学位論文要旨



No 122721
著者(漢字) 一木,洋太
著者(英字)
著者(カナ) イチキ,ヨウタ
標題(和) 数値解析に基づく超電導薄膜限流素子の大容量化に関する研究
標題(洋)
報告番号 122721
報告番号 甲22721
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第258号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「数値解析に基づく超電導薄膜限流素子の大容量化に関する研究」と題し、高温超電導薄膜を用いた抵抗型限流素子を研究対象として、有限要素法を用いた数値解析によって、その大容量化を検討したものである。

 限流器とは、電力系統において通常時はインピーダンスがほとんどゼロであり、短絡事故時にインピーダンスを発生して、事故電流を遮断器の容量以下に抑制する電力機器である。限流器の導入によって遮断器の負担は低減し、経済的で信頼性の高い電力系統の実現が可能となる。特に近年電力自由化によって導入が本格化している分散電源の新・増設による短絡電流増大のための対策として、限流器を設置すれば、既設の遮断器等の交換を不要とし、費用対効果が大きいことが注目されている。限流器はその動作原理からいくつかの種類に分けられるが、中でも超電導方式は、事故電流を検出するためのセンサや制御回路が不要であり、また機械的な動作もないため、限流器で非常に重要な要素である高信頼性が期待でき、国内外で精力的に研究開発が行われている。本研究で対象としているのは、高温超電導薄膜を用いた抵抗型の限流器である。超電導薄膜に過電流が流れると、ある値(臨界電流)を超えた辺りから抵抗が発生し始め、抵抗によるジュール発熱により温度が上昇しSN(超電導-常電導)転移が起こる。これにより、事故電流が抑制されるというものである。事故電流に対する応答が速く、またシンプルかつコンパクトなシステムが可能であるという特長がある。ただし、1素子当たりの容量(通常時に流すことができる電流容量、事故時に印加することができる電圧容量)が小さいという課題がある。そこで本研究の目的は、超電導薄膜限流素子の大容量化を目指して、超電導薄膜・金保護膜のパターニングや金保護膜の厚さ等に関する最適な設計を行うことである。そのためにはまず超電導特性や薄膜のパターニングなどを自由に設定することができる解析ツールを確立する。次に、実際に超電導薄膜を用いて電流分布、電流-電圧特性、限流特性の測定を行い、超電導薄膜の特性を把握するとともに、有限要素法を用いた数値解析ツールにおけるモデル化の改善および妥当性の検証を行う。そして、数値解析によって、単位面積当たりの容量を大きくできるような限流素子を設計し、さらにその設計した素子を試作・動作確認までを行い、今後の設計指針を与えることを目的としている。

 第1章は「序論」であり、本論文における研究の背景を説明した。主に配電系統において、限流器が必要とされている背景について説明し、現時点における限流器の研究開発動向を紹介した。そして、本研究で対象としている超電導薄膜を用いた抵抗型の限流器について、まず超電導薄膜の製法や特徴を説明し、次にそれを限流器に適用した場合の動作原理、特長、技術的課題などを説明した。技術的課題の中で特に重要であり、本論文で着目しているのが大容量化に関する問題である。よって、まずその問題に対してこれまでどのようなアプローチがされてきているかを紹介した。さらに、本論文で重要な位置づけである数値解析について、その難しさや意義について説明し、またどのような目的で研究を行っていくかを具体的に説明した。

 第2章は「有限要素法を用いた数値解析手法」と題し、本論文で重要な位置づけである数値解析について、その特徴をまず説明し、その後定式化などについて詳細に記述した。本解析の特徴をまとめると以下のようになる。2次元電磁界解析、3次元熱伝導解析、および電気回路解析の3連成解析である。超電導薄膜の電磁界解析では、薄板近似を用いて電流ベクトルポテンシャルを未知数として計算している。超電導特性はn値モデルを用いてモデル化しており、臨界電流密度の温度依存性およびn値の電流密度依存性を考慮することができる。また、超電導特性の空間的な分布を自由に設定することが可能である。金属保護膜と超電導薄膜の抵抗率を合成した等価的な抵抗率を計算することにより、電流が金属保護膜へ分流する現象を解析することができる。熱伝導解析では、各物性値の温度依存性を考慮しており、また液体窒素冷却における沸騰曲線を考慮している。

