学位論文要旨



No 122746
著者(漢字) 作道,隆
著者(英字)
著者(カナ) サクドウ,タカシ
標題(和) カロテノイド輸送および繭色を支配する黄血遺伝子の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 122746
報告番号 甲22746
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第283号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 小嶋,徹也
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 カイコのカロテノイド結合タンパク質(CBP)は、絹タンパクを作る器官である絹糸腺から同定された細胞内タンパク質である。CBPのアミノ酸配列は、哺乳類のSteroidogenic acute regulatory protein(StAR)と相同性を有している。StARは、コレステロールと結合し、ステロイドホルモン合成の律速段階であるミトコンドリア内膜へのコレステロール輸送を担う分子である。すなわち、この一次構造の相同性は、CBPが昆虫の脱皮と変態を支配するエクジステロイド合成の律速段階を担っていることを示唆していた。一方、CBPは、絹糸腺において、黄血(おうけつ)遺伝子(Yellow blood)という遺伝子座が優性(Y)の場合は発現し、劣性(+Y)の場合は発現しない。Yの場合、食餌の桑の葉に含まれるカロテノイドが中腸で吸収され、絹糸腺に体液を介して輸送されるため、体液と繭がカロテノイド由来の黄色を呈する。+Yの場合、カロテノイドの取り込みが起こらず、体液と繭は無色(白色)になる。すなわち、この発現解析の知見は、CBPが黄血遺伝子の支配するカロテノイド輸送機構・繭色決定機構の一端を担っていることを示唆していた。

 本研究は、CBPの機能を明らかにすることを目的とし、エクジステロイド合成機構およびカロテノイド輸送機構へのCBPの関与を検証した。

【実験と結果】

1. CBPのスプライシングアイソフォームBmStart1の同定

(1)BmStart1の同定

 CBPのエクジステロイド合成機構への関与を検証するため、エクジステロイド合成器官である前胸腺におけるCBPの発現を解析した。CBPのORF5'末端と3'末端、およびORF中央部にプライマーを設計し、白繭品種の綿秋(きんしゅう)×鐘和(しょうわ)での発現をRT-PCRで調べた。ORF中央部とORF3'末端のプライマーの組み合わせでは予想される長さのDNAの増幅が見られたが、ORF5'末端とORF3'末端のプライマーの組み合わせでは増幅は見られなかった。そこで、増幅されたCBP部分配列をもとに5'および3'RACEを行ったところ、3'末端側はCBPと一致するが、5'末端側はCBPと異なり、膜貫通部位と思われる疎水性アミノ酸領域を4ヵ所コードするcDNA全長が得られた(図1A)。4ヵ所の予想膜貫通部位の存在は、哺乳類のStARと最も相同性の高いパラログであり、StARと同様のコレステロール輸送能を有することが示唆されているMLN64と同様の特徴であった。この新しく得たCBPのアイソフォームをBmStart1と呼ぶことにした。

(2)BmStart1/CBPの発現解析

 脱皮と変態は昆虫に普遍的な現象であるため、エクジステロイド合成に関わる遺伝子は、いずれの品種においても発現していると考えられた。そこで、綿秋×鐘和と黄繭品種のN4を用いて、BmStart1とCBPの組織発現分布を調べた(図1B)。BmStart1は綿秋×鐘和とN4の両方の品種で発現しており、エクジステロイド産生器官である前胸腺、卵巣、精巣のいずれの組織においても発現が見られた。一方、CBPの発現は、綿秋×鐘和ではいずれの組織でも見られなかった。発現が黄繭品種に限定されるCBPではなく、白繭品種にも発現しているBmStart1が、StARと同様のコレステロール輸送能を有し、ステロイドホルモン合成の律速段階をカイコにおいて担う候補遺伝子であると考えられる。

(3)BmStart1/CBPのゲノム構造の解析

 綿秋×鐘和において、BmStart1が発現し、CBPが発現しない原因を探るため、BmStart1とCBPのゲノム配列を綿秋×鐘和で決定した(図1C)。BmStart1とCBPは35kbpに及ぶ同一の遺伝子上に存在し、alternative splicingによって1つの遺伝子から2つのアイソフォームとして作られていることが分かった。CBP特異的なエクソンのexon B2は、CBPのORFを含む3'側の配列が一部欠失しており、その欠失した部分にはnon-LTRタイプのレトロトランスポゾンの部分配列が存在した。綿秋×鐘和においてCBPが発現しない原因は、CBP特異的なゲノム領域へのレトロトランスポゾンの挿入であると考えられた。

