学位論文要旨



No 122690
著者(漢字) 半野,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ハンノ,ヨウコ
標題(和) α-synuclein凝集体の形成と代謝におけるマクロオートファジーの役割
標題(洋)
報告番号 122690
報告番号 甲22690
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1235号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 紺谷,圏二
 東京大学 助教授 武田,弘資
 東京大学 講師 倉永,英里奈
 東京大学 客員教授 山西,嘉晴
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 パーキンソン病(PD)の変性神経細胞に特徴的に出現するレビー小体(LB)の主要構成成分はα-synuclein蛋白質である。家族性PD(FPD)においてα-synuclein遺伝子変異が見出されたことから、α-synucleinがPDにおける神経細胞変性に果たす役割が注目されている。α-synucleinは脳に広く発現し、神経細胞のシナプス前末端に可溶性蛋白質として局在するが、LBなどの病的構造物中では不溶線維化して蓄積する。α-synucleinを過剰発現したトランスジェニック動物においてα-synucleinの凝集やドパミン性神経細胞の障害が観察されていることから、α-synucleinの構造変化とそれに起因する細胞内蓄積がPDにおける神経細胞変性に深く関わっていると考えられる。

 細胞内における異常蛋白質蓄積には、蛋白質の産生、構造の変化とともに、分解・除去過程が関与する可能性がある。代表的な蛋白質分解系の1つであるマクロオートファジーは、蛋白質の品質管理や飢餓状態におけるエネルギー供給とともに、ポリグルタミン病などの神経変性疾患における凝集蛋白質の分解に関わることが示唆されている。私は、PDをはじめとするα-synuclein蓄積性神経変性疾患におけるマクロオートファジーの関与を解明したいと考え、主として培養細胞系を用いて検討を行った。

【方法と結果】

細胞質内α-synuclein凝集体のマクロオートファジーによる代謝

 HEK293細胞にα-synucleinとα-synuclein結合蛋白質であるsynphilin-1を共発現すると、発現4日後の時点で、約4%の細胞の細胞質に径1-3μmの粗大顆粒状のα-synuclein/synphilin-1陽性の凝集体が形成された(Fig.1)。凝集体の分解を検討するために、tet-off発現系を利用して発現4日目にα-synucleinの発現を遮断後、さらに2日間培養した。発現6日後において、α-synuclein凝集体陽性細胞の比率は4日目の約20%に減少していた。リソソーム分解阻害剤NH4Clおよび液胞型ATPase阻害剤bafilomycinA1によってα-synuclein凝集体の減少は抑制された(Fig.2)。この結果から、HEK293細胞に形成されたα-synuclein凝集体は最終的にリソソームによって分解されることが示唆された。

 細胞質蛋白質をリソソームによる分解に導く経路としては、オートファゴソームを経由するマクロオートファジーが主要機構と考えられている。そこで、マクロオートファジー経路の必須遺伝子であるATG5ノックアウト(KO)マウス由来のMEF細胞にα-synucleinを発現し、α-synuclein凝集体の形成を検討した。α-synuclein凝集体を形成した細胞の比率は、ATG5発現を誘導した場合(ATG5 on)と比較してATG5 KO細胞(ATG5 off)において増加した(Fig.3)。また、in vitroで凝集性の亢進を確認したE46KおよびA53T家族性PD変異型α-synucleinを発現すると、野生型α-synucleinを発現した場合と比較して凝集体数は増加した。これらの結果から、α-synuclein凝集体の代謝にマクロオートファジーが関与していることが示唆された。

α-synuclein凝集体形成に対するプロテアソーム系の関与

 α-synuclein凝集体の形成と分解に対するプロテアソーム系の関与について検討した。まずα-synuclein発現MEF細胞をプロテアソーム阻害剤であるlactacystinで処理し、細胞内のα-synucleinの総量をウェスタンブロット解析すると、α-synuclein量は約5倍に増加したが、野生型細胞とATG5 KO細胞間で差は見られなかった。この結果は、MEF細胞において可溶性α-synucleinの代謝は主にプロテアソーム系が担うことを示唆するものと考えた。lactacystin処理によりα-synuclein凝集体陽性細胞比率は増加し、この傾向はATG5 KO MEF細胞においてより顕著であった(Fig.4)。この結果は、プロテアソーム代謝の抑制を介した可溶性α-synuclein濃度の増大による凝集促進と、ATG5 KO細胞における凝集体分解の阻害によるものと解釈した。一方、(35)Sメチオニン代謝ラベリングを用いたパルスチェイス実験では、ATG5 KO細胞におけるα-synucleinの半減期は野生型細胞に比して約1.6倍延長したことから、可溶性α-synucleinの一部はマクロオートファジーによる代謝を受けることが示唆された。

mTORを介したマクロオートファジーの活性化が凝集体に与える影響

 マクロオートファジーの制御に関わる代表的な上流因子であるmTORの凝集体分解への関与を検討した。rapamycinはmTORを抑制的に制御し、その結果マクロオートファジーを活性化する。α-synucleinとsynphilin-1を一過性発現したHEK293細胞において発現4日目にtet-offで発現を遮断しrapamycin処理を施行すると、α-synuclein凝集体陽性細胞比率は非処理細胞と比較して減少した(Fig.5)。この結果から、mTORを介したマクロオートファジーの活性化は、α-synuclein凝集体の分解を促進することが示唆された。

