学位論文要旨



No 122692
著者(漢字) 松島,総一郎
著者(英字)
著者(カナ) マツシマ,ソウイチロウ
標題(和) 抗ヒスタミン薬Fexofenadineの体内動態を制御するトランスポーターの同定ならびにトランスポーターの輸送阻害を原因とする薬物間相互作用の予測
標題(洋)
報告番号 122692
報告番号 甲22692
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1237号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 楠原,洋之
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 Fexofenadine(FEX)は、眠気などの副作用の少ない第二世代抗ヒスタミン薬の一種で、アレルギー性鼻炎や慢性蕁麻疹などの治療に汎用されている。FEXは、ほとんど体内で代謝されず、経口投与後、循環血に入ったもののうち約2/3が胆汁排泄、残り約1/3は尿排泄により消失する。一方、FEXは中性域で両性イオンであり、水溶性が比較的高いことを考慮すると、肝臓・腎臓における輸送には一連のトランスポーターの関与が想定され、これらがFEXの体内動態を決定づける要因であると考えられる。一方、FEXは、併用薬やジュース類などと薬物間相互作用を起こすことが数多く報告されている(表1)。このうち、AUCが上昇する相互作用の多くは、小腸のP-gpによるFEXの管腔側への排出の阻害と考えられているが、他に、FEXの肝取り込みの阻害も一因となりうる。FEXの肝取り込み過程には、当研究室での検討からorganic anion transporting polypeptide 1B3 (OATP1B3)が主に寄与する事が示されている(図1)。そこでまず本研究では、臨床で実際に相互作用が観察されている併用薬を含め、種々の化合物のOATP1B3を介したFEXの取り込みに対する阻害効果を観察し、臨床での相互作用の可能性について定量的に検討した。

 一方、胆管側膜に発現し薬物を輸送するトランスポーターには、主にアニオン系化合物を輸送するmultidrug resistance associated protein2(MRP2)、中性やカチオン性化合物を基質とするmultidrug resistance1(MDR1)、アニオン系化合物など広範な基質を輸送し、特に硫酸抱合体に親和性の高いbreast cancer resistance protein (BCRP)、そして胆汁酸とごく一部の薬物を輸送するbile salt export pump (BSEP)などが発現している。当教室の検討で、Mrp2を遺伝的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rats, Mdrla/1b (-/-) mice、Bcrp (-/-) miceを用い、FEXの胆汁排泄をin vivoで評価したが、どの系においても変化が観察されなかったことから、FEXの胆汁排泄に関与するトランスポーターは、現時点で不明である。この結果について私は、(1)MiceとRatsで種差が存在し、MiceではMrp2が関与する。(2)Bsepの寄与がある、という仮説をたて、MRP2,BSEPのFEXに対する基質認識性や寄与について、in vitro実験系および各種knockout miceを用いて検討した。

 一方、FEXの腎クリアランスは、probenecid, cimetidineによって減少することが報告されている(表1)。過去の当研究室の検討から、probenecidは、organic anion transporter3(OAT3)を介したFEXの輸送を阻害している事が示唆されたが、cimetidineについては全く不明であった。近年、multidrug and toxin compound extrusion family (MATE family)のトランスポーターが同定され、ヒトにおいてはMATE1,MATE2が腎の刷子縁膜側に発現し、種々のカチオン性化合物と一部の両性化合物を基質にし、特にcimetidineに対して、非常に高い親和性を持つ事が示された。従って、FEXの刷子縁膜側を介した輸送にMATEが関与する可能性を考え、MATE発現系を用いて、FEXの認識性とcimetidineの阻害効果について観察した。

【方法・結果】

1. FEXのヒト肝取り込みにおける種々の薬物の阻害効果の検討

 OATP1B3発現HEK293細胞を用いてFEXの取り込みを評価し、それに対する種々の薬物の阻害効果を観察した。また、消化管からの吸収を考慮した生理学的モデルに基づき、文献値から門脈中蛋白非結合型濃度の最大値を算出し、in vitro実験で得られた阻害定数(Ki)と比較した。1+(門脈中蛋白非結合型濃度の最大値)/Ki≧1.50を超えた化合物としてcyclosporin A, rifampicin, azithromycin, probenecidがあげられ、これらについては、FEXの肝取り込みを臨床において阻害する可能性があることが示唆された。

