学位論文要旨



No 122716
著者(漢字) 中村,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒロユキ
標題(和) チタン酸ストロンチウムの静電キャリア濃度制御
標題(洋) Electrostatic Carrier Density Control in SrTiO3
報告番号 122716
報告番号 甲22716
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第253号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 助教授 Lippmaa,Mikk
 東京大学 助教授 Hwang,Harold
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

 近年、高温超伝導や巨大磁気抵抗などの物性を発現する遷移金属酸化物のキャリア濃度を、外部電界によって制御する試みが注目されている。この手法は、キャリア濃度を制御する方法として一般的な化学ドーピング(元素置換)と異なり、格子に乱れを導入せず、さらには可逆的・連続的な制御が可能であると期待されているため、キャリア濃度を変数とした相転移を研究する手段として非常に興味深い。

 本研究では、酸化物をチャネルとする電界効果トランジスタ(FET)を作製し、電界を用いて酸化物のキャリア濃度を制御する手法を構築した。酸化物材料には代表的なペロブスカイト型酸化物であるSrTiO3を用いた。SrTiO3は3.2eVのバンドギャップを有する絶縁体であるが、元素置換によってキャリアを導入すると比較的低いキャリア濃度(〜10(18)cm(-3))で金属に転移し、さらに、10(19)cm(-3)という非常に低いキャリア濃度で超伝導を発現することが知られている。これらのキャリア濃度は、電界効果で十分到達できる範囲にあるため、電界誘起の金属絶縁体転移、あるいは超伝導転移を観測できる可能性がある。

 これまで、SrTiO3をチャネルとするFETは何例か報告があるが、低温でキャリア注入が困難になることが最大の課題であった。絶縁膜/SrTiO3界面のトラップ準位や、ソース・ドレイン電極/SrTiO3界面の障壁が原因として考えられるため、この2つの界面を最適化することが重要である。我々は、ゲート絶縁膜に有機高分子を用いた新しいタイプのFETを作製し、作製条件の改良を重ねた結果、最低温までキャリア濃度を制御できる酸化物FETの作製に成功した。

2. デバイス作製

 素子は研磨およびエッチング処理を施した市販のSrTiO3(100)単結晶基板上に作成した(図1)。ゲート絶縁膜には有機高分子であるパリレン(εr=3.15)を用いた。パリレンを選択したのは、製膜の間基盤を室温に保持できること、製膜にプラズマ等の高エネルギー粒子を必要としないこと等の理由から、SrTiO3の表面が良好な状態に保たれることを期待したためである。電極のアルミニウム、およびゲート金電極は通常の真空蒸着で作製した。

 FETのチャネルには電極を通してキャリアが供給されるため、電極のアルミニウムの酸化を防ぐことが重要である。特に、パリレン蒸着時の真空度が素子の特性に大きな影響を与える。図2(a)にはパリレン蒸着前の真空度が10(-3)Pa程度のときの電流電圧特性(ID-VD)を示してあるが、ゲートに160Vという大きな電圧を加えてキャリアを誘起しているにもかかわらず、低温では電流が減衰している。一方、図2(b)はより高い真空度でパリレンを作製した素子の結果であり、低温でも十分キャリアを注入できていることが分かる。また、図2(b)は、低温で電流電圧特性が非線形になることを示しているが、これは図2(c)のように、ドレイン電流(ID)を、ソース・ドレイン間に配置した電圧端子間の電圧(V(12))に対してプロットすると消滅する。これは、低温における電流電圧特性の非線形性がAl/SrTiO3界面に生じた障壁に由来することを示している。すなわち、特に低温では、Al/SrTiO3界面の障壁を小さくすることが効率的なキャリア注入のために必要である。

3. 電界誘起の金属状態

 SrTiO3-FETの低温における電界効果特性の詳細を説明する。図3はSrTiO3チャネルの面抵抗をゲート電圧に対してプロットしたものである。ゲートの漏れ電流はドレイン電流よりもはるかに小さいため無視できる。下のスケールのn(□eff)は自由なキャリアの面密度であり、ゲートの閾電圧をVGthとしてn(□eff)=Ci(VG-V(Gth))から算出した。ここで、Ciは絶縁膜の面あたりの容量である。キャリア密度の増加と共に、面抵抗がGΩからkΩのオーダーまで劇的に減少していることが分かる。

