学位論文要旨



No 122720
著者(漢字) 天野,正太郎
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,マサタロウ
標題(和) 埋め込みFBGセンサを用いた先進グリッド構造のヘルスモニタリング
標題(洋) Structural Health Monitoring in Advanced Grid Structures with Embedded Fiber Bragg Grating Sensors
報告番号 122720
報告番号 甲22720
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第257号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 客員教授(連携) 小笠原,俊夫
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 岡部,洋二
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緒言

 近年、異なる二つの材料を組み合わせ、それぞれの特徴を生かした複合材料の開発が進んでいる。その中でも特に炭素繊維強化複合材料(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)は、樹脂に炭素繊維を埋め込んだ複合材料で、繊維配向方向の比強度・比剛性に優れた材料であり、軽量化が特に重要となる航空宇宙構造用の材料として注目されている。しかしながら、CFRPを材料として用いることには、その信頼性の面で様々な問題がある。

 その信頼性向上のため、構造ヘルスモニタリング(Structural Health Monitoring:SHM)システムが提案されている。SHMとは、基本的にはメンテナンスを行うためのシステムであるが、特に、材料内部にセンサやプロセッサを埋め込み、半永久的に簡便に構造健全性診断を行うシステムと定義される。

 本研究では、CFRPを用いた構造に対するSHMの構築を研究目的としているが、その対象として、CFRP先進グリッド構造(Advanced Grid Structure:AGS)を選択した。グリッド構造は、梁のみを用いて正三角形が連続する構造であり、面内等方性の構造としては、最もシンプルな構造である。等方性なためIsogrid構造は、面内の引張・圧縮・せん断、及び、面外の曲げ、捩り、とほぼ全ての荷重パターンに対して適用できる。また材料破壊の観点では、CFRP一方向材のみで構成されているため、積層板等で問題となる層間剥離のような複雑な損傷が発生・進展しない。さらにグリッド構造は、構造の強度について安全性・安定性を確保するのに必要な部材や支点以上に余分な部材を持っており、この余剰部材が冗長性をもたらし、フェールセーフ性を有する構造である。

 本研究では、このAGSに対して、SHMシステムを構築することを目的とする。AGSについての近年の研究としては、製造方法開発、試験方法、構造最適化、破壊現象の解明・モデル化、などが行われている。一方、SHMについては、センサ開発、各種複合材料構造への適用、信号処理による損傷同定方法、などが研究されてきた。しかし、この両方を組み合わせて検討している研究はない。筆者は、本論文の中で、このAGSの各リブに光ファイバセンサの一種であるFiber Bragg Grating(FBG)センサを埋め込み、構造の健全性を評価するシステムを提案する(Fig.1)。FBGセンサは、ひずみ・温度を計測するセンサであるが、一般的なひずみゲージに較べて、高感度・無誘導性・省スペース・多重化などの様々な利点を有する。本研究では、このFBGセンサを多重化した上で、AGSの各リブに一つずつ埋め込み、FBGセンサを用いたひずみ計測を利用したSHMを検討した。SHMの方法として筆者らは大きく2種類の方法を提案する。一つ目はAGSに特定の試験負荷を与え、その負荷下での構造全体の静ひずみ分布の変化から損傷を同定する方法、もう一つは、AGSのリブに沿って動ひずみ、すなわち、弾性波を伝播させ、信号の変化から損傷を同定する方法、である。これらのSHMシステムを検討するには、まず、どのような損傷が発生するのかを明らかにする必要がある。そこでまず、作成したAGSに低速衝撃荷重や押し込み荷重を加えながら、発生する損傷について詳細に議論した。次に、それらの損傷を検知する計測システムとして、提案した上記システムについて、静的・動的なひずみ計測能を評価した。さらに、どの損傷がどの方法で検知できるのかを、実験・解析両方を用いて検討した。以上を考える際には、常にAGS適用部位として主翼Wingletを想定し、このWingletに対するSHMシステムを検討した。

AGSに生じる低速衝撃損傷評価

 衝撃位置・衝突物サイズ・格子サイズの3つをパラメータと考え、その組み合わせによりどのように損傷形態が変化するのかを実験により確認した。その結果、低速衝撃試験によりスキンのないAGSに生じる損傷は、リブの繊維破断によるクラック、リブ上面に発生するスプリッティング、スキン付のAGSについては、AGSせん断中心付近のリブ側面の剥離損傷のみ考慮すればよいことがわかった。これに、製造時のリブ-スキン接着が不完全になりやすいという問題も加えた4つの損傷についてSHMを検討することとした。