2. CBPが黄血遺伝子の実体であることの検証

 白繭品種におけるCBPゲノム配列の欠失は、CBPが黄血遺伝子そのものであることを示唆していた。そこで、CBPが黄血遺伝子の実体であるかどうかを検証した。

(1)Yと+Yのゲノム構造

 CBPのゲノム構造を、複数のYおよび+Yの品種で決定した(図2A)。Yでは、CBPはゲノム中に少なくとも2コピー以上存在し、それらはレトロトランスポゾンが挿入されていない配列(図2A、Y-a)と、レトロトランスポゾンの全長が挿入されているがエクソンの欠失は起こっていない配列(図2A、Y-b)の2つに分類されることが分かった。一方、+Yでは、綿秋×鐘和と同様に、exon B2の3'側が欠失し、レトロトランスポゾンの部分配列を含む配列が1コピー存在した。+Yの配列は、Y-bの配列から、exon B2の3'側配列とレトロトランスポゾンの5'側配列を含む約4.5kbの領域が欠失したものと考えられる。このゲノム構造解析の結果から、黄血遺伝子の実体がCBPであり、+Yの白繭ではなくYの黄繭がカイコの祖先型であることが強く示唆された。

(2)Yと+Yのゲノム構造の変化がCBPタンパク質の発現の違いを引き起こした分子機構

 Yと+Yのゲノム構造の変化が、どのようにCBPタンパク質の発現の違いを生み出したのか明らかにするため、Yと+Yで、CBP mRNAの発現とその構造をノーザンブロッティングとRT-PCRで調べた。その結果、+Yでは、exon B1とexon C1が連結しており、exon B2が抜け落ちたmRNAが作られていることが分かった。すなわち、+Yでは、ゲノム構造の変化によってCBPの正常なスプライシングが出来なくなり、翻訳開始メチオニンを含むexon B2がスプライスアウトされることでmRNAが機能を果たさなくなり、CBPのタンパク発現が失われたと考えられる(図2B)。

(3)CBPの強制発現による+Y品種の黄血・黄繭への復帰

 CBPが黄血遺伝子の実体であることを機能的に証明するため、CBPをトランスジェニックの手法で強制発現させることで+Yの表現形が黄血・黄繭へと復帰するかどうかを調べた。

 強制発現には酵母のUAS/GAL4系を利用した。UAS配列の下にCBPを組み込んだベクター(図3A)を作成し、そのベクターの配列を+Y品種のゲノムに導入した。作出したUAS-CBP系統をGAL4系統と掛けあわせ、CBPを中腸に発現させることができた。その結果、体液の黄血への復帰が観察された(図3B)。体液のカロテノイド成分を分析したところ、主にルテインが含まれていた(図3C)。これはY品種で得られていた結果と一致する。

 中腸と同時に絹糸腺にCBPを発現させた個体は黄繭を形成した(図3D)。これは、遺伝子組換えによって実用繊維に天然色素を輸送し着色を実現した初めての例である。

【結論と展望】

 本研究では、CBPのアイソフォームであり、哺乳類MLN64のオーソローグであるBmStart1を同定した。また、CBPがカロテノイドの取り込みを支配する黄血遺伝子の実体であることを明らかにし、黄血・黄繭品種から白血・白繭品種が生じた分子機構をゲノム配列から解明した。本研究の成果に基づく今後の展望として次の2点が挙げられる。

1) 細胞内カロテノイド輸送機構の解明

 カロテノイドは、ビタミンAの前駆体や抗酸化物質として、ヒトも含めた広範な生物で重要な役割を果たす生理活性脂質である。しかしながら、その細胞内輸送機構についてはどの生物でもほとんど解明されていなかった。カロテノイドの細胞内への取り込みや細胞内輸送は、受動拡散によるという説も存在していた。CBPは、初めて機能的に同定されたカロテノイド輸送に関わる細胞内因子である。受動拡散を超えた細胞内輸送機構が、カロテノイドを取り込むために存在することを本研究は明確に示している。生物の細胞内カロテノイド輸送機構を解明していく上でCBPは有力なモデル分子となるだろう。

