学位論文要旨



No 122682
著者(漢字) 中田,國夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,クニオ
標題(和) oligomer化状態に制御されたケモカイン受容体とケモカインの相互作用界面の変化についての解析
標題(洋)
報告番号 122682
報告番号 甲22682
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1227号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 船津,高志
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 ケモカインはサイトカインファミリーに属する、約10kDaの低分子量蛋白質である。免疫細胞に発現したケモカイン受容体と結合し、ケモタキシスや細胞接着、細胞分化などを引き起こすシグナル伝達を誘起する。ケモカインは炎症部位への免疫細胞の誘導、恒常性の維持などを司る。HIV(Human Immuno-deficiency Virus)が、免疫細胞に侵襲する際、ケモカイン受容体CCR5とCXCR4を、CD4と共に共役受容体とすることが報告された。興味深いことに、ケモカイン共存下では、HIVとケモカイン受容体の相互作用が阻害される。よって、ケモカインとケモカイン受容体の相互作用を構造生物学的に解明することは、創薬の観点からも重要である。

 ケモカイン受容体CCR5は、分子量40.6kDaの7回膜貫通型のGPCR(G-protein-coupled receptor)である。RANTES、MIP-1α、MIP-1βをリガンドとして、ケモタキシスや細胞接着を誘起するシグナル伝達を誘起する。野生型CCR5(wtCCR5)がdimer構造を取ってシグナル伝達活性を持つが、CCR5 dimerのprotomerをmonomer化したCCR5 152V/V150A(mCCR5)がシグナル伝達活性を持たないことを、Melladoら(M. Mellado et al, Nat. Immunol., 2004)は報告した。CCR5を含むGPCRは、dimerとmonomerの平衡状態にあるといわれており、dimer状態とmonomer状態の変化により、シグナル伝達が制御されると考えられている。しかしながら、dimer状態とmonomer状態の変化が、シグナル伝達を制御する構造的メカニズムは明らかになっていない。

 そこで、本研究では、CCR5のdimer状態、monomer状態の変化に制御された、RANTESとの相互作用を構造生物学的に明らかにすることを目的とした。

【方法】

1.研究の戦略

 CCR5は分子量40.6kDaの膜蛋白質であるため、再構成した後NMRにより解析する構造生物学的な研究方法の適用が困難である。GPCRを含む膜蛋白質の再構成は、失活や分解などを伴うことから困難であることが知られている。そこで、宿主細胞に発現した組み換え蛋白質を発芽ウイルス(Budded Virus:BV)に呈示するBVシステムを利用して、CCR5を再構成することにした。また、当研究室では、受容体などの巨大分子と低分子リガンドの相互作用を、リガンド側に転写して解析する転移交差飽和法(Transferred Cross Saturation:TCS法)を開発した。本方法では受容体側の分子量を無視できるので、MDa程度の巨大分子であるBVにも応用できる。

2.試料の調整およびNMR測定

BVシステムを利用したwtCCR5とmCCR5の調整

 当研究室では、独立行政法人産業技術研究所生物情報解析センター清水浩之研究員に恵与戴いたCCR5を、昆虫細胞transfer用ベクターpVL1392にサブクローニングした。Quick Change法により点変異を二箇所152V/V150A導入して、pVL1392/mCCR5とした。定法に従って、wtCCR5-BVおよびmCCR5-BVを調製、精製した。

 これまでBV上に呈示したCCR5についての報告がないため、CCR5がBV上で正しい立体構造を保持しているか明らかになっていない。抗CCR5抗体2D7は、CCR5のECL2の構造認識抗体である。CCR5とRANTESの結合は、CCR5のN末端およびECL2が重要であることが知られている。よって、CCR5のECL2が正しい立体構造を保持することは、RANTESとCCR5の相互作用を解析する上で必須である。そこで、BV上に呈示したwtCCR5、mCCR5の立体構造を、抗体2D7によるELISA法で確認した。

BV上に呈示したwtCCR5、mCCR5のoligomer化状態の解析

 BV上に呈示したwtCCR5、mCCR5が、dimerを形成しているか否か確認するため、FRET(Fluorescent Resonance Energy Transfer)実験を行なった。

