学位論文要旨



No 122735
著者(漢字) 松本,延孝
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ノブタカ
標題(和) 光パケット交換ネットワークの構成と制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 122735
報告番号 甲22735
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第272号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 教授 岩原,恭
 東京大学 助教授 中山,雅哉
内容要旨 要旨を表示する

 インターネットの急速な普及によりトラフィック量は増加の一途をたどっており,ネットワーク大容量化への需要は高まる一方である。一方でパケット転送を電気処理で行う現在のネットワークアーキテクチャでは,ルータの転送容量が限界に近づいているといわれており,ネットワーク大容量化のための新しいパケット転送機構が求められている。また,既に高速・大容量ネットワークを実現する技術として光ネットワーク技術が研究されており,リンク容量は波長多重技術等によって大容量化が実現されているが,ノードにおける転送処理に関して光パス交換が実用化されるにとどまっており,光転送処理においてもリンク資源共有による効率的な通信方式が望まれている。これらの背景から,パケット通信を光領域で行う光パケット交換ネットワーク技術が期待されている。光パケット交換では,電気処理による転送容量のボトルネックを取り除くことができるほか,波長多重リンクにおいて電気処理では波長毎に処理機構が必要であったのに対し,光処理では導波路型光スイッチを用いることで全波長を一括でスイッチングすることが可能となり,飛躍的な転送容量の増大を見込むことができる。

 しかし,パケットを転送するためには,宛先を示すラベルを読み取り,それに応じたスイッチの制御することが必要となる。くわえて,パケット交換においてはパケット衝突が起こりうるため,衝突回避機構も必要となる。こういった処理には一般的にバッファと複雑な演算を行う回路が必要となるが,現状の光デバイス技術でそれらの機能を提供することは困難であり,研究的にも初期段階にあるため実用化はまだ先のことである。また,ラベル識別や制御は電気領域で行うとしても,転送データ自体は光領域でカットスルー転送されるため,制御に関する処理時間が大きくなったりばらついたりすると,転送データを待機させる処理が複雑になってしまう。

以上の理由から,IPパケット交換のように各ノードで転送時に経路表を検索するような転送方式を適用することは難しい。したがって,光パケット交換における光デバイスの制約に着目した,新しいパケット転送機構が求められる。

 本研究では光パケット交換ネットワークの実現に向けて,以下の2つの技術的課題に取り組む。

 (1) 光領域でのパケット転送の実現方法

 (2) 光領域におけるパケット転送のためのネットワーク制御の検討

これらを光デバイスの制約とネットワーク的要求に基づき,現実的構成で実現するための光パケット交換ネットワークアーキテクチャを提示すること,またそのための要素技術に関する検討を通し今後の光パケット交換ネットワークの在り方と技術開発の方向性を示すことが本研究の主眼である。

 第2章では,光パケット交換ネットワークのアーキテクチャについて議論する。光パケット交換ではパケット信号が光領域のまま転送されなければならないが,これを現実的かつ効率的に実現するためのアーキテクチャとして,ネットワーキングのための機能をネットワーク上でどのように構成し,パケット転送処理の機能をノード内でどのように構成するかについて述べる。

 そのために本章では,最初に「光パケット転送においてノードで必要となる処理」と「光デバイスによって提供可能な信号処理・情報処理の機能」の整理を行う。そして,パケットの光領域でのマルチホップ転送を実現するためには転送時のラベル処理において経路表検索を省くことが必要である点を明らかにし,自己ルーティングスイッチを用いることで中継ノードでの転送処理を簡略化し経路制御はエッジノードで担うというアプローチを提示する。

 さらに,自己ルーティングスイッチを用いた光パケット交換の転送や制御にかかる個々の機能について,それぞれにおける要件や関連を整理し,解決されるべき技術的課題を示す。

 第3章と第4章では,光パケット信号のカットスルー転送を行うための技術について述べる。限られた光デバイスの機能によって,パケットの転送や衝突回避をどのように光領域で実現するかが主たる課題である。

 第3章は,光パケット転送のためのラベル処理方式について述べる。自己ルーティングスイッチを用いてマルチホップ転送を行うには,予め中継ノードにおける転送制御の情報がパケットのヘッダにラベルとして記されている必要がある。また,各中継ノードでは,自身における制御情報がラベル中のどの位置に記されているかを知る必要がある。