2) 新しい色特性を持つ絹の開発

 繭色に関わる遺伝子座はこれまでにカイコで15個知られており、その中で黄血遺伝子は初めて分子実体が同定された遺伝子である。今後、黄血遺伝子と共存することによって絹色を肉色にするF遺伝子、あるいは黄血遺伝子とF遺伝子と共存することによって絹色を赤色にするPk遺伝子などを同定し、本研究と同様の手法で遺伝子導入をすることで、それぞれの色特性の絹を作るトランスジェニックカイコ系統を作出できると考えられる。また、それぞれの遺伝子の発現量を調節することによって色合いを変化させることも可能であろう。金色の繭を作るCricula trifenestrataなど、他種の絹糸虫から繭色に関わる遺伝子を同定し、同様に遺伝子を組み込むことで、新しい色特性を持つカイコの絹を作り出すことが出来るかもしれない。新規絹繊維の作出は繊維・衣料産業への応用的な価値を持つであろう。

 本研究を端緒として、カイコの遺伝子資源を生かした脂質輸送機構の解明、及び新しい色特性を持つ絹を作るカイコ系統の作出が進むことを期待している。

図1 BmStart1/CBP遺伝子の構造と発現分布。(A)cDNA構造。BmStart1特異的な配列をA、CBP特異的な配列をB、両方に共通する配列をCで表した。膜貫通領域(TM)と脂質結合ドメインのSTARTドメインを下線と二重下線でそれぞれ示した。(B)RT-PCRによる組織発現分布解析。rpL3は内部標準として用いた。(C)綿秋×鐘和のBmStart1/CBP遺伝子のゲノム構造。BmStart1のcDNA構造を折れ線で繋いである。CATSはレトロトランスポゾン。

図2 Yと+YのCBP遺伝子の構造。(A)ゲノム構造。Yと+Yでコピー数が違うことに注意。(B)+YでCBPタンパク質の発現が失われ、白血・白繭が作られる分子機構。exon B2がスプライスアウトされることにより、本来の翻訳開始点を持たないmRNAが作られる。

図3 CBPの強制発現による+Y品種の黄血・黄繭への復帰。(A)CBPを強制発現させるために作成したベクターの構造。EGFPはマーカー遺伝子として用いた。ITR:トランスポゾンpiggyBacのinverted terminal repeats、3xP3:眼特異的なプロモーター。(B)白血幼虫(矢頭)とCBPの強制発現によって黄血に復帰した幼虫(矢印)。(C)黄血復帰個体の体液カロテノイド組成の分析。逆相カラムを用いたHPLC解析。測定波長は443nm。(D)CBPの強制発現によって着色した繭。Lane 1:+Y品種が作る白繭、Lane 2:CBPを強制発現した幼虫の作った繭、Lane 3:Lane 2の個体の兄妹交配から得られた繭。Lane 2より色合いが濃くなった。スケールバーは1cm。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、まず序論として、研究対象にしたカロテノイド結合タンパク質(CBP)、黄血遺伝子YならびにCBPの哺乳類相同遺伝子がステロイド合成に関わることなど本研究の背景を概説するとともに、研究の目的が述べられている。

 第1章では、まず、CBPのエクジステロイド合成機構への関与を検証するため、エクジステロイド合成器官である前胸腺におけるCBPの発現をRT-PCRを用いて解析した。その結果、白繭品種(錦秋×鐘和)ではCBPのORF中央部とORF3'末端のプライマーの組み合わせでは予想される長さのDNAの増幅が見られたが、ORF5'末端とORF3'末端のプライマーの組み合わせでは増幅は見られなかった。そこで、増幅されたCBP部分配列をもとに5'および3'RACEを行ったところ、3'末端側はCBPと一致するが、5'末端側はCBPと異なり、膜貫通部位と思われる疎水性アミノ酸領域を4ヵ所コードするcDNA全長が得られた。4ヵ所の予想膜貫通部位の存在は、哺乳類のStARと最も相同性の高いパラログであり、StARと同様のコレステロール輸送能を有することが示唆されているMLN64と同様の特徴であった。この新しく得たCBPのアイソフォームをBmStart1と呼ぶことにした。次に、綿秋×鐘和と黄繭品種のN4を用いて、BmStart1とCBPの組織発現分布を調べた。BmStart1は綿秋×鐘和とN4の両方の品種で発現しており、エクジステロイド産生器官である前胸腺、卵巣、精巣のいずれの組織においても発現が見られた。一方、CBPの発現は、綿秋×鐘和ではいずれの組織でも見られなかった。発現が黄繭品種に限定されるCBPではなく、白繭品種にも発現しているBmStart1が、StARと同様のコレステロール輸送能を有し、ステロイドホルモン合成の律速段階をカイコにおいて担う候補遺伝子であると考えた。