 GFP(AcGFP)遺伝子、RFP(DsRed monomer)遺伝子をそれぞれpAcGFP-N1、pAcDsRed monomer-N1(いずれもClonetech社)からPCR法を利用して増幅し、pVL1392にコードしたCCR5 N末端の上流に挿入した。定法に従って、(GFP-CCR5)-BVおよび(RFP-CCR5)-BVを調製した。発現は、抗GFP血清、抗RFP polyclonal抗体(いずれもClonetech社)を用いたwestern blottingにより確認した。

 エバネッセント蛍光顕微鏡を用いて、FRET実験を行なった。なお、実験は共同研究先の東京大学大学院薬学系研究科生体分析化学教室 船津高志教授、上野太郎助手の指導の下、行なった。

 GFP-CCR5とRFP-CCR5がヘテロダイマーを形成しているとすると、GFPからRFPへのエネルギー遷移が起こる。ここでRFPを選択的に消光し、再びGFPを励起すると、GFPからRFPへのエネルギー移動がなくなるため、GFPの蛍光強度は回復して観測される。RFP退色前後におけるGFPの蛍光強度の回復率を計算することにより、FRETシグナルを検出できる。

TCS実験によるRANTESとwtCCR5,mCCR5の複合体構造情報の解析

 RANTES-wtCCR5-BV、mCCR5-BV、Mock-BVの計3種の相互作用系にTCS法を適用した。

RANTESとwtCCR5、mCCR5が異なる相互作用様式で結合する構造的要因

 RANTESとwtCCR5、mCCR5が異なる相互作用様式で結合する構造的要因を調べた。静止状態において、wtCCR5とmCCR5が異なる構造を取っている可能性を考えた。そこで、CCR5のN末端を認識する抗体CTC8、同じくECL2の構造を認識する抗体2D7および45531を用いて、ELISA法により、各抗体のwtCCR5、mCCR5への結合量を比較した。その結果、wtCCR5とmCCR5の間で、抗体の結合量に有意差が観測されなかった。よって、静止状態におけるwtCCR5とmCCR5のN末端およびECL2に、構造上差がないことと結論した。次に、RANTES結合時のwtCCR5、mCCR5に対して同様の実験を試みた。しかしながら、RANTESと抗体の立体障害により明確な差がえられなかった。

 一方、RANTESと競合する低分子有機化合物TAK779は、CCR5のTM領域に結合することが知られている。よって、TAK779が抗体とCCR5の結合を直接阻害する可能性は低いと考えられる。そこで、TAK779の添加前後における、CCR5への抗体結合量の変化を検討した。

【結果】

wtCCR5およびmCCR5のBV上への呈示、CCR5の立体構造の保持の検討

 得られたwtCCR5-BVとmCCR5-BVを用いて、western blottingを行なった。抗体は、抗C9タグ抗体1D4を用いた。その結果、37kDa付近にCCR5ポリペプチドに対応するバンドが検出された。wtCCR5とmCCR5のバンドを比色定量し、同程度発現していると結論した。

 ELISA法の結果、CCR5を呈示していないMock-BVと比べ、wtCCR5-BVおよびmCCR5-BVに有意に2D7が結合することが明らかになった。よって、BV上に呈示したwtCCR5およびmCCR5のECL2領域は、正しい立体構造を保持していると結論した。

FRET実験

 そこで、(GFP-CCR5)/(RFP-CCR5)-BVをエバネッセント蛍光顕微鏡で、GFPを励起して観測したところ、輝点が観測された。蛍光色素一分子に特徴的なブリンキングや消光が観測されなかったことから、各輝点がBV粒子に対応すると考えた。GFP-wtCCR5とRFP-wtCCR5を共発現した(GFP-wtCCR5)/(RFP-wtCCR5)-BVのFRET実験を行なったところ、GFP蛍光強度回復率は正規分布を示した。同様に、(GFP-mCCR5)/(RFP-mCCR5)-BVでも、GFP蛍光強度回復率は正規分布を示した。単独発現した(GFP-CCR5)-BVをFRET実験を行ない、GFPの蛍光強度回復率を1.0として、wtCCR5、mCCR5で得たGFP蛍光強度回復率を規格化した。その結果、wtCCR5では1.03、mCCR5では0.96であった。よって、wtCCR5はmCCR5と比べて有意にFRETシグナルが検出されたと考えた。このことは、wtCCR5がmCCR5よりも多くの分子でdimerを形成していることを示す。GFP一分子およびRFP一分子のイメージングを行なったところ、GFPの蛍光強度よりもRFPの蛍光強度が顕著に低かった。よって、GFPからRFPへのエネルギー遷移の効率が悪い可能性があるので、7%のGFP蛍光強度の回復は、有意差であると考えられる。

