学位論文要旨



No 122717
著者(漢字) 藤田,和博
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,カズヒロ
標題(和) 銅酸化物超伝導体における乱れとナノスケール電子不均一性の相互作用
標題(洋) Interplay between Disorder and Nanoscale Electronic Heterogeneity in Copper Oxide Superconductors
報告番号 122717
報告番号 甲22717
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第254号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 助教授 Hwang,Harold
 東京大学 助教授 Lippmaa,Mikk
内容要旨 要旨を表示する

CuO2面外の乱れと高温超伝導

 高温超伝導体において超伝導は、母体である電荷移動絶縁体にキャリアをドーピングすることで発現する。キャリアドーピングは通常、La(3+)/Sr(2+)の様な異なる価数のイオンを置換する方法、や過剰酸素を導入・取り出すことによる方法などで行われる。これら一連の操作は超伝導を担う2次元CuO2面の外側に存在するブロック層で実行され、イオン半径の違いによる局所的な格子の変形や、価数の違いによる電荷の不均一性を必ず伴う。CuO2面外の乱れの影響は、P. W. Andersonが提唱したような2次元CuO2面に閉じ込められたキャリアが本質であると捉えるRVB理論の影響などにより、これまで軽視されてきた。しかし、実際、面外の乱れの効果が明らかに現れていることを示している実験結果は多々存在しており、その効果が超伝導に与える影響を定量かつ系統的に理解することが、未だ機構の解明に至っていない高温超伝導を理解するために要請される。

 本研究では、単位胞にCuO2を一枚保有するBi系高温超伝導体Bi2Sr2CuO(6+δ)において、CuO2面外の乱れ(SrO層の乱れ)を元素置換によって制御し、その効果が超伝導に与える影響を系統的に調べ、面外の乱れのキャラクタリゼーションを行った。

 SrO層の乱れは、カチオン比を一定に保ちながらSrサイトに3価の希土類(Ln)を選択的に置換し、イオン半径の違いによって系統的に制御されている(Bi2Sr(1.6)Ln(0.4)CuO(6+δ),:Ln-Bi2201)。図1bに示したように、SrO層の乱れが大きくなるとTCは大きく抑制され、残留抵抗を出すことが明らかになった。しかし、Znのような面内不純物に比べるとその残留抵抗の値は非常に小さいので、SrO層の乱れは前方弾性散乱体として働くと考えられる。面内の抵抗はフェルミ面のノード準粒子が担っており、Znなどと比べて残留抵抗があまり出ていないことから、SrO層の乱れはノード近傍にはあまり影響を与えていないと考えられる。そうすると、Tcの抑制を説明するためにはフェルミ面のアンチノードが大きく影響を受けていると考える。

 乱れがもっとも大きな試料においては、バルクのTCは完全に抑制され、抵抗には低温で超伝導-絶縁体転移が観測された。この転移は、2次元のグラニュラー超伝導において超伝導-絶縁体転移を引き起こすといわれている普遍面抵抗の値(〜0.8mΩcm)よりはるかに小さい値で起こっており、その起源は興味深い。この様な転移は、少数キャリア濃度領域の組成で磁場によって超伝導を完全に抑制した時の電気抵抗や、超伝導と競合するストライプが存在するLa系などでも見られ、いずれも超伝導が抑制されたときに現れたと考えられる相に特徴的な振る舞いを見ていると考えられ、擬ギャップ状態の輸送現象として議論されてきた。つまり、SrO層の乱れによって引き起こされた超伝導-絶縁体転移は、擬ギャップ相が誘起されたために起こったものと推察される。

 超伝導のコヒーレンス長がナノメートルスケールであるために、乱れの効果のミクロな起源を探るためにSTM/S測定をLa-Bi2201に対して行った。図2aに示したのはギャップの空間分布で平均値26meVはBi2212のそれより遥かに小さい。さらにギャップエネルギー分布幅もBi2212より大きく、不均一性が大きく現れていると考えられる。また、同じキャリア濃度のBi2212に比べて、微分コンダクタンスdI/dVにピークを持たない領域が多く存在して折り、擬ギャップが発達していることを示している。dI/dVにエネルギーに関して奇のパリティとして寄与をする準粒子散乱による干渉パターンを示したのが図2bである。ギャップ以下のエネルギーに見られる干渉パターンのFFT像は、図2b挿入図に示すようにこのBi2212のそれと定性的に同じであり、分散を示す。その一方、偶のパリティとしてdI/dVに寄与している成分は分散が非常に小さく、FFT像は少量キャリア濃度領域のNa-CCOCやBi2212に見られるチェッカーボードと非常に良く似ていることから、その存在することを示唆する。実験条件よるトンネル電流の行列要素の効果という懸念はあるものの、その効果をできるだけ軽減した場合でもやはりチェッカーボード状のパターンが存在することから、測定のエラーであるとは考えにくい。図2bに示したようにギャップ以下の低エネルギーで超伝導とチェッカーボードは空間をすみ分けている様には見えず、むしろ両者は共存している様に見える。低エネルギーにおけるdI/dVが空間的に均一であることを考えると、両者は共存していると考えてもおかしくない。また、ギャップが最大になるような領域では、ギャップの空間的不均一性からも分かるように、お互いが競合していることを示している。ギャップの不均一性や超伝導と共存するチェッカーボード状態は、Sr(2+)/La(3+)置換による電荷の乱れによって引き起こされたものであると考えられ、そして、Bi2201系のTCが他の系に比べて相対的に低い理由は、乱れによってチェッカーボードが誘起されたためであると考えられる。

