学位論文要旨



No 122687
著者(漢字) 菊地,良太
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,リョウタ
標題(和) Hepatocyte Nuclear Factor1α/βとDNAメチル化によるトランスポーターの発現制御
標題(洋)
報告番号 122687
報告番号 甲22687
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1232号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 富田,泰輔
 東京大学 助教授 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 尿細管上皮細胞を介した物質輸送は糸球体濾過とともに生体異物・内因性物質の尿中排泄・再吸収に重要な役割を果たしている。Organic Anion Transporter 3(OAT3/SLC22A8)およびUrate Transporter 1(URATI/SLC22A12)は腎臓近位尿細管に特異的に発現し、それぞれ多様なアニオン性医薬品の血液中から上皮細胞内への取り込み、管腔からの尿酸の再吸収を司っている。これらのトランスポーターの発現・機能変動は、基質化合物の体内動態に影響を及ぼす。しかし肝臓に発現するトランスポーターと比較して、腎臓におけるトランスポーターの発現制御機構については殆ど明らかにされていない。

 hOAr3とhURAT1のプロモーター領域について転写因子結合部位のin silico予測を行ったところ、Hepatocyte Nuclear Factor 1(HNF1)の認識配列と相同性の高い配列が存在することが明らかになった。HNF1は、HNF1αとHNF1βの二つのisoform間でhomo-あるいはheterodimerを形成し、薬物トランスポーターを含む多くの肝臓特異的遺伝子の転写を正に制御している。HNF1は腎臓のほかに、OAT3やURATの非発現臓器である肝臓・小腸・膵臓などにも発現しており、HNF1だけではOAT3とURAT1の組織選択的な発現を説明することはできない。本研究ではHNF1による組織特異的発現制御を可能にするメカニズムとして、DNAメチル化を基盤とする遺伝子発現のエピジェネティック制御を仮定した。遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化は、近傍のクロマチン領域を凝集させ遺伝子発現を負に制御する。近年、DNAメチル化が遺伝子の組織特異的発現を制御する例が多く報告されていることからも、トランスポーターの組織特異的発現がエピジェネティックなレベルで制御されている可能性がある。

 本研究では、OAT3及びURAT1の腎臓特異的発現制御におけるHNF1とDNAメチル化の関与を明らかにすることを目的とした。

【方法・結果】

1.HNF1α/βとDNAメチル化によるhOAT3の発現制御

hOAT3、mOat3、rOat3のプロモーター領域のin silico解析

Mat Inspectorを用いてhOAT3の転写開始点上流約300bpの配列に存在する転写因子結合サイトを検索した。その結果、上流-32/-27の位置にTATA motif、-65/-53の位置にHNFI motifが存在し、これらはmOat3、rOat3のプロモーター領域においても保存されていることが明らかとなった。

hOAT3 promoter活性の解析

hOAT3のminimal promoterを決定するため、種々deleted promoter constructを作成し3種類のヒト由来細胞株(HepG2、Caco-2、HEK293)を用いてLuciferase assayを行った。その結果hOAT3の5'調節領域の-308/+6の領域がminimal promoterとして機能することが明らかとなった。

HepG2、Caco-2、HEK293におけるHNF1α/βの発現

Real-time PCR法及びWestern blot法により、HepG2には主にHNF1αが、Caco-2にはHNF1αとHNF1βの両方が発現していることが明らかとなった。一方で、HEK293ではどちらの発現も検出限界以下であった。

HNF1によるhOAT3の転写活性化

Site-directed mutagenesis法によりhOAT3 promoterのHNF1 motifに変異を導入し、転写活性に及ぼす影響を検討した。HNF1 motifの変異により、内因性にHNF1α/βを発現するHepG2及びCaco-2においては転写活性が約50%に減少した一方で、HNF1α/βを欠くHEK293においては活性に変化は無かった。さらにHNF1α及びHNF1βの発現ベクターを作成し、HEK293を用いてhOAT3 promoter活性に対するHNF1α/βの強制発現の影響を検討したところ、wild type promoterではHNF1α/βの発現により転写活性が顕著に上昇したが、HNF1-mutated promoterでは変化は見られなかった(Fig.1)。これらの結果から、hOAT3の転写はHNF1により正に制御されていることが明らかとなった。

hOAT3 promoterへのHNF1の結合

Electrophoretic Mobility Shift Assay(EMSA)の結果、hOAT3プロモーター領域のHNF1 motifにはHNF1α/HNF1αhomodimer及びHNF1α/HNF1β heterodimerが結合することが明らかとなった。

