No | 122693 | |
著者(漢字) | 三輪,崇志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミワ,タカシ | |
標題(和) | 紫外線応答におけるDICC1-DLK-JNKシグナル伝達機構の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 122693 | |
報告番号 | 甲22693 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1238号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 ストレス応答性MAPK (mitogen-activated protein kinase)カスケードは、細胞内外の物理化学的ストレスによる刺激を細胞内情報伝達へと変換して生理的応答を行うシグナル伝達経路であり、おもにJNK経路とp38経路から構成されている。DLK (dual-leucine-zipper- bearing kinase)は、MAPKカスケードにおいて最上流を担うMAP3Kファミリーに属し、進化的に良く保存されている分子である。また、DLKは主としてJNK経路を特異的に活性化し、アポトーシスをはじめとする様々な細胞応答を引き起こす活性を持つことが知られている。よって、DLKを介した細胞内シグナル伝達は物理化学的ストレスに対する生理応答において重要な役割を果たしていると推測される。しかし、他の多くのMAP3Kファミリー分子については活性化刺激となる物理化学的ストレスの同定が進んでいる一方で、DLKの活性化刺激については現在のところ不明な点が多い。そのため、DLKの活性化機構についてもあまり解析が進んでいないのが現状である。本研究において私は、まずDLKの活性化の分子機構について解析を行い、その知見からDLKの活性を検出できる抗DLKリン酸化抗体を作製し、これを用いてDLK活性化刺激の同定を試みた。さらに、DLKは分子間相互作用を担うロイシンジッパーモチーフを2箇所に持つことから(Fig.1)、結合分子の解析から得られるDLK活性制御機構についての情報が有用であると考え、DLKの活性に影響を与える結合分子の同定を行った。本研究は、これらの情報をもとにDLKの活性制御機構を明らかにし、JNK経路を介した新たなストレス応答機構を解明することが目的である。 【方法と結果】 DLKはUV刺激により活性化する DLKの活性化が他のいくつかのMAP3Kと同様にキナーゼ領域中の活性化ループに存在するセリン/スレオニン残基のリン酸化によって制御される可能性を想定し、MAP3Kファミリーの活性化ループに比較的良く保存されているSer265、Thr266、Ser269の必要性について検討した。それぞれのAla変異体を用いて解析を行ったところ、Ser269がDLKの活性化に必要であることが判明した(Fig.2a)。この結果に基づき、DLKのSer269のリン酸化を特異的に認識する抗体(p-DLK抗体)を作製し、p-DLK抗体が野生型DLKを認識し、キナーゼ不活性型DLK(KR変異体)を認識しないことを確認した。p-DLK抗体を用いて細胞内に発現させたDLKの活性が各種ストレスによりどのように変化するかを、JNKの活性化に関与することが知られている複数の刺激を中心に検討した。その結果、DLKは紫外線(UV-C/波長254nm)によって活性化することが明らかとなった(Fig.2b)。UVによるDLKの活性化と内在性JNKの活性化との時間依存性がほぼ合致することから、UVによるJNK活性化にDLKが深く関与していることが示唆された。 (b)UVによるDLKの活性化 pull-down法によるDLK結合分子DICC1の同定 DLKの活性化刺激としてUVが同定されたことから、その活性化メカニズムを解明するためのアプローチとして、HEK293細胞に過剰発現させたFlag-DLKの免疫沈降物を質量分析計により解析することで新たなDLK結合分子の探索を試みた(産総研生物情報解析センター・蛋白質ネットワーク解析チームとの共同研究)。その結果、新規DLK結合分子として機能未知分子を同定し、DICC1(DLK-interacting coiled-coil domain containing protein 1)と命名した。HEK293細胞におけるDICC1、DLKの共発現系において免疫沈降実験を行った結果、両分子の結合が確認された。また同様に、DICC1と各種MAP3K分子の結合について検討した結果、DICC1はMAP3Kファミリー分子の中でDLKに対する結合特異性が高いことが示された(Fig.3)。 DICC1はDLKの活性を抑制する DICC1がDLKと相互作用する分子であることが示されたことから、次にDICC1がDLKの活性に及ぼす影響について解析を行った。DLKとDICC1を共発現させたHEK293細胞からDLKを免疫沈降し、そのキナーゼ活性をDLKの下流分子であるMKK7リコンビナントタンパク質を基質としたin vitro kinase assayにより測定した。