ユビキタスチェッカーボード電子状態

 最近のSTM/S研究から、非超伝導組成の銅酸化物Na(2-x)CaxCuO2Cl2(Na-CCOC)において、状態密度に格子の〜4倍周期の変調構造が存在することが明らかになった。これは、変調構造の特徴からチェッカーボード電子状態と呼ばれている。チェッカーボード電子状態は、ARPESではアンチノード領域のフェルミ面のネスティングとして議論され、電荷秩序の存在を示唆している。ただ、これまでのところ電荷秩序の存在を裏付ける証拠は見つかっていない。その一方でチェッカーボード電子状態そのものをNa-CCOCの表面に特有な相転移であるという議論もあり、その他の系においてNa-CCOCで見られる非常に優勢なチェッカーボード電子状態が存在するのか非常に興味深い。

 本研究の目的は単位胞にCuO2面を2枚保有するBi系高温超伝導体において、少数キャリア濃度領域の試料を作成し、STM/Sをプローブとしてチェッカーボード電子状態の探索を行い、Na-CCOCとのMissing linkを見出すことにあり、そして、超伝導との関係を明らかにすることである。

 TCが45Kの少量キャリア濃度領域のBi2212の単結晶育成に成功し、この試料に対してSTM/Sを行ったところ、dI/dVスペクトルにおける超伝導のコヒーレンスピークはあらゆる領域で抑制され、スペクトルのピークエネルギーをマップすると、図3aのようにほとんどが全面が擬ギャップで覆われていることが分かった。そして、Na-CCOCで見られたような格子の4倍周期のdI/dVの変調構造が第一に観測された(図3b)。準粒子の干渉パターンは、dI/dVが奇のパリティを持つことを利用することにより、20mVといった低エネルギー領域には確かにが存在することを確認した。

Bi系の少量キャリア濃度領域には、Na-CCOCと同様のチェッカーボード電子状態が存在することが分かり、少量キャリア濃度領域に普遍的に見られる現象であるとことを示唆しており、チェッカーボード電子状態こそ擬ギャップを特徴ずける状態であると言える。コヒーレンスピークが観測される領域は非常に少なく、アンチノードは主に擬ギャップに支配されていおり、超伝導は低エネルギーの領域にだけ存在し、されにチェッカーボード電子状態と共存しているものと考えられる。

酸素同位体効果と電子-格子相互作用

 高温超伝導体において、電子対を媒介するボソンを同定することは長年の懸案である。引力を媒介するボソンを明らかにすることは高温超伝導の機構解明とも密接に関係しており、重要な研究課題である。しかし、これまで精力的に研究が続けられてきたが、その正体は未だに分かっていない。それは、候補と考えられるエネルギーに様々なモードが縮退しているという事実があるからである。近年の中性子散乱の実験に代表されるように、超伝導と結合しているボソンは磁気的なものであるという見方が支配的だったが、近年のARPESやSTM/Sで、電子系に結合しているボソンがフォノンであることを強く示唆する結果が得られており、電子-格子相互作用がもう一度見直す必要にあると言える、本研究では、近年のSTM/Sで観測された、電子系が結合しているボソンがフォノンであるという仮定を立証すべく、酸素同位体効果をSTM/Sをプローブとして検証を行った。

 図3a,bはそれぞれ、(16)O-Bi2212におけるギャップΔの空間分布とボソンモードΩの空間分布である。ギャップΔが空間的に不均一であるのと同様にボソンモードΩも空間的に不均一であることが分かる。さらに、図3cに示したように、ギャップΔとボソンモードΩの間には反比例の関係があることが分かる。酸素同位体置換(16)O→(18)OによってギャップΔの平均値に誤差の範囲で変化は見られなかったが(TC:89K→88K)、その一方で図3cに示したように、ボソンモードΩの平均値は低エネルギーにシフトした。同位体置換によるΩのシフトは酸素同位体の質量の変化〜6%と一致しており、中性子で見られる磁気共鳴モードがドーピングに強く依存するのに対し、STM/Sで観測したボソンモードΩがドーピングに依存しないことと、同位体効果を示したことを合わせて考えると、このボソンがフォノンでであること結論できる。

