学位論文要旨



No 122744
著者(漢字) 小田,祥久
著者(英字)
著者(カナ) オダ,ヨシヒサ
標題(和) 植物細胞における液胞と二次細胞壁の微小管依存的制御機構の解析 : 陸上植物の形態形成における微小管の役割
標題(洋) Microtubule Dependent Regulation of Vacuolar and Secondary Cell Wall Development in Plant Cells : Roles of Microtubules in Land Plant Morphogenesis
報告番号 122744
報告番号 甲22744
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第281号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 助教授 青木,不学
内容要旨 要旨を表示する

序論

 植物の体は、一次細胞壁に覆われた細胞が規則的に積み重なるようにして作られている。そのため、陸上植物が重力に抗して成長するには、個々の細胞を大きく成長させ、且つそれらを支える強度を獲得する必要がある。このような形態形成を可能にしているのは植物細胞の特徴的な構造に他ならない。まず、植物細胞は巨大液胞を発達させることによって、少ないコストでかなり大きなサイズにまで成長することができる。また、維管束植物においては、強固な二次細胞壁を付加することによって、一次細胞壁のみの場合よりはるかに大きな個体を支えうる強度を獲得している。実際、維管束植物は、二次細胞壁を持たないコケ植物の100倍以上もの高さにまで成長することがある。

 そこで本研究では、個々の細胞を肥大させる液胞と、植物個体を支える二次細胞壁の細胞内における空間的な制御機構について解析を行うことによって、陸上植物の形態形成機構の理解を試みた。液胞に関しては、近年モデル植物として普及しつつあるヒメツリガネゴケを用いて解析した。一方、二次細胞壁に関しては、モデル植物であるシロイヌナズナの培養細胞を用いて、二次細胞壁を合成する代表的な細胞である管状要素の分化誘導系を開発し、解析に用いた。

第一章

(ヒメツリガネゴケにおける液胞膜の可視化と液胞構造の経時観察)

ヒメツリガネゴケは相同組み換えが可能な数少ない植物であることから、分子生物学的解析手法に適した材料として着目されている。本研究では、それに加えてヒメツリガネゴケの単純な形態が細胞の観察に適していると考え、液胞の観察実験系として採用した。特に、単一の細胞が縦に連結した原糸体では、高い精度の顕微鏡観察を容易に行える。そこでまず、液胞膜マーカーとして常用されているGFP-AtVam3p融合遺伝子を、相同組み換えによりヒメツリガネゴケのゲノムに挿入することで、恒常的に液胞膜を可視化した形質転換体を確立した。さらに、共焦点レーザー顕微鏡で取得した液胞膜の光学切片から、独自の手法を用いて立体画像構築を行うことで、液胞構造の緻密な解析を実現した(図1)。その結果、原糸体の液胞には、細胞核から細胞頂端へ向かう液胞膜の陥入構造や(図1・矢印)、細いチューブ状の液胞構造(図1・やじり)などの複雑な構造が観察された。また、このチューブ状の液胞構造は巨大液胞の一部が突出したものであることが明らかになった。さらに、このチューブ状液胞構造は活発に伸長・収縮し、液胞膜の別の領域と融合する様子(図2・やじり)や、分離する様子(図2・矢印)が観察された。

(液胞膜と微小管の二重可視化による液胞膜と微小管の局在および動態の解析)

 このような液胞の構造や運動を制御しているメカニズムを明らかにするために、細胞骨格に着目し、細胞骨格阻害剤の液胞構造への影響を調べた。アクチン繊維を破壊した場合、液胞の構造にはほとんど変化が見られなかったが、微小管脱重合剤を用いて微小管を破壊した場合に、異常な液胞構造が観察された(図3・やじり)。また、微小管の破壊によって細胞の先端まで液胞が届かなくなり、細胞質が先端に蓄積してしまうことも判明した(図3・矢印)。これらの結果から、液胞の構造および動態は微小管によって制御されている可能性が示された。

