学位論文要旨



No 122759
著者(漢字) 青木,英祐
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,エイスケ
標題(和) モジュール型設計を考慮した手術支援システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 122759
報告番号 甲22759
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第296号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 助教授 中島,義和
内容要旨 要旨を表示する

1.背景および目的

 本研究は,手術支援システムとして代表的な「手術支援マニピュレータシステム」と「画像誘導手術支援システム」を例に取って,モジュール型設計を考慮したシステム開発を行う.手術支援マニピュレータシステムについては,マスタ・スレーブマニピュレータシステムを対象に,現状のシステムのようにシステムの一部ではなく,構成するすべての手術支援システムを交換可能なモジュール型システムの設計および実装を行う.画像誘導手術支援システムについては,ナビゲーションシステムを対象とし,分散オブジェクト技術を利用した分散システムの構築を行う.また,多角的な情報を有効に利用するための,高精度な時間の統一化,位置精度そして安定した位置情報を考慮したシステムの設計と実装を行う.

2.マスタ・スレーブマニピュレータシステムのモジュール型設計

 本研究で対象とするマスタ・スレーブマニピュレータシステムを構築するために,1)構成するすべての手術支援機器が交換可能,2)内視鏡座標系に基づいたマニピュレータの駆動,3)即時即応性の求められるシステム性能の実現させる設計とした.

 手術機器の交換可能性を実現するために,表1に示す設計方針に基づいて人間の機能部位毎にモジュール化を行った.構成機器に対して適用可能なシステムとして,既存の手術マニピュレータシステムを再利用可能な設計とした.機能分割の方法として,a)異構造マスタ・スレーブマニピュレータシステム,b)光学式位置計測装置を用いた座標統合,c)スレーブマニピュレータの手首中心制御の方法を用いた.異構造マスタ・スレーブマニピュレータシステムとすることで,マスタとスレーブの機構的構造の依存関係をなくし,様々な鉗子マニピュレータを利用可能とした.また,マスタ・スレーブでの操作において,術者の手の代わりとなるマニピュレータは,内視鏡座標系に基づいた一貫した駆動が求められる.そのため,構成機器の位置情報を統一的に取り扱う必要がある.光学式位置計測装置を用いた座標統合することにより,構成機器に依存しない位置座標の取得を可能にした.さらに,スレーブマニピュレータの手首中心制御を行うことにより,鉗子マニピュレータの交換でマニピュレータの性能が変化したとしても,システム全体の性能を減じることなく,また設計変更を行うことなく,鉗子を交換できる機能を実現した.上述の機能分割の方法により,マスタとスレーブのモジュール化はもちろん,人間の手の機能を担う鉗子マニピュレータ,腕の機能としてのアームマニピュレータ,目の機能としての内視鏡マニピュレータ,それらを保持する体としての機能を果たす位置決めロボットアーム等,人間の各機能部位に割り当てる方式でモジュール化を実現した.

 機能分割された各機能モジュールを統合するシステムアーキテクチャは,管理層からの指令に従って各機能モジュールを制御する機能モジュール層,機能モジュールを管理し,システムとして一貫した機能を実現する管理層,モジュール間の協調制御を実現する通信を補助する通信モジュール層から構成される階層構造とした(図1).また,各機能モジュールのインタフェースを定義し,それに基づいたシステムアーキテクチャとすることで,個々の機能モジュールの開発における独立性を高めた(表2).モジュール化により,個々の構成機器の交換可能性を実現する一方で,マスタ・スレーブでの操作には,人間との即時即応性のあるシステム性能が要求される.構成機器の交換の際に,パフォーマンスの干渉を考えることなく交換するため,構成機器間はすべて非同期通信により実現した.しかし,非同期通信を利用することによって,システムの一貫性を保てなくなる問題が生じる.この問題を,1)マスタからの指令値を取りこぼしなく受信すること,2)構成機器の状態を検知し,座標系の整合性を保つ機能を管理システム層に実装することによって解決した.

 以上の設計方法に基づいて,開発済みの信頼性の高い手術機器を組み合わせてマスタ・スレーブマニピュレータシステムの構築を行った(図2).評価実験を通して,システム性能の異なる機能モジュールを交換しながら,安定したマスタ・スレーブ操作が可能であった.マニピュレータ間の衝突問題の解決として,システムの構成機器として,内視鏡自体を動かさずに視野の変更動作を行うことができる可変視野内視鏡マニピュレータを用いた.しかし,この内視鏡マニピュレータは,視野変更後に内視鏡視野座標を獲得するのに時間を要し,統一された座標系に基づいてマニピュレータ駆動が実現できなくなる恐れがあった.機能モジュールを管理する管理システムの機能により,常にシステムとして一貫した座標系に基づく駆動が実現可能であった.さらに,臨床に近い環境下での動作環境下においても,実験中での手術機器のセットアップの変更,鉗子マニピュレータを取り替えることが可能であり,安定したマスタ・スレーブ操作が確認され,臨床応用の可能性が示された.