TCS実験

 RANTES-wtCCR5-BV相互作用系において、TCS実験を行なった。その結果、V40やF41、V49などでプロトンの強いシグナル強度減少が観測された。これらの残基を、RANTESの立体構造上にマッピングしたところ、連続した面が形成された。RANTES-wtCCR5相互作用系におけるTCS実験の結果が、RANTESとwtCCR5の特異的な相互作用を観測していることを確認するため、RANTES-Mock-BV相互作用系におけるTCS実験を行ない、非特異的な相互作用を観測することにした。その結果、C10、R44などでシグナル強度減少が観測された。これらの残基を、RANTESの立体構造上にマッピングしたところ、連続した面は形成しなかった。以上から、RANTESとwtCCR5はV40、F41などで形成される界面で相互作用していると結論した。

 次に、RANTES-mCCR5-BV相互作用系において、TCS実験を行なった。その結果、T14、E52などで強いシグナル強度減少が観測された。これらをRANTESの立体構造上にマッピングしたところ、RANTES-wtCCR5-BV相互作用系におけるTCS実験の結果とは異なる領域であることが明らかになった。以上から、RANTESとwtCCR5、mCCR5の複合体は、それぞれ異なる構造を取っていることが明らかになった。

RANTESとwtCCR5、mCCR5が異なる相互作用様式で統合する構造的要因

 2D7と45531を用いた実験では、wtCCR5とmCCR5の間で抗体親和性の変化に差が観測されなかった。一方、CTC8を用いた実験では、TAK779添加前後でwtCCR5への抗体結合量に変化は観測されなかったが、mCCR5では15%程度結合量が低下した。よって、TAK779添加前後で、wtCCR5とmCCR5のN末端が異なる構造を取っていることが明らかになった。

【考察】

RANTES-wtCCR5、mCCR5の複合体構造の違いと構造変化

 本研究では、TCS実験によりRANTES-wtCCR5、mCCR5の複合体構造が異なることを示した。RANTES上のTCS実験で観測された領域はβシートやジスルフィド結合のある領域で構造的に固い。一方、CCR5はTM領域にジスルフィド結合もなく、構造的自由度が高い。よって、TCS実験で観測した複合体構造の違いは、RANTES結合後のwtCCR5とmCCR5の構造の違いを反映している可能性がある。

 また、本研究で、TAK779添加前後で、wtCCR5とmCCR5が異なる構造を取ることを示唆した。TAK779とRANTESは、CCR5との結合部位が一部競合する。よって、TAK779が結合したことにより起こるCCR5の構造変化が、RANTESと結合した際に起こる可能性がある。

RANTES結合により誘起される構造変化とシグナル伝達の相関

 GPCRのシグナル伝達にはdimer状態を取ることが必要であると考えられてきたが、構造的なメカニズムは明らかになっていなかった。本研究では、RANTES結合後のCCR5 dimerとCCR5 monomerが異なる構造変化を起こすことを、構造生物学的に示唆した。

【謝辞】

 FRET実験を行なうにあたり、多大なご指導、ご鞭撻を賜りました、東京大学大学院薬学系研究科生体分析化学教室 船津高志教授、上野太郎助手に心から御礼申し上げます。

Fig.1 BVを用いたTCS実験

BVとの複合体状態で伝播した交差飽和現象を解離状態のRANTESのシグナル強度減少として観測する。

Fig.2 BV上におけるwtCCR5、mCCR5の発現、構造確認

(a)10% SDS-PAGEで展開後、CCR5 C末端に融合したC9タグを、抗C9タグ抗体1D4で染色した。(b)wtCCR5-BVおよびmCCR5-BVを構造認識抗体2D7で染色した。その後、AP標識した抗マウス抗体を二次抗体として染色し、発色反応を行なった。縦軸は、HRPに産生された蛍光物質の吸光度を示した。