2. FEXの胆管側膜を介した排出メカニズムに対する検討

MRP2,BSEPのFEXに対する基質認識性の検討

 極性を有するMDCKII細胞のbasolateral側にOATP1B3、apical側にMRP2又はBSEPを発現させた共発現系を用い、両方向の経細胞輸送を測定した。その結果、対照細胞、単独発現系(OATP1B3,MRP2,BSEPを個々に発現させた系)では、方向性のある輸送は観察されなかったのに対し、OATP1B3/MRP2共発現系、OATP1B3/BSEP共発現系においては、FEXのbasal側からapical側への輸送が反対方向の輸送に比べて有意に大きくなった(図2)。また、BSEP発現細胞から調製した膜ベシクルを用いて輸送を評価した所、ATP依存的な輸送が観察され、その輸送は飽和性を示した。これらの結果からFEXがMRP2,BSEPの基質になる事が示唆された。

Mrp2(-/-)miceをいたin vivo実験によるFEXの体内動態へのMrp2の寄与の検討

 FVB mice(n=5)とMrp2(-/-)mice(n=6)にFEXを定速静注し、定常状態における血漿、胆汁、尿、肝臓、腎臓、脳の濃度を測定することで、FEXの薬物動態パラメーターを評価した(表2)。その結果、全身クリアランス(CL(plasma))、肝クリアランス(CL(bile,plasma))は、それぞれ有意に低下したが、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CL(bile,liver))は、2割ほど低下したものの有意ではなかった。さらに、肝臓対血漿濃度比は、有意に低下した。これらの結果から、miceにおけるMrp2の寄与はわずかにあるものの、他のトランスポーターの寄与が大きく、さらに、Mrp2(-/-)miceにおいて、FEXの血管側へのbackfluxが上昇している事が示唆された。Mrp2(-/-)miceにおいて、血管側膜に発現するMrp3の発現量が上昇する事が報告されている。また、血管側膜にはMrp4の発現も認められ、胆汁うっ滞時に発現量が上昇し、胆汁酸を輸送する事が知られており、Mrp3,Mrp4がFEXの血管側へのbackfluxに関与する可能性がある。このことから、次にMRP3,MRP4がFEXの体内動態に影響を与えうるかについて検討した。

MRP3,MRP4のFEXに対する基質確認性の検討

 MRP3,MRP4発現膜ベシクルを用いて輸送を評価した所、MRP3発現ベシクルにおいてのみATP依存的な輸送が観察され、その輸送には、飽和性が観察された(Km=28.2±9.9μM)(図3)。これらの結果からFEXがMRP3の基質になる事が示された。

Mrp3(-/-)miceおよびMrp4(-/-)miceを用いたin vivo実験によるFEXの体内動態へのMrp3,Mrp4の寄与の検討

 FVB mice(n=7)とMrp3(-/-)mice(n=6)にFEXを定速静注し、定常状態における血漿、胆汁、尿、肝臓、腎臓、脳の濃度を測定することで、FEXの薬物動態パラメーターを評価した(表3)。その結果、CL(plasma),CL(bile,plasma)は、それぞれ有意に上昇したが、CL(bile,liver)も有意に上昇した。一方、肝臓対血漿濃度比は、有意に上昇したことから、Mrp3がFEXの血液側へのbackfluxに関与することが示唆された。興味深いことに、Mrp3(-/-)miceでは、胆汁流量の有意な上昇が見られた。胆汁流量は、胆汁中のグルタチオンと胆汁酸の濃度に依存することから、Bsep/Mrp2の活性がどちらかまたは両方が上昇している可能性があり、同時にFEXの胆汁排泄にも寄与する可能性がある。一方、C57/BL6 mice (n=4)とMrp4(-/-)mice(n=3)において同様の検討を行った所、どの薬物動態パラメーターにおいても有意差はなく、FEXの体内動態へのMrp4の関与は低い事が示唆された。

3. FEXの腎排泄における薬物間相互作用メカニズムの検討

ヒト腎スライスを用いたFEXの腎取り込みの評価とprobenecid,cimetidineの咀害効果

 ヒト腎スライスを用いて、probenecid,cimetidineがFEXの腎取り込みに影響を与えうるか否かについて検討した(図4)。FEXのヒト腎スライスへの取り込みは飽和性を示し、Km値は157±7μMだった。probenecid,cimetidineの阻害効果を観察した所、臨床における血漿蛋白非結合型濃度の最大値(probenecid: 24μM,cimetidine: 5.2μM)において、probenecidは有意にFEXの取り込みを阻害したのに対し、cimetidineは阻害しなかった。この事からcimetidineによるFEXの腎クリアランスの低下は、刷子縁膜を介した排出の阻害による可能性が示唆された。

