学位論文要旨



No 122740
著者(漢字) 薦田,多恵子
著者(英字)
著者(カナ) コモダ,タエコ
標題(和) 転座反応に関与する23SリボソームRNA保存領域の機能解析
標題(洋)
報告番号 122740
報告番号 甲22740
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第277号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 蛋白質合成装置であるリボソームは全ての生物に共通して存在するRNA・蛋白質超分子複合体である。原核生物のリボソームは、沈降係数が50Sと30Sの大小二つのサブユニットから構成されている。50Sサブユニットは約3000塩基の23SリボソームRNA(rRNA)、120塩基の5S rRNA、30種を超える蛋白質で構成され、30Sサブユニットは約1500塩基の16S rRNAと、20種以上の蛋白質から成る。最近のX線結晶構造解析からrRNAがリボソームの基本的な骨格とタンパク合成における主要な機能を果たしていることが明らかになりつつある。

 蛋白質合成過程においてリボソームは、mRNA上を下流に移動しながら遺伝情報を解読する。新しいペプチド結合をつくるペプチド転移反応後に、リボソームがコドン一つ分(3塩基分)3'方向へ移動する転座反応(translocation)が進行する。この反応は伸長因子EF-GがリボソームのAサイトに結合し、GTP加水分解のエネルギーを用いることで引き起こされる。AおよびPサイトに結合していた2つのtRNAはmRNAと共に、それぞれPおよびEサイトへと移動する。EF-Gはリボソームとの相互作用によりGTPを加水分解し、コンフォメーションを大きく変化することが知られているが、この構造変化が転座反応の原動力であると考えられている。また、転座反応の際に30Sサブユニットは50Sサブユニットに対して大きく回転し(約6度)、歯止め装置様の動き(ratchet-like rotation)をする事が知られている。両サブユニット間の相互作用にはリボソームRNAの保存領域が関わっていることが知られているが、これらの詳細な役割については不明な点が多く残されている。

 23S rRNA上にあるヘリックス38(H38、図1)は、原核生物、真核生物に広く保存されたヘリックスで、クリオ電子顕微鏡での解析により、Aサイト近傍に見られる突起状の構造を構成していることから、A site finger(ASF)と呼ばれている。ASFは翻訳の過程全体を通して、AサイトのtRNAと直接相互作用している。また、30Sサブユニットの蛋白質S13と相互作用してbridge B1aというサブユニット間の連結部位を構成している。bridge B1aは転座反応時のratchet-like rotationにおいてその位置を大きく変え、転座反応後の状態で、ASFはS13ではなくS19蛋白質とbridgeを形成することが知られている。これまでに、ASFの機能的な役割について解析された例はなく、本研究では翻訳過程におけるASFの役割を解明することを目的とした。

[本論]

1. ASF短縮化リボソーム

 ASFの翻訳過程における役割を明らかにするために、大腸菌を用いて、このASFの長さを段階的に短縮化した変異型リボソームを構築した。この際に、大腸菌ゲノムにコードされた7つの全リボソームRNAオペロンを欠失した大腸菌株NT101を用いた。NT101はプラスミドpRB101にコードされたリボソームRNAオペロンによって救済されており、このプラスミドを、ASF短縮化変異を導入した別のプラスミドと入れ替えることで、ASF短縮化リボソームのみを有する大腸菌株を作成した。ASF短縮化リボソームを持つ大腸菌株は正常な生育速度を示したが、βガラクトシダーゼをリポーターとして用いた翻訳精度の測定を行った結果、野生型(WT)と比較して+1フレームシフトの頻度が上がっていることが判明した。