 そこで、液胞膜を可視化した形質転換株にmRFP-tubulin融合遺伝子を導入し、液胞膜と微小管の両者を恒常的に可視化した。その結果、微小管はチューブ状液胞膜や(図4・白枠の拡大図の破線)、シート状陥入構造(図4・やじり)、細胞先端の液胞膜(図4・矢印)に隣接して局在していた。さらに経時観察において、細胞表層のチューブ状液胞が、伸長している微小管の先端に引っ張られるように変形する現象が見られた。また、細胞頂端における微小管の伸長に伴って液胞膜の陥入および突出が生じる現象も観察された。これらの結果は、微小管が液胞膜と相互作用することによって、液胞の形態や運動を制御している可能性を示している。このような微小管による液胞の形態制御は、液胞が大きく発達した細胞において物質輸送やオルガネラの移動を効率化していると考えられる。

第二章

(管状要素分化誘導系の開発と二次細胞壁および微小管の経時観察)

 液胞の解析に用いたヒメツリガネゴケは二次細胞壁を合成しないため、二次細胞壁に関しては、維管束植物のモデルであるシロイヌナズナを用いた。また、二次細胞壁は個体の内奥部に位置する細胞で発達するため、植物個体を用いて解析することは困難であった。そこでまず、シロイヌナズナの培養細胞を用いて、二次細胞壁を発達させる代表的な細胞である管状要素の分化誘導系の開発を試みた。その結果、高頻度(30%)かつ半同調的な管状要素の分化誘導に成功した(図5)。

 これまでに報告されている他の植物細胞や組織を用いた管状要素の分化誘導系と比べて、今回確立したシロイヌナズナ培養細胞を用いた誘導法は、アグロバクテリウムによる遺伝子導入が容易な点で画期的といえる。そこで、GFP-tubulin融合遺伝子を導入することによって、二次細胞壁の発達制御との関わりが知られている微小管を恒常的に可視化し、これまで困難であった、二次細胞壁形成に伴う微小管の経時観察を実現した。分化初期には、まず並行であった微小管配列が一過的にランダム化し、その後に徐々に束化して(図6・やじり)ネットワーク構造を形成した。次いで、この微小管ネットワークに誘導されるように二次細胞壁の沈着が始まると(図6・矢印、図7・矢印)、微小管の束は平行な二つの束に分離し(図7・やじり)、二次細胞壁がこれらの微小管の束にはさまれた領域にのみ発達することが明らかになった。

(管状要素分化における二次細胞壁形成の微小管による制御機構の解析)

 このような微小管の構造変化と、二次細胞壁の発達との関わりを調べるために、Colchicine処理による微小管の破壊、およびTaxol処理による微小管の安定化を行った。微小管のネットワークが形成される時期に微小管を破壊したところ、二次細胞壁のパターンがほとんど失われた(図8・Colchicine(前))。一方、同じ時期に微小管を安定化させた場合、単純化した、あるいはねじれた二次細胞壁のパターンが観察された(図8・Taxol(前))。これらの結果から、二次細胞壁のパターン決定に微小管ネットワークの構築が必須であり、その過程において微小管のダイナミクスもまた重要な役割を果たしていることが示唆された。一方、微小管ネットワークが形成された後の微小管の破壊あるいは安定化は、二次細胞壁のパターンにはほとんど影響しなかった。しかしながら微小管を破壊した場合には、二次細胞壁の発達が不均一になり(図8・Colchicine(後))、微小管を安定化した場合には、微小管束の分離が遅滞して(図8・Taxol(後))細い二次細胞壁が形成された。これらの結果から、二つに分離した微小管の束が、二次細胞壁のさらなる発達を制御していることが示唆された。さらに、二次細胞壁のパターンを決定するメカニズムを探るために、微小管の計算機シミュレーション・システムを独自に開発し、微小管ネットワークが再現される条件を網羅的に探索した(図9)。その結果、適度な微小管密度と微小管同士の束化作用が二次細胞壁パターンの決定に重要であることが示唆された。