 第2章では、綿秋×鐘和において、BmStart1が発現し、CBPが発現しない原因を探るため、BmStart1とCBPのゲノム配列を綿秋×鐘和で決定した。BmStart1とCBPは35kbpに及ぶ同一の遺伝子上に存在し、alternative splicingによって1つの遺伝子から2つのアイソフォームとして作られていることが分かった。CBP特異的なエクソンのexon B2は、CBPのORFを含む3'側の配列が一部欠失しており、その欠失した部分にはnon-LTRタイプのレトロトランスポゾンの部分配列が存在した。綿秋×鐘和においてCBPが発現しない原因は、CBP特異的なゲノム領域の欠失と考えた。

 第3章では、第2章で見いだした白繭品種におけるCBPゲノム配列の欠失は、CBPが繭色決定因子である黄血遺伝子そのものであることを示唆していたため、CBPが黄血遺伝子の実体であるかどうかを検証した。CBPのゲノム構造を、複数の黄血遺伝子の有性(Y)および劣性(+Y)の系統で決定した。Yでは、CBPはゲノム中に少なくとも2コピー以上存在し、それらはレトロトランスポゾンが挿入されていない配列(Y-a)と、レトロトランスポゾンの全長が挿入されているがエクソンの欠失は起こっていない配列(Y-b)の2つに分類されることが分かった。一方、+Yでは、綿秋×鐘和と同様に、exon B2の3'側が欠失し、レトロトランスポゾンの部分配列を含む配列が1コピー存在した。+Yの配列は、Y-bの配列から、exon B2の3'側配列とレトロトランスポゾンの5'側配列を含む約4.5kbの領域が欠失したものと考えられた。このゲノム構造解析の結果から、黄血遺伝子の実体がCBPであり、+Yの白繭ではなくYの黄繭がカイコの祖先型であることが強く示唆された。

 さらに、Yと+Yのゲノム構造の変化が、どのようにCBPタンパク質の発現の違いを生み出したのか明らかにするため、Yと+Yで、CBP mRNAの発現とその構造をノーザンブロッティングとRT-PCRで調べた。その結果、+Yでは、CBPをコードするエクソンの一つexon B2が抜け落ちたmRNAが作られていることが分かった。すなわち、+Yでは、ゲノム構造の変化によってCBPの正常なスプライシングが出来なくなり、翻訳開始メチオニンを含むexon B2がスプライスアウトされることでmRNAが機能を果たさなくなり、CBPのタンパク発現が失われたと考えられた。

 一方、CBPが黄血遺伝子の実体であることを機能的に証明するため、CBPをトランスジェニックの手法で強制発現させることで+Yの表現形が黄血・黄繭へと復帰するかどうかを調べた。強制発現には酵母のUAS/GAL4系を利用した。UAS配列の下にCBPを組み込んだベクターを作成し、そのベクターの配列を+Y品種のゲノムに導入した。作出したUAS-CBP系統をGAL4系統と掛けあわせ、CBPを中腸と絹糸腺に発現させることができた。その結果、体液と繭の黄血・黄繭への復帰が観察された。体液のカロテノイド成分を分析したところ、主にルテインが含まれていた。これはY品種で得られていた結果と一致した。

 得られた結果をもとに総合考察と展望を述べたのち、結語、材料と方法、参考文献、謝辞が書かれている。

 以上、本論文はCBPのアイソフォームであるBmStart1を見いだし、BmStart1とCBPは同一の遺伝子上に存在し、alternative splicingによって2つのアイソフォームとして作られていることを明らかにするとともに、CBPが黄血遺伝子の実体であることを機能的に明らかにしたものある。なお、第3章は土田耕三、田村俊樹、瀬筒秀樹、小林功、内野恵郎、中島健陽、藤本浩文との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがってで、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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