学位論文要旨



No 122745
著者(漢字) 小松,健
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ケン
標題(和) 植物ウイルス感染による全身壊死の分子機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 122745
報告番号 甲22745
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第282号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 鈴木,匡
内容要旨 要旨を表示する

 植物とウイルスの間では、感染というイベントを巡り様々な相互作用が繰り広げられる。一般に、植物がウイルスの攻撃を受け感染しウイルスが病原性を示す場合、植物はウイルスに対して「感受性」であり、逆に植物にウイルスが感染できない場合、その植物はウイルスに対して「抵抗性」であるとして区別されてきた。ウイルスは「感受性」の植物に対し奇形、黄化、モザイクや枯死などの病徴を引き起こし作物に深刻な収量低下をもたらす。しかし、これまでは、農業生産上の重要性から、植物がウイルスに「抵抗性」を示す機構については多くの研究が行われてきたが、「感受性」の植物に病徴が引き起こされる機構はほとんど研究されてこなかった。

 こうした「抵抗性」のうち最も研究が進んでいるのは、植物の持つ抵抗性(R)タンパク質に依存した過敏感反応(hypersensitive response;HR)による抵抗性機構である。HRによりウイルスの初期感染細胞には局部的な壊死が誘導され、これによりウイルスは局部的に封じ込められ全身感染しない。一方、ウイルスが「感受性」の植物に全身感染して示す特徴的な病徴である「全身壊死」は、植物への被害の大きさにも関わらずその機構はほとんど明らかではない。本研究では、日本でも花などに大きな被害を及ぼしている植物ウイルスであるオオバコモザイクウイルス(Plantago asiatica mosaic virus;PlAMV)に着目し(図1)、本ウイルスの感染によりNicotiana benthamianaに引き起こされる全身壊死について、ウイルス側と植物側の双方からその分子機構の解析を行った。

1.PlAMV感染による全身壊死はHRと同じ反応であるPlAMV感染による全身壊死を簡便かつ再現性よく解析するため、ユリより分離されたPlAMV分離株に由来する4つのウイルスであるLi1(N.benthamianaの植物体に全身壊死を引き起こす)、Li1-1154Y(無病徴)、Li6(無病徴)、Li6-1154C(全身壊死)について、アグロインフィルトレーション法によりN.benthamianaの展開葉に接種し、接種領域における病徴を比較した。Li1とLi6-1154C(「壊死型」)は接種10日後には接種領域全体が一様に壊死したのに対し、Li6とLi1-1154Y(「無病徴型」)の接種領域では2週間以上経過しても壊死は観察されなかった(図2)。

 このPlAMVの接種領域を、核DNAの断片化を検出するTUNEL法によって解析したところ、無病徴型のLi6では緑色の蛍光は検出されなかったが、壊死型のLi6-1154Cでは緑色の蛍光が検出され、プログラム細胞死(programmed cell death;PCD)の特徴である核DNAの断片化が確認された(図3)。また、細胞壊死を検出するトリパンブルー染色を行ったところ、壊死型のLi1とLi6-1154Cの接種領域は一様に青色に染色され細胞壊死が認められたが、無病徴型のLi1-1154YとLi6の接種領域は染色されなかった。次に、HRにおける壊死に伴い生じるとされるH2O2をDAB染色により検出したところ、壊死型のPlAMVの接種領域は一様に茶褐色に染色されH2O2の生成が確認されたが、無病徴型のPlAMVの接種領域は染色されなかった。また、HRにおいて蓄積することが知られているカロースをアニリンブルー染色により検出した結果、壊死型のPlAMVの接種領域は紫外光下で一様に白色の発光を呈しカロースの蓄積が認められたが、無病徴型のPlAMVでは発光は認められなかった。また、細胞の崩壊に伴って認められるイオンリークの量は、壊死型のPlAMVの接種領域において増大していた。さらに、HRにおいて発現が誘導されると報告されている防御関連遺伝子(PR-1a,hsr203j,HIN1)のmRNA量をノーザンブロット解析により調べた結果、壊死型のPlAMVの感染組織においては、非感染植物ならびに無病徴型のPlAMV感染組織に比べて3種の防御関連遺伝子の発現が誘導されていることがわかった(図4)。

 以上より、壊死型のPlAMVの感染によるN.benthamianaの全身壊死は、PCDであり、核DNAの断片化、H2O2の生成、カロースの蓄積、防御関連遺伝子の発現などが認められたことから、抵抗性の植物に典型的に認められるHRによるものであることが示された。

