学位論文要旨



No 122712
著者(漢字) 片岡,利介
著者(英字)
著者(カナ) カタオカ,トシユキ
標題(和) ポリロタキサン構造を有する高分子材料の物性の研究
標題(洋)
報告番号 122712
報告番号 甲22712
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第249号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 柴山,充弘
 東京大学 教授 高橋,敏男
 東京大学 講師 奥薗,透
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 グルコースが1,4-グリコシド結合により環状につながった構造を有する分子をシクロデキストリン(CD)と呼び,水中でその疎水性の空洞に多様な種類の分子を取り込むことが知られている.近年ではCDは高分子とも包接錯体を形成することが見出され,現在多くの研究が報告されている.また,包接錯体形成後,高分子末端をかさ高い置換基で修飾した分子はポリロタキサンと呼ばれ,環状分子が高分子に沿って運動できるという独特のコンフォメーション変化を示す超分子である.近年,この分子の特徴を利用し,シクロデキストリンナノチューブ[1],分子被覆導線[2]などの新しいマテリアルが設計され,報告されている.特にグルコース6単位により構成されるα-CDと,水溶性高分子であるポリエチレングリコール(PEG)からなるポリロタキサン(Fig.1)は,PEGが,多くのα-CDに包接されるため,その中でも最も多く研究が行われている[3,4].近年我々の研究室では,PEGとα-CDからなるポリロタキサンを用いて,環状分子で構成された架橋点が高分子に沿って運動できる新しいマテリアルである環動ゲル[5]の合成に成功し,アドバンストソフトマテリアルズとの共同研究により,環動ゲルを含むポリロタキサンをベースとした新規マテリアル,あるいはブレンド材料への応用展開を検討してきた.本論文は,これら研究の成果をまとめたものである.

2.イオン性液体膨潤環動ゲル

近年,室温付近で溶融する塩であるイオン性液体が注目されており,これを含有するゲル材料に次世代の機能性マテリアルとして可能性が見出されている.そこでこのゲル材料に,強靭性を有する環動ゲルを用いることを検討した.

 ポリロタキサンは,CDが高分子に沿って立体的に強い結合を容易に形成するため,ポリロタキサンの溶解性が,殆どの溶媒において不溶であることが挙げられる.しかしながらイオン性液体の中でも,特に,ハロゲンを有するイオン性液体にポリロタキサンに対し,高い溶解性を示すことが見出された.同様にして環動ゲルは,ハロゲンを有するイオン性液体に対して,高い膨潤性を示すことが確認された(Fig.2).得られたイオン性液体含有環動ゲルの動的粘弾性の測定を行ったところ,このゲルの貯蔵弾性率E'が周波数に対してほぼ一定値を示した.これは,このゲルが理想的なエントロピー弾性を示し,環動ゲルのネットワークが溶媒和していることを反映している.

3.温度応答性ポリロタキサン

 CDにより,疎に包接されたポリロタキサンにおいて,外部環境,特に温度などにより環の運動性を制御し,ポリロタキサンの形態や凝集構造などを変化させることは非常に興味深い.しかしながら通常のPEGとα-CDからなるポリロタキサンは,温度に対する応答性は極めて低い.そこでこのα-CDの水酸基にメチル基を導入し,ポリロタキサン内部の環状分子の運動性を温度で制御することにより,マテリアル全体の物性を変化させることを試みた.

 このメチル化ポリロタキサン(MePR)の合成には,ポリロタキサンを,水素化ナトリウム,ヨウ化メチルを用いて水酸基へのメチル化反応を行うことにより得た.この結果MePRは,試薬の仕込み量により,メチル化率が94%と高いメチル化率まで制御可能である.このMePRは,高メチル化物においては,低温でゾル,高温でゲルと,熱可逆的なゾルゲル転移を示すことが見出された(Fig.3).そこで,高いメチル化率を有するMePRのゾルゲル転移とポリロタキサン構造,及び環状分子の運動性との相関について詳細に調べた.

 水溶液中におけるMePRの相図について試験管倒立法により求めた結果,MePRのゾルゲル転移は,DSC測定により得られる吸熱温度と良い一致を示した.またゾルゲル転移温度は,濃度に大きく依存していることが分かった.

 続いて,このヒドロゲルの動的構造を,レオロジー測定を行うことにより調べた(Fig.4).この系は低温で損失弾性率G''が貯蔵弾性率G'を上回り,流動的な性質を示した.しかしゾルゲル転移近傍では,この溶液はわずか数度において急速に流動性を失い,G'がG''を上回る弾性的な応答を示した.同時にこの溶液のゲル領域においては,低周波数においてG'がほとんど一定の値を示すことから,非常に長時間の緩和を有する強いネットワークを有していることが分かった.また,低周波数での平坦領域における弾性率を平衡的な弾性率とみなし,温度に対し求めた結果,臨界的な増加を示した.そこで,有限サイズのクラスターと,マクロなネットワークを有する臨界ゲルのモデルを仮定したところ,この臨界指数は2程度の値を示した.これは理論的に予想される指数に近い値であり[6],このことからMePR溶液のゾルゲル転移は,クラスターの会合により成長する転移であると推測される.