 しかし、実際どのフォノンが関与しているのかはそれほど自明でない。サイトを選択的に置換した同位体効果では面内のフォノンが関与していることが示されており、更に、c軸の光学応答からは面内酸素のbendingモードエネルギーがギャップΔと反比例の関係にあることから、STM/Sで観測されたフォノンの候補として面内酸素のbendingモードが第一に考えられる。このモードエネルギーは頂点酸素と面内Cuの距離とも密接に関係していることから、Ωの不均一性は局所的な頂点酸素と面内Cuの距離の不均一に起因していることも示唆される。同位体置換によってギャップΔの平均値が変わらなかったことや、TCがほとんど変化しないことは、電子-電子有効相互作用が同位体置換で変化しても良いと考えると説明することができ、不均一なボソンモードを仮定した局所的な強結合d波BCSモデルが妥当である可能性を示唆する。

図2a,ギャップマップ,b準粒子干渉パターン,cチェッカーボードパターン

図3a,ギャップマップ,bチェッカーボード電子状態,c準粒子干渉パターン

図4 a(16)O-Bi2212のギャップマップ,bボソンモードエネルギーマップ,c(16)Oと(18)O-Bi2212のΔ-Ω2次元ヒストグラム。

審査要旨 要旨を表示する

 銅酸化物高温超伝導体は化学的ドーピング操作などにより必然的に乱れをその結晶中に内包している。半導体の基礎物性と応用に乱れ(不純物)の制御と理解が不可欠であったように、高温超伝導体においても、例えば、その超伝導臨界温度Tcを向上させるために乱れの理解が本質的に重要と考えられるようになっている。これまで、乱れが高温超伝導体の電子状態と超伝導特性にどのような影響を与えるかについて、系統的かつミクロなレベルからの実験は行われていなかった。本研究は、この問題に物質・物性の両面から取り組んだものである。

 本論文は8章からなる。第1章は序論で、研究の背景となる高温超伝導研究の現状と問題の認識、本研究がどのような目的で行われ、論文がどう構成されているかが述べられている。第2章及び第3章は、本研究が高温超伝導の問題に対して、結晶の乱れに注目し、それを切り口としてどのような実験手法で問題にアプローチするかが述べられている。

 第3章は、様々な結晶サイトで起こる乱れのうち頂点酸素を含む原子層の乱れがTcに大きな影響を与えることをCuO2面が1枚のBi系物質Bi2Sr2CuO6+δ(Bi2201)で示したものである。これを理解するためには乱れが電子状態に及ぼす影響を微視的に調べる必要があることを述べている。

 第4章は、前章の結果と議論をうけて、米国コーネル大学で行った走査型トンネル顕微電子分光(STM/S)の結果を示したものである。Bi2201結晶の乱れを軽減しTcを向上させた試料においてもナノメートルスケールでみれば、電子状態に乱れ、不均一性が強く残っていることが示され、不均一性はSrと置換されたLaとのイオン価の違いによる乱れに起因すると推定されている。さらに、トンネルコンダクタンスが空間変調を受けていることを見出し、チェッカーボード状の規則的な変調パターンを形成する別の秩序が乱れによって誘起され超伝導秩序と共存していることが示された。

 第5章は、CuO2面を2枚持つBi系高温超伝導体(Bi2212)に対するSTM/S実験結果で、第4章で観測された超伝導と共存・競合する秩序の存在を確認するために行われた実験結果である。正孔ドーピング量を低く抑え、超伝導秩序を弱めた結晶を合成し、トンネルコンダクタンスの空間変調を調べた結果、チェッカーボードパターンが主成分となっていることを発見した。Bi2201においてその存在が示唆された秩序がドーピング量を減らすことによっても出現することを示したものである。

 第6章は、Bi2212結晶の超伝導トンネルコンダクタンス特性を詳細に調べた結果で、超伝導電子と強く結合するボソンモードの存在をつきとめたものである。酸素の同位体置換効果から、このボソンはフォノンであろうと推定している。このボソンエネルギーも結晶乱れの影響を強く受けており、これが局所的に強い電子間引力を作り出し、超伝導クーパー対形成の接着剤の役目を果たしている可能性を論じている。

 第7章及び第8章は、前章までの結果に対する総合的な考察・議論と結論である。乱れ、ドーピング量の減少、更には磁場の印加などにより超伝導秩序を弱めたときSTM/Sのトンネルコンダクタンスに必ずチェッカーボード状の変調パターンが現われる。従って、高温超伝導体には超伝導秩序とは別の秩序が競合しており、両者は必ずしも排他的ではなく同じCuO2面内に共存していると結論している。

 以上のように、本研究は高温超伝導研究の主要課題、Tcの決定因子と超伝導メカニズム、に乱れを切り口として高度な実験手法を用いて挑んだものであり、これらの問題の解答への重要な知見を得たものと認められる。本論文の第3章から第6章までの研究内容は指導教員(内田)、コーネル大学J. C. Davis教授らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断される。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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