学位論文要旨



No 122694
著者(漢字) 山田,隆二
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,リュウジ
標題(和) 細胞体による軸索伸長の遠隔制御
標題(洋)
報告番号 122694
報告番号 甲22694
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1239号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,則夫
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 講師 池谷,裕二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 神経細胞は発達に伴い、出力用の軸索と入力を担う樹状突起という2種の神経線維を伸長させる。これらの神経線維は高度に制御されたガイダンスを受け、緻密な神経ネットワークを形成する。しかしそのガイダンス機構は十分に解明されていない。

 伸長している神経線維の先端には成長円錐と呼ばれる微小な膨らみ構造が存在する。この成長円錐は周囲の環境を知覚し、ダイナミックにその形態を変化させることで、突起の伸長方向を決定する。細胞体から切り離された成長円錐のみでもガイダンス分子に反応することが報告されており、突起の伸長は成長円錐内の局所シグナルによって制御されていると考えられている。

 私は、突起の伸長を、成長円錐ではなく、細胞の他部位から調節する機構も存在する、という仮説を立てた。

 海馬の歯状回に存在する顆粒細胞は、軸索と樹状突起を空間的に反対方向に伸長させ、高度な形態的極性を示すため、突起の伸長を調べる上でよいモデルとなる。私は世界に先駆けて、同一細胞から軸索と樹状突起の応答を区別して観察できる実験系を確立した。これにより細胞応答の精細な評価が可能になり、突起伸長における部位間相互作用が存在することを解明するに至った。

【本論】

1. 薬物局所適用系の確立

 部位間相互作用を調べることを目的とし、局所的に濃度勾配を形成しながら、かつ一定量を適用し続ける薬物適用系の確立に成功した(Fig.1)。さらに適用用ピペット内に蛍光物質Alexa568を同時にロードすることにより、暴露された薬物の濃度の空間分布を概算することが可能になった(Fig.1D,E)。

2. 樹状突起・細胞体はグルタミン酸に応答して軸索伸長を調節する

 実験効率を上げるために、生後3日齢のラットから摘出・分散した顆粒細胞の凍結保存法を開発した。融解した細胞を播種し、培養4日目に実験に用いた。

 細胞全体に暴露したグルタミン酸は、軸索および樹状突起の成長円錐にコラプス応答を誘起する。コラプスとは、成長円錐の特徴的構造が消失することであり、突起が反発性にガイドされる指標となる。

 そこで顆粒細胞の軸索のみにグルタミン酸を局所適用した。意外なことに、有意な応答は観察されなかった(Fig.2A,B,C)。続いて、同じ細胞の樹状突起・細胞体部位にグルタミン酸を適用したところ、軸索および樹状突起の退縮が観察された(Fig.2D,E,F)。適用を中止すると、退縮は止まり成長円錐が再生した。

 突起を反発する物質である、Sema3Fを軸索末端に適用すると、成長円錐が濃度勾配を避けて伸長する忌避応答が観察された。つまり顆粒細胞の軸索の成長円錐は、他細胞の成長円錐同様、ガイダンス分子に反応する能力を有している。また、樹状突起・細胞体部位にSema3Fを適用すると、グルタミン酸の場合と同様に、軸索の退縮が観察された。

 続いて、海馬体の別の細胞種であるアンモン角神経細胞の応答を調べた。細胞体・樹状突起にグルタミン酸を適用すると、退縮応答は観察されず、この応答は顆粒細胞に特有のものであることが明らかになった。

 退縮した長さは、軸索の元の全長にはよらず、細胞体に暴露される濃度に相関を示した。また、退縮およびコラプス応答が誘起されるまでの所要時間も軸索の長さに依存しなかった。

 次に、グルタミン酸の作用を媒介する受容体のサブタイプを各種受容体阻害薬により険討した(Fig.3)。イオンチャネル共役型受容体を阻害するCNQX(AMPA/カイニン酸型受容体阻害薬)、APV(NMDA型受容体阻害薬)、およびGタンパク共役型受容体を阻害するMCPG処置によりグルタミン酸の作用は阻害された。このことから、複数の受容体からのシグナルが相互作用し、グルタミン酸の作用が担われていることが想定された。またtetrodotoxinでも阻害されたことから、電位感受性Na+チャネルの関与が示唆された。細胞内カルシウムストアを枯渇させるthapsigarginにより、軸索退縮が阻害された。よって細胞内カルシウムストアも関与することが示された。