2.PlAMV感染による全身壊死誘導メカニズムの解析

 次にPlAMV感染による全身壊死誘導メカニズムの解析を行うため、抵抗性植物におけるHR誘導に重要な因子であるSGT1とRAR1の、TRV(Tobacco rattle virus)ベクターを利用したVIGS(virus-induced gene silencing)法によるノックダウンを試みた。SGT1およびRAR1の部分配列を含むTRVを接種3週間後に両因子のmRNAが減少していることを確認した。そこに壊死型のLi1を接種したところ、接種6日後に、両因子のノックダウン植物では、Li1による接種領域の壊死が抑制され、また接種領域におけるH2O2の生成も認められなかった(図5A)。一方、いずれの遺伝子をノックダウンした植物においても、無病徴型のLi1-1154Yの接種領域には壊死およびH2O2の生成は認められなかった。またSGT1、RAR1のノックダウンにより壊死が抑制されたLi1接種領域においては、壊死が認められたコントロールの植物におけるLi1接種領域に比べてイオンリーク量が顕著に少なかった。

 次に、壊死が顕著になる前の接種領域における両ウイルスの蓄積量をノーザンブロット解析により調べた結果、SGT1、RAR1のノックダウン植物では、接種4日後において、コントロールの植物に比較してLi1の蓄積量は増加したが、Li1-1154Yの蓄積量はコントロールと同程度であった(図5B)。

 以上の結果から、PlAMVによる壊死には、SGT1、RAR1の関与する既知のHR誘導カスケードが関与していることが示された。

3.PlAMVにおける壊死のエリシターの解析

 HRはウイルスがコードする特定のタンパク質(エリシター)と宿主のRタンパク質の相互作用により誘導される。PlAMVがN.benthamianaに引き起こす全身壊死がHRであり、また既知のHR誘導カスケードが関わることが示されたことから、次にPlAMVにおける壊死のエリシターについて解析した。

 壊死型のLi1をもとに細胞間移行タンパク質(triple gene block proteins;TGBp1-3)および外被タンパク質(coat protein;CP)遺伝子を発現しない変異ウイルスを構築しその壊死誘導能を解析した結果、これら変異ウイルスの接種領域では壊死が観察されなかった。しかし、一過的なタンパク質の発現量を上昇させるp19タンパク質を共発現させると、これら変異ウイルスは全て接種6日後までに壊死を誘導した。

 一方、p19のみの発現、および無病徴型のLi1-1154Yとp19との共発現では壊死は観察されなかった。

 次に、TGBp1-3とCPをコードせず、5'末端非翻訳領域(5'UTR)とRdRpコード領域、および3'末端非翻訳領域(3'UTR)のみを持つ変異ウイルス(53U-RdRp1)を構築したところ、その接種領域では明瞭な壊死が認められた。そこで3'UTRを欠き複製が起こらないと考えられる5U-RdRp1を構築し接種したところ、この変異ウイルスはp19と共発現させた場合にのみ壊死を示した。この5U-RdRp1の接種領域からはmRNAの相補鎖は検出されず複製が起きていないと考えられたが、p19を共発現した場合のRdRpの蓄積量は53U-RdRp1と同程度であった。さらにフレームシフトによってRdRpが発現しない53U-RdRp1-fsを構築しp19と共発現させたところ壊死は認められず、また本研究で作出したRdRp抗体によるウエスタンブロット解析でもRdRpは検出できなかった(表1)。このことから、PlAMVのRdRpのタンパク質が壊死のエリシターであり、PlAMV感染による壊死を誘導していることが示唆された。

結論

 本研究では、PlAMVの感染により「感受性」の植物に引き起こされる全身壊死が、PCDを伴いH2O2の生成や防御関連遺伝子の発現誘導などが認められたことから、従来ウイルスに対して「抵抗性」の植物に典型的に認められるHRによるものであることを明らかにした。さらに、SGT1とRAR1の関与する既知のHR誘導カスケードが、全身壊死の誘導にも関与していることを初めて明らかにした。また、PlAMVのRdRpがN.benthamianaに壊死を誘導するエリシターとして働いていることが示された。

 以上を要するに、本研究によって、ウイルスに「感受性」の植物において認められる病徴である「全身壊死」が、ウイルスに「抵抗性」の植物に典型的に認められるHRによるものであることを明らかにし、「全身壊死」の誘導機構に関する基盤的知見が得られた。今後、この知見をもとに本メカニズムの全容が明らかになることが期待される。