 図3において興味深い点が2点挙げられる。一つは、量子抵抗h/e2=25.8kΩよりも小さな面抵抗値が実現していることである。Drudeモデルを仮定した簡単な議論では、h/e2は2次元電子系において金属と絶縁体を分ける目安となる値であり、高ゲート電圧側でチャネルが金属的である可能性がある。もう一つは、120V付近でR-VG曲線に「折れ曲がり」が見られることである。この点ではチャネルの状態に何らかの質的な変化が起こっていると考えられる。ここでは詳述しないが、パーコレイション的な転移を示唆する結果を得ており、それを反映している可能性がある。

 次に、チャネルに誘起された電子の移動度を電界効果より見積もった。電界効果移動度はR-VGの測定から以下のような式を用いて求めた。

この式から計算した移動度を図3の下に示す。移動度は1000-2000cm2/Vsに達し、これはこれまでに報告されているSrTiO3-FETのなかで最も高い値である。また、図4には、8つの異なるゲート電圧下での面抵抗の温度依存性を示す。図から明らかなように、金属的な温度依存性がこの測定の最低温度である8Kまで観測された。

4. 磁場効果

 上述のように、SrTiO3の表面を電界によって金属化することに成功した。SiやGaAsなど通常の半導体においては、FETの伝導層の厚みは数nmであり、2次元電子系が形成されることが知られている。一方、SrTiO3の場合はこの伝導層の厚みを決めるパラメータの一つである誘電率の値が非常に大きいため、電子が試料の深くまで分布している可能性がある。そこで、誘起された電子層の深さ方向を見積もる目的で、SrTiO3の表面に対して垂直と平行の2通りの磁場を印加し、磁気抵抗を測定した(図5)。図より、面に垂直に磁場を印加すると大きな正の磁気抵抗が観測されるが、面に平行な磁場を印加すると磁気抵抗は非常に小さくなることが分かる。いずれの場合も電流の方向には垂直であるため、磁気抵抗は電子のサイクロトロン運動に由来する。磁場方向による異方性の原因としては、チャネルの深さがサイクロトロン半径(rc=mv/eB〜10nm)よりも小さいため、面内磁場では磁気抵抗の効果が小さいと考えることができる。すなわち、SrTiO3-FETにおいても、Si等と同じように2次元電子系が形成されている可能性がある。

5. まとめ

 有機高分子のゲート絶縁膜からなるFET構造を用いて、SrTiO3のキャリア濃度を電場で制御した。低温でゲートに十分な電界を加えることで、SrTiO3表面に1000cm2/Vs以上の非常に高い移動度を有する金属状態を誘起することに成功した。また、SrTiO3チャネルの磁気抵抗は磁場の方向に対して異方的であり、2次元的な電子層の形成が示唆される。

 本研究の意義の一つは、「電界を用いたキャリア濃度制御」という手法で酸化物の金属絶縁体転移が観測できることを実証した点である。さらに、SrTiO3-FETは電場でキャリア濃度が制御できる2次元電子系の、新たな例ともいえる。ドープされたSrTiO3は基底状態が超伝導である点でSiやGaAs等、普通の半導体とは異なっており、例えば、2次元電子系に固有の量子ホール効果が超伝導とどう共存、あるいは競合するか、といった物理的に非常に興味深い問題を探求しうる系である。

図1 素子の構造。(a)パリレン蒸着直後の素子の写真。(b)素子製作前のSrTiO3表面のAFM像(2μm×2μm)(c)完成した素子の構造。

図2 (a)パリレン蒸着を低真空度(10(-3)-10(-2)Pa)特性(b)パリレン蒸着を高真空(10(-4)Pa)で行ったときの電流電圧特性(c)(b)の測定を電圧端子間の電位差V(12)=V1-V2に対してプロットしたもの。

図3 ドレイン電流ID、漏れ電流IG、面抵抗R□、移動度μのゲート電圧依存性。

図4 面抵抗の温度依存性。

図5 SrTiO3表面に垂直(左)および平行(右)な磁場下での磁気抵抗。いずれの場合も磁場は電流と垂直である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、題目「チタン酸ストロンチウムの静電キャリア濃度制御」に表現されるように、代表的なペロブスカイト型酸化物であるチタン酸ストロンチウムを対象として、その多彩な電子物性を電場によって制御することを目指した研究である。論文は全5章よりなる。