 MATEのFEXに対する基質認識性の検討

 ヒトMATE1、MATE2ならびにラットMate1発現系を用いてFEXの輸送を評価した(図5)。その結果、rMate1,hMATE1発現系において有意な取り込みが観察された。また、hMATE1発現系においてFEXの取り込みの飽和性が観察された(図5)。さらに、hMATE1発現系を用いて、FEXの取り込みに対するcimetidineの阻害効果を観察した所、3μMのcimetidineにより、FEXの取り込みが阻害剤非存在時の60%にまで低下した(図5)。この事からcimetidineによるFEXのMATE1を介した輸送阻害が薬物間相互作用の原因の一つになる事が示唆された。

【考察・まとめ】

 FEXは様々な薬物や飲料と相互作用する事が報告されていた。そこで本研究では、その相互作用のより詳細な解析をすべく、(1)ヒト肝取り込みの阻害効果、(2)胆汁排泄・腎排出トランスポーターの基質認識性、(3)knockout miceを用いたin vivoにおけるトランスポーターの寄与の検討を行った。まず、併用薬がFEXの肝取り込みを阻害することによる薬物間相互作用は多くはないことを明らかにした。次に、基質認識性については、従来明らかになっていたものに加え、MRP2,MRP3,BSEP,MATE1がFEXを基質にする事を明らかにした。胆管側を介した輸送は、これまでほとんどの胆汁排泄型の薬物は、Mrp2,Mdr1,Bcrpのいずれかで説明できていたが、FEXに関してはこれらで説明できない。従って、既知のトランスポーターの中で、BSEP,MATE1は有力な候補となりうる。Mrp3(-/-)miceの検討で、胆汁流量の上昇とFEXのCL(bile,liver)の上昇が同時に観察された事から、Bsep,Mrp2の関与の可能性が高まった。今後、直接的な証明のためには、BsepやMate1のknockout miceを用いた検討が必要である。

 本研究で興味深い事に、Mrp3がFEXの肝臓中から血管側への輸送に関与する事を初めて明らかにした。Mrp3は、胆汁うっ滞時における胆汁酸の排出やグルクロン酸抱合体の排出が生理的な役割であると考えられてきたが、薬物自体の排出にも関与する事が明らかになったことで、薬物の体内滞留性を決定したり、薬物間相互作用に関与する可能性がある。これまでMrp3の薬物自身の輸送について検討した例は少なく、今後さらに検討を加える事で、Mrp3が薬物の体内動態に重要な影響を与えている事が明らかになるかもしれない。

 最後に、FEXとcimetidineとの薬物間相互作用は、腎の刷子縁膜で起こり、そこにMATE1が関与する可能性を初めて明らかにした。これまでにofloxacinやAZTの腎排泄がcimetidineによって阻害される事が示唆されており、これらのメカニズムもMATEが関与するかもしれず、今後の検討が期待される。

 本研究によって、FEXに対して、ヒトにおける肝臓・腎臓における様々なトランスポーターの「候補」を明らかにしたが、それらの「候補」がどのようにヒトにおけるFEXの体内動態制御に関与するか、また薬物間相互作用に影響するかは、不明である。今後、候補トランスポーターのSNPsなどの機能変動やそれらに対する阻害剤、誘導剤を用いたprospective clinical studyを行い、その結果を組み込んだ薬物動態モデルを構築することで、各トランスポーターのヒトにおける寄与が明らかになると思われる。幸いにもFEXは、重篤な副作用の少ない薬物であるので、FEXの体内動態に対して、大きな影響を及ぼすトランスポーターに対しては、そのトランスポーターのprobe drugとしての可能性も考えられる。