3.ナビゲーションシステムのモジュール型システム設計

 多角的な治療情報を利用して手術支援を行うために,時間と位置を統一化し,その時間に合わせたデータ収集を行い,時系列で収集された統合情報に位置情報を関連付け,統合的な情報として提示を行うナビゲーションシステムを実現する.図3のシステムを実現するために1)-3)の機能を実装した.

1)手術支援システムの交換可能性:分散オブジェクト技術の位置透過性の特徴を利用し,状況に合わせて構成する機器を臨機応変に導入可能な機能を実現させた.またサブシステム間の通信をすべて非同期機構とすることで,システムから安全な取り外しを実現した.

2)治療情報の高精度な時間の統一化:各種計測情報の時系列情報の収集を行う時,計算機器毎に基準となる時間が異なるため,時間の統一化が求められる.具体的には,a)通信時間遅れによる時間のずれ,b)サンプリング周期の違いによる時間のずれを考慮する必要がある.CORBA等に見られるような通信時間を加味しない方法ではなく,現在のネットワークの通信状態を計測し,その計測結果に基づいた情報を用いて時間の同期を行う機能を実装した.また,個々に異なるサンプリング周期により計測された情報による時間のずれに対して,スプライン補間処理により同一時間軸での情報統合を行える機能を実装した.

3)信頼性のある位置情報(位置精度,安定性)の統合:手術ナビゲーションでは,高い精度で位置計測を可能とする光学式位置計測装置を用いて,それぞれの機器の位置情報を取得し,システム内の統一した座標系で管理する.しかし,光学式位置計測装置は,計測領域が遮断され計測不能に陥った場合,安定した位置計測ができなくなる.この問題を,冗長となる位置計測装置を利用したフォルトトラレント性のあるシステム設計とすることで対処した.

 上記の設計方法に基づいて脳外科手術支援システムへの適用し,脳腫瘍同定システム(図4(b)),オートフォーカシングロボット及びスキャニングロボット(図4(a))の各種計測システムからの術中計測情報を統合し,脳の機能情報,腫瘍の位置情報に関連付けた情報を提示するナビゲーションシステム(図4(e))等から構成される術中情報統合システムの構築を行った(図4).時間に関する評価実験では,通信時間遅れおよびサンプリング周期によるずれの補正により,複数の計算機器に機能を分散した分散システムにおいても,時間のずれが0.5msec以内の時間のずれであり,1台の計算機にすべての機能を実装したシステムと変わらない性能が実現した.また,光学式位置計測装置のオクルージョンが発生し,計測不能に陥ったとしても,代替となる別の計測装置が即座に機能を代行し,連続した位置計測を実現した.臨床を模擬したIn vivo環境下でこれらの機能の実現を確認した(図5).

4.考察及び結論

1)手術支援マニピュレータシステム

 従来の手術支援マニピュレータシステムは,構成機器がシステムに合わせて十分調整が行われている一枚岩構造のシステムとして開発されている.一体型構造のシステムは,リアルタイム性のあるパフォーマンスを実現しやすいが,機能の追加が求められたとき,システムに合わせた手術機器の仕様変更,開発が必要となるため,開発における時間,コスト面で問題があった.本研究では,モジュール化構造にも関わらず,安定したリアルタイム性を持つパフォーマンスを実現する方法を提案し,開発済みの信頼性の高い手術機器を利用してモジュール型マスタ・スレーブマニピュレータシステムの開発を行った.モジュール型設計により,開発の独立性による開発効率の上昇,仕様の変更や機能追加に関わるコストを低減できる.また,モジュール毎に管理できるので構成要素を容易に変更することが可能になる.術者が手術方法に応じて様々な手術機器の交換を安全かつ即時に行えることは,臨床上最適な治療をするために極めて有効である.

2)画像誘導手術支援システム

 様々な様式に対応し,状況に応じて適切な手術支援を行うためには,様々な手術支援機器が統合されたシステムであることが望ましい.しかし,このようなことを行うと,システムが大型化,複雑化する.そこで,高機能な手術支援と省スペース化の両立を図るため,手術状況に応じて改変可能なシステムとして設計した.また,術前および術中の3次元画像情報は患部の位置(形態)情報のみを提示だけでなく,機能情報といった診断を行う上で多くの判断材料を与えることで,より的確な診断,治療を可能とするナビゲーションシステムの構築を行った.

図1 モジュール型システムアーキテクチャ

図2 構築したマスタ・スレーブマニピュレータシステムの全体像

図3 設計する分散モジュール型ナビゲーションシステムの全体像

図4 脳外科手術支援用術中情報統合システム:a)オートフォーカシングロボット及びスキャニングロボット,b)脳腫瘍同定システム,c)光学式位置計測システム,d)ログシステム,e)ナビゲーションシステム

図5 術中情報統合における情報統合の流れ

表1 コンセプト設計

表2 構成機器のインタフェースの定義

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「モジュール型設計を考慮した手術支援システムに関する研究」と題し,6章からなる.