その結果、DICC1存在下では定常状態におけるDLKの活性が抑制されることが明らかとなった(Fig.4a)。更に、HEK293細胞におけるDLKとDICC1の共発現系においては、定常状態に加えてUV刺激によるDLKの活性化も抑制されていることが明らかとなった(Fig.4b)。 (b)UVによるDLKリン酸化のDICC1による抑制 DICC1はUV刺激によりDLKから解離する 以上の結果は、DICC1が定常状態でのDLK活性ならびにUV刺激によるDLKの活性化に対する抑制因子であることを示唆することから、定常状態でDLKの活性を抑制しているDICC1が、UVに応答してDLKから解離することによってDLKの活性化が引き起こされる可能性が考えられた。そこで、HEK293細胞に発現させたDLKに結合する内在性DICC1のUV刺激による結合解離について免疫沈降法を用いて検討した結果、DLKに結合する内在性DICC1はUV刺激により解離することが明らかとなった(Fig.5)。 UV刺激によるJNK活性化はDICC1ノックダウンにより増強される UV刺激によるJNK活性化に対してDICC1が抑制的に機能しているかを検討するため、siRNAを用いてHEK293細胞における内在性DICC1のノックダウンを行い、UVに対するJNKおよびp38の活性化を検討した。その結果、DICC1ノックダウン細胞において、UVによるp38の活性化はほとんど影響を受けないのに対し、JNK活性化は増強された(Fig.6)。この結果は、DICC1がおもにDLKの活性を抑制することによって、UVによるJNKの活性化を負に制御していることを示しているものと考えられる。 【まとめと考察】 本研究において私は、DLKのSer269リン酸化がDLK活性制御の重要なステップであることを明らかにし、このリン酸化を指標とした解析からDLKの活性化刺激としてUVを同定した。また、DLKの新規結合分子としてDICC1を同定し、DICC1が定常状態およびUV刺激時にDLKの活性抑制因子として機能することを示した。更に、DLKとDICC1の複合体形成が、UV刺激によるJNK活性化の重要な制御機構の一つであることを見出した。DICC1はUV刺激依存的にDLKより解離することと併せ、私はFig.7に示すDICC1を介した新たなDLKのシグナル伝達メカニズムを提示する。UV刺激は、DNA傷害や酸化ストレスなどの様々な物理化学的ストレスを介して細胞に傷害を与えると考えられている。よって、DICC1-DLK複合体がUV以外のどのような刺激に応答するかを検討することによって、両者の解離機構の詳細が明らかになるものと考えている。 ノックアウトマウスの解析から、UVによるアポトーシスの誘導にはJNKが必要であることが明らかにされており、JNKの活性を厳密に制御することは細胞のUVストレス応答において重要な生物学的意義を持つ。DICC1はUVに対する細胞応答において、JNK経路の活性化の程度とタイミングを調節する分子としてその機構に寄与している可能性が考えられる。よって、本研究を端緒とするDICC1-DLK複合体を介したUV応答メカニズムの更なる解析は、物理化学的ストレスに対する細胞応答を担うシグナル伝達機構の理解に大きく寄与することが期待される。 Fig.1 DLKタンパク質のドメイン構造 Fig.2 (a)DLK活性に必要なリン酸化部位 Fig.3 DICC1の結合特異性 Fig.4 (a)DICC1によるDLKのキナーゼ活性の抑制 Fig.5 UV刺激によるDICC1の解離 Fig.6 UV応答に対するDICC1ノックダウンの効果 Fig.7 UV刺激に応答するDLK-DICC1を介したシグナル伝達メカニズム | |
審査要旨 | ストレス応答性MAPK (mitogen-activated protein kinase)カスケードは、細胞内外の物理化学的ストレスによる刺激を細胞内情報伝達へと変換して生理的応答を行うシグナル伝達経路であり、おもにJNK経路とp38経路から構成されている。DLK (dual-leucine-zipper- bearing kinase)は、MAPKカスケードにおいて最上流を担うMAP3Kファミリーに属し、進化的に良く保存されている分子である。また、DLKは主としてJNK経路を特異的に活性化し、アポトーシスをはじめとする様々な細胞応答を引き起こす活性を持つことが知られている。よって、DLKを介した細胞内シグナル伝達は物理化学的ストレスに対する生理応答において重要な役割を果たしていると推測される。しかし、他の多くのMAP3Kファミリー分子については活性化刺激となる物理化学的ストレスの同定が進んでいる一方で、DLKの活性化刺激については現在のところ不明な点が多い。そのため、DLKの活性化機構についてもあまり解析が進んでいないのが現状である。 本研究では、DLKの活性化刺激および活性化の分子機構について解析を行った。その結果、DLKは紫外線(UV)によって活性化すること、新規DLK結合分子として同定したDICC1がDLKの抑制因子として機能し、UV応答性のJNKシグナル伝達に関与することが示された。