学位論文要旨



No 122685
著者(漢字) 結田,浩史
著者(英字)
著者(カナ) ユイタ,ヒロシ
標題(和) 抗ウイルス免疫の初期応答における形質細胞様樹状細胞上に発現するマクロファージガラクトース型C型レクチン1の関与
標題(洋)
報告番号 122685
報告番号 甲22685
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1230号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 紺谷,圏二
 東京大学 助教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 ウイルスは様々なメカニズムを用いて宿主への持続的な感染を試みる。一方、生体は迅速で正確な防御反応を展開し感染を防御する。そのような防御メカニズムの一つに様々な樹状細胞(dendritic cells、以下DC)による応答があげられる。DCは起源、機能、臓器分布が異なる複数の亜集団が知られているが(Fig. 1)、その中で形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid DC、以下pDC)は非常にユニークな特徴を持つ。pDCは主に脾臓、骨髄に局在し、他のDCと異なり抗原取り込み能が低いが、個体がウイルスに感染した際、強い抗ウイルス作用を持つインターフェロン-α(IFN-α)を速やかに産生し放出する事が知られている。その産生量は他の細胞の数千倍にも及び、NK細胞と共にウイルス感染防御において中心的な役割を担う。

pDCの機能を制御する表面細胞分子の詳細については不明であった。当研究室の伝田らは脾臓におけるFACS解析の結果から、pDC上にマクロファージガラクトース型C型レクチン1(MGL1)/CD301aが発現し、MGL2/CD301bは発現しないということを明らかにした。MGL1はマクロファージや骨髄由来の樹状細胞上に特異的に発現し、これまでにガラクトースを介した抗原のエンドサイトーシスに寄与する可能性、細胞外の糖鎖との相互作用により細胞交通を制御する可能性が示されていた。さらにMgl1遺伝子欠損胎児は正常発生するが、放射線による外的な侵襲があるときには生存に影響が生じアポトーシス細胞の除去に関与することが示されていた(1)。一方、成体マウスにおいてMGL1が感染に対する応答に関与するという報告はなかった。

 本研究はウイルス感染初期応答におけるpDC上に発現するMGL1の機能解析を目的とした。具体的には血管内に侵襲したウイルスを模したCpG-DNA静脈内投与モデルにてpDCの応答におけるMGL1の役割を、遺伝子欠損マウスを用いて明らかにした。

【方法と結果】

CpG静脈内投与時におけるMGL1陽性pDCの臓器内再分布

脾臓におけるMGL1陽性細胞の脾臓組織内分布を抗MGL1抗体LOM-8.7にて検討した。MGL1陽性細胞は定常時、脾臓白皮髄内のT細胞領域や赤脾髄に散在していた(Fig. 2)。CpG-DNA5μgを尾静脈から投与し、脾臓におけるMGL1陽性細胞の組織内分布を経時的に観察した。投与後2時間から6時間にかけて、MGL1陽性細胞は脾臓赤脾随やT細胞領域には観察されず、辺縁帯に集積することが明らかとなった(Fig. 2)。また、MGL1陽性細胞は定常時、CpG投与時共にpDCマーカーであるmPDCA-1の分布と一致した。このことからMGL1陽性pDCがCpGからの刺激により脾臓辺縁帯に移動することが示された。

Mgl1遺伝子欠損マウスにCpGを投与した際のpDCの分布と血中IFN-α濃度

MGL1がpDCの機能に関与するかを検討するため、Mgl1遺伝子欠損マウスにCpGを静脈内投与した際のpDCの分布を野生型と比較した。CpGを投与しないMgl1遺伝子欠損マウスで、脾臓内のpDCの数と分布に野生型との違いは見られなかった。CpG投与4時間後においてはpDCの組織内再分布が野生型と同様に見られたが、8時間後において集積しているpDC数は減少しなかった(Fig. 3)。また、経時的に血清中のIFN-α濃度をサンドイッチELISA法にて定量したところ、投与8時間後のマウスにおいて、遺伝子欠損マウスの方がIFN-αの濃度が有意に高いことが明らかとなった(Fig. 4)。このことからMGL1がIFN-αの産生、分泌を負の方向に制御することが明らかとなった。