 これらの要求に対し,経路上の各中継ノードにおける制御情報を通過順に並べてラベルとし,プリアンブル信号をラベルの既読部分相当だけ遅延させる光領域ラベル更新を行うラベル処理方式を提案する。ラベル更新により各中継ノードで読み取るべき情報の位置が固定され,識別長も短いことから非常に単純な論理ゲートの組み合わせのみでラベル識別が実現される。そのため,処理時間の固定化のみならず,光領域でラベル識別を行うことによる高速化の可能性を持つ。また更新処理は固定長の遅延線とスイッチのみによって可能であり,現在の光デバイス技術で十分実現できる。

 本方式に関する評価としては,自己ルーティングスイッチを用いることで問題となるヘッダ長と,光カットスルー転送で課題となる伝送信号への本ラベル更新機構の影響について着目する。ラベル更新においてプリアンブルを再利用する本ラベル処理方式は他の自己ルーティングスイッチを用いた方法よりもヘッダ長を短く抑えられること,またラベル更新機構のハードウェア構成による伝送信号への雑音・遅延といった影響から転送ホップ数の上限や遅延線の精度への要求について述べる。最後に,プロトタイプ実装について報告する。実証実験において光領域で所望のラベル処理が行われたことを確認し,設計やコスト面もふまえ本方式の実現性について議論する。

 第4章では,光パケット交換における衝突回避機構について述べる。パケット通信においては転送効率の向上のため衝突回避機構が不可欠であるが,光RAMの実用化がされていないことから,光パケット交換に適用可能なノード内衝突回避として波長変換・迂回ルーティング・遅延線バッファといった方式が研究されている。波長変換では波長毎に波長変換器が必要となるためコストが高くなってしまい,また自己ルーティングスイッチを用いた光パケット交換では送信元ノードで経路指定されることから迂回ルーティングを適用することは困難である。本研究では,遅延線バッファによる衝突回避機構のみで実ネットワークにおいてどの程度の衝突回避性能を達成することができるか評価する。

 遅延線バッファを用いた衝突回避ではパケットの遅延量が遅延線長によって決まるため,バッファの単位長・段数・バッファ長分布といったバッファ構成が衝突回避性能と遅延やジッタ等の通信品質に大きく影響することが予想される。そこで現在のインターネットと同等のパケット損失率10-6以下を実現するためのバッファ構成をシミュレーションにより明らかにする。

 第5章と第6章では,自己ルーティングスイッチを用いた光パケット交換ネットワークのための経路制御技術について述べる。パケット転送時に参照されるラベルを構築するために,どのようにその情報を得て,得られた情報に基づきどのように効率的なネットワーキングを実現するかが主たる課題となる。

 第5章は,送信元ノードで出力インタフェース識別子を用いた経路指定を行うための経路情報の広告・取得方法について述べる。第3章で述べる光ラベル処理方式では,ラベルとして経路上の各中継ノードにおける出力インタフェース識別子を通過順に並べたものを用いる。したがってラベルは宛先ノードが同一であっても経路毎に異なるため,エンド間で経路情報を知らせあうための機構について検討することが必要となる。

 本機構では,パスベクトル型の経路情報広告を行う場合のプロトコル拡張方法に関する検討とメッセージ量のシミュレーション評価,さらに現在のインターネット経路制御において実現されている経路制御機能との比較考察より,光パケット交換ネットワークにおける経路広告機構の特性を明らかにする。

 第6章では,光パケット交換における経路選択方式について述べる。通信においてどの経路を選択するかは帯域・遅延・損失率などの通信特性に影響を及ぼすが,特に光パケット交換においてはノード内での衝突回避性能に限界があることから,パケット損失率を抑えることを目的とする経路選択方法について検討する。

 本手法では,パケットの送信の成否に基づき経路毎の選択優先度を調節する「優先度学習」を経路選択手法に適用する。これにより,送信元ノードで選択される転送経路が自律分散的にすみわけられ,衝突確率が低減される。本章では優先度学習アルゴリズムについて説明し,最短経路・ランダムに分散された経路との比較から,優先度に基づいた経路選択による衝突確率低減効果を評価する。

 本研究では,光デバイスの機能的な制約を考慮した現実的な光パケット交換ネットワークのアーキテクチャを検討し,光領域パケット転送とネットワーク制御における各要素技術の研究開発を行った。本論文における成果は,将来の超高速ネットワークインフラへの光パケット交換ネットワークの適用に向けた第一歩となるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「光パケット交換ネットワークの構成と制御に関する研究」は,今後更なる通信トラフィックの増大と多様化が予想されることに対し,光領域でのパケット通信技術が今後重要になるとの予測から,光パケット交換ネットワークアーキテクチャの現実的構成に関する検討とその要素技術について論じている.本論文で示された機構は,光デバイスの特性と効率的なネットワーキングを考慮したネットワークアーキテクチャに基づき検討されており,現在の光デバイス技術で可能な単純なノード構成とパケット処理により実現される点と,大規模マルチホップ転送に適用可能である点が,従来の光パケット交換機構と大きく異なっている。本論文は全7章からなり,光パケット交換実現のためのネットワークアーキテクチャ,光領域でのパケット処理技術,自己ルーティングネットワークにおける経路制御技術などについて包括的に論じている.

 第1章は序論であり,インターネットの普及と通信トラフィックの増加,電気ルータによるパケット処理の限界と光パケット交換方式への期待,パケット交換方式を光領域で実現することの難しさについて触れ,本論文の背景と目的について述べている.

 第2章では,光デバイス技術によって提供可能な機能とパケット通信に必要な処理に基づき,光パケット転送を実現するためのネットワークアーキテクチャについて述べている.本章では,光領域でのパケット転送においては宛先識別と経路表検索が最も大きな課題となることから,自己ルーティングを適用することで中継処理を簡略化するアプローチを示している.そして,自己ルーティングを適用する場合の,光パケット通信の各処理における要求を明らかにしている.

 第3章では,自己ルーティングを用いてマルチホップ転送を実現するためのラベル処理として,プリアンブル遅延型ラベル更新について述べている.本方式では,宛先までに中継するノードの転送制御信号を並べてラベルとする.各中継ノードでは,必ずラベルの先頭の転送制御信号を読み取ってスイッチの制御を行い,また先頭識別信号であるプリアンブルに読み取った転送制御信号相当の遅延を与えることでラベルの更新を行う.これにより,光領域で可能な単純なラベル更新処理により,各中継ノードでの読み取り位置を固定化することができる.また,プリアンブルの再利用によるラベル長の短縮から,他の自己ルーティングを用いた光パケット転送に比べ帯域利用率が向上する.そして,プロトタイプ実装を通し本機構の実現性を示している.

 第4章では,自己ルーティングを用いた光パケット交換ネットワークに適用可能である並列バッファ型衝突回避機構の評価について述べている,遅延線バッファを用いた衝突回避機構では,バッファの物理的構成が衝突回避性能に大きく影響することに着目し,インターネットQoSにおけるパケット損失の最高水準である10(-6)を実現するためのバッファの物理的構成を明らかにしている.

 第5章では,自己ルーティングの転送制御信号を用いた始点経路制御のための経路情報広告および経路構築手法について述べている.本手法は,パスベクトル型経路制御アルゴリズムの拡張により,中継ノードにおけるポリシ適用が可能なエンド間経路広告を実現する.本手法により,ローカルな識別子を用いた大域的な経路指定が可能となり,またリンクステート型の経路情報広告に比べ経路情報広告メッセージ量が抑えられている.

 第6章では,始点経路制御ネットワークにおける経路選択方式の応用として,優先度学習型経路選択手法について述べている.本手法では,各送信ノードがパケット送信の成否に基づいて経路毎の選択優先度を上下させ,その結果に応じてパケット送信時の経路を選択することで,自律分散的に経路の棲み分けが行われ,ネットワークレベルでの衝突確率低減が実現される.これにより,ノード内での衝突回避性能が十分ではない光パケット交換ネットワークにおける通信効率の向上を図っている.

 第7章は論文全体を総括しており,本論文の成果をまとめるとともに,光パケット交換ネットワークの実現に向けて残された課題と,今後の関連研究分野における研究開発の方向性について述べている.

 以上,本論文は,大規模ネットワークにおける光パケットマルチホップ転送のための光パケット交換ネットワークの実現方法を提案し,シミュレーションやプロトタイプ実装を介してその有効性と実現性を実証したものであり,情報学の基盤に貢献するところが少なくない.

 したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9287