 しかしながら,疎水性相互作用によるゲル化において,何故このような強い架橋構造が形成されるのかについては,レオロジー測定では定かではない.そこで,広角X線散乱により,ゲルの静的な構造を逆空間において観察したところ,Fig.5のような散乱プロファイルが得られた.温度を上昇させ,ゲルを形成させた後に同様の測定を行うと,結晶由来のいくつかの散乱が得られていることが確認できる.この散乱ピークの位置は,粉末MePR中でのCDの散乱とほぼ同位置に出現していることから,MePR溶液は,高温においてCDの局在化が進行していることが示唆された.この結果MePRのゲルは,疎水性相互作用のみならず,この局在化された微結晶性のジャンクションにより,強いネットワークを形成しているものと考えられる.このことからポリロタキサンは,外部環境の変化によりゲル状のミクロ相分離構造を形成するが,同時にポリロタキサン一分子内においてもCDが相分離していることが観測された.

 また部分メチル化ポリロタキサンも,水中において興味深い性質を示す.メチル化率を94%から87%と,僅かにメチル化率を下げるだけで,MePRは低温でのブロードな吸熱と,60℃近傍における鋭い吸熱の二種類の転移が観測される.また,更に低いメチル化率のMePRは,低温での吸熱はほとんど観測されなくなる.このように,ポリロタキサンの疎水性は,メチル基導入により単純に増加するわけではなく,ゾルゲル転移の際,非常に複雑な相互作用が分子内に存在することが推測される.このような現象が生じる原因の一端として考えられるものの一つに,ポリロタキサン内部に存在する糖構造由来の,水酸基の強い相互作用による効果が挙げられる.

 更に,これら部分メチル化ポリロタキサンを架橋することにより,通常のポリロタキサンと同様に,環動ゲルを得ることが出来る.しかしながらこの環動ゲルは,未修飾のポリロタキサンから得た環動ゲルとは物性が大きく異なり,中性の水環境化で膨潤した.また高温においては,このゲルは白濁し,収縮した.この環動ゲルの温度に対する膨潤・収縮挙動は熱可逆的であった.

4.ポリロタキサン・セルロース複合繊維

 地球温暖化や石油価格の高騰などにより,合成繊維から,天然素材を用いた繊維へ研究の比重が移ってきており,特にセルロースは古くから多くの研究がなされているが,現在においても,その強度や溶媒耐性などから,最も有力な天然高分子繊維材料の一つとして挙げられる.そこで,このセルロースとポリロタキサンを,共通溶媒であるDMAc/LiCl下で混合し,セルロース,ポリロタキサン複合繊維の作成を行った.

 ポリロタキサン及びセルロースのDMAc/LiCl,ないし両者の混合溶液は,メタノール中で高い曳糸性を示し,乾燥後にしなやかな繊維を形成した.またこれら繊維の広角X線測定を行った結果,得られたセルロース繊維は,天然セルロースの結晶系と,再生セルロースの結晶系の混合繊維であることが分かった.また,ポリロタキサン/セルロースのブレンド繊維は,セルロースの結晶系以外にも,ポリロタキサン構造特有の筒型の結晶構造が現れていた.繊維図から,セルロースのロッド状の微結晶は,繊維軸に沿って配向しているが,ポリロタキサンの微結晶は,比較的ランダムに配向していた.続いてブレンド繊維の一軸伸長試験を行ったところ,ポリロタキサンのみの繊維は塑性変形があり破断強度が弱いものの,ポリロタキサンとセルロースブレンド繊維は,混合比1:1および2:1においてセルロース繊維より高いヤング率と破断強度を示すことが見出された.これはポリロタキサン単体としてのみではなく,添加剤として用いることに対する有効性を示している.

参考文献[1] A. Harada, J. Li, M.Kamachi, Nature 364, 516 (1993).[2] T. Shimomura, T. Akai, T. Abe, K. Ito, J. Chem. Phys. 116, 1753, (2002).[3] J. Araki, C. Zhao, K. Ito, Macromolecules 38, 7524 (2005).[4] A. Harada, M. Kamachi, Macromolecules 23, 2821 (1990).[5] Y. Okumura, K. Ito, Adv. Mater. 13, 485 (2000).[6] De Gennes, P. G. Scaling Concenpts in Polymer Physics (1979).

Fig.1ポリロタキサンの分子構造.

Fig.2 様々な溶媒を含有する環動ゲル.(a)乾燥状態.(b)水.(c)DMSO.(d-j)イオン性液体.

Fig.3 メチル化ポリロタキサン水溶液の熱誘起ゾルゲル転移.