 次に受容体作動薬の作用を調べた。AMPA(AMPA型受容体作動薬)を処置すると軸索の退縮が観察された。しかしグルタミン酸とは異なり、短い軸索ほどより退縮が大きい傾向が示された。ここで代謝型受容体活性化薬ACPDを共添加するとその相関は失われた。

3. 樹状突起の退縮応答

 樹状突起が退縮する長さは、細胞体が暴露されるグルタミン酸の濃度との間に正の相関を示した。また、軸索が退縮する長さと樹状突起が退縮する長さとの間に正の相関が観察され、両種の突起退縮が同時に起こる傾向が明らかになった。

 各種阻害薬の作用を調べると、軸索と同様に、CNQX、NMDA、MCPG、tetrodotoxin、およびthapsigargin処置において退縮の阻害が観察された。また、AMPAの適用によりグルタミン酸と同様の退縮が観察された。

【結論】

 多くの神経突起誘導に関する研究は、成長円錐が伸長制御の全てを担っている、という考えに基づいている。しかし本研究において私は、軸索の伸長に樹状突起・細胞体部位からの遠隔的な調節機構が存在することを明らかにした。これは、私が新規に開発した薬物局所適用システムと経時観察システムによって、細胞内の部位を分離して観察ができるようになったために得られた知見であり、神経突起のガイダンス機構に新しいメカニズムを提唱するものである。今後、分子機構のさらなる究明、および、実際の生体で、遠隔制御機構がいかに活用されているかを検証していくことが必要であろう。

【発表論文】

1) Yamada, R. X., Matsuki, N. and Ikegaya, Y. 'Nitric oxide/cyclic guanosine monophosphate-mediated growth cone collapse of dentate granule cells.'

Neuroreport, 17:661-665, 2006.

2) Yamada, R. X., Matsuki, N. and Ikegaya, Y. 'Soluble guanylyl cyclase inhibitor prevents Sema3F-induced collapse of axonal and dendritic growth cones of dentate granule cells.'Biol. Pharm. Bull., 29:796-798, 2006.

3) Yamada, R. X., Matsuki, N. and Ikegaya, Y. 'cAMP differentially regulates axonal and dendritic development of dentate granule cells.'J. Biol. Chem., 280:38020-38028, 2005.

4) Kim, J.-A., Koyama, R.,Yamada, R. X., Yamada, M. K., Nishiyama, N., Matsuki, N. and Ikegaya, Y.'Environmental control of the survival and differentiation of dentate granule neurons.'Cereb. Cortex, 14:1358-1364, 2004.

5) Baba, A., Yasui, T., Fujisawa, S., Yamada, R. X., Yamada, M. K., Nishiyama, N., Matsuki, N. and Ikegaya, Y. 'Activity-evoked capacitative Ca(2+) entry: Implications in synaptic plasticity.'J. Neurosci., 23:7737-7741, 2003.

Fig.1 薬物の局所適用

投与薬液に蛍光物質を混入し、共焦点顕微鏡により撮影(B)。A. 同視野の位相差像。C. 共焦点像を積層したものから3次元構築した。D. ピペットの先端の蛍光強度を100%とした場合の細胞面の蛍光強度を表した、培養シャーレ表面レベルの等強度線。E. 蛍光物質の濃度と蛍光強度の関係は比例直線によく近似された(R2=0.9617)。

Fig.2 歯状回顆粒細胞のグルタミン酸に対する応答A-C 軸系成長円錐にグルタミン酸を適用しても有意な変化は観察されなかった。同じ細胞の細胞体および樹状突起に暴露したところ、軸索および樹状突起の退縮が観察された(D-F)。

Fig.3 各種阻害薬の作用

CNQX、APV、MCPG、tetrodotoxin、およびthapsigarginによってグルタミン酸の作用は阻害された。

審査要旨 要旨を表示する

 神経細胞は発達に伴い、出力用の軸索と入力を担う樹状突起という二種の神経線維を伸長させる。これらの神経線維は高度に制御されたガイダンスを受け、緻密な神経ネットワークを形成する。しかしそのガイダンス機構は十分に解明されていない。

 伸長している神経線維の先端には成長円錐と呼ばれる微小な膨らみ構造が存在する。この成長円錐は周囲の環境を知覚し、ダイナミックにその形態を変化させることで、突起の伸長方向を決定する。細胞体から切り離された成長円錐のみでもガイダンス分子に反応することが報告されており、突起の伸長は成長円錐内の局所シグナルによって制御されていると考えられている。