 さらにミトコンドリアcomplex I阻害剤であり、ドパミン性神経細胞に毒性を持つrotenoneがマクロオートファジー活性を抑制すること、mTORの活性の指標であるS6KのThr389のリン酸化を増加させることを見出した。

α-synuclein蓄積にマクロオートファジーが及ぼす影響のin vivoにおける検討

 培養細胞を用いた検討から、α-synuclein凝集体の代謝にマクロオートファジーが関与する可能性が示されたことから、遺伝子改変マウスを用いてin vivoの検討を行った。A53T家族性PD変異型α-synucleinトランスジェニック(TG)マウスとATG5 KOマウスを交配し、ATG5 KOマウスの生存する出生直後に病理学的検討を行った。α-synuclein TG/ATG5 KO bigenicマウスとα-synuclein TGマウスは、ともに黒質神経細胞にα-synucleinが高発現したが、α-synuclein陽性凝集体の形成は見られず、細胞数の減少も見られなかった。これらの結果にはATG5 KOマウスの短命が関与している可能性があり、conditional KOマウスを用いた検討を続行している。ATG5 KOマウスの神経細胞にはユビキチン陽性凝集体の形成が観察されたが、これらはα-synuclein陰性であった。

【まとめ】

 本研究において私は(1)培養細胞にα-synucleinと結合蛋白synphilin-1を共発現することによりα-synuclein陽性凝集体が形成されること(2)この凝集体の除去にマクロオートファジーが関与すること(3)mTOR抑制によるマクロオートファジーの刺激により凝集体が減少することを示した。マクロオートファジーはα-synuclein凝集体の除去を介したPDの新規治療ターゲットとなる可能性があり、今後そのメカニズムの詳細と治療法の確立についてさらに検討したい。

 謝辞:ATG5 KOマウスならびにMEF細胞をご恵与下さいました東京医科歯科大学・水島昇先生に深謝します。

Fig.1 HEK293細胞に形成されたα-synuclein凝集体(矢頭;NH4Cl処理後)

Fig.2 α-synuclein凝集体の形成とリソソーム分解阻害の影響

Fig.3 ATG5 KO MEF細胞における野生型および家族性変異型α-syn凝集体陽性細胞比率

ATG5 on:tet-inducible systemを用いた同一ラインにおけるATG5発現回復後の結果

Fig.4 プロテアソーム阻害のα-synuclein凝集体陽性細胞比率に対する影響

ATG5 KO MEF細胞と野生型MEF細胞各2ラインにα-synucleinとsynphilin-1を一過性共発現した

Fig.5 rapamycinによるマクロオートファジー活性化によるα-synuclein凝集体陽性細胞比率の減少

審査要旨 要旨を表示する

 パーキンソン病(PD)の変性神経細胞に特徴的に出現するレビー小体(LB)の主要構成成分はα-synuclein蛋白質である。家族性PD(FPD)においてα-synuclein遺伝子変異が見出されたことから、α-synucleinがPDにおける神経細胞変性に果たす役割が注目されている。α-synucleinは脳に広く発現し、神経細胞のシナプス前末端に可溶性蛋白質として局在するが、LBなどの病的構造物中では不溶線維化して蓄積する。α-synucleinを過剰発現したトランスジェニック動物においてα-synucleinの凝集やドパミン性神経細胞の障害が観察されていることから、α-synucleinの構造変化とそれに起因する細胞内蓄積がPDにおける神経細胞変性に深く関わっていると考えられる。

 細胞内における異常蛋白質蓄積には、蛋白質の産生、構造の変化とともに、分解・除去過程が関与する可能性がある。代表的な蛋白質分解系の1つであるマクロオートファジーは、蛋白質の品質管理や飢餓状態におけるエネルギー供給とともに、ポリグルタミン病などの神経変性疾患における凝集蛋白質の分解に関わることが示唆されている。そこで申請者は、PDをはじめとするα-synuclein蓄積性神経変性疾患におけるマクロオートファジーの関与を解明したいと考え、主として培養細胞系を用いて検討を行った。

[方法と結果]

