学位論文要旨



No 122724
著者(漢字) 吉村,彰記
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,アキノリ
標題(和) 板厚方向に縫合したCFRP積層板の損傷進展に関する研究
標題(洋)
報告番号 122724
報告番号 甲22724
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第261号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 客員教授(連携) 小笠原,俊夫
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

 CFRP積層板は、その層間破壊靭性値の低さから、面外衝撃荷重によって容易に層間にはく離が発生し、圧縮強度が著しく低下することが知られている。CFRP積層板の板厚方向に縫合を施した縫合CFRP積層板は、低いコストで製作できる上、層間破壊靭性値が従来のCFRP積層板に対して大幅に高く、次世代の構造材料として期待されている。

 縫合CFRP積層板については、これまでDCB試験やENF試験によって測定する層間破壊靭性値や、面内剛性・強度といった、材料特性については精力的に研究されてきた。しかし、従来の非縫合積層板と同様、縫合積層板には様々な荷重条件下で、層内き裂、層間はく離といった損傷が発生、進展し、材料特性に対して大きな影響を与える。したがって、様々な荷重条件下で縫合積層板に発生する損傷の発生、進展プロセスを理解することは、縫合積層板を用いた構造物の信頼性を確保する上で必要不可欠である。また、縫合積層板においては、縫合糸の種類、縫合糸の径、縫合の密度など、縫合パラメータを設計することができる。したがって、損傷進展プロセスに基づき、内部構造を適切に決定することが必要である。

 そこで、本論文では、縫合積層板の損傷の進展プロセスを、実験・解析の両面から検討し、板厚方向の縫合が損傷進展プロセスに対して与える影響を明らかにし、損傷パラメータ決定の指針を検討することを目的とした。本論文は、序論、結論を含めて7章で構成されている。以下に各章で行った研究と、その成果を順に示す。

 CFRP複合材料内の損傷進展プロセスを実験的に観察することは困難であり、数値解析による損傷プロセスの検討を行うことが必須である。したがって、第2章では、結合力要素を用いた有限要素解析に基づいて、縫合積層板の損傷進展を解析する数値解析モデルの提案を行った。積層板はレイヤーに分割し、各レイヤーはMindlin板要素で要素分割した。各レイヤー内とレイヤー間には損傷を表現するために結合力要素を配置した。縫合糸の効果はTimoshenkoはり要素でレイヤー同士を結合することによって表現した。このとき、結合力要素を用いた際に発生する非線形性を、線形解析に連続によって求めることとした。また、既存の研究から、一本の縫合糸がはく離を架橋する際に発生するき裂閉口トラクションについての研究を参照し、これらのトラクションが提案した数値解析モデルで表現可能であることを述べた。

 第3章では、最も基本的な荷重状態として、縫合積層板に一軸引張荷重を加え、このとき縫合積層板内に発生する損傷を、目視と超音波顕微鏡によるCスキャンによって実験的に観察した。このとき、縫合の有無にかかわらず、引張負荷下の積層板には層内き裂と層間はく離が観察された。層内き裂の発生とその増加には、縫合による差異は見られなかった。一方、縫合積層板には、非縫合積層板よりも小さい層間はく離が観察された。

 次に、第2章で提案した、縫合積層板内の損傷進展解析モデルを用いて、一軸引張負荷下の損傷進展をシミュレートし、結果を実験と比較した。このとき、縫合積層板に対する損傷進展解析で得られた層内き裂と層間はく離の発生や進展は、損傷観察結果に一致し、数値解析モデルによって、縫合積層板の損傷進展をシミュレートできることが示された。また、損傷進展解析モデルの結果から、縫合は、積層板が面外方向へとめくれ上がる変形を抑制することによって、自由端から発生するはく離を抑制していることがわかった。

 縫合積層板の適用が想定される、大規模な部材では、ボルトを用いた機械的な接合を用いる必要がある。この際、ボルト孔等の応力集中部からは損傷が発生しやすい。このため、第4章では、ボルト孔を模擬した円孔を有する縫合積層板に引張負荷を加え、縫合積層板内に発生する損傷を、実験と解析の両面から調べた。このとき、特に層間はく離に着目した。

 実験においては、円孔を有する縫合積層板に引張負荷除荷試験を行い、発生した損傷を、軟X線写真とマイクロフォーカスX線CT装置を用いて非破壊観察した。この結果、縫合積層板の円孔縁を起点として、すべての層で層内き裂が発生した。これらの層内き裂の発生、進展に、縫合はほとんど影響を及ぼさないことがわかった。