DNAメチル化によるhOAT3の転写制御

hOAT3, minimal promoterをin vitroでメチル化し、Luciferase assayによりDNAメチル化が転写活性に及ぼす影響を検討した。いずれの細胞種においてもin vitroメチル化によりhOAT3の転写活性が大幅に減少したことから、hOAT3の発現はDNAメチル化により転写レベルで負に制御されることが示唆された。さらにHEK293にHNF1α/βを一過性に発現させ、DNAメチル化阻害剤,である5-aza-2'-deoxycytidine(5azadC)で処理し、RT-PCR法によりhOAT3の発現を検討した(Fig.2)。HNF1α単独あるいはHNF1αとHNF1βの両者を強制発現させ、DNAを脱メチル化することにより、hOAT3の発現が転写誘導されることが明らかとなった。これらの結果から、hOAT3の転写にはHNF1α/βの発現とDNA脱メチル化の協調作用が必要であることが示唆された。

2.HNF1α/βとDNAメチル化によるhURAT1/mUrat1の組織特異的発現制御

HNF1によるURAT1 promoterの活性化

hURAT1のminimal promoter活性に必要なcis-elementは転写開始点上流-253/-39の領域に存在することが報告されている。この領域内の種間で保存されたHNF1 motifの重要性を検討するため、hURAT1/mUrat1 minimal promoter constructを作成しLuciferase assayを行った。hURAT1 promoterはHepG2、Caco-2においては有意なpromoter活性を示したが、HNF1 motifに変異を導入することで活性は失われた。一方で、HEK293ではhURAT1 promoterは有意な活性を示さなかったが、HNF1α/βを強制発現させることで活性が顕著に上昇した。またmUrat1 promoterもHNF1α/βの強制発現により活性が上昇した。これらの結果から、hURAT1/mUrat1のminimal promoter活性はHNF1に大きく依存していることが明らかとなった。

hURAT1 promoter とHNF1の相互作用

hURAT1のHNF1 motifをproboとしたEMSAの結果、HNF1α/HNF1α homodimer、HNF1α/HNF1β heterodimer、HNF1β/HNF1β homodimerのいずれもHNF1 motifに結合可能であることが示された。

HNF1α-nullマウスにおけるmUrat1の発現量低下

Real-time PCR法により、HNF1α-nullマウス腎臓においてはwild typeと比較してmUrat1の発現が顕著に減少していることが明らかとなった。

URAT1発現のエピジェネティック制御

Luciferase assayにより、hURAT1/mUrat1の転写活性はプロモーター領域のDNAメチル化により顕著に低下することが示された。mUrat1の組織特異的発現制御におけるDNAメチル化の関与を明らかにするため、マウス肝臓、腎臓皮質、及び腎臓髄質よりgenome DNAを抽出し、bisulfite sequencing法によりプロモーター領域のDNAメチル化プロファイルを決定した。その結果、肝臓および腎臓髄質においてプロモーター領域は高メチル化状態である一方で、腎臓皮質では低メチル化状態であった(Fig.3)。このメチル化プロファイルは腎臓皮質内の近位尿細管に特異的に発現するmUrat1の組織分布と一致していた。

【考察・結論】

本研究の結果、OAT3、URAT1の転写制御にはジェネティックな因子(HNF1α/β)とエピジェネティックな因子(DNAメチル化)が関与していることが示唆された。OAT3、URAT1はともに腎臓皮質近位尿細管に特異的に発現するが、先に述べたようにHNF1α/βは腎臓以外にも肝臓・小腸・膵臓等に発現している。この組織分布の不一致は、トランスポーター発現のエピジェネティック制御により説明される。HNF1 motif自身はDNAメチル化の標的配列であるCpG dinucleotideを含まないが、近傍のプロモーター領域のメチル化によりクロマチンが凝集することでHNF1の結合が妨げられ、DNAメチル化依存的な遺伝子サイレンシングが起きている可能性がある。このHNF1とDNAメチル化の協調作用により、OAT3、URAT1の組織特異的発現が確立していることが示唆された。