表1 FEXと併用薬や飲料との臨床における相互作用

図1 FEXの体内動態に関わるトランスポーター群

図2 OATP1B3/MRP2、OATP1B3/BSEP共発現系におけるFEXのベクトル輸送

表2 FEXのFVB mice及びMrp2(-/-)miceにおける薬物動態パラメーター

図3 human MRP3発現ベシクルを用いたATP依存的な取り込み及び飽和性の検討

表3 FEXのFVB mice及びMrp3(-/-)miceにおける薬物動態パラメーター

図4 ヒト腎スライスにおけるFEXの取り込みの飽和性とProbenecid、Cimetidineの阻害効果

図5 MATE familyのfexofenadineに対する基質認識性

審査要旨 要旨を表示する

 副作用の少ない第二世代の抗ヒスタミン薬であるFexofenadine (FEX)は、薬物動態学の分野において、以下の理由で、最も注目されている薬物の一つである。すなわち、(1)臨床において、FEXと併用薬や飲料との間の薬物間相互作用に関する事例が数多く報告されている。(2)FEXの肝臓から胆汁中への排出メカニズムは、これまでのin vivoにおける各種遺伝子欠損動物を用いた結果、未だ不明である。(3)FEXの腎クリアランスを低下させる薬物間相互作用が報告されているが、FEXの腎臓から尿中へ排出されるメカニズムについては未解明である。という3点が挙げられる。このよつな背景から申請者は、FEXの体内動態を制御する肝・腎のトランスポーターの同定ならびに薬物間相互作用の分子メカニズムの解明を日指して、in vitro/in vivo両面からの種々の検討を行った。

1. FEXの肝取り込みに対する各種併用薬の阻害効果

 既に当研究室において、FEXの肝取り込みにはOrganic anion transporting polypeptide 1B3(OATP1B3)が主に寄与する事が明らかになっている。そこで申請者は、薬物間相互作用メカニズムの1つとして、FEXの肝取り込み過程の阻害という仮説を実証するため、OATP1B3発現HEK293細胞を用いてFEXの取り込みに対する種々の薬物の阻害効果を観察した。また、過去に当研究室から提唱した、消化管からの吸収を考慮した数理モデルに基づき、文献値から門脈中蛋白非結合型濃度の最大値を算出し、in vitro実験で得られた阻害定数(Ki)と比較した。その結果、1+(門脈中蛋白非結合型濃度の最大値)/Ki≧1.50を超えた化合物としてcyclosporin A, rifampicin, azithromycin, probenecidが挙げられ、これらは、FEXの肝取り込みを臨床において阻害する可能性があることが示唆された。しかし、その他の化合物においても臨床において薬物間相互作用を起こす化合物は多く含まれており、肝取り込みだけで薬物間相互作用メカニズムのすべてを説明する事は難しい事が考えられた。

2. 肝臓に発現する排出トランスポーターがFEXの体内動態に与える影響に関する検討

 FEXの胆管側膜を介した排出メカニズムについては未だ解明されていない。当研究室の過去の検討から、Multidrug resistance associated protein 2 (Mrp2)を欠損したラットであるEHBR (Eisai hyperbilirubinemic rat), Multidrug resistance 1 (Mdr1), Breast cancer resistance protein (Bcrp)のノックアウトマウスを用いてFEXの胆汁排泄クリアランスを評価したが、対照群と比較してFEXの胆汁排泄に差が観察されなかった経緯がある。この結果について申請者は、(1)マウスとラットで種差が存在し、マウスではMrp2が関与する。(2)胆汁酸の胆汁排泄に重要な役割を果たすBile salt export pump (Bsep)の寄与がある、という2つの仮説をたて、MRP2,BSEPのFEXに対する基質認識性やin vivoでの寄与について、in vitro実験系およびMrp2ノックアウトマウスを用いて検討した。基質認識性に関しては、当研究室で構築されたOATP1B3/MRP2共発現系、OATP1B3/BSEP共発現系を用いることで、FEXがMRP2、BSEPの基質になる事を初めて明らかにした。Mrp2ノックアウトマウスを用いた検討の結果から、Mrp2については、全体の2割程度の寄与は認められるが、他のトランスポーター群の関与の方が大きい事が示唆された。興味深いことにMrp2ノックアウトマウスにおけるFEXの肝臓から血管側へのbackfluxが対照群に比べ上昇している事が示唆された。これまでの報告からMrp2ノックアウトマウスにおいて、血管側膜上に発現するMrp3、Mrp4の発現量が上昇することが報告されており、次に申請者はMrp3、Mrp4のFEXの体内動態に対する寄与について検討した。Mrp3、Mrp4発現膜ベシクルを用いた検討から、MRP3はFEXを基質とするが、MRP4においては基質としないことが示された。また、Mrp3ノックアウトマウス、Mrp4ノックアウトマウスを用いた検討から、Mrp3がFEXの肝臓から血中へのbackfluxに関与し、Mrp4の関与は少ない事が示唆された。これらの結果は、MRP3が生理的条件下で、肝臓から血中へのFEXのbackfluxに関与し、バイオアベイラビリティの上昇や体内滞留性の向上など重要な役割を果たす可能性が示唆された。