 数値解析においては、第2章で提案した、縫合積層板内の損傷進展解析モデルを用いて数値解析を行い、結果を実験と比較した。これにより、層間はく離が、円孔縁の複数の層間に発生することを示し、また、この層間はく離は、隣接する2つの層の層内き裂に挟まれる領域に進展することを、数値解析によって明らかにした。また、このとき、円孔の近傍に縫合を施すことにより、円孔縁に発生する層間はく離の進展を効果的に抑制できることを数値解析によって実証した。

 縫合積層板は従来の非縫合CFRP積層板に対して層間破壊靭性値が高いため、航空機外板のような、面外衝撃荷重を受けやすい部分への適用が期待されている。そこで、第5章では、低速面外衝撃荷重を受けた際に縫合積層板内に発生する損傷について、実験と解析の両面から調べた。

 実験においては、Half-SACMA規格の試験片に対して落錘衝撃試験機によって低速衝撃を加え、損傷を軟X線写真、マイクロフォーカスX線CTによって調べた。これによって、板圧方向の縫合が面外衝撃損傷を抑制することがわかった。また、非縫合積層板においては、被衝撃面の反対側の面に近づくにつれて、長い層間はく離が発生するのに対し、縫合積層板では、厚さ方向中央部で最も広いはく離が発生することがわかった。

 数値解析においては、第2章で提案した損傷進展解析モデルによる損傷進展解析と、仮想き裂閉口法によるはく離先端のエネルギ解放率計算の両方を用いて、縫合が損傷に与える効果を検討した。損傷進展解析によって、面外から与えられた荷重のエネルギが大きいほど、縫合による損傷抑制効果が高くなることが明らかになった。この現象は、はく離面積が増加することによって、縫合がはく離を架橋する領域が増加し、縫合糸によるはく離閉口荷重によってはく離進展トラクションが緩和されることが原因であることを示した。また、仮想き裂閉口法による、各層間はく離先端のエネルギ解放率計算からは、縫合が衝撃面と逆側でのPeel変形による、モードIエネルギ解放率の増大を抑制していることを示した。これが、縫合積層板と非縫合積層板で面外衝撃損傷の厚さ方向分布特性が異なっていた原因であった。

 縫合積層板においては、縫合糸として様々な材料の糸を使用することができる。また、縫合糸太さや縫合の密度を変更することができ、損傷を効果的に抑制するためには、これらの縫合パラメータを適切に決定する指針が必要である。第6章では、第5章で観察した、縫合による面外衝撃損傷の抑制に関して、縫合パラメータを変化させ、損傷抑制効果の変化を定性的に調べ、縫合パラメータの適切な決定方法の指針を検討した。

 実験では、縫合密度を減少させた試験片に低側面外衝撃荷重を加え、損傷の観察を行った。また、既存の研究の中から、縫合の種類や密度を変化させた場合の結果を参照し、面外衝撃損傷の変化について検討した。この結果、縫合密度が高いほど、また、縫合の剛性が高いほど、縫合による面外損傷抑制効果が高いことがわかった。

 数値解析においては、第5章で行った2種類の解析(損傷進展解析およびエネルギ解放率)において、縫合パラメータを変化させ、損傷抑制効果の検討を行った。このとき、積層板に施される縫合糸の体積を固定し、縫合密度、および縫合糸の径を変化させた。解析結果から、同体積の縫合糸を用いるならば、一本の縫合糸径を大きくして疎に縫合する場合よりも、縫合糸径を小さくし、密に縫合した方が損傷抑制効果が高いことがわかった。また、縫合が面内強度等に与える影響などを考察することによって、面外衝撃損傷を受けやすい部分に縫合積層板を適用する場合、なるべく径が小さく、剛性の高い縫合糸を使用し、縫合密度を高くすることが重要であることを示した。

 以上から、本研究では、縫合積層板内に発生する損傷に関して、板厚縫合の縫合を適切に施すことによって、CFRP積層板に発生する層間はく離を効果的に抑制できることがわかった。また、本研究によって確立した、損傷進展解析モデル、および仮想き裂閉口法を用いた、縫合積層板の損傷の数値解析手法は、様々な荷重条件下でも使用が可能な、強力な解析手段であることを示した。本解析モデルを用いて、縫合パラメータを変化させ、損傷抑制効果を議論すれば、損傷抑制に最適な縫合パラメータを、損傷プロセスに基づいて決定できることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(科学)吉村 彰記氏提出の論文は、「板厚方向に縫合したCFRP積層板の損傷進展に関する研究」と題し、7章よりなる。