【参考文献】Kikuchi R, Kusuhara H, Hattori N, Shiota K, Kim I, Gonzalez FJ, Sugiyama Y:Regulation of the Expression of Human Organic Anion Transporter 3 by Hepatocyte Nuclear Factor 1α/β and DNA Methylation. Mol Pharmacol 70:887-896,2006

Fig. 1. Transactivation of hOAT3 promoter by HNF1α/β

Fig. 2. Reactivation of hOAT3 expression

Fig. 3. DNA methylation profile of the mUrat1 promoter

審査要旨 要旨を表示する

 生体内に投与された薬物の多くは肝臓における代謝・排泄あるいは腎臓における排泄により体内から消失する。肝臓あるいは腎臓選択的に発現するトランスポーター群の基質選択性は、薬物の肝腎振り分けに影響を及ぼす重要な因子である。これらのトランスポーターの発現・機能変動は、基質化合物の体内動態に影響を及ぼす。だが、その発現制御メカニズムについては、肝臓に発現する一部のトランスポーターについて知られているのみである。尿細管上皮細胞を介した物質輸送は糸球体濾過とともに生体異物・内因性物質の尿中排泄・再吸収に重要な役割を果たしている。Organic Anion Transporter3(OAT3/SLC22A8)およびUrate Transporter 1(URAT1/SLC22A12)は腎臓近位尿細管に特異的に発現し、それぞれ多様なアニオン性医薬品の血液中から上皮細胞内への取り込み、尿細管腔からの尿酸の再吸収を司っていることが明らかとされてきた。一方で、これらのトランスポーターの発現制御機構については殆ど明らかにされていない。

 申請者はhOAT3とhURAT1のプロモーター領域について転写因子結合部位のin silico予測を行い、Hepatocyte Nuclear Factor1(HNF1)の認識配列と相同性の高い配列が存在することを朋らかにした。HNF1はHNF1αとHNF1βの二つのisoform間でhomodimerあるいはheterodimerを形成し、ターゲット遺伝子の転写を活性化することが知られている。これまでの研究により、薬物トランスポーターを含む多くの肝臓特異的遺伝子がHNF1による転写制御を受けることが明らかとなっているが、本研究において申請者は腎臓に発現するOAT3およびURAT1もHNF1による転写制御を受けることを世界で初めて明らかとした。

 だがHNF1は腎臓のほかに、OAT3やURAT1の非発現臓器である肝臓・小腸・膵臓などにも発現しており、HNF1のみではOAT3とURAT1の組織選択的な発現を説明することはできない。申請者はHNF1による組織特異的発現制御を可能にするメカニズムとして、DNAメチル化を基盤とする遺伝子発現のエピジェネティック制御を仮定した。遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化は、近傍のクロマチン領域を凝集させ遺伝子発現を負に制御する。近年、DNAメチル化が遺伝子の組織特異的発現を制御する例が報告されつつあり、トランスポーターの組織特異的発現も同様にエピジェネティックなレベルで制御されている可能性がある。申請者はこれらの点に着目し、トランスポーター発現制御におけるDNAメチル化の関与をin vitro、in vivoの実験により明らかとした。