CpG静脈内投与時におけるMGL1リガンド発現細胞の臓器内再分布

Mgl1遺伝子の欠損により血中IFN-α産生量が上昇した原因を検討した。Mgl1遺伝子欠損マウスと野生型マウスからpDCを単離し、CpG存在下で24時間培養したが、IFN-α産生に有意な差は認められなかった。このことからMGL1と相互作用するような分子を発現し、かつpDCと相互作用してIFN-αの産生を負に制御するような細胞集団の存在が考えられた。そこで、MGL1リガンドを発現する細胞の組織内分布をビオチン標識したリコンビナントMGL1(brMGL1)を用いて検討した。MGL1リガンドを発現する細胞は定常時、赤脾髄に局在するが、CpG投与4時間後から8時間後にかけて辺縁帯に集積した(Fig. 5)。CpG投与時にMGL1陽性細胞とMGL1リガンドを発現する細胞が同一領域に局在することから、両細胞が相互作用する可能性が考えられた。

MGL1リガンドを発現する細胞種の同定

次にMGL1リガンドを発現する細胞種の同定を試みた。凍結切片をbrMGL1と各種マーカーの二重染色による蛍光組織染色法により行った。その結果、MGL1リガンドを発現する細胞がTable 1に示すような表面抗原を発現することが明らかとなった。これらの結果とMGL1リガンドを発現する細胞が分葉した核型を示したことから、MGL1リガンドを発現する細胞が好中球(Polymorphonuclear leukocytes、以下PMN)であることを見いだした。さらに、脾臓細胞を単離調製し、brMGL1とCD11b、Gr-1で三重染色し、FACSにて表面マーカーを解析したところ、PMN上にMGL1リガンドが発現することが確認された。

脾臓からのpDCの単離とPMNとのCpG存在下での共培養

 pDCとPMNの相互作用がMGL1を介するIFN-α産生に寄与するかを検討するため、両細胞を脾臓から調製し、CpG存在下で共培養を行った。pDCの精製は以下の方法を用いた。脾臓をコラゲナーゼで消化後、BSA密度勾配遠心法により低密度細胞画分を取得した。磁気細胞分離装置を用いてCD3、CD19、CD11b、DX5陽性細胞を除去し、B220陽性細胞を回収した。純度はB220とCD11cをマーカーとしてFACSで解析した結果、90%以上であった。PMNは脾細胞からGr-1陽性細胞を磁気分離し、その後FACSでGr-1強陽性、CD11b強陽性の画分を分取した。FACSで解析した結果、純度は98%以上であった。pDCを1 x 105 cells/wellで24時間CpG 5μMで刺激する際にPMNを1 x 105 cells/wellで共存させた場合、産生されるIFN-α量が有意に低かった。このことからPMNとの相互作用によってpDCによるIFN-αの産生が抑制される可能性が示された(Fig. 6)。

【考察】

 本研究により脾臓においてMGL1を発現するpDCはウイルス疑似感染モデルにおいて組織内分布を変えること、また遺伝子欠損マウスを用いた結果からMGL1がpDCにおけるIFN-αの産生、分泌を負の方向に制御することが明らかにされた。脾臓におけるMGL1リガンドを発現する細胞は辺縁帯に移行してMGL1陽性pDCの近傍に位置するようになること、これらMGL1リガンドを発現する細胞が好中球であることが明らかにされた。in vitroにおける解析によりpDCとPMNの相互作用がIFN-αの産生抑制に寄与することが示された。pDCは未分化なDCであるが、CpG刺激後一定時間を経て成熟し、IFN-αの産生能が低下する代わりに抗原の取り込み能や提示能が増す可能性がある。MGL1を介したpDC-PMN間の相互作用はこの過程を促進している可能性がある。PMN上のMGL1リガンド分子を生化学的に決定することでより詳細なメカニズムが明らかになると考えている。

予備的な検討の結果、Mgl1遺伝子欠損マウスにHSV-1を経鼻感染させた際、ウイルス除去過程が野生型とは異なることが示された。これまでにpDC上に発現する糖鎖認識分子の機能に関する報告はほとんどなかったが、本研究によりMGL1がpDC表面上で機能することによってウイルス感染に対する初期応答を制御することが初めて示された。また、本研究は抗ウイルス免疫応答におけるIFN-α産生の制御にPMNが関与することを示す初めての報告である。