3. FEXの腎排泄過程における薬物間相互作用メカニズムに関する検討

 FEXの腎クリアランスは、probenecid, cimetidineによって減少することがヒト臨床研究を通じて報告されている。過去の当研究室の検討から、probenecidはorganic anion transporter3(OAT3)を介したFEXの腎取り込みを阻害する事が示唆されたが、cimetidineについては全く不明であった。近年、Multidrug and toxin compound extrusion family (MATE family)のトランスポーターが同定され、ヒトにおいてはMATE1,MATE2が腎の刷子縁膜側に発現し、種々のカチオン性化合物と一部の両性化合物を基質とし、特にcimetidineに対して、非常に高い親和性を持つ事が示された。申請者は、FEXの刷予縁膜側を介した輸送にMATEが関与する可能性を考え、MATE発現系を用いてFEXに対する基質認識性とcimetidineの阻害効果について観察した。まず、ヒト腎スライス法を用いて、FEXの血管側膜を介した取り込みに対するprobenecid、cimetidineの阻害効果を観察した所、probenecidは臨床での使用濃度の範囲(10μM)で有意に取り込みを減少させたのに対し、cimetidineは、100μMまでほとんど阻害が観察されず、臨床での使用濃度の範囲内では取り込みを減少させなかったことから、cimetidineはFEXの取り込み過程以外のプロセスに影響を与えている事を明らかにした。次にhuman MATE1 (hMATE1)、hMATE2、rat MATE1 (rMATE1)発現系を用いてFEXの取り込みを評価した所、hMATE1、rMATE1発現系で有意な取り込みが観察された。また、cimetidineによるhMATE1を介した取り込みに対する阻害効果を観察した所、臨床濃度で、約半分の阻害を示した事から、この事からcimetidineによるFEXのMATE1を介した腎排出輸送の阻害が薬物間相互作用の原因の一つになる事が示唆された。

 以上のように、申請者は、(1)臨床でFEXのAUCを上昇させる併用薬の中で、probenecidとazithromycinがFEXの肝取り込みを阻害しうること、(2)FEXに対する基質認識性に関して、従来明らかになっていたものに加え、MRP2,MRP3,BSEP,MAFE1がFEXを基質にする事を初めて明らかにし、胆管側膜を介したFEXの排泄にはMrp2が一部関与し、肝臓から血中へのbackfluxにはMrp3が関与すること、(3)cimetidineとFEXの薬物間相互作用は、腎の刷子縁膜を介したhMATE1による腎排泄の阻害により起こる可能性があること、を本研究を通じて明らかにした。(1)については、これまで多くの研究者がFEXと併用薬との薬物間相互作用が小腸のP-gpによる排出の阻害によってのみ起こると信じていたが、本研究のようにin vitro実験系の結果から、定量的に薬物間相互作用を検討しようとする研究は数少なく、複数の薬物について肝取り込み過程の阻害とその他の原因の可能性を論理的に分別しており、興味深い知見であると考えている。(2)については、FEXの体内動態に関与しうる新たに複数のトランスポーターが関与する事を示唆した興味深い結果といえる。特に、MRP3の薬物動態における寄与については、未変化体の薬物に限れば、現在のところ当研究室で明らかにしたmethotrexate以外には報告がなく、新規な結果である.(3)については、FEXの腎の刷子縁膜を介した相互作用メカニズムを説明するために、まだあまり解析が進んでいない新規トランスポーターMATEファミリーに着目し、cimetidineの相互作用点となりうる可能性を複数の実験から示している点で、新しい相互作川メカニズムの提唱につながる研究であるといえる。

 このように、本研究は単にFEXという体内動態的に興味深い特性を示す1化合物の体内動態を調べたということに留まらず、複数のトランスポーターについてin vitro実験やin vivoノックアウト動物を用いた検討を組み合わせることで薬物動態に与える寄与について詳細に議論をしている。また薬物間相互作用についても定量的な視点から可能性について慎重に議論がされており、極めて論理的な薬物動態研究を遂行していると言える。この研究成果は、新たな薬物動態に関与しうるトランスポーター群を明らかにしたことで、FEXのみならず、今後新薬の開発過程一般においてもヒトにおける体内動態、個人間変動、薬物間相互作用の予測をする上で十分に活用しうる知見を数多く含んでいる。よって、申請者は、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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