学位論文要旨



No 122711
著者(漢字) 中島,史博
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,フミヒロ
標題(和) III-V-N型混晶半導体薄膜の有機金属気相成長と物性評価
標題(洋)
報告番号 122711
報告番号 甲22711
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第248号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 岡本,博
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 久保田,実
内容要旨 要旨を表示する

1. 本研究の要旨

 ターシャリーブチルアルシン(TBAs)およびターシャリーブチルホスフィン(TBP)を用い、有機金属気相成長(MOVPE)法によりGaAsNおよびGaPN薄膜を作製し、それぞれN濃度5.1%、7.9%までのN添加を実現し、GaPNに関してはMOVPE法により作製された中で最高N濃度となった。またN添加がバンド構造に与える影響に関し、低N濃度では不純物バンドモデルを適応できるのに対し、高N濃度の試料、特にGaPN薄膜においてPerturbed Host State(PHS)モデルで説明できることを示した。

2. 本研究の背景および目的

III-V-N型混晶半導体は、Nを含まないIII-V型混晶半導体には見られない特有の物性を示すことが分かっている。N原子のもつ性質(原子半径、電気陰性度など)がAsやPに比べ大きく異なることに起因した、GaAsやGaPへのN添加が困難という特徴(非混和性)を有し、N濃度はせいぜい数%程度に留まり、10%に達するような試料に関する報告例は未だ少ない。またIII-V-N型混晶半導体を特徴付けるもう一つの物性として、低N濃度領域においてバンドギャップが大きく下に凸になる、巨大バンドギャップボウイングを挙げることができる。GaAsN混晶を例に取ると、GaAs(Eg=1.4eV)にNを添加した場合、バンドギャップエネルギーはもう片方の終端物質である立方晶GaN(Eg=3.2eV)へと単調に増加する、ということが従来のIII-V型混晶半導体で見られる特性であるのに対し、GaAsNの場合数%程度のN添加でバンドギャップが逆に減少することが実験的に明らかになっている。GaAsNにInを加えたInGaAsNはこの特性を生かし、GaAs基板上への1.3/1.55μm帯通信用レーザ材料として期待されている。しかしながら、巨大バンドギャップボウイングを説明するためにこれまで複数のモデルが考えられてきたが、いずれも明瞭な確証が得られてはないのが現状である。

 本研究では、N添加がホスト材料の物性に与える影響をより抽出して調べるため、四元混晶半導体ではなく単純にGaAsやGaPにNを加えた三元III-V-N混晶半導体GaAsNおよびGaPNを研究対象とした。結晶作製方法として有機金属気相成長(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy;MOVPE)法を用いるが、本研究の特徴は、AsおよびP原料にアルシン(AsH3)やホスフィン(PH3)といった水素化物の代わりに、ターシャリーブチルアルシン(Tertiarybutylarsine; TBAs)、およびターシャリーブチルホスフィン(Tertiarybutylphosphine; TBP)を用いて試料作製を行うところにある。TBAs、TBP共にアルシンおよびホスフィンに比べ低い分解温度を持つため、より非平衡な環境での結晶成長が可能となり10%を超えるような高濃度領域までN添加が実現できることが期待できる。また作製した試料の構造的・光学的評価を行い、高N濃度領域におけるGaAsNおよびGaPN薄膜について、特に光学特性に関する知見を得ることを目的とした。

3. 本研究の内容

 GaPN薄膜に関しては、図1に示すようにターシャリーブチルホスフィン(TBP)をP原料に用い成長温度を550℃まで下げることで7.9%にまで及ぶN添加に成功した。これはMOVPE法により作製されたGaPN薄膜では最高N濃度とである。N濃度3.8%までのGaPN薄膜ではGaPに対し完全に歪んで積層しているのに対し、N濃度5.6%以上のGaPN薄膜において歪み率が1より減少したことから部分的な格子緩和が起こっていることが分かった。しかしMBモデルを用いて計算した臨界膜厚と比較すると、N濃度2.3%、3.8%のGaPN薄膜の膜厚は十分臨界膜厚を越えているのにもかかわらず、XRD測定から完全に歪んで積層しているという結果が得られた。これはN添加に伴い結晶内の転位がNとの相互作用により転位の移動が抑制された結果、臨界膜厚を越えても格子歪みが蓄積されていると考えられる。成長温度550℃で作製したN濃度7.9%のGaPN薄膜では6.8%のGaPN薄膜に比べ歪みの緩和が抑制されたことが明らかとなり、これは成長温度を下げたことによりTBPの分解効率が下がり結果として成長速度が減少したことによるGaPN膜厚の減少に起因すると考えられる。