【謝辞】

 本研究の一部は慶応大学医学部微生物学・免疫学教室と国立感染症研究所感染病理部との共同研究として行いました。永井重徳博士、小島朝人博士、長谷川秀樹博士はじめ関係各位に深く感謝します。

【発表論文】

(1) Yuita H, Tsuiji M, Tajika Y, Matsumoto Y, Hirano K, Suzuki N, Irimura T. : Glycobiology 15(12): 1368-75, 2005

Fig. 1: DCの亜集団

Fig. 2: 脾臓におけるMGL1陽性細胞の組織分布。上段、PBS投与時の染色像。下段、CpGを投与したときの染色像。(T、T細胞領域。MZ、辺縁帯。)

Fig. 3: CpG投与8時間後のMgl1(-/-)マウス脾臓切片では多数のpDC集積部位が観察される。

*;p<0.005(n=6)

Fig. 4: Mgl1(-/-)マウス由来の血清では多量のIFN-αが検出される。

*;p<0.05(n=6)

Fig. 5: CpG投与時、MGL1陽性細胞とMGL1リガンド発現細胞はどちらも辺縁帯に集積する。上段、抗MGL1抗体による染色像。下段、brMGL1の結合部位。上段、下段は連続切片。(MZ、辺縁帯。T、T細胞領域。点線部は細胞の集積部位。)

Table 1. 脾臓組織切片においてbrMGL1結合細胞と共局在するマーカー分子

Fig.6 CpG存在下でPMNとpDCを共培養するとIFN-αの産生が抑制される。*; p<0.05

審査要旨 要旨を表示する

 「抗ウイルス免疫の初期応答における形質細胞様樹状細胞上に発現するマクロファージガラクトース型C型レクチン1の関与」と題する本論文は、ウイルス感染防御の初期に重要な役割を担う樹状細胞の亜集団である「形質細胞様樹状細胞」のマクロファージガラクトース型C型レクチン1(MGL1/CD301a)を介する新しい制御機構を、この分子のノックアウトマウスを用いることによって明らかにした結果を述べらたものである。全体は「研究全体の背景と目的」、「CpG投与モデルにおけるpDC上に発現するMGL1の機能解析」、及び「Herpes Simplex Virus-1感染モデルにおけるMGL1の機能解析」の三部から成る。

 樹状細胞(DC)には起源、機能、臓器分布が異なる複数の亜集団が知られているが、その中で形質細胞様樹状細胞(pDC)は非常にユニークな特徴を持つ。すなわち、これは抗原取り込み能が低いが個体がウイルスに感染した際に強い抗ウイルス作用を持つインターフェロン-α(IFN-α)を速やかに産生し放出する細胞である。pDCの機能を制御する表面細胞分子の詳細については不明であり、マーカーとなる表面分子も限られていたが、最近pDC上にMGL1/CD301aが発現する一方、骨髄細胞由来のDCでは共発現していることの多いMGL2/CD301bは発現しないことが伝田により明らかにされた。MGL1の機能は従来、マクロファージや骨髄由来の樹状細胞上に発現し、糖鎖認識による抗原のエンドサイトーシス、糖鎖との相互作用による細胞交通の制御、糖鎖認識による感染寄生体との相互作用、アポトーシス細胞の認識と除去、などに関与することが示されていた。ウイルス感染初期応答におけるpDC上に発現するMGL1の機能解析を目的とする本研究では、主に血管内に侵襲したウイルスを模したCpG-DNA静脈内投与モデルを用い、さらにHerpes Simplex Virus-1を用いて、pDCの活性化におけるMGL1の役割を、この遺伝子を欠損させたマウスを駆使して明らかにした。