 ASFはbridge B1aを形成することから、この株から精製したASF短縮化リボソームのサブユニット会合能を測定したところ、WTと同等であることがわかり、ASFが形成するbridge B1aはサブユニット間の会合にはさほど重要ではないことが明らかとなった。また、ポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成系を用いて試験管内蛋白質合成活性を測定したところ、予想に反し、低EF-G濃度下においてWTと比較して高い翻訳活性を有する事が明らかになった(図2)。この結果とは対照的に、他のサブユニット連結部位であるbridge B4を構成するヘリックス34(H34)、bridge B7aを構成するヘリックス68(H68)をそれぞれ短縮化した変異型リボソームではWTに比べサブユニット間会合能が低下し、翻訳活性も低下していた。したがって、ASF短縮化リボソームの高い翻訳活性はサブユニット間のbridgeを欠損させることによって生じた現象ではなく、ASFの構造が失われる事によって引き起こされたと考えることができる。長さの異なるASF短縮化リボソームを作成し翻訳活性の比較を行ったところ、22塩基短縮した変異型リボソームでの活性が安定して高かったが、34塩基短縮したリボソームでも同様の結果が観測された。

 また、リボソームによるEF-GのGTPase活性化反応を比較したところ、ASFを短縮化したリボソームではWTと比較してGTPaseの高い活性化が引き起こされることが判明した。この結果は、ASFの短縮によってEF-Gが活性化され、低EF-G濃度において高い翻訳活性を持つという結果をうまく説明することができる。さらに、ASF短縮化リボソームを用いて、シングルラウンドの転座反応の解析を行ったところ、ASF短縮化リボソームは、WTより高い転座反応活性を持つ事が示された(図3)。

 以上の結果から、リボソームが本来有している転座反応の能力は通常WTにおいて観察されるよりも速く、ASFは、転座反応を負に制御する働きを担うことを示唆している。ASFは転座反応をコントロールすることによって結果的に+1フレームシフトを抑え、翻訳精度が維持されていると考えることができる。

2. h33欠損リボソーム

 30Sサブユニットのヘリックス33(h33,30Sは小文字hを用いる)は立体構造上でnose(あるいはbeak)と呼ばれる部分を構成している(図4)。NT101株を用いた当研究室のこれまでの研究で、h33を欠損してもリボソームの活性は保たれていることが知られていた。クリオ電子顕微鏡を用い、h33を欠損させたリボソームの立体構造を解析した[Dr.R.Agrawal(New York State University,Department of Health)との共同研究]ところ、h33の欠損により、30Sサブユニットのhead部分が後退し、ASFとの相互作用部位であるbridge B1aが外れていることが判明した。そこで、h33欠損リボソームの翻訳活性を調べたところ、ASF短縮化リボソームと、同様に翻訳活性の上昇が観測された(図5)。この結果は、ASF短縮化リボソームの解析から示されたbridge B1aの翻訳における役割を、より明確にするものであると考えている。

[結論]

 以上の解析から、翻訳過程におけるASFの役割は、転座反応の進行を負に制御するための減衰器(attenuator)である事が明らかとなった。転座反応を制御することにより、フレームシフトを抑制し結果的に翻訳精度の維持に寄与していると考えられる。また、h33欠損リボソームの解析から、ASFが形成するbridge B1aが転座反応の制御に特に重要であることが判明した。リボソームが本来持っている転座反応の活性は通常WTにおいて観察されるよりも速く、ASF(とbridge B1a)は、生体内において正しい読み枠を維持し、翻訳精度を保つために獲得した機能ドメインであると考えられる。

図1A.23S rRNAドメインIIの二次構造。今回作成した短縮化リボソームの配列を四角内に示す。B.大腸菌リボソーム50Sサブユニットの三次構造。濃いグレー,今回短縮化した部位;明るいグレー,23S rRNA;黒,リボソーム蛋白質

図2 各種のbridgeを短縮化したリボソームを用いたポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成の速度をEF-G濃度に対してプロットしたもの。

図3 EF-G:リボソーム=1:5におけるシングルラウンドの転座反応の経時変化。

図4 大腸菌30Sサブユニットの三次構造。欠損したヘリックス33と、bridge B1aを構成する蛋白質S13、S19を示す。

図5 EF-G濃度に対するポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成速度。h33欠損リボソームでは、H38短縮化リボソームと同様の傾向が見られた。