これら本研究によって得られた知見について以下にまとめる。 1.DLKはUV刺激により活性化する DLKの活性化が他のいくつかのMAP3Kと同様にキナーゼ領域中の活性化ループに存在するセリン/スレオニン残基のリン酸化によって制御される可能性を想定し、MAP3Kファミリーの活性化ループに比較的良く保存されているSer265、Thr266、Ser269の必要性について検討した結果、Ser269がDLKの活性化に必要であることが判明した。この結果に基づいてDLKのSer269のリン酸化を特異的に認識する抗体を作製し、これを用いて細胞内に発現させたDLKの活性が各種ストレスによりどのように変化するかを、JNKの活性化に関与することが知られている複数の刺激を中心に検討した。その結果、DLKは紫外線(UV-C/波長254nm)によって活性化することが明らかとなった。UVによるDLKの活性化は内在性JNKの活性化との時間依存性がほぼ合致することから、UVによるJNK活性化にDLKが深く関与していることが示唆された。 2.Pull-down法によるDLK結合分子DICC1の同定 DLKの活性化刺激としてUVが同定されたことから、その活性化メカニズムを解明するためのアプローチとして、HEK293細胞に過剰発現させたFlag-DLKの免疫沈降物を質量分析計により解析することで新たなDLK結合分子の探索を試みた。この結果、新規DLK結合分子として機能未知分子を同定し、DICC1(DLK-interacting coiled-coil domain containing protein 1)と命名した。HEK293細胞におけるDICC1、DLKの共発現系において免疫沈降実験を行った結果、両分子の結合が確認された。また、同様にDICC1と各種MAP3K分子の結合について検討した結果、DICC1はMAP3Kファミリー分子の中でDLKに対する結合特異性が高いことが示された。 3.DICC1はDLKの活性を抑制する DICC1がDLKと相互作用する分子であることが示されたことから、次にDICC1がDLKの活性に及ぼす影響について解析を行った。DLKとDICC1を共発現させたHEK293細胞からDLKを免疫沈降し、そのキナーゼ活性をDLKの下流分子であるMKK7リコンビナントタンパク質を基質としたin vitro kinase assayにより測定した。その結果、DICC1存在下では定常状態におけるDLKの活性が抑制されることが明らかとなった。更に、HEK293細胞におけるDLKとDICC1の共発現系においては、定常状態に加えてUV刺激によるDLKの活性化も抑制されていることが明らかとなった。 4.DICC1はUV刺激によりDLKから解離する 以上の結果は、DICC1が定常状態でのDLK活性ならびにUV刺激によるDLKの活性化に対する抑制因子であることを示唆することから、定常状態でDLKの活性を抑制しているDICC1が、UVに応答してDLKから解離することによってDLKの活性化が引き起こされる可能性が考えられた。そこで、HEK293細胞に発現させたDLKに結合している内在性DICC1のUV刺激による結合解離について免疫沈降法を用いて検討した結果、DLKに結合する内在性DICC1はUV刺激により解離することが明らかとなった。 5.UV刺激によるJNK活性化はDICC1ノックダウンにより増強される UV刺激によるJNK活性化に対してDICC1が抑制的に機能しているかを検討するため、siRNAを用いてHEK293細胞における内在性DICC1のノックダウンを行い、UVに対するJNKおよびp38の活性化を検討した。その結果、DICC1ノックダウン細胞において、UVによるp38の活性化はあまり影響を受けないのに対し、JNK活性化は増強された。この結果は、DICC1がおもにDLKの活性を抑制することによって、UVによるJNKの活性化を負に制御していることを示しているものと考えられる。 以上より、本研究ではDLKのSer269リン酸化がDLKの活性化に必要であることを明らかにし、このリン酸化を指標とした解析によりDLKの活性化刺激としてUVを同定した。また、DLKの新規結合分子としてDICC1を同定し、DICC1が定常状態およびUV刺激時にDLKの活性抑制因子として機能することを示した。更に、DLKとDICC1の結合解離が、UV刺激によるJNK活性化の制御機構の一つであることが示唆された。 ノックアウトマウスの解析から、UVによるアポトーシスの誘導にはJNKが必要であることが明らかにされており、JNKの活性を厳密に制御することは細胞のUVストレス応答において重要な生物学的意義を持つと考えられる。よって、本研究によって明らかとなったDICC1-DLK複合体を介したUV応答性のJNKシグナル伝達に対する知見は、物理化学的ストレスに対する細胞応答を担うシグナル伝達機構の理解に大きく寄与することが期待される。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 | |
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