 「CpG静脈内投与時におけるMGL1陽性pDCの臓器内再分布」の章は本研究の主要な部分である。先ず、脾臓におけるMGL1陽性細胞の脾臓組織内分布を抗MGL1抗体LOM-8.7にて検討した結果が述べられている。MGL1陽性細胞は定常時、脾臓白皮髄内のT細胞領域や赤脾髄に散在しているが、CpG投与後2時間から6時間にかけて、MGL1陽性細胞が辺縁帯に集積することが明らかとなった。MGL1陽性細胞の分布はpDCマーカーであるmPDCA-1の分布と一致した。このことからMGL1陽性pDCがCpGからの刺激により脾臓辺縁帯に移動することが示唆された。次に、Mgl1遺伝子欠損マウスにCpGを静脈内投与した際のpDCの分布を野生型の場合と比較した。CpGを投与しないMgl1遺伝子欠損マウスで、脾臓内のpDCの数と分布に野生型との違いは見られなかったが、CpG投与後に8時間後において集積しているpDC数が野生型では減少するのに対して、Mgl1遺伝子欠損マウスでは減少しなかった。また、経時的に血清中のIFN-α濃度をサンドイッチELISA法にて定量したところ、投与8時間後のマウスにおいて、遺伝子欠損マウスの方がIFN-αの濃度が有意に高いことが明らかとなった。すなわち、MGL1がIFN-αの産生、分泌を負に制御することを示す重要な発見となった。

 学位申請者はさらに、Mgl1遺伝子の欠損により血中IFN-α産生量が上昇した原因を追究することを企図した。Mgl1遺伝子欠損マウスと野生型マウスからpDCを単離し、CpG存在下で24時間培養したが、IFN-α産生に有意な差は認められなかったので、CpG静脈内投与時におけるMGL1リガンド発現細胞の臓器内再分布による細胞間相互作用の変化に焦点を絞った。そこで先ず、MGL1リガンドを発現する細胞の組織内分布をビオチン標識したリコンビナントMGL1(brMGL1)を用いて解析した結果、MGL1リガンドを発現する細胞は定常時、赤脾髄に局在するが、CpG投与4時間後から8時間後にかけて辺縁帯に集積することを見出した。すなわち、CpG投与時にMGL1陽性細胞とMGL1リガンドを発現する細胞が同一領域に局在することから、両細胞が相互作用する可能性が考えられた。二重染色による蛍光組織染色法とフローサイトメトリーによる解析の結果、MGL1リガンドを発現する細胞が好中球(Polymorphonuclear leukocytes、以下PMN)であることを見いだした。脾臓細胞を浮遊液として単離調製し、brMGL1、CD11b、及びGr-1で三重染色し、表面マーカーを解析した結果、PMN上にMGL1リガンドが発現することが確認された。pDCとPMNの相互作用がMGL1を介するIFN-α産生に寄与するかを検討するため、両細胞を脾臓から調製し、CpG存在下で共培養を行った。pDCをCpGで刺激する際にPMNを共存させた場合、産生されるIFN-α量が有意に低かった。このことからPMNとの相互作用によってpDCによるIFN-αの産生が抑制される可能性が示された。

 異常のように本章では、脾臓においてMGL1を発現するpDCはウイルス疑似感染モデルにおいて組織内分布を変えること、また遺伝子欠損マウスを用いた結果からMGL1がpDCにおけるIFN-αの産生、分泌を細胞相互作用を介して負の方向に制御することが明らかにされた。相互作用の相手は好中球であることが明らかにされ、免疫学的に新しい概念を示す成果となった。

 「Herpes Simplex Virus-1感染モデルにおけるMGL1の機能解析」の章では、Mgl1遺伝子欠損マウスにHSV-1を経鼻感染させた際、ウイルス除去過程が野生型とは異なることが示された。これまでにpDC上に発現する糖鎖認識分子の機能に関する報告はほとんどなかったが、本研究によりMGL1がpDC表面上で機能することによってウイルス感染に対する初期応答を制御することが初めて示された。

 以上のように、本研究は抗ウイルス免疫応答におけるpDCによるIFN-α産生の制御にこの細胞の表面に発現するC型レクチンが関与することを示す初めての報告である。本研究は、免疫学、感染症学、糖鎖生物学に資するところが大であり、本研究を行った結田浩史は博士(薬学)の学位を取得するにふさわしいと判断した。

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