 光学評価を行った結果、N濃度0.06%および0.11%のGaPN薄膜の10KでのPLスペクトルにおいてNNペアに束縛された励起子からの発光が支配的となったが、N濃度0.7%から3.8%のGaPN薄膜のPLスペクトルではブロードな発光ピークを観測し、N濃度の増加と共にピークは単峰性を示しレッドシフトすることが分かった(図2)。成長温度が発光特性に与える影響を調べた結果、成長温度を下げるほど発光強度が減少したことを明らかとし、これは表面マイグレーションが阻害された結果非発光再結合中心となるアンチサイトや格子間原子の混入を促進されたことに起因すると考えられる。

 分光エリプソメトリ測定からは、図3に示すようにN濃度増加と共にGaPのバンド端以下に新たな吸収ピークが現れたことに加え、バンド端からE0臨界点にかけてのエネルギー範囲における吸収強度が増大することも明らかとした。このエネルギー領域における振る舞いは、BACモデルや不純物バンドモデルでは説明できないことから、本研究においてはPHSモデルを用いることで説明できることを示した。

 GaAsN薄膜に関しては、図4および5に示すようにAs原料にターシャリーブチルアルシン(TBAs)を用いGaAs(001)基板上にGaAsN薄膜を有機金属気相成長(MOVPE)法により、成長温度500℃、N/V比0.975においてN濃度5.1%までのGaAsN薄膜の作製に成功した。XRD測定において干渉によるフリンジ構造から膜厚を見積もったところ、DMHy供給量の増加に伴う膜厚の減少を確認した。これはDMHyの分解反応がGaAs表面に吸着してから促進されるHeterogeneous reactionが支配的であることから、過剰に供給されたDMHyが成長表面に吸着しAsの吸着を阻害したため成長速度が減少したと考えられる。

 PL測定からは、図6のようにN濃度2.75%までのGaAsN薄膜において、N濃度増加に伴うPLピークのレッドシフト、発光強度の減少、ピーク半値幅の増加が観測された。しかしそれより高N濃度の試料では低温10 Kにおいても明瞭な発光は確認できず、非発光再結合中心となる欠陥の混入(N添加に伴うN空孔や格子間N原子、低温成長によるAsアンチサイトなど)が原因と考えられる。その温度依存性からは低温領域において禁制対中に形成された局在準位からの発光が支配的となり、その準位の深さはN濃度に依存していることが分かった。これはN濃度の増加に伴いN濃度揺らぎが顕著になり、その揺らぎ幅もそれに伴い大きくなることから説明できる。また高温領域においてBose-Einsteinの式をフィッティング関数に用い、0Kの値を外挿して見積もり300KでのPLピークエネルギーとの差ΔEを計算したところ、N濃度増加に伴いΔEは95meV(N濃度0%)から24meV(アニール処理N濃度5.1%)小さくなっていくことが分かった(図7)。これはフィッティング関数から得られたデバイ温度に関するパラメータΘがN濃度の増加と共に増大していたことから、GaAsのフォノンモードとの相互作用よりもより高波数成分である孤立N原子に局在した振動モード(LVM)との相互作用の寄与が大きくなったためと考えられる。

 実際にGaAsN薄膜の格子振動に関する情報を得るため顕微ラマン分光測定を行ったところ、GaAsN薄膜において新たなピークを470cm-1付近に検出しN濃度の増加に伴いピーク強度が増加していることから、孤立N原子に起因したLVMピークということが明らかとなった。図8に示すように、LVMピーク強度から計算したN濃度と格子定数からVegard則を適用して求めたN濃度を比較すると、低N濃度領域においては良い一致を示したのに対し、高N濃度領域では格子定数から計算したN濃度に比べLVMピーク強度から計算した濃度が小さくなることを明らかとした。これについてはLVMがV族サイトに収まったN原子に起因するのに対し、格子定数によるN濃度計算はサイトに収まったN原子だけでなくN空孔、格子間NやNクラスタの寄与も含めた値であり、高濃度のN添加によりそれらの欠陥の混入が促進されたため2つのN濃度にずれが生じたと考えられる。

 以上のように、MOVPE法を用いGaPNおよびGaAsN薄膜の作製を行い、有機V族原料を用いることで高濃度のN添加が可能となることを示し、GaPN薄膜では7.9%とこれまでMOVPE法を用いて作製した中では最高濃度となっている。またその構造および光学評価から、特にこれまであまり報告例のない高N濃度のGaPN薄膜を用いたこれらの物性評価が、ボウイング機構の解明に繋がる重要な基礎データになると考えられる。

4. 本論文の構成

 第1章で、本研究の背景と目的、および本研究で用いた有機金属原料に関する基礎知識を述べる。第2章では、結晶作製法である有機金属気相成長(MOVPE)法、および作製した試料の評価方法について述べる。第3章では、作製したGaAsN薄膜の構造および光学評価の結果をまとめる。第4章では、GaPN薄膜のMOVPE成長、構造および光学評価の結果をまとめ、最後に第5章で結論を述べる。