埋め込み多重化FBGセンサを用いたSHMシステムの検証

 上記の4つの損傷に対する最適なSHMシステムとして、多重化したFBGセンサをAGSの各リブに構造成形段階より埋め込み、構造中に発生する静的・動的なひずみから損傷診断を行うSHMシステムを提案した。そして、埋め込んだFBGセンサが、実際に静・動ひずみを計測できることを実験的に確認した。

 静ひずみ計測については、少なくともひずみゲージの代替としては十分役割を果たすことを明らかにした。さらに後述のとおり、この計測系のひずみ計測誤差が現段階で〜50μεであることを明らかにした。

 一方、動ひずみ(弾性波)計測では、AGSに適用するのに最適な疎密波・曲げ波を決定するとともに、AGS中を両弾性波がどのように伝播するのか、その伝播特性を明らかにした。その結果、疎密波を用いた損傷検知を行う場合には、Fig.2のように、AGSの各直線経路上の端部にそれぞれ圧電素子を接着し、経路ごとに構造診断を行う方法を、曲げ波を用いた損傷検知を行う場合には、Fig.3のように例えば、リブ3本おきに交点に圧電素子を接着し、リブ2本分の領域全体を診断するという方法を提案した。

 Table 1に損傷と、各手法の組み合わせを示した。以降ではこの表に基づき、損傷検知手法を検討する。

静ひずみ計測によるヘルスモニタリング

 検査荷重として、実構造において特定箇所を押すことに相当する面外一点集中荷重、自重による面内圧縮荷重を用い、損傷前後で計測される静ひずみの差から損傷検知を行う方法を提案した。検討に際しては計測誤差を考慮して、50με以上のひずみ差を生じた場合に、損傷が検知できる可能性があると判断することとした結果、本研究で提案している手法(計測系、静ひずみ計測両方の意味で)を用いて検知できそうな損傷としては、リブの繊維破断、のみであることがわかった。

 さらに本研究では、得られたひずみ変化の情報から損傷位置を同定する手法として、新たに統計的異常値検知手法を用いることを提案した。この方法は、本研究のシステムで損傷により発生するひずみ変化の情報を扱うのに非常に適しており、計測・環境誤差による問題をむしろ積極的に利用している。この方法を、上記で得られたひずみ変化の情報に対して適用したところ、損傷したリブを精度よく判定することができた(Fig.4)。

動ひずみ(弾性波)計測によるヘルスモニタリング

 弾性波として、疎密波・曲げ波をAGS格子部に入力し、埋め込まれた各FBGセンサで計測されたひずみの時間履歴から損傷検知を行う方法を提案した。疎密波に関しては、AGSが単純なユニットの繰り返しであること、また、疎密波が非常に単純な波でありリブごとの製造時のサイズ誤差を無視できること、を考慮して、様々な経路に弾性波を伝播させ、入力部より等距離にあるFBGセンサの信号を互いに比較し、その最大強度の違いから損傷位置を特定する方法を提案した。一方、曲げ波については、交点より入力した波が周囲6方向に一様に伝播する性質を利用し、6方向のそれぞれに埋め込まれているFBGセンサで計測された弾性波(初期到達波)の強度を比較し、他に比べて小さいところに損傷が存在すると考えることとした。

 以上の提案を、前述の損傷すべてについて実験により検討した結果、疎密波・曲げ波どちらの場合においても、伝播される弾性波強度の変化から、損傷が検知できることが明らかになった。これは、繊維破断、上面のスプリッティング、については、その亀裂先端において反射が起こり伝播される弾性波エネルギが小さくなることを利用している。またスキンの接着不良に関しては、完全に接着されていた場合にスキンへ逃げる弾性波エネルギが、接着不良により格子部に留まるため、計測される弾性波が見かけ上大きくなることを利用している。

結言

 以上、本研究で提案した埋め込み多重化FBGセンサを用いたひずみ計測系及び静的・動的なSHM手法を用いて計測できる損傷について、改めてTable 2に示す。この結果、低速衝撃荷重により発生する可能性のある損傷全てを、非常に簡便に検知できることがわかった。本研究で特に重要であるところは、これら全ての検討を解析だけではなく、実構造物レベルで行っている点にある。

 また、本研究では特にAGSを対象としてSHMシステムを検討したが、今回のSHMシステム構築までの流れは、一般的なすべての構造に対するSHMシステム構築においても適用可能である。一つの構造に対してそのSHMシステムを、損傷の解明、その損傷にあった計測系及び計測手法の提案、提案された計測手法を用いたSHM方法の提案、以上全ての実験的な確認、この流れに沿って開発を行うべきであると示唆したことも本研究の大きな成果であり、その工学的意義は大きいものと考える。今後はこの研究成果を用いてより大きなアプリケーション構造(主翼端Wingletの翼ボックス構造)に対しての検証実験を行うことが決まっており、本研究で得られた成果がその際にも大きく役立つことを期待したい。