Fig.3 FRET実験の結果

単独発現系の(GFP-CCR5)-BVを用いたときのGFP蛍光強度回復率を1.0とした。上にwt-CCR5、下にmCCR5の結果を示した。

Fig.4 CCR5-BVを用いたTCS実験結果

(a)wtCCR5-BVとのTCS実験結果、(b)mCCR5-BVとのTCS実験結果、(c)Mock-BVとのTCS実験結果を示した。シグナル強度減少の大きさに応じてRANTESの分子表面上に色付けした。コントロール実験と比較することにより、wtCCR5、mCCR5との異なる相互作用部位を同定した。

審査要旨 要旨を表示する

 oligomer化状態に制御されたケモカイン受容体とケモカインの相互作用界面の変化についての解析と題する本論文は、ケモカイン受容体CCR5のmonomerとdimerが、リガンドであるRANTESと異なる相互作用様式で結合することを構造生物学的に明らかにした研究成果を述べた論文である。本論文は全4章からなり、第1章で序論および研究戦略、第2章で実験方法および本研究で用いた試薬、第3章で実験結果、第4章で実験結果に対する考察を述べている。

 第1章では、CCR5はbudded virus(BV)システムを利用して調製し、RANTESとCCR5の相互作用解析は転移交差飽和法(TCS)を応用する戦略について述べている。また、CCR5のmonomerとして、CCR5 152V/Vl50A(mCCR5)を用いたとしている。

 第3章では、エバネッセント蛍光顕微鏡を用いたFRET実験により、BV上に呈示したwtCCR5およびmCCR5のoligomer化状態を解析している。FRETシグナルに有意差を検出したことから、wtCCR5とmCCR5はそれぞれdimer、monomerを形成していると結論している。大腸菌から発現・精製したRANTESとwtCCR5、mCCR5を呈示したBV(wtCCR5-BV、mCCR5-BV)を用いてTCS実験を行なっている。また、非特異的な相互作用を観測するため、CCR5を呈示していないBV(Mock)とRANTESのTCS実験を行っている。(wtCCR5-BV)-RANTES相互作用系におけるTCS実験の結果と(Mock-BV)-RANTES相互作用系におけるTCS実験を比較し、RANTESとwtCCR5の特異的な相互作用界面を同定している。更に、(wtCCR5-BV)-RANTES相互作用系におけるTCS実験の結果と(mCCR5-BV)-RANTES相互作用系におけるTCS実験の結果を比較し、RANTESとwtCCR5、mCCR5はRANTES上の異なる界面で相互作用していることを見出している。TCS実験の結果は、RANTESとwtCCR5、mCCR5が異なる複合体を形成していると考え、構造認識抗体を利用したELISA法により、その構造的要因を解析している。RANTES非存在下ではwtCCR5、mCCR5の間で抗体結合量に差が観測されなかったことから、静止状態においてはwtCCR5とmCCR5の構造に差がないとしている。一方、CCR5上のエピトープがRANTESと一部重複する有機低分子化合物TAK779を用いて、TAK779結合前後における結合量の変化を評価している。その結果、wtCCR5とmCCR5のN末端領域で抗体結合量に差が観測されたことから、wtCCR5とmCCR5はTAK779結合前後で異なる構造を取る可能性を示唆している。このような構造変化がRANTES存在下でも起こりうる可能性を指摘している。

 第4章では、RANTESとCCR5の構造上の自由度について議論し、TCS実験の結果について考察している。RANTESはCCR5よりも構造的自由度が低いことから、TCS実験はCCR5の構造変化を反映しているとしている。GPCRは、リガンドが結合することにより構造変化が誘起され、下流にシグナル伝達が流れると考えられている。RANTESが誘起するCCR5 dimer、CCR5 monomerの構造変化の違いがシグナル伝達と相関している可能性を指摘している。

 以上、本研究の成果は、CCR5を初めとするGPCR(G protein coupled receptor)のoligomer化とシグナル伝達の相関の解明に大きく貢献するものであり、本研究を行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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