学位論文要旨



No 122761
著者(漢字) 内田,真理子
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,マリコ
標題(和) コンテンツ・ビジネス展開の波及効果モデル構築に関する研究
標題(洋) Establishing a Ripple Effect Model for the Expansion of the Content Business
報告番号 122761
報告番号 甲22761
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第298号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濱野,保樹
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 大宮司,啓文
 東京大学 助教授 広田,光一
 東京大学 助教授 鎗目,雅
内容要旨 要旨を表示する

研究目的と方法

 本研究のテーマは、物財のビジネスと異なるコンテンツ・ビジネスの特徴を明らかにし体系化することで、その基礎理論を開発することである。コンテンツは財としての特性より、物財を念頭においた従来の経済学や経営学の理論が適用できない部分も多い。コンテンツの経済的研究は、放送、映画等のようにメディア領域別に断片的に行われていたが、コンテンツ全体としての研究が本格化したのは2003年以降であり、研究としての基盤が整っていない。コンテンツは経済的な価値に加え、文化や教育等に対する非経済的な価値も有しているが、この両面を総合的に捉える研究は未着手である。

 研究の対象となるコンテンツは、デジタル技術の進歩と人々の生活ニーズの変化で利用範囲が拡大し、そのビジネスも複雑化し関係者も多岐に亘るようになった。この変化により、もともと難しいコンテンツ・ビジネスの把握が更に困難になっている。この課題の解決のため、コンテンツ・ビジネス全体を統一的に捉える手法を構築するのが本研究の目的である。

 本研究におけるコンテンツ・ビジネスの示す範囲は、コンテンツの制作、流通、販売、消費の全てを対象とし、関係者はコンテンツ事業者のみならずコンテンツの消費者、他事業者でコンテンツ・ビジネスの影響を受ける者、ビジネスを振興する政策担当者も包含する。また、本研究でのコンテンツのビジネス展開とはビジネスが社会に提供する全ての経済的及び文化的便益を、生むまたは活用する活動を指す。コンテンツ事業者の収益に関わるものを私的便益、事業者の収益に直接関係しないものを社会的便益とする。コンテンツ・ビジネスより生まれる便益の固有性に着目することにより、本研究ではビジネス展開を体系化する。

 研究の手法は、文献調査とその検討を通じて理論的骨組みをたてるとともに、実際のコンテンツ・ビジネスの見識としてコンテンツ配信事業の業務経験を参照した。また、マルチユースに関するデータの整備やコンテンツの経済外の外部性に関する実態等を明らかにするために、ヒアリング及びアンケート調査も行った。

研究の内容

 本研究は4つの研究で構成され、その内容は以下の通りである。

研究1 コンテンツ・ビジネスの基礎的特徴

 研究1では全体の礎としてコンテンツ・ビジネスの基礎的特徴を明らかにし、論理展開に必要な事項を検討した結果、下記を導いた。

(1)コンテンツの定義

明確に定義されていなかったコンテンツを、本研究で「デジタル化可能で、それ自体が目的となるもの」と定義した。

(2)コンテンツの財としての特性

 コンテンツの財の特性に関する研究実績は存在しないため、情報財やコンテンツ産業全体の特徴の研究から適用させた結果、「経験財」、「公共財的性格」、「限界費用が零に近い」、「消費にプラットフォームが必要」を導出した。また、関連研究で示されていないコンテンツ固有の特性として「価値が人の嗜好に強く依存」を本研究で追加した。

(3)コンテンツ・ビジネスの特徴

 先行及び関連研究を統合整理し補足して、「需要が不確実」、「人の知的活動に依存」、「文化を背景とした外部性」の3項目に纏めた。さらに、先行及び関連研究は単一なプラットフォームの範囲のビジネスについてのみ論じられており複数のプラットフォームを対象にした事業構造への変化が考慮されていないと考え、事例調査の確認により「マルチユース」を新たなコンテンツ・ビジネスの特徴として追加した。

研究2 ビジネス展開と私的便益:マルチユース

 研究2では私的便益として、コンテンツ事業者が収益を得るためのマルチユースのパターンと、そのパターンを可能にする要因を明らかにした。コンテンツ・ビジネスの特徴として、オリジナル・コンテンツの販売に加え、オリジナル・コンテンツを活用したマルチユースで売上の拡大が可能な点が研究1の結果より得られた。このためマルチユースを洗い出すことによりコンテンツのビジネス展開で生まれる私的便益を捉え体系化した。