Fig.1:埋め込み多重化FBGセンサを用いたAGSのSHMシステム

Fig. 2:疎密波を用いたSHM手法提案

Fig. 3:曲げ波を用いたSHM手法提案

Fig. 4:統計的異常値検知手法を用いた損傷診断結果

Table 2:各損傷に対する各SHM手法の適用可能性

審査要旨 要旨を表示する

 修士(科学) 天野正太郎 提出の論文は、「埋め込みFBGセンサを用いた先進グリッド構造のヘルスモニタリング」と題し、6章よりなる。

 本論文は、近年、軽量化が特に重要となる航空宇宙構造用の材料として注目されている炭素繊維強化複合材料(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)を用いた構造として、先進グリッド構造(Advanced Grid Structure:AGS)に着目し、埋め込みFBG(fiber Bragg grating)光ファイバセンサを用いた構造ヘルスモニタリング(SHM)システム構築のための基盤研究を行っている。まずSHMシステム構築のために必要なプロセスを整理した上で、対象とする損傷の実験的な定義、定義された損傷を検知する計測システムの提案と検証、さらに、そのシステムを用いた静的・動的なひずみ計測による損傷同定手法の提案を行い、前述の損傷の検知可能性を議論し、最終的に実験・解析両方を用いて実証している。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来の関連研究を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

 第2章は「対象とする損傷の定義」であり、AGSに生じる可能性のある損傷について論じている。損傷としては製造欠陥と運用中の低速衝撃損傷に注目しており、とくに低速衝撃損傷については、低速衝撃試験による検討のほか、押込み試験による詳細な損傷評価を行っている。衝撃位置・衝突物サイズ・グリッド幅の三つをパラメータと考え、その組み合わせにより、どのように損傷形態が変化するのかを実験的に検討している。

 第3章は「埋め込み多重化FBGセンサを用いたヘルスモニタリングシステムの提案と検証」であり、第2章で明らかにした損傷を検知するための物理量としてひずみを選択し、多重化したFBGセンサをAGSの各リブに成形段階より埋め込み、構造中に発生する静的・動的なひずみを計測するシステムを提案している。次に、提案したシステムの検証を行い、とくに弾性波に関しては、疎密波・曲げ波を用いることを提案し、最適な周波数を決定した後(附録A)、これらの波がAGS中をどのように伝播するのかを、実験・解析により明らかにしている。

 第4章は「静ひずみ計測によるヘルスモニタリング」であり、第3章で構築した計測システムを用いて、検査荷重(面外一点集中荷重)及び自重(面内圧縮荷重)下での、損傷前後で計測される静ひずみの差から損傷検知を行う方法を提案している。検討に際しては実用時の計測誤差を考慮して、50マイクロストレイン以上のひずみ差を生じた場合に損傷が検知可能であると判断することと定義した上で、リブの繊維破断について、実験・解析により検知可能であることを示している。さらに統計的異常値検知手法を提案し、損傷を自動的に判断できるSHMシステムを構築している。

 第5章は「動ひずみ(弾性波)計測によるヘルスモニタリング」であり、疎密波・曲げ波をAGSに入力し、埋め込まれた各FBGセンサで計測された弾性波から損傷検知を行う方法を提案している。疎密波に関しては、AGSが単純なユニットの繰り返しであることなどから、入力部より等距離にあるFBGセンサで計測された弾性波(初期到達波)を互いに比較し、その強度の違いから損傷位置を特定する方法を提案している。曲げ波については、交点より入力した波が周囲六方向に一様に伝播する性質を利用し、周囲六点で計測された弾性波(初期到達波)の強度の比較から損傷位置を特定する方法を提案している。以上の提案を、第2章で明らかにした全ての損傷について実験により検討しており、その結果、繊維破断によるクラック、格子部とスキンの接着不良については損傷検知可能であることを示している。

 第6章は「結論」であり、本研究で得られた成果を述べるとともに、本研究に基づいた今後の研究展開について検討している。

 以上要するに、本論文は、埋め込みFBGセンサを用いたAGSのSHMシステムを提案し、対象とする損傷の実験的な定義、定義された損傷を検知する計測システムの提案と検証、損傷の検知可能性の実験・解析的検討を行っている。本成果は、AGSの次世代航空機構造への適用可能性を拓くものであると同時に、広くSHMの航空宇宙機適用のための基礎的な道筋を示しており、航空宇宙複合材構造力学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

 なお、本論文は、三菱電機株式会社等との産・学・官連携プロジェクト研究の基礎的研究の一部として行われたものであるが、本論文に記載したものは論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9278