 第1章では研究の背景と目的が述べられている。物質の電子物性を決めるパラメータとして電子濃度が重要であることが、特に酸化物の電子物性と関連付けて述べられている。この電子濃度を制御する方法として、通常行われる化学ドーピング(元素置換)とこの研究で用いる静電的な手法との違いが強調されている。さらに、静電的な電子濃度制御を可能にする素子としての電界効果トランジスタとその動作原理が述べられている。第1章の最後には、この論文で明らかにしようとするポイントとして、キャリア濃度制御による金属絶縁体転移、二次元電子系の可能性が示唆されている。これまで、酸化物の特異な電子物性がほとんど元素置換によって得られている中で、本論文は「静電キャリア濃度制御」というアプローチを開拓する点に特徴がある。

 第2章では、電界効果トランジスタの作製法および測定法が説明されている。本研究に用いた電界効果トランジスタが既存の酸化物トランジスタとは異なり、高分子をゲート絶縁膜に用いるプロセスで作製されたことが述べられている。また、測定は4端子法をトランジスタの素子に応用したことが述べられている。この章の最後には電界効果移動度の測定が、欠陥の無い理想的な場合と欠陥を含む場合とでどのように異なるかが簡易なモデルによって述べられている。

 第3章では種々の条件で作製したチタン酸ストロンチウムの電界効果トランジスタの特性が述べられている。電界効果特性を向上させるには、絶縁膜/チャネル間、およびソース・ドレイン電極/チャネル間の2つの界面が重要であることが指摘される。そのうえで、まず、高分子をゲート絶縁膜に用いた場合とアルミナを絶縁膜に用いた場合での電界効果特性の比較がなされ、高分子の優位性が確認されている。次に、低温での特性が詳細に説明されており、特にゲート電圧の閾値が移動することがトラップ準位との関連から論じられている。トラップ準位の存在をより明らかな形で示すため、伝導の活性化エネルギーが調べられており、活性化エネルギーがゲート電圧によって変化すること、すなわちチタン酸ストロンチウムのフェルミ準位がゲート電圧によって変化することが述べられている。さらに、低温においてはチャネルの電流電圧特性が低ゲート電圧において非線形になるが、この原因が電極/チタン酸ストロンチウム間の接触抵抗によるものであることが4端子測定の結果から示されている。電流電圧特性の非線形は電界効果トランジスタの特性を解析する上で望ましくないが、これが4端子測定で除かれることを明確に示した点で意義深い。

 第4章では、チタン酸ストロンチウム電界効果トランジスタの低温特性の詳細が述べられている。ゲート電圧によってキャリア濃度を増加させると、絶縁体であるチタン酸ストロンチウムが急激に金属に転移することが示されている。金属状態での移動度が電界効果、および磁気抵抗という2つの方法によって算出され、2000cm2/Vsという非常に大きな値であることが示されている。この値は従来のチタン酸ストロンチウムをチャネルとしたトランジスタより何桁も大きく、化学ドーピングの試料で測定されている移動度に匹敵する値であり、「電界誘起の金属絶縁体転移」を疑いない形で証明しているといえる。この章の後半では、二次元電子系という観点から、チタン酸ストロンチウムに誘起された金属状態がどの程度の深さまで及んでいるかが実験・理論の両面から議論されている。実験的には磁気抵抗の異方性より、伝導層が10ナノメートル程度であることが予想され、理論モデルと矛盾しないことが示されている。最後に、従来のシリコン等のトランジスタと比較した場合の二次元電子系のエネルギースケールが理論的に計算され、チタン酸ストロンチウムにおいては非常に小さいエネルギーに支配されていることが主張されている。

 第5章では、結論として本論文で行われた研究についてまとめられ、その展望および研究の意義について述べられている。

 以上、本論文はチタン酸ストロンチウムという代表的なペロブスカイト型酸化物のキャリア濃度制御に電界効果という手法を応用し、これまでの素子で実現成しえなかった「電界誘起相転移」を発現させた。同時にこの発見をキャリア濃度変化に伴う金属絶縁体転移、酸化物表面の2次元電子系等、酸化物の機能物性開拓の新しいパラダイムへと展開させた。これらを総合して、本論文の内容は今後の物質科学研究の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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