審査要旨 要旨を表示する

 リボソームは全ての生物に共通するRNA・蛋白質超分子複合体であり、大小二つのサブユニットから構成される。リボソームは蛋白質翻訳の際、mRNA上を下流へ移動しながら遺伝情報を解読する。ペプチド転移反応後に、2つのtRNAがmRNAと共に隣のサイトへと移動する転座反応が進行する。伸長因子EF-Gがリボソームとの相互作用によりGTPを加水分解して引き起こす構造変化が、この転座反応の原動力と考えられている。また、転座反応時に小サブユニットは大サブユニットに対して6度回転する歯止め装置様の動き(ratchet-like rotation)をする事が知られる。両サブユニット間の相互作用にはrRNAの保存領域の関与が知られているが、これらの詳細な役割については不明な点が多く残されている。

 大サブユニット23S rRNA上のヘリックス38(H38)は、原核生物、真核生物に広く保存され、cryo電子顕微鏡での解析により、Aサイト近傍で突起状の構造をとることから、A site finger(ASF)と呼ばれる。H38は翻訳過程全体を通しAサイトtRNAと相互作用している。また、小サブユニット蛋白質S13と相互作用してbridge B1aというサブユニット間連結部位を構成する。bridge B1aはratchet-like rotationにおいて位置を大きく変え、転座反応後にはS13ではなくS19蛋白質とH38とで形成される。

 これまでにH38の機能的な役割について解析した例はなく、本研究では翻訳過程におけるH38の役割を解明することを目的とし、ヘリックス38の長さを短縮化した変異体を作成し、機能解析を行った。

 本論文は序論と2章と結論からなり、第1章では大サブユニット23S rRNA上のH38短縮化変異体を用いた機能解析について述べている。H38短縮化大腸菌株は正常な生育速度を示したが、翻訳精度の測定を行った結果、野生型(WT)と比較して+1フレームシフトの頻度が上がることが判明した。また、H38短縮化リボソームのサブユニット会合能はWTと同等で、H38が形成するbridge B1aはサブユニット間会合にはさほど重要ではないことが明らかとなった。一方、予想に反し、低EF-G濃度下においてWTと比較して高い翻訳活性を有する事が明らかになった。

 また、リボソームによるEF-GのGTPase活性化反応において、H38短縮化リボソームはWTと比較して高いGTPase活性化を起こすことから、H38の短縮によりEF-Gが活性化されやすくなり、低EF-G濃度において高い翻訳活性を持つという結果をうまく説明することができる。さらに、H38短縮化リボソームは、シングルラウンドの転座反応において、WTより高い活性を持つ事が示された。

 以上の結果から、リボソームが本来有する転座反応の能力は通常WTにおいて観察されるよりも速く、H38は、転座反応を負に制御する働きを担うことを示唆している。H38は転座反応をコントロールすることによって結果的に+1フレームシフトを抑え、翻訳精度が維持されていると考えることができる。

 第2章では、小サブユニット16S rRNA上のヘリックス33欠失変異体を用いた機能解析について述べている。30Sサブユニットのヘリックス33(h33)は立体構造上でnoseと呼ばれる部分を構成する。cryo電子顕微鏡を用い、h33欠失リボソームの立体構造を解析したところ、h33の欠失により、H38との相互作用部位であるbridge B1aが外れていることが判明した。そこで、h33欠損リボソームの翻訳活性を調べたところ、H38短縮化リボソームと同様に翻訳活性の上昇が観測された。この結果は、H38短縮化リボソームの解析から示されたbridge B1aの翻訳における役割を、より明確にするものであると考えている。

 以上のように本論文では、蛋白質翻訳装置であるリボソームによる転座反応において、リボソームRNA上の保存された構造であるH38の長さを短縮化した変異体の機能解析によって、H38の担う働きの一端を解明する事に成功している。また、h33を欠失した変異体の機能解析から上記の働きをより明快に裏付ける結果を得ており、これらの知見は転座反応の理解に大きく貢献するものである。また、これらの知見から、転座反応と翻訳精度を関係付けるという斬新な仮説を提示するにいたっており、リボソームの複雑で巧妙な機能を理解していく上で意義のある研究成果である。

 なお、本論文第1章は、S. S. Phelps博士らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9288