行ったところ、Upf1とUpf3の物理的相互作用は維持されることが示された。一方、先にUpf1と相互作用することが知られているeRF3については、野生体及びRING変異体Upf1ともに相互作用に変化は認められなかった。したがって、Upf1のRINGドメインはUpf3との相互作用に重要であり、Upf1ユビキチンリガーゼ活性はUpf3との相互作用によって、特異的にもたらされる可能性が考えられた。

5.Upf1はUpf3のユビキチン化に寄与する

 Upf1のユビキチンリガーゼ活性がNMD経路において機能するならば、NMD経路活性化時において、実際にユビキチン化される基質の存在が考えられる。先の解析により、Upf1免疫沈降画分でUpf3がブロードなバンドとして検出されることから、Upf3自身がUpf1の基質である可能性を考え、Upf3のユビキチン化状態を正常細胞及びupf1破壊細胞において検出した。その結果、正常な細胞において認められる、モノユビキチン化されたUpf3がupf1破壊細胞では検出されなかった。以上から、Upf1は自身のユビキチンリガーゼ活性にUpf3を必要とするだけでなく、Upf3そのものを基質としてユビキチン化している可能性が考えられた。

[総括]

 本研究において得られた知見から、以下のようなNMD経路活性化メカニズムが考えられた。まず、ナンセンス変異の認識時に、Upf1は翻訳終結因子eRF3からのシグナルを受け、Upf3をリクルートする。次に、Upf3と相互作用したUpf1はUpf3自身をユビキチン化し、最終的にこのシグナルがmRNA分解酵素群へと伝わり、NMD経路を活性化するというモデルである。本論文はUpf1ユビキチンリガーゼ活性の解析を通じて、NMD経路制御機構の解明における新たな手掛かりを明らかとしており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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