 本論文は、縫合CFRP積層板の実用構造物への適用を目的として、その損傷プロセスを実験、数値解析の両面から詳細に検討している。実験においては、非破壊検査手法を用いて、さまざまな荷重下の縫合積層板の損傷を詳細に観察している。また、数値解析では、縫合積層板の損傷をモデル化するモデルを提案し、このモデルを用いることによって、縫合が損傷プロセスに与える効果を説明することに成功している。また、実験、解析による知見に基づいて、損傷進展を抑制するための縫合パラメータ決定の指針を与えている。

 第1章は「序論」であり、まず、本研究の背景を述べるとともに、縫合積層板に関する既存の関連研究をまとめ、本研究の目的と論文構成について述べている。

 第2章は「縫合積層板内の損傷進展解析手法」であり、有限要素法に基く、縫合積層板の損傷進展解析モデルを提案し、その検証を行っている。モデルは、Mindlin板要素、Timoshenkoはり要素、結合力要素を効率的に組み合わせて作成している。本章では、各要素の役割について述べるとともに、一本の縫合糸がはく離を架橋する際に発生するき裂閉口力を解析し、提案した数値解析モデルが、これらのき裂閉口力を十分表現可能であることを実証している。

 第3章は、「縫合CFRP積層板の引張負荷下の損傷進展」であり、縫合積層板の引張損傷を実験と数値解析から議論している。実験の結果、縫合積層板には層内き裂と層間はく離が発生することを明らかにしている。このとき、層内き裂の発生と累積には、縫合の有無による差異は見られない一方、縫合によって、試験片の自由端から発生する層間はく離が抑制されることを明らかにしている。数値解析では、第2章で提案した数値解析モデルによる解析結果が実験と良く合っており、本数値解析モデルによって縫合積層板の損傷進展を十分予測できることを示している。

 第4章は「縫合積層板の円孔周辺の層間はく離進展」であり、円孔を有する縫合積層板に引張負荷を加えた際の層間はく離進展を実験と数値解析の両面から調べている。実験では、はく離の非破壊観察を行い、はく離が縫合糸を回り込むように進展していることを明らかにしている。数値解析においては、層間はく離が隣接する2つの層の層内き裂と密接な関係を持ちつつ進展すること、また、はく離が縫合糸を回り込んで進展していく理由を明らかにしている。これらの知見に基づいて、円孔の近傍に縫合を施すことによって層間はく離を効果的に抑制できることを定量的に明らかにしている。

 第5章は「縫合積層板の面外衝撃損傷」であり、面外衝撃荷重下の縫合積層板の損傷進展を検討している。まず、低速衝撃試験を行い、損傷を非破壊検査によって調べ、縫合による面外衝撃損傷の抑制効果は衝撃エネルギが大きいほど高くなること、また、縫合によって、損傷の板厚方向分布が変化することを明らかにしている。数値解析においては、衝撃エネルギが大きくなるほど縫合による損傷抑制効果が高くなる理由を明らかにしている。また、仮想き裂閉口法による、各層間はく離先端のエネルギ解放率解析により、縫合による面外衝撃損傷の板厚方向分布が異なる原因を明らかにしている。

 第6章は「縫合の種類および縫合密度が面外衝撃損傷に与える影響」であり、縫合による面外衝撃損傷の抑制に関して、縫合パラメータの変化に伴う損傷抑制効果の変化を定性的に調べ、縫合パラメータの適切な決定方法の指針を検討している。縫合密度を変化させた実験、文献による実験データ、および第5章で行った2種類の解析(損傷進展解析およびエネルギ解放率解析)の結果を総合し、面外衝撃損傷を抑制するためには、剛性の高い縫合糸を使用し、縫合密度をなるべく高くするべきであり、なかでも、縫合密度の増加を優先するべきであることを明らかにしている。

 第7章は「結論」であり、本研究で得られた結論を述べ、縫合積層板の実構造物への適用に関する今後の展望を述べている。

 なお、本論文の一部は、武田展雄、矢代茂樹、岡部朋永との共同研究の成果を含むが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上要するに、本論文は、縫合積層板の損傷進展プロセスを明らかにし、それに対する縫合の影響を明らかにしている。また、このプロセスに基づいて、損傷進展を抑制するために最適な縫合パラメータの決定指針を示している。本成果は、今後の先進複合材料学の発展に寄与する有益な知見を与えており、また、縫合積層板の実構造物への適用にとって重要な指針を与えていると考えられる。

 したがって博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9280