1. HNF1α/βとDNAメチル化によるhOAT3の発現制御

申請者はhOAT3のプロモーター領域について、種々deleted promoter constructを作成し、3種類のヒト由来細胞株(HepG2、Caco-2、HEK293)を用いてLuciferase assayを行った。その結果、hOAT3のminimal promoterは転写開始点上流約300bpの領域に位置することを明らかとした。その領域内には、TATA motifおよびHepatocyte Nulcear Factor1(HNF1) motifが存在し、これらのmotifはげっ歯類のOat3遺伝子においても保存されていた。Luciferase assayにおいて、hOAT3のpromoter活性はHNF1αおよびHNF1βの共発現により顕著に上昇したが、HNF1βの転写活性化能はHNF1αよりも低かった。HNF1 motifに変異を導入することにより、HNF1α/βによる転写活性化は低下した。ゲルシフトアッセイにより、hOAT3 promoterにはHNF1α/HNF1α homodimerおよびHNF1α/HNF1β heterodimerが結合することが示された。また、hOAT3のpromoter活性はDNAメチル化により抑制されることが明らかとなった。さらに、HNF1αおよびHNF1βを内因性に欠くHEK293細胞にHNF1α単独あるいはHNF1αとHNF1βの両者を強制発現させた状態でDNAを脱メチル化することにより、hOAT3の発現が新たに活性化された。一方で、HNF1βのみの強制発現ではhOAT3の発現を活性化することはできなかった。これらの結果から、hOAT3の腎臓特異的な発現には転写因子であるHNF1α/HNF1α homodimerあるいはHNF1α/HNF1β heterodimerとDNA脱メチル化の協奏作用が必要であることが示唆された。

2. HNF1α/βとDNAメチル化によるhURAT1/mUrat1の組織特異的発現制御

URAT1遺伝子の組織特異的発現制御メカニズムを解明するため、hURAT1およびmUrat1の転写調節機構が解析された。Luciferase assayによりHNF1αおよびHNF1βがURAT1遺伝子のminimal promoterを正に制御していることが示された。またゲルシフトアッセイによりhURAT1 promoter内のHNF1 motifへのHNF1αおよびHNF1βの結合が示された。さらにHNF1α-nullマウス腎臓において、mUrat1の発現はwild typeマウスと比較して低下しており、URAT1遺伝子の構成的発現にHNF1αが不可欠であることが明らかとなった。プロモーターのin vitroメチル化は、ヒトおよびマウスにおいてURAT1遺伝子のプロモーター活性を顕著に低下させることが分かった。さらに、in vivoにおいて、mUrat1のプロモーター領域は肝臓および腎臓髄質において高メチル化状態である一方で、腎臓皮質においては比較的低メチル化状態であることが示された。これらのDNAメチル化プロファイルは、近位尿細管特異的なmUrat1の発現と良く一致していた。

 以上のように、申請者は腎臓トランスポーターの発現制御機構をin vitro、in vivoの実験により解析し、OAT3、URAT1の転写制御にジェネティックな因子(HNF1α/β)とエピジェネティックな因子(DNAメチル化)が関与していることを明らかとした。OAT3、URAT1はともに腎臓皮質近位尿細管に特異的に発現するが、HNF1α/βは腎臓以外にも肝臓・小腸・膵臓等に発現していることが知られている。申請者が得た結果より、この組織分布の不一致は、トランスポーター発現のエピジェネティック制御により説明されることが示唆された。HNF1 motif自身はDNAメチル化の標的配列であるCpG dinucleotideを含まないが、近傍のプロモーター領域のメチル化によりクロマチンが凝集することでHNF1の結合が妨げられ、DNAメチル化依存的な遺伝子サイレンシングが起きている可能性がある。このHNF1とDNAメチル化の協調作用により、OAT3、URAT1の組織特異的発現が確立していることが示唆された。

 本研究において申請者が提唱した、ターゲット遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化プロファイルやクロマチン構造がHNF1αおよびHNF1βのアクセスの有無を決定するというモデルは、HNF1によって制御されるその他多くの組織特異的遺伝子にも適用可能かもしれない。トランスポーターに限って言えば、HNF1はOATP1B1/1B3などの肝臓特異的薬物トランスポーターの転写制御に関与していることが報告されている。これら肝臓トランスポーターのプロモーター領域のDNAメチル化プロファイルについては今後の検討課題であるものの、OAT3/URAT1の例とは逆に、肝臓では低メチル化、その他の組織では高メチル化状態であることで、HNF1による組織特異的発現制御を可能にしている可能性がある。プロモーター領域のクロマチン構造とHNF1α、HNF1βの結合の協奏作用は、これらの転写因子による組織特異的な遺伝子発現制御をより深く理解するための重要な手がかりになるだろう。

 このように、本研究はこれまで殆ど知られていなかったトランスポーターの組織特異的発現制御機構に関して初めて具体的な知見を得ており、その研究意義はトランスポーター研究に留まらず、より普遍的な遺伝子発現制御という観点からも非常に大きい。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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