学位論文要旨



No 122683
著者(漢字) 畠中,謙
著者(英字)
著者(カナ) ハタナカ,ケン
標題(和) ユビキチン類似分子UBL5の低浸透圧刺激に対する応答機構の解析
標題(洋)
報告番号 122683
報告番号 甲22683
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1228号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川原,茂敬
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 堅田,利明
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 ユビキチンは近年におけるタンパク質分解研究の中心的役割を担う分子であり,タンパク質分解を介して生物の様々な高次機能の制御(細胞周期、アポトーシス、代謝調節、シグナル伝達、転写制御、免疫応答)や、外部環境に応答した恒常性の維持(ストレス応答、タンパク質の品質管理等)に必須の役割を担っている。一方、真核生物のゲノムにはユビキチンと構造的に類似した分子、すなわちユビキチン類似タンパク質(UBL)が多数存在する。これらもユビキチンと同様、転写制御やタンパク質分解等、様々な生理的機能に働いていることが明らかになってきている。本研究ではタンパク質ドメイン予測プログラムの一つであるpfam databaseを用いて、ユビキチンと一次配列上の相同性が高いubituitin domainを持つ分子群をUBLとしてセレラゲノム中から抽出、分類した。更にその中で種間保存性の高い遺伝子としてUBL5(ubiquitin-like 5。別名beacon)に着目し、発現が多く見られた視床下部でのUBL5タンパク質動態について詳細な解析を行った。

【方法と結果】

1.UBL 5は視床下部領域において、低浸透圧刺激により減少する

 UBLファミリー全体の進化保存性について検討する為、セレラゲノムデータベース、及びNCBI Genbank nrデータベースを調べ、ヒト、マウス、シウジョウバエ、線虫全ての遺伝子の中からUBLドメインを持つものを検索した。その結果、UBL5という分子が、線虫以降の種での進化保存性がユビキチン、NEDD8の次に良い分子として同定され、更にRIKEN FANTOM3データベースより、UBL5は脳組織に発現する分子であることが明らかとなった。またイスラエルデブスナネズミ(Psammomys obesus)の研究において、太っているスナネズミの方がやせているスナネズミと比較して、視床下部領域におけるUBL5-mRNAの発現量が高いという報告がある。私はUBL5のmRNAが視床下部において強く発現していることに注目した。視床下部は摂食中枢の一つであると同時に体液調節の中枢であり、浸透圧制御に重要な役割を担っている。そこでUBL5が浸透圧刺激により変化する可能性を考え、視床下部を含む脳スライスを作成し、外液の浸透圧環境を変化させてみたところ、UBL5タンパク質量は低浸透圧刺激により減少した(Fig.1)。

2.浸透圧依存的UBL5の減少はUBL5に選択的で,かつプロテアソーム依存的である

 この低浸透圧刺激によるUBL5減少の機構を詳細に解析するため、NIH-3T3細胞を用いて解析を進めた。哺乳類のUBL5は糖尿病関連因子として見つけられたことから、血清の濃度を上げた富栄養状態、血清を抜いた低栄養状態、グルコースを添加したhyper-glucose状態、高浸透圧状態、および低浸透圧状態の5条件について、タンパク質量の変化を調べた。その結果、UBL5の発現量は低浸透圧刺激でのみ減少し、他の条件の下では変化しなかった(Fig.2)。また同条件においてGAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate. dehydrogenase)、α-Tubulinには顕著な変化が見られないことから、UBL5の低浸透圧刺激による減少は、全てのタンパク質に対して起こる現象ではないことが分かった。

 GAPDHやα-tubulinは細胞内に多く存在するタンパク質で、比較的安定であることが知られている。もし低浸透圧状況において包括的な翻訳効率、転写効率の減少が起こっている場合、不安定なタンパク質は全て減少する事になる。そのような全体的な変化が起こっている可能性について検討するため、UBL5の半減期を翻訳阻害剤であるシクロヘキシミド(CHX)を用いて調べた。その結果UBL5は、半減期が約5時間の比較的分解が早いタンパク質であることが分かった(Fig.3)。p53やp27/Kip1はUBL5よりも半減期が早いタンパク質であった。

 そこでP53やP27/Kip1等の短寿命なタンパク質の発現量が低浸透圧条件下で変化するか否かを同様に検討してみたところ、GAPDHやα-tubulinと同様に顕著な変化は見られなかった(Fig.4)。このことから、低浸透圧条件下においてUBL5選択的なタンパク質減少が起こっていることが明らかになった。またUBL5転写量にも変化が見られなかったことから、この現象は転写非依存的であることが示された(Fig.4)。