まとめ

 本研究では、陸上植物の形態形成において重要な役割を果たしている液胞と二次細胞壁に関して、各々の解析に適した独自の実験系を考案・開発した。液胞に関しては、ヒメツリガネゴケ原糸体を実験観察系として利用することによって、液胞の複雑な構造と動態が明らかになった。さらに、この液胞の構造と動態が微小管の脱重合処理によって阻害され、微小管と液胞膜の挙動も一致したことから、液胞の形態が微小管によって制御されている可能性が強く示された。一方、二次細胞壁に関しては、シロイヌナズナ培養細胞を用いた管状要素分化誘導系を確立することによって、二次細胞壁形成過程の微小管の構造変化を生細胞において観察することに成功した。その結果、微小管の配向の一過的なランダム化、微小管ネットワークの形成、微小管束の分離という一連の挙動が明らかになった。また、微小管阻害剤を用いた実験から、微小管ネットワークによって適切な二次細胞壁のパターンが誘導され、その後に分離した微小管束がさらなる二次細胞壁の発達を制御していることが示唆された。さらに、計算機シミュレーションによって、微小管ネットワークはランダム化した微小管同士の相互作用によって自立的に形成される可能性が示唆された。

 本研究で用いたヒメツリガネゴケ原糸体とシロイヌナズナの管状要素は、陸上植物の形態形成を担う代表的な細胞である。これらの細胞が発達させる柔軟な液胞構造および強固な二次細胞壁が、両者とも微小管によって制御されていることは興味深い。もともと、微小管は真核細胞において染色体を分離させる重要な役割を共通して担ってきた。本研究の成果は、陸上植物が微小管を多機能分化させることによって、様々な形態や機能をもった細胞を分化・成長させ、陸上での生存に適した個体の形態形成を実現していることを示している。

図1 ヒメツリガネゴケ原糸体における液胞の立体構造

緑:液胞膜(細胞質側)

灰色:液胞膜(液胞内腔側)

赤:葉緑体 矢印:液胞膜の陥入

やじり:チューブ状液胞膜

N:細胞核 Bar:20μm

図2 細胞表層におけるチューブ状液胞膜の動態

やじり:液胞膜の融合

矢印:液胞膜の分離 Bar:5μm

図3 微小管破壊による液胞の変形

やじり:異常な液胞膜の陥入

矢印:細胞質の蓄積 Bar:20μm

図4 微小管と液胞膜の共局在

白枠拡大図の破線:チューブ状の液胞に隣接する微小管

やじり:液胞膜の陥入と内部の微小管

矢印:細胞先端の液胞膜と微小管

Bar:5μm

図5 管状要素の分化誘導系

矢印:管状要素 Bar:20μm

図6 二次細胞壁を誘導する微小管のネットワーク化

矢印:二次細胞壁の沈着

やじり:束化しつつある微小管

Bar:5μm

図7 二次細胞壁の発達に伴う微小管のダイナミクス

矢印:二次細胞壁の沈着

やじり:分離する微小管の束

Bar:5μm

図8 二次細胞壁の発達に対する微小管阻害剤の効果

矢印:二次細胞壁の歪み Bar:5μm

図9 計算機シミュレーションによって再現された微小管ネットワーク

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章はヒメツリガネゴケを用いた液胞の制御機構の解析について、第2章はシロイヌナズナ培養細胞を用いた二次細胞壁の形成制御機構の解析について述べられている。それぞれの章において、その目的に適した独自の実験系を開発して解析を進めることによって、これまでにない独創的な研究を展開することに成功している。特に、第1章においては、ヒメツリガネゴケの相同組み換え能力を利用した液胞と微小管の二重可視化、独自に開発した画像処理による3次元構造解析と動画像解析という高度な技術を組み合わせることによって、これまで植物細胞では知られていなかった微小管による液胞膜の動態制御が示されており、植物細胞の成長機構の解明に貢献している。また、第2章では、培養細胞を用いた細胞分化誘導系の開発、蛍光たんぱく質の導入と化学生体染色によるバイオイメージング、計算機シミュレーションによる機能解析という手法の斬新な組み合わせによって、陸上植物の形態形成において重要な役割をはたしている二次細胞壁の合成制御機構に関して新知見をもたらしている。また、第1章で原始的な陸上植物であるコケ植物を、第2章ではより高等な維管束植物を用い、幅広い視野で研究を行ったことによって、進化的な知見を見出すことにも成功している。

 なお、本論文第1章は、三村徹郎博士、馳澤盛一郎博士、との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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