 山田隆二は、まず研究を開始するに当たって、突起の伸長を、成長円錐ではなく、細胞の他部位から調節する機構も存在する、という大胆な仮説を立てた。

 彼が選んだ標本は海馬の歯状回に存在する顆粒細胞である。この神経細胞は、軸索と樹状突起を空間的に反対方向に伸長させ、高度な形態的極性を示すため、突起の伸長を調べる上でよいモデルとなる。実験効率を上げるために、生後3日齢のラットから摘出・分散した顆粒細胞の凍結保存法を開発した。融解した細胞を播種し、培養4日目に実験に用いた。

 部位間相互作用を調べることを目的とし、局所的に濃度勾配を形成しながら、かつ一定量を適用し続ける薬物適用系の確立に成功した。さらに適用用ピペット内に蛍光物質Alexa568を同時にロードすることにより、暴露された薬物の濃度の空間分布を概算することが可能になった。

 細胞全体に暴露したグルタミン酸は、軸索および樹状突起の成長円錐にコラプス応答を誘起する。コラプスとは、成長円錐の特徴的構造が消失することであり、突起が反発性にガイドされる指標となる。

 そこで顆粒細胞の軸索のみにグルタミン酸を局所適用した。意外なことに、有意な応答は観察されなかった。続いて、同じ細胞の樹状突起・細胞体部位にグルタミン酸を適用したところ、軸索および樹状突起の退縮が観察された。適用を中止すると、退縮は止まり、成長円錐が再生した。

 突起を反発する物質である、Sema3Fを軸索末端に適用すると、成長円錐が濃度勾配を避けて伸長する忌避応答が観察された。つまり顆粒細胞の軸索の成長円錐は、他細胞の成長円錐同様、ガイダンス分子に反応する能力を有している。また、樹状突起・細胞体部位にSema3Fを適用すると、グルタミン酸の場合と同様に、軸索の退縮が観察された。海馬体の別の細胞種であるアンモン角神経細胞の応答を調べた。細胞体・樹状突起にグルタミン酸を適用すると、退縮応答は観察されず、この応答は顆粒細胞に特有のものであることが明らかになった。

 次に、グルタミン酸の作用を媒介する受容体のサブタイプを各種受容体阻害薬により検討した。イオンチャネル共役型受容体を阻害するCNQX(AMPA/カイニン酸型受容体阻害薬)、APV(NMDA型受容体阻害薬)、およびGタンパク共役型受容体を阻害するMCPG処置によりグルタミン酸の作用は阻害された。このことから、複数の受容体からのシグナルが相互作用し、グルタミン酸の作用が担われていることが想定された。またtetrodotoxinでも阻害されたことから、電位活性化Naチャネルの関与が示唆された。細胞内カルシウムストアを枯渇させるthapsigarginにより、軸索退縮が阻害された。よって細胞内カルシウムストアも関与することが示された。

 次に受容体作動薬の作用を調べた。AMPA(AMPA型受容体作動薬)を処置すると、軸索の退縮が観察された。しかしグルタミン酸とは異なり、短い軸索ほどより退縮が大きい傾向が示された。ここで代謝型受容体活性化薬ACPDを共添加すると、その相関は失われた。

 樹状突起が退縮する長さは、細胞体が暴露されるグルタミン酸の濃度との間に正の相関を示した。また、軸索が退縮する長さと樹状突起が退縮する長さとの間に正の相関が観察され、両種の突起退縮が同時に起こる傾向が明らかになった。

 細胞体から軸索上を伝播し、軸索退縮を誘起するシグナルを追求するために、カルシウムイメージング法により、軸索上のカルシウムイオン濃度変化を解析した。指示薬としてOregon Green488 BAPTA1-AMを用いた。この指示薬はカルシウムイオンとの結合能が高く、微弱なカルシウムイオン濃度変化が可視化できる。1mMのグルタミン酸をピペットに充填し、細胞体近傍に局所適用すると、適用直後に一過性のカルシウムイオン濃度上昇が軸索全体で生じた。引き続いて細胞体から軸索先端へのカルシウムイオン濃度上昇が徐々に伝播し、その濃度上昇が維持されることが観察された。この軸索上の伝播・維持は新規に観察された現象である。

 これまでの神経突起誘導に関する研究の多くは「成長円錐が伸長制御の全てを担っている」という一方的な考えに基づいている。山田隆二はこの従来の仮説に真っ向から挑み、軸索の伸長に細胞体部位からの遠隔的な調節機構が存在することを明らかにした。これは、彼が薬物局所適用システムと経時観察システムを独自に開発したことによって得られた新しい知見であり、神経突起のガイダンス機構の解明に向けて新らたな道筋を与えるものである。よって本研究は博士(薬学)の授与に値するものと判定した。

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