 次にUBL5の減少に働いている分子経路について検討した。UBL5-mRNAの量には変化がない事から、このUBL5の減少にはタンパク質分解系の亢進が関与している可能性を考えた。そこでプロテアソーム阻害剤であるラクタシスチン(Lact)、及びMGI32を用いてプロテアソーム系の影響を検討した。その結果、プロテアソーム阻害剤により、低浸透圧依存的なUBL5の減少が阻害されることが分かった(Fig.5)。この結果から、プロテアソームによるUBL5の分解が低浸透圧刺激時に亢進していることが示唆された。

3.低浸透圧刺激に応答してUBL5は核外へ排出される

 内在性UBL5は低浸透圧刺激後、2時間でほぼ検出不可能なレベルまで減少する。この低浸透圧刺激依存的なUBL5タンパク質分解の性質を解析するため、NIH-3T3細胞にN末mycタグ-UBL5を発現させ、細胞内局在を観察した。myc-UBL5は内在性UBL5と同様、低浸透圧刺激により特異的に分解されたため、内在性に近い性質を持つと考えられる。観察の結果、myc-UBL5は通常状態では細胞内に均等に分布しているが、低浸透圧刺激後30分で核内からほぼ消失した(Fig.6)。この核内からの消失はプロテアソーム阻害剤であるMG132を加え、タンパク質分解を阻害した時にも同様に起こる。すなわちUBL5は、低浸透圧刺激時に核内から細胞質へ排出され、その後細胞質においてプロテアソーム依存的に分解されることが示唆された。

【まとめと考察】

 今回の研究によって、私は1)UBL5が低浸透圧に応答して選択的に減少する事、2)その減少はプロテアソーム依存的分解によって起こること、3)プロテアソーム依存的分解に先立ち、UBL5が核内から排出されることを明らかにした。UBL5の機能については、近年酵母、線虫を用いた研究によって、核内でのスプライシングの制御、もしくは転写の制御を行っているという報告がなされている。今回の研究は、初めて低浸透圧という外部刺激に応答して、UBL5の局在が変化する事を示したものであり、細胞の浸透圧応答機構解明に役立つと考えられる。UBL5を介した浸透圧制御機構を解明する事によって、ひいては尿崩症等の浸透圧制御異常に関わる病気の解明につながることが期待される。現在までのところ、核内のUBL5がどのような分子機構を介してターゲットの遺伝子発現を制御しているかは分かっておらず、またUBL5の直接のターゲット分子も明らかになっていない。今後はUBL5がどのようなメカニズムによって核からの排出及び分解を受けるのかを明らかにすると同時に、UBL5のターゲット分子探索、すなわち哺乳類細胞において実際にどの遺伝子の転写、もしくはスプライシング制御に関わっているか、またそれら分子の転写が低浸透圧刺激に対してどのように変化するのかに焦点を当てて研究を進めていきたい。

【謝辞】

本研究は三菱化学生命科学研究所分子加齢医学研究グループにおいて行われました。瀬藤リーダーをはじめ、関係各位に深く感謝いたします。また前指導教官であります、桐野豊徳島文理大学学長にも大変お世話になりました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

【参考文献】Hatanaka K, Ikegami K, Takagi H, Setou M.Hypo-osmotic shock induces nuclear export and proteasome-dependent decrease of UBL5.Biochem Biophys Res Commun. 2006 Nov 24;350(3):610-615.

Fig.1 視床下部スライスにおける低浸透圧刺激依存的減少。白カラム:刺激前(300 mOsm)。黒カラム:刺激後。

Fig.2 UBL5の低浸透圧特異的な減少

Fig.3 CHX chaseによるタンパク質安定性の検討

Fig.4 UBL5の選択的減少

Fig.5 プロテアソーム阻害剤の影響

Fig.6 低浸透圧刺激時のUBL5核外への排出

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳類神経系におけるubiquitin類似(UBL)タンパク質の役割に注目し、その一つであるUBL5の低浸透圧応答に対する解析について研究を行ったものである。本論文は2部から成っている。第1部ではUBLタンパク質ファミリーの進化保存性に関する解析を行い、UBL5が酵母から存在する進化保存性の高いタンパク質分子であることを見出した。第2部ではその性質について詳細な解析を行い、UBL5が低浸透圧状態に特異的に応答する分子であることを示し、哺乳類のUBL5分子が体液浸透圧制御に関わる可能性を示した。