図1 GaPN薄膜の(004)2θ-ωスキャン

図2 GaPN薄膜のPLスペクトル(10K)

図3 GaPN薄膜の分光エリプソメトリスペクトル(300K)

図4 550℃で作製したGaAsN薄膜の(004)2θ-ωスキャン

図5 500℃作製したGaAsN薄膜の(004)2θ-ωスキャン

図6 GaAsN薄膜のPLスペクトル

図7 △EのN濃度依存性

図8 X(XRD)とX(Raman)の関係

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、III-V-N型混晶半導体に属するGaPNおよびGaAsN薄膜に関して、有機金属気相成長(MOVPE)法による結晶成長上の特性、および窒素添加に起因する特徴的な光学特性とその関連の物性を、詳細な実験と考察により明らかにしたことを述べたもので、全5章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的および本論文の構成が述べられている。III-V-N型混晶半導体は、"巨大バンドギャップボウイング"という特徴的な性質によって、III-V化合物への窒素添加とともにバンドギャップが減少するが、発光特性などに関わるバンド端近傍の電子準位の起源に関しては必ずしも明らかになっていない。一方、この型の混晶半導体は、強い非混和性のために作製は一般に容易ではなく、窒素をどの程度の濃度まで結晶品質を保持しながら添加できるかという結晶成長上の問題がある。このような背景に立って、適切な原料物質の選択によってGaPNおよびGaAsN混晶薄膜の作製を試み、窒素添加に基づく光学特性および関連の物性を明らかにすることを本研究の目的としている。

 第2章は「結晶成長法と物性評価法」と題し、本研究で用いた有機金属気相成長(MOVPE)法および試料の評価方法について述べている。本研究では、非混和性混晶を非平衡環境を利用して成長させるという意図から、低温で分解効率の良いターシャリブチルフォスフィン(TBP)、ターシャリブチルアルシン(TBAs)、ジメチルヒドラジン(DMHy)をそれぞれP、As、Nの原料として用いることを特徴としている。薄膜結晶の評価方法としては、X線回折(XRD)による構造的評価手法のほか、フォトルミネッセンス(PL)、フォトリフレクタンス(PR)、ラマン分光、分光エリプソメトリなどの光学的評価手法を用いている。

 第3章は「GaPN薄膜のMOVPE成長および物性評価」と題し、GaPN薄膜の成長とその評価結果および考察が述べられている。成長温度を550℃まで下げることにより、N濃度7.9%までのGaPN薄膜成長に成功した。膜厚200nmにおいて、薄膜はGaP基板に対し、歪緩和層となっている。低温(10K)PL測定より、N濃度3.8%までの薄膜において、N濃度増加に伴う発光波長の長波長化および発光強度の低下がみられた。発光はN関連の局在準位に起因している。N濃度増加とともに、N関連の局在準位が特徴的な変化を示すことが明らかにされた。

 第4章は「GaAsN薄膜と多重量子井戸構造のMOVPE成長および物性評価」と題し、GaAsN薄膜および多重量子井戸構造の成長とその評価結果および考察が述べられている。成長温度500℃において、N濃度5.1%までのGaAsN薄膜成長に成功した。N濃度2.7%までのGaAsN薄膜では、膜厚200nmにおいて、GaAs基板に対し、ほとんど完全な歪層となっている。低温(10K)PL測定より、N濃度2.7%までのGaAsN薄膜において、N濃度増加に伴う発光波長の長波長化および発光強度の低下、発光スペクトル半値幅の増大がみられた。発光はGaPNと同様にN関連の局在準位に起因している。N濃度増加とともに、N関連の局在準位は、Nクラスターの寄与が支配的となり、より深い準位の発光へと変化することが明らかにされた。発光波長の温度依存性は、N濃度増加とともに小さくなる特徴的性質が明らかとなったが、エネルギーギャップの温度依存性を支配する電子格子相互作用が、実質的にN原子周囲の局在格子振動モードの寄与によっているためという解釈が妥当である。局在格子振動モードはラマンスペクトルより確認できた。

第5章は本論文の総括的な結論を述べたもので、本研究により学術上意義のある新規な知見が得られたことを述べている。

 なお、本論文の第3章および第4章に述べられた内容は、尾鍋研太郎、片山竜二、Sakuntam Sanorpimとの共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

 以上、本論文は、GaPNおよびGaAsN混晶薄膜に関して、有機金属気相成長(MOVPE)法における結晶成長上の特性、および窒素添加に起因する特徴的な光学特性とその関連の物性を、詳細な実験と考察により明らかにした点で、物質科学への寄与は非常に大きい。よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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