 コンテンツのマルチユースに関する先行研究はないため、映像コンテンツや情報財の研究を評価し、コンテンツ業界関係者へのヒアリング調査と伴わせて検討した結果、以下の事項を明らかにした。

(1)マルチウィンドウとバージョニングがコンテンツにもあてはまることを確認

 何れの場合もマルチユースされたコンテンツはオリジナル・コンテンツとほぼ同一である。そしてバージョニングが有効なコンテンツは限定的である。

(2)混合型を導出し定義

 マルチウィンドウの事例分析によりウィンドウ間で時間の差別化を行っていることがわかり、マルチウィンドウとバージョニングを組み合わせている方式を混合型と名付けた。

(3)コンテンツ固有のパターンとしてデリバティブ戦略を導出し定義

 情報財等の関連研究ではマルチウィンドウやバージョニングのようにオリジナル製品の利用形態や価格を変える範囲でのマルチユースしか扱われていなかった。しかし、実際のビジネスではオリジナル・コンテンツの一部を利用して多様なビジネスが行われており、これをデリバティブ戦略とし、「コンテンツの人気、イメージを利用した派生商品の事業展開方式」と定義した。デリバティブ戦略には、コンテンツの一部を加工せずに新たなコンテンツとして利用するものと、加工して新たなコンテンツを制作するもの、オリジナル・コンテンツの一部を物財・サービスに添付する場合の3通りがある。

(4)マルチユースの成因の明確化

 マルチユースでは、コンテンツの財としての特性を活用している。まず「限界費用が零に近い」ためオリジナル・コンテンツを利用することで殆ど新規の制作費を要さない。マルチウィンドウではさらに、「消費にプラットフォームが必要」の特性においてプラットフォームを替えることにより新たな販売を実施している。デリバティブ戦略では「価値が人の嗜好に強く依存」によりオリジナル・コンテンツの人気と知名度を利用している。

研究3 ビジネス展開と社会的便益:外部性

 研究3ではコンテンツ事業者の収益に直接関係のない社会的便益を体系化した。外部性を社会的便益として捉えて、どのような外部性があるかを明らかにし、その特徴に従い外部性を分類した。経済的な外部性に比して経済外の外部性については把握が困難で研究実績も乏しいため、文化交流とコンテンツの関係に関する2件の調査を行った。さらにコンテンツの外部性の発生する要因を研究1で導出した財としての特性より検討した。最後に外部性の分類毎にその影響と対処すべき方策につき事例を用いて論じた。これらの検討の結果、下記の通り外部性により社会的便益を体系化した。

(1)外部性の分類

 「コンテンツとの関連が明確な外部性」、「コンテンツとの関連が不明確な外部性」、「経済外の外部性」の3つに分類した。

(2)外部性の発生要因

 「補完財との相互関係」、「公共財的性格」、「人の心や行動に影響する文化的な財」を導出した。

(3)外部性の課題と対処策

 (1)の外部性の分類を基に、民間と行政に分けて整理した。民間は自己の利益追求から社会的責任等の幅広い目的で対処されているが、行政に依存する部分も多いことを示した。行政側は単なる外部性の非効率の改善のみでなく、外部性の有効活用等さまざまに対処している。

研究4 ビジネス展開のモデル化

 波及効果モデルの構築により、本研究全体の目的である複雑なビジネス展開を統一的に捉える理論を開発した。

(1)波及効果モデルの構築

 研究2の私的便益と研究3の社会的便益が共にオリジナル・コンテンツからの波及効果により得られると捉えることにより、オリジナル・コンテンツと波及効果を受ける事項との疎密関係により、ビジネス展開を6レベルに階層化したモデルを構築した。最も密な関係をレベル0とし、レベルの数が大きくなるに従い疎の関係とした。レベル0から2までは私的便益、レベル3から5が社会的便益にあたる。6レベルの関係をオリジナル・コンテンツが米国映画(興行)である事例と共に示すと図1のようになる。

(2)波及効果モデルの検証

 ある1つのコンテンツの複雑なビジネス展開の事例と、インターネット新聞のビジネス展開に関する310件の記事の事例により検証し、共にモデルが事例に適応していることを確認した。これにより複雑なビジネス展開にも、多分野のコンテンツにおいてもモデルが有効であることが判明した。

 本モデルはコンテンツ・ビジネス事業者の視点より構築したが、波及効果の受容者やコンテンツ政策の行政担当者の活動に関する研究にも応用できるものとなった。

 また、検証時にコンテンツの分野毎に波及効果レベルの分布に相違があることが示され、本モデルは分野毎の特徴を分析するためにも有効であることがわかった。

研究のまとめ

 本研究ではコンテンツのビジネス展開を私的便益と社会的便益を生む及び活用する活動の集合と捉え、波及効果モデルとして体系化した。コンテンツの経済的研究は緒についたばかりで、プラットフォーム横断的なコンテンツ・ビジネス全体を包含する研究は未着手の状況であった。そのため研究1ではコンテンツ・ビジネス全般に関わる基礎検討を行い、研究2と研究3でも基礎的な分析から始めそれを発展させた。これらの検討の成果は研究4を導くために行ったが、それぞれが独立した研究としても今後のコンテンツ・ビジネスの研究の基盤となると考える。本モデルはコンテンツの経済的な研究において統一的な基礎理論であり、ビジネス展開で発生する成果や弊害を一元的に漏れなく把握でき、かつその関係も明らかにする。

 波及効果が大きいという性質はコンテンツの特徴ではあるが固有ではなく、文化産業やクリエイティブ産業の財にもみられるため、本モデルの類似分野への応用も期待される。

図1 波及効果モデルの6レベルと事例

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、コンテンツ・ビジネスが社会に提供する便益の特殊性に着目することで複雑なコンテンツのビジネス展開を統一的に捉えるモデルを構築している。6章から構成され、第1章は研究の背景と目的、第2章はコンテンツ・ビジネスの基礎的特徴、第3章はビジネス展開のうち私的便益、第4章はビジネス展開のうち社会的便益、第5章では私的便益と社会的便益を統合して波及効果モデルの構築、第6章は結論について述べている。

 第1章では、コンテンツの経済的研究の立ち後れと、情報技術の進歩や生活スタイルの変化によりコンテンツに対するニーズが質量の両面で変わってきたことに触れ、コンテンツは文化的な財であることを明らかにし、物財と異なる複雑なコンテンツのビジネス展開の理論化を目的としている。

 第2章では、コンテンツを、「デジタル化可能で、それ自体が目的となるもの」と定義し、コンテンツの財としての特性として「経験財」、「公共財的性格」、「零に近い限界費用」、「消費におけるプラットフォームの必要性」、「価値の嗜好への依存」を抽出し、コンテンツ・ビジネスの特徴づけるものとして「需要が不確実」、「人の知的活動に依存」、「取引の不可逆性」、「文化を背景とした外部性」、「マルチユース」を明らかにしている。

 第3章では、コンテンツのビジネス展開において私的便益を生むマルチユースについて、マルチウインドウとバージョニングがコンテンツにもあてはまることを確認し、コンテンツ固有のパターンとしてデリバティブ戦略を抽出し定義している。さらにマルチユースの成因分析を行っている。

 第4章ではコンテンツのビジネス展開で発生する社会的便益を外部性として捉え、外部性をコンテンツとの関連が明確な外部性、コンテンツとの関連が不明確な外部性、経済外の外部性の3つに分類し、経済外の外部性については外務省の支援により調査を行い、外部性の発生要因として、補完財との相互関係、公共財的性格、人の心や行動に影響する文化的な財を導き出している。

 第5章では、第3章の私的便益と第4章の社会的便益の研究成果を基に、コンテンツのビジネス展開を統一的に把握できる波及効果モデルを構築している。レベル0はオリジナル・コンテンツがバンドワゴン効果により自身に与える効果、レベル1はオリジナル・コンテンツをそのまま別のプラットォームで販売することで得られる便益でマルチユースのマルチウインドウとバージョニングに対応、レベル2はオリジナル・コンテンツの一部を利用するものでデリバティブ戦略に対応、レベル3はオリジナル・コンテンツが自身と関係が明確な事項に与える外部性、レベル4は、受け手とオリジナル・コンテンツとの関係が不明確な外部性、レベル3、4が経済的な効果であるのに対し、非経済的な効果をレベル5としている。そしてマルチユースの事例およびコンテンツのビジネス展開に関する新聞記事で波及効果モデルの有効性を検証している。

 最後に第6章では本研究の整理し、残された課題と今後の発展性について述べている。

 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9292