 第3章は「小型サンプルを用いた超電導薄膜の電磁特性および限流特性の測定」と題し、まずは小型の超電導薄膜を用いて、その特性の把握および解析ツールの妥当性の検証を行った。具体的には以下の通りである。ピックアップコイルを用いて超電導薄膜内の電流分布を測定するためのシステムを構築した。それを用いて定常状態、過渡状態について1次元の電流分布を大まかに把握することができ、MOD法による薄膜における臨界電流密度の不均一性について実験的に確かめることができた。電流-電圧特性を測定したところ、高電界領域におけるn値の低下を確認でき、また限流時の過渡状態の解析に大きく影響するということがわかった。2種類の薄膜を用いて限流試験を行い、解析結果と比較することにより、解析ツールの妥当性を示すことができた。

 第4章は「数値解析による大容量限流素子の設計」と題し、近年作製が可能になってきている大面積薄膜をいかに効率良く使うか、その最適な素子設計について数値解析により検討した。まず、既存のモデルである直線状薄膜(パターニングなし)とミアンダ型薄膜に関して、臨界電流密度の不均一性を考慮して数値解析を行い、許容可能な印加電圧と常電導転移後に発生可能な抵抗値について評価した。パターニングを施さない直線状の薄膜およびミアンダ形状にパターニングした薄膜いずれにしても許容電界はおよそ20V/cmであることがわかった。

 素子の大容量化のためには、常電導転移後の抵抗を高くしたいが、金属保護膜を薄くするという方法では技術的に限界がある。そこで、金属保護膜を抵抗が高くなるようにパターニングするという方法を提案した。具体的には、超電導薄膜は基板全体に蒸着されているが、金保護膜はミアンダ形状に蒸着されている素子(メタルミアンダ型限流素子と呼ぶ)について検討を行った。局所的な発熱をできるだけ抑えるような、パターニングについて検討し、臨界電流密度が均一もしくは±5%以内の不均一であれば50V/cmの電界に耐えられることがわかった。またそれ以上の不均一性が合った場合でもパターニングを工夫することで、50V/cmの電界にも耐えられる可能性があることを示した。本論文において解析した直線状薄膜およびミアンダ型薄膜の素子容量は、それぞれ35kVA、20kVAであったが、設計したメタルミアンダ型薄膜の素子容量はそれらより面積が小さいにもかかわらず、50kVAという大きな容量を達成できることを示した。

 第5章は「メタルミアンダ型薄膜限流素子の動作検証」と題し、メタルミアンダ型薄膜限流素子を実際に試作して限流試験を行い、常電導伝搬の様子などを測定することにより、解析結果が妥当なものであるか、そもそもメタルミアンダ型薄膜限流素子は成立しうるのかを検証した。ミアンダの半周期分という小さなサンプルではあるが、素子が損傷することなく限流動作をさせることができ、発生抵抗もほぼ設計通りに高い値を得ることができた。また、同じ条件で数値解析を行い、測定結果と比較することにより、これまで行ってきたメタルミアンダ型薄膜限流素子の解析の妥当性を検証した。解析結果と測定結果はほぼ一致しており、解析の妥当性は示されたと考えられる。

 第6章は「結論」であり、研究全体を総括するとともに、今後の展望について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「数値解析に基づく超電導薄膜限流素子の大容量化に関する研究」と題し、電力系統の設計自由度の向上と既存設備の有効利用、系統の安定度向上などの大きな利点をもたらす超電導薄膜限流器を実用化するための課題である、限流素子の大容量化を目標に、限流素子の電磁的・熱的特性を詳細に解析可能な数値解析ツールを確立し、限流時の薄膜における過渡現象を解明して、新しい大容量素子構造を提案、検証したものであり、6章から構成される。