 第1章は序論で,手術支援システムとして代表的な手術支援マニピュレータシステムと画像誘導手術支援システムを取り上げ,それぞれのシステムにおいての低侵襲手術に対する貢献と将来性について述べている.手術支援システムが実際に手術室に導入された例が少ないことを指摘し,問題を解決するためには,モジュール型手術支援システムが重要であると述べている.従来のモジュール型手術支援システムの問題点を,手術支援マニピュレータシステムと画像誘導手術支援システムそれぞれにおいて議論している.

 第2章は本論文の目的で,手術支援システムとして代表的なマスタ・スレーブマニピュレータシステム及び,ナビゲーションシステムを取り上げ,それぞれの手術支援システムのモジュール型設計及び評価を行い,また,その知見を通して,手術支援システムのモジュール型設計を行う上での基本方針を示すことを目的としている.

 第3章では,既存の手術支援機器を組み合わせて実現するモジュール型マスタ・スレーブマニピュレータシステムの構築を行っている.システムの運用時の視点から,手術支援機器間の関連を洗い出し,それに基づいて位置決めロボットアーム,内視鏡マニピュレータ,スレーブマニピュレータを交換可能な構成機器モジュールとしている.

 マスタ・スレーブマニピュレータシステムに求められるリアルタイム性を実現するために,リアルタイム性が十分保証されたシステム環境で構築し,サブシステム間を非同期で実現した.一方,非同期処理では,サブシステムの実行順序の整合性が崩れ,内視鏡座標に基づいた一貫した機能の実現が行えない問題に対して,再利用可能なインタフェースに基づく機能モジュール層,リアルタイム性を保証する通信モジュール層,マスタからの指令値を連続的に受信する一方で,サブシステム間の調停を行い,実行順序を保守する管理システムから構成されるシステムアーキテクチャを設計した.

 マスタ・スレーブの操作性を中心とした評価実験により,各構成機器の交換前後での各人の操作性に違いは見られないことを示し,マスタ・スレーブ操作に求められる即応性,内視鏡座標系に基づいた一貫した操作の実現を示している.

 第4章では,従来の再利用可能性を示した分散システムの提案だけでなく,位置と時間の統一性を考慮したモジュール型ナビゲーションシステムの設計について述べている.治療対象に対して多角的な情報を有効に利用するためのナビゲーションシステムの概念設計,実装を行い,実用的なシステムを実現するための仕様を臨床現場に近い環境下でシステム運用実験を行い,明らかにしている.高精度な時間の統一化,位置情報の安定性及び座標系の統合,手術支援システムの交換可能性が重要であることを示している.

 通信遅延時間を考慮した時刻同期及びシステム毎の3次スプライン補間による各計測機器のサンプリング周期のずれを補正する情報統合により,高精度な時間の統一化を実現し,その結果,時間のずれは4.8msecに抑えられている.

 位置情報の安定性に関しては,2台の光学式位置計測装置から構成される冗長性を持たせた位置計測システムを構築し解決している.

 分散オブジェクト技術の位置透過性と構成する機器間の通信をすべて非同期とすることで,手術支援機器の交換可能性を実現している.術者保持型及び自動計測型2種類の術中計測機器を,それぞれを交換しながら座標系の統合における精度評価を行ったところ,自動計測型の交換前後での評価では,座標系統合の精度評価結果2.7mmに対して,1回目2.9mm,2回目2.5mmとなり,システムの交換に対して,利用する環境,装置から妥当な結果が得られた.

 第5章では,第3章及び第4章で実施した2種類の手術支援システムの設計と実装を通して得られた知見から,モジュール型手術支援システムの設計する上で従うべき基本方針を提案している.

 モジュール型手術支援システムを設計する上で,適切なモジュールの大きさは,機構的要素,駆動ユニット及びその制御ソフトウェアが1つの実装された機能単位と述べている.また,このモジュールの大きさを前提条件とした構成機器のモジュール化指針として,システム運用時の視点から機能分割を行い,機能毎にモジュールを切り分けた後,モジュール間の関連の強さに応じて,モジュール化することが重要だと主張している.モジュール間の関連の強さを性能と機能に分け,実際の手術支援システムを例にモジュール化の方法を示している.

 第6章は結論であり,本論文は,実際に2種類の手術支援システムの設計と実装で得られた知見から,モジュール型手術支援システムの設計指針を示した.

 本研究により明確化した設計指針は,今後発展していくであろうモジュール型手術支援システム開発の設計指針の基礎となるものであり,手術支援システムの普及に大きく寄与するといえる.

 よって本論文は博士(科学)の学位請求論文として認められる.

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