細胞質内α-synuclein凝集体のマクロオートファジーによる代謝

 HEK293細胞にα-synucleinとα-synuclein結合蛋白質であるsynphilin-1を共発現すると、発現4日後の時点で、約4%の細胞の細胞質に径1-3μmの粗大顆粒状のα-synuclein/synphilin-1陽性の凝集体が形成された。凝集体の分解を検討するために、tet-off発現系を利用して発現4日目にα-synucleinの発現を遮断後、さらに2日間培養した。発現6日後において、α-synuclein凝集体陽性細胞の比率は4日目の約20%に減少していた。リソソーム分解阻害剤NH4Clおよび液胞型ATPase阻害剤bafilomycinA1によってα-synuclein凝集体の減少は抑制された。この結果から、HEK293細胞に形成されたα-synuclein凝集体は最終的にリソソームによって分解されることが示唆された。

 細胞質蛋白質をリソソームによる分解に導く経路としては、オートファゴソームを経由するマクロオートファジーが主要機構と考えられている。そこで、マクロオートファジー経路の必須遺伝子であるATG5ノックアウト(KO)マウス由来のMEF細胞にα-synucleinを発現し、α-synuclein凝集体の形成を検討した。α-synuclein凝集体を形成した細胞の比率は、ATG5発現を誘導した場合(ATG5 on)と比較してATG5 KO細胞(ATG5 off)において増加した。また、in vitroで凝集性の亢進を確認したE46KおよびA53T家族性PD変異型α-Synucleinを発現すると、野生型α-Synucleinを発現した場合と比較して凝集体数は増加した。これらの結果から、α-synuclein凝集体の代謝にマクロオートファジーが関与していることが示唆された。

α-synuclein凝集体形成に対するプロテアソーム系の関与

 α-synuclein凝集体の形成と分解に対するプロテアソーム系の関与について検討した。まずα-synuclein発現MEF細胞をプロテアソーム阻害剤であるlactacystinで処理し、細胞内のα-synucleinの総量をウェスタンブロット解析すると、α-synuclein量は約5倍に増加したが、野生型細胞とATG5 KO細胞間で差は見られなかった。この結果は、MEF細胞において可溶性α-synucleinの代謝は主にプロテアソーム系が担うことを示唆するものと考えた。lactacystin処理によりα-synuclein凝集体陽性細胞比率は増加し、この傾向はATG5 KO MEF細胞においてより顕著であった。この結果は、プロテアソーム代謝の抑制を介した可溶性α-synuclein濃度の増大による凝集促進と、ATG5 KO細胞における凝集体分解の阻害によるものと解釈した。一方、(35)Sメチオニン代謝ラベリングを用いたパルスチェイス実験では、ATG5 KO細胞におけるα-synucleinの半減期は野生型細胞に比して約1.6倍延長したことから、可溶性α-synucleinの一部はマクロオートファジーによる代謝を受けることが示唆された。

mTORを介したマクロオートファジーの活性化が凝集体に与える影響

 マクロオートファジーの制御に関わる代表的な上流因子であるmTORの凝集体分解への関与を検討した。rapamycinはmTORを抑制的に制御し、その結果マクロオートファジーを活性化する。α-synucleinとsynphilin-1を一過性発現したHEK293細胞において発現4日目にtet-offで発現を遮断しrapamycin処理を施行すると、α-synuclein凝集体陽性細胞比率は非処理細胞と比較して減少した。この結果から、mTORを介したマクロオートファジーの活性化は、α-synuclein凝集体の分解を促進することが示唆された。

 さらにミトコンドリアcomplex I阻害剤であり、ドパミン性神経細胞に毒性を持つrotenoneがマクロオートファジー活性を抑制すること、mTORの活性の指標であるS6KのThr389のリン酸化を増加させることを見出した。

α-synuclein蓄積にマクロオートファジーが及ぼす影響のin vivoにおける検討

 培養細胞を用いた検討から、α-synuclein凝集体の代謝にマクロオートファジーが関与する可能性が示されたことから、遺伝子改変マウスを用いてin vivoの検討を行った。A53T家族性PD変異型α-synucleinトランスジェニック(TG)マウスとATG5 KOマウスを交配し、ATG5 KOマウスの生存する出生直後に病理学的検討を行った。α-synuclein TG/ATG5 KO bigenicマウスとα-synuclein TGマウスは、ともに黒質神経細胞にα-synucleinが高発現したが、α-synuclein陽性凝集体の形成は見られず、細胞数の減少も見られなかった。これらの結果にはATG5 KOマウスの短命が関与している可能性があり、conditional KOマウスを用いた検討を続行している。ATG5 KOマウスの神経細胞にはユビキチン陽性凝集体の形成が観察されたが、これらはα-synuclein陰性であった。

 以上のごとく本研究において申請者は(1)培養細胞にα-synucleinと結合蛋白synphilin-1を共発現することによりα-synuclein陽性凝集体が形成されること(2)この凝集体の除去にマクロオートファジーが関与すること(3)mTOR抑制によるマクロオートファジーの刺激により凝集体が減少することを示した。これらの成果はマクロオートファジーがα-synuclein凝集体の除去を介したPDの新規治療ターゲットとなる可能性を示唆するものであり、PDならびに神経変性疾患のメカニズムと治療法の確立に大きく貢献するものと考えられ、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク