学位論文要旨



No 122738
著者(漢字) 黄,鐘日
著者(英字) Hwang,Jong-Il
著者(カナ) ファン,ジョンイル
標題(和) GaNベース希薄磁性半導体の高エネルギー分光による研究
標題(洋) High-energy spectroscopic studies of GaN-based diluted magnetic semiconductors
報告番号 122738
報告番号 甲22738
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第275号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 岡田,真人
 東京大学 助教授 佐々木,岳彦
 東京大学 助教授 溝川,貴司
内容要旨 要旨を表示する

 3d系遷移金属原子や4f系希土類原子などの磁性原子を化合物半導体の陽イオンサイトに置換的にドープした希薄磁性半導体(Diluted Magnetic Semiconductor : DMS)は、ユニークな磁性や光学的性質を示す材料群として多くの研究が行われてきた。特にMnをドープしたP型In(1-x)MnxAS薄膜やp型Ga(1-x)MnxAS薄膜において強磁性が発現することが発見されて以来、強磁性DMSに関する研究はスピンエレクトロニクス(スピントロニクス)と呼ばれる分野の主要な研究テーマのひとつになり、「半導体スピントロニクス』と呼ばれる新しい分野を形成した[1]。しかしp型In(1-x)MnxAS薄膜やp型Ga(1-x)MnxAS薄膜の強磁性転移温度(キュリー温度:Tc)ははるか低温であるため[2]、強磁性DMSの応用上から室温強磁性DMSに向けた研究が行われてきた。理論的研究[3]によりGaNのようなワイドギャップ系半導体を母体としたDMSにおいて室温強磁性が予言され、実際に多くのGaN系DMSsが作製されたが、その強磁性発現の可能性及び強磁性発現のメカニズムは未だ明らかではない。

 本研究は、Mn及びCrをドープしたGaNにおける強磁性発現の可能性及びその発現機構の解明をめざし、高エネルギー分光により電子状態を調べることを目的とする。論文は、導入(1章)、高エネルギー分光の原理(2章)に続き、分子線エピタキシー法(Molecular-beam epitaxy : MBE法)により作製されたCr及びMnドープGaN薄膜の高エネルギー分光による研究(3章)、MBE法により作製されたGaN/Ga(1-x)MnxN超格子の高エネルギー分光によう研究(4章)、熱拡散法により作製されたGaN:Mnのその場深さ方向分析(5章)及び(6章)からなる。

1. MBE法により作製されたCr及びMnドープGaN薄膜の高エネルギー分光による研究

 CrやMnをドープしたGaNにおいて、室温以上のTCを持つ強磁性が発現することが理論的に指摘された[3]。DietlらはGa(1-x)MnxASにおいて支配的であるpホールキャリアが介在するp-d交換相互作用によって室温強磁性が実現することを予言したのに対し、Sato、Katayama-Yoshidaらは、dキャリアによるd電子間の直接的な磁気的相互作用である2重交換交互作用による室温強磁性を予言した。実際の物質の強磁性におけるこれらモデルの妥当性を実験的に示すことで、この系での強磁性発現の可能性及びその発現機構を推定することができる。

 我々はL端X線吸収分光(XAS)、光電子分光(PES)等の高エネルギー分光を用いて、MBE法により作製されたGa(1-x)CrxN膜及びGa(1-x)MnxN薄膜の電子状態を調べた。これらの高度に制御され作製されたGaNベースDMS薄膜の電子構造、特にフェルミレベル(EF)近傍の電子状態とその性質を調べることで、キャリアの性質を推定することが出来る。元素選択的手法である共鳴光電子分光(RPES)を用い、価電子帯におけるCr及びMn 3d軌道の状態密度(部分状態密度:PDOS)を直接抽出した。図1に共鳴光電子分光により抽出されたCr及びMn 3d PDOSを、母体価電子帯頂上(VBM)から測った結合エネルギー(EB)を横軸にして示す。3d PDOSの主構造は、Ga(1-x)CrxNではVBMから低EB側、つまりGaNバンドギャップ中に現れるのに対し、Ga(1-x)MnxNでは価電子帯内に現れ肩構造がVBM上に現れることがわかる。これは、EFに近い状態が、Ga(1-x)CrxNではCr 3d軌道が支配的であるのに対し、Ga(1-x)MnxNではMn 3dと混成したN2pが支配的であることを意味し、前者ではdキャリアによる2重交換相互作用、後者ではpキャリアによるp-d交換相互作用が支配的であることを示唆している。論文では、内殻電子構造と共に価電子帯電子構造を調べ、両者の電子構造を比較しそれらの相違性について議論する。

2. GaN/Ga(1-x)MnxN digital ferromagnetic heterostructureの高エネルギー分光による研究。

 Ga(1-x)MnxN薄膜は多くの研究者によって作製され広く研究されてきた。それにも関わらず、報告されているTCは0から940Kと様々であった[4]。Ga(1-x)MnxNの結晶成長は技術的に難しいため、Mnドープに伴うN欠陥の発生と微量のGaMnやMnNなどの磁性不純物が結晶内に混在することがその原因とされてきた。最近、半導体ヘテロ構造をDMSに応用した例が報告されている。例えばMnを2次元的にドープ(δドープ)したGaAsにおいて240Kを超えるTCが報告された[5]。これはMnを局所的にドープしたことにより、高濃度Mn及びキャリアを結晶を劣化させることなくドープできるというDMSヘテロ構造の効果によるものである。Jeonら[6]はこの方法をGa(1-x)MnxN作製に応用し、GaNとGa(1-x)MnxNのヘテロ構造であるGaN/Ga(1-x)MnxNディジタル強磁性超構造(digital ferromagnetic heterostructure : DFH)を作製し、強磁性の発現及び磁化の増強を報告している。

 我々はこのGaN/Ga(1-x)MnxN DFHにおける強磁性の起源を探るために高エネルギー分光による研究を行った。4周期のGaN(15nm)/Ga(1-x)MnxN(5nm)の多重ヘテロ構造からなるGaN/Ga(1-x)MnxN DFH試料(x=0.1)を調べた。Mn L端XASやMn 2p-3d RPESの結果から、Ga(1-x)MnxN層の電子構造はGa(1-x)MnxN薄膜に近いこと、すなわち高濃度のMnドープにも関わらずMn原子周囲の局所結晶構造の乱れの影響は見られなかった。これに続いて、試料の強磁性の起源を明らかにするため

にMn L端におけるX線磁気円二色性(XMCD)測定を行った。XMCD測定の結果から見積もられた磁化の磁場依存性をSQUID測定の結果と共に図2に示す。図からわかるように、磁場に対し線形に増大する常磁性成分及びその線形成分のゼロ磁場への外挿からゼロ磁場における有限な磁化すなわち強磁性成分が存在することを見出した。これは、系の強磁性がGaN中にドープされたMnイオンによるものであること示し、本質的強磁性の実験的証拠と言うことができる。

3. 熱拡散法により作製されたMnドープGaNの深さ方向分析

 GaNを母体としたDMSはこれまで主にMBE法により作製されてきたが、一方で熱拡散法による作製も報告されている[7]。熱拡散法ではまず、遷移金属を半導体基板上に蒸着し、次にその試料を加熱することで遷移金属を半導体基板内部へと熱拡散させ、最後に表面付近の金属的な層を除去することで熱拡散試料を得る。Ishidら[8]は熱拡散法によって作製されたZnGeP2:MnではMnPのような強磁性化合物が表層金属層に存在するが、その直下において希薄なMnイオンが観測され、その領域も強磁性を担っていることを報告している。一方、同様の熱拡散で作製されたGaN:Mn試料においても強磁性の振る舞いを示すことが報告されている[7]。しかしその詳細は、Mn原子の拡散を示すこと以外、電子状態、磁性の起源については調べられてこなかった。

 我々は500℃の低温熱拡散法によりMnドープGaN試料を作製し、スパッタエッチングを行いながら光電子分光法のその場測定を行い、電子状態について深さ方向分析を行った。光電子測定とスパッタエッチング(エッチングレート0.02nm/min)を交互に繰り返し行うことで、試料深さ方向への化学組成、結合状態及び電子状態の詳細な変化を調べた。図3に熱拡散処理直後(スパッタ時間t=0min)とスパッタエッチング後の試料深部(t=350min)のMn 2p内殻光電子スペクトルを示す。試料表層のスペクトルはMn金属のそれにほぼ等しいのに対し、試料深部では弱いシグナルが観測され、そのピーク位置が高EB側にシフトしていることがわかった。これは試料深部にMnイオンが希薄に存在することを示している。また、この試料深部においてGa濃度が僅かに減少していること、Mn 3dPDOSがMBE薄膜のそれと近いことが示され、試料深部においてDMSが形成されていることが示された。

[1] H. Ohno, Science 281, 951 (1998).[2] T. Schallenberg and H. Munekata, Appl. Phys. Lett. 89, 042507 (2006); K C. Ku et al., Appl. Phys. Lett. 82, 2302 (2003).[3] T. Dietl et al, Science 287, 1019 (2000); K. Sato and H. Katayama-Yoshida, Jpn. J. Appl. Phys. 40, L485 (2001).[4] T. Graf et al, phys. stat. sol. (b) 239, 277 (2003).[5] X. Chen et al, Appl. Phys. Lett. 81, 511 (2002).[6] H. C. Jeon et al, Sol. Stat. Commun. 132, 63 (2004).[7] M. L. Reed et al, Appl. Phys. Lett. 79, 2473 (2001); X. M. Cai et al, Mater. Sci. Engi. B 117, 292 (2005).[8] Y. Ishida et al, Phys. Rev. Lett. 91, 107202 (2003).

図1 Ga(1-x)CrxN薄膜のCr 3d PDOS(上)及びGa(1-x)MnxN薄膜のMn 3d PDOS(下)。横軸はGaN価電子帯頂上(VBM)を基準とした結合エネルギー。

図2 XMCDから見積もられた磁気モーメント(青丸)とSQUIDから見積もられ磁気モーメント(赤丸)の比較。

図3 Mn 2p内殻光電子スペクトル。試料表面(赤実線)に対し試料深部(青破線)ではピークの幅が増大し高結合側にシフトしている。

審査要旨 要旨を表示する

 半導体に遷移金属イオンをドープした希薄磁性半導体は,将来の半導体技術が進む方向として期待されている半導体スピンエレクトロニクスの中核をなす材料と考えられている.半導体スピンエレクトロニクスの実用化のためには,何よりもまず室温で動作する素子の開発が不可欠であり,そのためには室温で強磁性を示す磁性半導体の開発が最重要課題となっている.本論文では,室温強磁性半導体として期待されている窒化ガリウムGaNをベースとした希薄磁性半導体の電子構造を,光電子分光・X線吸収分光などの手法を用いて定量的に調べている.本論文は6章からなる.

 第1章は本論文への導入として,1980年代末に始まった強磁性を示す希薄磁性半導体研究の現状を紹介し,本研究の背景と目的を述べている.

 第2章では,本論文で用いた実験手法である光電子分光・軟X線吸収分光・軟X線磁気円二色性の測定原理と解析方法について説明し,実験が行われた放射光施設のビームラインと大学の実験室に設置された実験装置について述べている

 続く第3章から第5章にかけては,それぞれの章で異なった試料に対する実験結果と,そこから得られた情報について記述している.第3章では,強磁性希薄磁性半導体の通常の作成方法である分子線エピタキシー(MBE)法により作製されたMnをドープしたGaN(Ga(1-x)MnxN)薄膜及びCrをドープしたGaN(Ga(1-x)CrxN)薄膜の光電子分光・X線吸収分光を行っている.それぞれの遷移金属イオンの価数を同定した後に,遷移金属原子のd準位が,MnドープGaNでは主に価電子帯に現れるのに対して,CrドープGaNではGaN母体のバンドギャップ内に現れることを見出している.この違いのために,正孔キャリアがドープされた場合の強磁性の発現機構が両者で異なると結論している.

 第4章では,同じくMBE法によるが,薄いGa(1-x)MnxN層を厚いGaN層の間に挟んだものを繰り返したGa(1-x)MnxN/GaN超格子を光電子分光・軟X線吸収分光・軟X線磁気円二色性で調べた結果について述べている.第3章で述べたGa(1-x)MnxN薄膜が強磁性を示さないのに対して,この超格子は強磁性を示す.軟X線吸収と磁気円二色性のスペクトル形状がGa(1-x)MnxNと同じであることを見出し,磁気円二色性の強度が磁化測定から期待されるものと一致したことから,強磁性がGa(1-x)MnxN層からくる本質的なものであると結論付けている.

 第5章では,GaN基板上に蒸着したMn金属の熱拡散により作製された試料の"その場"深さ方向分析を,光電子分光を用いて行っている.各深さでのスペクトル形状から,試料の深部で希薄磁性半導体Ga(1-x)MnxNが形成されていることが示唆されている.さらに,磁化測定ではp型GaN基板を用いたときのみ強磁性が観測され,多くの理論的研究で提唱されている正孔が強磁性を担う機構が支持されている.

 最後の第6章で以上の結果がまとめられ,本論文で得られた新しい知見と将来の展望について述べられている.

 以上のように,本論文ではGaNをベースとした磁性半導体における磁性発現に繋がる電子構造の特徴をいくつか明らかにし,半導体を用いて室温で強磁性を実現するための指針を提唱している.なお,本論文は指導教員をはじめ,小林正起,田久保耕,溝川貴司,江端一晃,大木康弘,石田行章,平田玄,岡本淳,間宮一敏,長船義敬,Holger Ott,斎藤祐児,村松康司,竹田幸治,寺井恒太,藤森伸一,岡根哲夫,小林啓介,田中新,近藤剛,宗片比呂夫,橋本政彦,田中浩之,長谷川繁彦,朝日一の各氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって計画立案し実験及び解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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