Fig.4 (a)9.7wt% MePR水溶液のG',G''の周波数依存性.(b)擬平衡弾性率GEの温度依存性.

Fig. 5 9.1wt% MePR水溶液の広角X線散乱.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,ポリエチレングリコール(PEG)と,α-シクロデキストリン(CD)から構成される,超分子構造を有するポリロタキサンから構築したマテリアルの調製と,超構造により派生する機能について,主に構造観察と物性を中心として,総合的に検討を行っており,その研究成果について報告が為されている.

 本論文は5章構成であり,各章の概要は以下の通りである.

 第1章では,本研究全体の背景として,超分子研究の現在までの発展,特にCDを環状分子として有するポリロタキサンの基礎,及び応用の先行研究と,今後超分子研究が向かうべき方向性について述べられている.

 第2章では,次世代の機能性材料として期待されるイオン性液体ゲルについて,強靭性を有するPEG/α-CDポリロタキサンから合成可能な環動ゲルを用いることに対する有用性について検討を行っている.この結果,ハロゲンをアニオン種として有するイオン性液体中において,ポリロタキサン内部のCDが高い分散安定性を示すこと,及びこれらイオン性液体下で浸潤させた環動ゲルは高い膨潤性を示し,また,その弾性率が溶媒の種類にほとんど依存しない,理想的なエントロピー弾性を示すことが述べられている.

 第3章では,PEG/α-CDポリロタキサンの,メチル化と温度応答性についての実験がまとめられている.この章において最初に,下限臨界共溶温度(LCST)を有する高分子-溶媒系の理論的背景,ポリロタキサンへのメチル基導入による,メチル化ポリロタキサン(MePR)の合成法についての記述がある.続いてメチル化率の高いMePRにおいて,この水溶液はLCST型の転移を示し,低温で低粘性の溶液から,高温で弾性的なゲルとなることを報告しており,微視的な構造観察法であるX線散乱と,物性測定法である熱量測定,レオロジー測定などを併用することにより,このポリロタキサン溶液のミクロ構造と,マクロな物性の関係についての詳細な研究が報告されている.この結果MePRヒドロゲルは,疎水性相互作用により高温でミクロ相分離を示すゲルであるにも関わらず,CDの微結晶化によりネットワークが形成されるという特異な性質を示しており,これはポリロタキサン内部において,CDの主鎖方向への配列が容易であるというポリロタキサン特有の超分子構造が発現した結果であると結論づけている.またMePRのゾルゲル転移は,温度に対する臨界現象であることが,レオロジー測定の結果,明らかとなっている.更にメチル化率とゾルゲル転移の関係について詳細に検討した結果,その転移挙動は,メチル化率の減少に対し,単純にゾルゲル転移温度が高温側へシフトするのではないことが示されており,著者はこのゾルゲル転移のメチル化率依存性について,メチル化CDの,疎水性相互作用による規則構造形成と,残存水酸基の寄与による水和構造の解離という二種類の観点から説明を試みている.続いてこのMePRを架橋することにより環動ゲルを合成し,この環動ゲルの熱応答性について報告されており,この環動ゲルは,温度によりゲル内部の環状分子の運動性が制御可能であり,水中において透明で膨潤している環動ゲルが,加熱により白濁し,収縮する,熱可逆的な応答性を示すことが述べられている.

 第4章では,ポリロタキサンの繊維材料への応用として,セルロースとPEG/α-CDポリロタキサンのブレンドについて述べられている.この結果,天然の材料であるセルロースにポリロタキサンを混合することにより,セルロース単独の繊維と比較して高いYoung率,及び破断強度を示すことが報告されている.ポリロタキサンを添加剤とした,ブレンド材料への展開が期待される内容である.

 第5章では,本論文の結論が述べられており,本研究を通して明らかとなった,PEG/α-CDポリロタキサンを用いた新規マテリアルの構造と物性,更に応用に関する知見の総括が述べられている.

以上のように本論文で著者は,線状分子と環状分子により成る幾何学的構造を有するポリロタキサンから,組織的に構築した新規な超分子構造体について報告しており,またミクロ構造の観察とマクロな物性測定を併用することにより,従来の高分子には見られない超分子特有の構造や物性,そしてこれらマテリアルの応用に関する多くの有意義な結果を得ている.更に本研究において,環状分子の主鎖方向への運動性などポリロタキサン特有の自由度を制御することにより,マクロな物性を変化させるという新たな試みがなされており,これら一連の研究において,超分子マテリアルの研究に進展をもたらすことが予想される.

 本論文の内容において,第2章の結果については,佐光貞樹,荒木潤,伊藤耕三との共同研究,第3章については,木戸脇匡俊,趙長明,伊藤耕三,南川博之,清水敏美との共同研究,第5章の結果については,荒木潤,勝山直也,寺本彰,阿部康次,伊藤耕三との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験を行い解析したものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.よって,本論文は博士(科学)の学位論文として合格と認められる.

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