図1 PlAMVのゲノム構造

図2 N.benthamianaの接種領域及び植物体におけるPlAMV分離株の病徴

図3 TUNEL法によるDNA断片化の検出。以降、壊死型のPlAMVを赤字で、無病徴型を青字で示す。

図4 防御関連遺伝子の発現解析

図5 SGT1、RAR1のノックダウン解析

(A)壊死誘導・H2O2生成の観察。左半分にLi1(壊死型)を、右半分にLi1-1154Y(無病徴型)を接種した。

(B)PlAMVのウイルス蓄積量の解析

表1 各種変異ウイルスの複製、RdRp発現と壊死誘導能

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は序論、第2章はPlAMV感染による全身壊死反応の解析、第3章はPlAMV感染による全身壊死誘導メカニズムの解析、第4章はPlAMVによる壊死のエリシターの解析、および第5章は総合考察が述べられている。

 第1章においては、植物とウイルスの相互作用、ウイルス感受性植物における病徴発現の機構、ウイルス抵抗性植物における過敏感反応(HR)の機構、ウイルス感染による全身壊死、オオバコモザイクウイルス(PlAMV)について、研究の背景、特徴が詳細に述べられている。

 第2章においては、PlAMV感染によるNicotiana benthamianaにおける全身壊死反応の解析について述べられている。ユリより分離されたPlAMV分離株に由来する4つのウイルスであるLi1(N.benthamianaの植物体に全身壊死を引き起こす)、Li1-1154Y(無病徴)、Li6(無病徴)、Li6-1154C(全身壊死)について、アグロインフィルトレーション法によりN.benthamianaの展開葉に接種し、接種領域における病徴を比較したところ、Li1とLi6-1154C(「壊死型」)は接種領域全体が一様に壊死したのに対し、Li6とLi1-1154Y(「無病徴型」)の接種領域では壊死は観察されなかった。壊死型のウイルスの接種領域では核DNAの断片化、細胞壊死、H2O2の生成、カロースの蓄積、および防御関連遺伝子の発現誘導など、HRの指標とされる現象が確認されたのに対して、無病徴型のウイルスの接種領域ではこれらの現象は確認されなかった。以上より、壊死型のPlAMV感染による、PlAMV感受性植物であるN.benthamianaの全身壊死が、抵抗性の植物に典型的に認められるHRによるものであることが示されている。

 第3章においては、PlAMV感染による全身壊死誘導メカニズムの解析について述べられている。具体的には、抵抗性植物におけるHR誘導に重要な因子であるSGT1とRAR1の、TRV(Tobacco rattle virus)ベクターを利用したVIGS(virus-induced gene silencing)法によるノックダウンが試みられている。N.benthamianaにおける両因子のノックダウンの確認および典型的なHRにおける両因子の重要性を確認したのち、両因子が壊死型のPlAMV感染による全身壊死に重要であるかを解析した。その結果、両因子のノックダウン植物では、壊死型のPlAMVであるLi1による接種領域の壊死が抑制され、また接種領域におけるH2O2の生成も認められなかった。すなわち、SGT1およびRAR1が抵抗性におけるHRに重要なだけでなく、感受性に置ける全身壊死にも重要であることが示され、PlAMVによる壊死には、SGT1、RAR1の関与する既知のHR誘導カスケードが関与していることが示された。

 第4章においては、PlAMVによる壊死のエリシターの解析について述べられている。HRはウイルスがコードする特定のタンパク質(エリシター)と宿主のRタンパク質の相互作用により誘導されることからPlAMVにおける壊死のエリシターについて解析した結果、細胞間移行タンパク質(TGBp1-3)および外被タンパク質(CP)は壊死を誘導するエリシターでないことが示された。さらに、TGBp1-3およびCPをコードしない変異ウイルスを構築し、複製酵素(RdRp)抗体を作出しウエスタンブロット解析などを行うことにより、PlAMVのRdRpのタンパク質が壊死のエリシターであり、PlAMV感染による壊死を誘導していることが示唆された。

 第5章においては、これらの実験結果をふまえて、PlAMVによる全身壊死反応にHRが関わることについて、および全身壊死に既知のHR誘導カスケードが関わることについての考察が述べられ、さらに、全身壊死の分子機構に関する考察が述べられている。

 本研究では、「Nicotiana benthamiana-PlAMV」の組合せおよびアグロインフィルトレーション法の利用により、植物ウイルスが宿主植物において全身壊死病徴を発現する機構を解析するための実験系を構築した。さらに、ウイルスに「感受性」の植物において認められる病徴である「全身壊死」が、ウイルスに「抵抗性」の植物に典型的に認められるHRによるものであることを明らかにし、「全身壊死」の誘導機構に関する基盤的知見を得ている。これらの知見は、植物ウイルス学のみならず広く生命科学の発展に貢献するものである。

 なお、本論文は、鍵和田聡・難波成任らとの共同研究であるが論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9298