 第1章は「序論」であり、主に配電系統において限流器が必要とされている背景と限流器の研究開発動向、特に超電導薄膜を用いた抵抗型限流器について詳細を整理している。さらに、重要な技術的課題である大容量化に関する研究開発動向と、限流動作解析のための数値解析技術について整理した上で、本研究の目的と論文構成について述べている。

 第2章は「有限要素法を用いた数値解析手法」と題し、本研究で用いる数値解析手法の特徴と開発のための定式化などについて詳細に記述している。この解析は、2次元電磁界解析と3次元熱伝導解析、および電気回路解析の連成解析であり、超電導薄膜部の電磁界解析は、薄板近似により2次元化し、電流ベクトルポテンシャルを未知数としている。超電導特性には電圧-電流特性を冪乗則で近似したn値モデルを用いており、臨界電流密度の温度依存性およびn値の電流密度依存性を考慮している。熱伝導解析では、各物性値の温度依存性を考慮し、液体窒素冷却における沸騰曲線を考慮している。

 第3章は「小型サンプルを用いた超電導薄膜の電磁特性および限流特性の測定」と題し、小型の超電導薄膜を用いてその電磁的特性の測定を行い、解析ツールの妥当性の検証と超電導薄膜の電界-電流特性モデルを記述している。超電導薄膜内の1次元の電流分布を定常状態と過渡状態で測定することにより、MOD法で作製された超電導薄膜の臨界電流密度の不均一性について実験的に確認した。薄膜の電界-電流特性を測定して、高電界領域におけるn値の低下を確認し、またそれが限流時の過渡状態の解析に大きく影響することを示し、さらに、2種類の超電導薄膜を用いた限流実験を行って、解析結果と比較することにより、解析ツールの妥当性を示した。

 第4章は「数値解析による大容量限流素子の設計」と題し、大面積超電導薄膜を有効に利用した、大容量の限流素子設計について、数値解析により検討した結果を記述している。まず、金保護膜の厚さについて、金保護膜のパターニングのない直線状薄膜では、金保護膜を薄くするほど印加可能電圧を大きくでき、金銀合金のような抵抗率の高い保護膜を用いることは有効であること、また、膜幅が広い方が局所的な温度上昇は緩和されることを示した。ミアンダ型薄膜では、通電経路の有効長が長いため、金保護膜を薄くしても超電導特性の不均一による局所的な温度上昇が大きく、印加可能電圧を大きくすることはできないことを示した。そのため、素子大容量化の方法として、金属保護膜を薄くするという方法では技術的に限界があることが明らかになった。そこで、電気抵抗を大きくするために、金属保護膜をパターニングするという方法を提案している。具体的には、超電導薄膜は基板全体に蒸着され、金保護膜はミアンダ形状に蒸着されている素子(メタルミアンダ型限流素子と呼ぶ)について、数値解析に基づく検討を行い、臨界電流密度に不均一がある場合にも50V/cmの電界に耐えることができ、従来の構造と比較して大容量で高抵抗な薄膜限流素子の実現可能性があることを示した。

 第5章は「メタルミアンダ型薄膜限流素子の動作検証」と題し、メタルミアンダ型薄膜限流素子を試作して限流実験を行い、常電導伝搬の様子などを測定することにより、解析結果の妥当性とメタルミアンダ型薄膜限流素子の成立性を検証している。ミアンダの半周期分という小さい領域ではあるが、素子が損傷することなく限流動作をさせることに成功し、発生抵抗もほぼ設計通りの高い値を得ている。

 第6章は「結論」であり、本研究の成果を総括している。

 以上これを要するに、本論文は、超電導薄膜利用の抵抗型限流素子の大容量化に関して、電磁界と熱伝導、電気回路の現象を連成して解析するツールを開発、検証し、それを用いて、特性に不均一性がある超電導薄膜における限流時の過渡現象を明らかするとともに、素子大容量化のための金保護膜の新しい設計を提案し、解析と実験によりその有効性を示したものであり、電磁エネルギー工学、特に超電導工学に貢献するところが少なくない。

 なお、本論文第2章から第5章は、大崎博之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析と実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9279