 ユビキチン-プロテアソーム系によるタンパク質分解は、タンパク質の種類に選択的であり、多様な生体反応を迅速に順序よく、一過的にかつ一方向に決定する合理的な手段として生命科学の様々な領域で中心的な役割を果たしている。一方で、真核生物のゲノムにはユビキチン以外にUBLタンパク質と呼ばれる分子が多数存在する。これらファミリータンパク質にはユビキチンの機能の一部を補完する役割があると考えられる。そこで申請者は、ユビキチン類似分子群がどのような性質を持っているか、特に、神経系においてどのような役割を担っているのか、その一端を明らかにすべく、まずは、その進化保存性に関する解析を行った。酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウス、ヒトのゲノムデータベースより、Pfam databaseを用いて,ubiquitin domainを持つ分子群をUBLとして抽出した。またClustal Wにより分子遺伝系統樹を作成し、UBLの進化保存性を比較した。それらUBLタンパク質の発現部位について、mRNAの大規模データベースであるFANTOM3データセットを用いて検討した。この結果、申請者は以下のことを明らかにした。1.ヒトUBLファミリーは50のタンパク質からなる。そのうちの4種類はユビキチン自身であり、残り46はubiquitinと配列が相同な、UBLドメインをもつタンパク質である。2.UBLドメインファミリーは37のサブファミリーに分類され、ubiquitin、UBL5、NEDD8は最も配列保存性の良いサブファミリーとして分類される。3.神経系に発現するUBLは全体の61%である。ヒト、マウス、ショウジョウバエ、線虫、酵母の計5つのモデル動物について、ubiquitin、UBL5、NEDD8という3つの分子が酵母からヒトまで、非常に高度に保存している遺伝子であった。このように進化保存性が高く、かつ、神経系で発現しているものは、神経系において基本的な役割を担っている可能性がある。

 そこで、第2部では、UBL5に絞って神経系における機能解析を進めた。マウスUBL5は脳組織では視床下部に強く発現している。視床下部は、浸透圧を感知してホルモン分泌を介して体液の浸透圧を調整する浸透圧制御の中枢として知られている。そこで、マウス脳視床下部組織に存在するUBL5が細胞外浸透圧の変化により制御される可能性を検討した。脳視床下部切片(coronal section)に対し低浸透圧もしくは高浸透圧処理を行った後、タンパク質を抽出し、ウエスタンブロットによりUBL5タンパク質の量を調べた。その結果、低浸透圧条件下(200 mOsm)では等浸透圧条件(300 mOsm)と比較してUBL5タンパク質の有意な減少が認められた。一方、高浸透圧条件下(400 mOsm)においてはUBL5タンパク質の量に変動は見られなかった。この現象をより詳しく解析するため、内在性UBL5タンパク質が発現していたNIH3T3細胞を用いて引き続き実験を進めた。各種栄養状態の異なる培地中で培養したNIH3T3細胞のUBL5タンパク質量を調べたが、250 mMグルコース(生体内グルコース濃度[5mM]の約50倍)の処理ではUBL5タンパク質は変化せず、血清20%培地処理(血清2倍濃度)、という高栄養状態によってもUBL5タンパク質量は変化しなかった。同様に、無血清下で培養を行った場合にもUBL5タンパク質レベルに変化は無かった。また、NaClを添加して浸透圧を2倍にした培地においてもUBL5タンパク質レベルの顕著な変化は見られなかった。しかしながら、水で希釈した低浸透圧培地(約100 mOsm)では視床下部切片の場合と同様に内在性UBL5の顕著な減少が見られた。以上の結果は、UBL5タンパク質はグルコース濃度や血清成分のような細胞外栄養素濃度には影響を受けず、低浸透圧に選択的に応答する事を意味している。また、この減少はプロテアソーム阻害剤により抑えられることから、低浸透圧によるUBL5タンパク質の減少はプロテアソーム依存的であることも明らかとなった。さらに、NIH-3T3細胞にN末mycタグ-UBL5を発現させて細胞内局在を観察したところ、等浸透圧条件下においてはUBL5タンパク質は細胞全体に局在しているが、低浸透圧処理30分後においてはUBL5タンパク質は核外に局在していた。この低浸透圧処理後の局在は、プロテアソーム阻害剤であるMG132によっては抑えられなかった。以上の結果は、低浸透圧刺激により核内のUBL5分解が亢進するのではなく、UBL5が核外へ放出された後に細胞質で分解される可能性を強く示唆するものであった。UBL5の酵母ホモログ、および線虫ホモログが核内において遺伝子発現に関与していることを示す論文が相次いで報告されていることを考慮すると、これらの結果は、低浸透圧刺激がUBL5を介して転写制御を行う可能性を示唆している。

 以上のように、学位申請者はUBL5が低浸透圧刺激に選択的に減少する事、また、その減少は直接浸透圧変化を感知して浸透圧制御を行う神経核の一つである視索上核においても減少することを発見した。低浸透圧に対して選択的に変化する分子は今までほとんど知られていない為、これらの知見は哺乳類の低浸透圧応答機構を解明する手掛りとなることから、生物学的に重要な発見であると考えられる。また将来的には抗利尿ホルモン不適合分泌症候群等の浸透圧制御機構の障害に対しての創薬ターゲットとなる可能性が考えられることから、薬学的にも意味のある研究成果であると思われる。よって、本研究を行った畠中謙は博士(薬学)の学位を受けるに相応しいと判断した。

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