学位論文要旨



No 122762
著者(漢字) 小野木,真哉
著者(英字)
著者(カナ) オノギ,シンヤ
標題(和) MRI下手術のための手術デバイス位置・姿勢計測法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122762
報告番号 甲22762
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第299号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 教授 神保,泰彦
 東京大学 助教授 中島,義和
 東京大学 助教授 正宗,賢
内容要旨 要旨を表示する

■ 背景・目的

MRIガイド下手術は低侵襲手術において高い精度と安全性を実現する効果的な手法であり,さまざまな試みがなされている.特に,血管カテーテルを用いて経皮的に診断・治療を行うなどのInterventionの領域では,積極的にMRIによる透視画像が利用されている.さらには,外科手術もMRI下で行おうという試みが報告されている.また,手術支援システム開発を対象とするコンピュータ外科の領域においても,MRI対応性を有したアクチュエータや制御方法の開発が盛んに行われている.手術支援システムは,手術ナビゲーションシステムおよび術具マニピュレータからなる.手術ナビゲーションシステムは術前や術中における対象患部周辺の3Dモデルや2D画像に対して術中のリアルタイムな術具の位置を重ね合わせて提示するものである.これにより,医師は目視できない箇所にある臓器や血管の位置関係をナビゲーションシステムによって確認しながら治療を行うことが可能である.術具マニピュレータは主に低侵襲手術を対象として開発されている.低侵襲手術用の鉗子は自由度が極めて限られているため,メカトロニクスの技術を用いることで先端周辺に屈曲する自由度をもつ鉗子の開発などが行われている.ナビゲーションシステムによる術中の術具位置の提示や術具マニピュレータの誘導などを行うためには,術中の手術デバイスの位置計測が不可欠である.そのために,様々な位置計測装置が臨床応用されているが,それらはMRI下における利用を前提にしたものではなく,高磁場かつワークスペースが限られているという特殊な環境での利用には課題がある.MRIを用いた位置計測法としてアクティブトラッキングがある.これは,小型受信コイル(トラッキングコイル)の3D位置を高速(最短100msec程度)に計測することができる手法である.ただしこの手法は位置のみの計測であり姿勢を計測することはできない.また,アクティブトラキングを応用したものとして2軸周りの姿勢計測が可能な手法がZhangらによって提案されている.これは,受信コイルのインダクタンス成分を直列分解することで2点の同時計測を実現しており,この2点を結ぶ線分の姿勢が算出可能な手法である.この手法の場合,実際の術具長軸とアクティブトラッキングによってピークが得られる位置が一致しているとは限らないため,実際の術具との間には誤差が生じる.このような場合,実際の術具の端点と計測値の間の位置関係をキャリブレーションする必要があるが,そのためには,3軸周りの姿勢計測が必要である.そこで本研究では3軸周りの姿勢計測が可能なアクティブトラッキング法(拡張アクティブトラッキング法)の提案を目的とし,その評価を行った.

■ 方法・装置

3軸周りの姿勢計測を実現するためには,不等辺三角形を成す3点の三次元位置がわかればよい.そこで,インダクタンス成分を3つに直列分解し不等辺三角形を成すように配置することで,3点の三次元位置を同時に計測することが可能と考えた(図1).実験装置として実験用の0.2Tオープン型MRIを用いた.静磁場強度が0.2Tであることから磁場中心における水素原子核スピンのLarmor周波数は8.5MHzとなる.評価のために開発したトラッキングコイル(図2)は3つに直列分解されたインダクタンス,コンデンサ,同軸ケーブルから成る.各インダクタンスは直径4mmの中空の樹脂(内径2mm)に銅線を20回巻いたものとし,樹脂の内部には信号源として水を充填した.共振周波数を8.5MHzとなるようにチューニングし,MRIスキャナの受信アンプに接続した.評価用器具として,光学式位置計測装置(Polaris, Northern Digital Inc., Canada),および樹脂製(塩ビ)ジグを用いた.ジグは平行移動を計測するためのマトリックス状に等間隔に穴を空けたもの,姿勢を計測するための半球状の回転器具,トラッキングコイルを側面に設置しジグに挿入する円筒状の測定子から構成される.

■ 評価実験

提案手法の評価として1)姿勢計測可能性の確認,2)位置姿勢計測精度評価,3)計測環境に関する評価を行った.

姿勢計測可能性の確認

姿勢計測が可能であることを明らかにするためには,トラッキングコイルの位置・姿勢によらず同一形状の三角形が計測されなければならない.そのことを明らかにするために1)3点の三次元位置の同時計測可能性確認,2)各計測点の位置計測再現性評価,3)各計測点の位置計測精度評価,4)各計測点の成す三角形の定常性の確認,を行った.3点の同時計測が可能であることが示され,位置計測再現性および精度は計測分解能(0.78mm)以下であり,安定かつ正確に計測できることが明らかとなった.各計測点の成す三角形の定常性確認では,計測点の成す三角形の辺の長さがトラッキングコイルの位置姿勢によらず一定であることの確認を行い,その揺らぎは分解能0.78mm以下であることが明らかとなった.以上より,常に同一形状の三角形を計測可能であることが明らかとなり,三角形の姿勢として,トラッキングコイルの姿勢計測が可能であることが示された.

トラッキングコイルの位置姿勢計測性能の評価

トラッキングコイルの位置・姿勢を計測し,その再現性および精度を評価した.トラッキングコイルの位置姿勢計測における計測再現性評価では,同一位置における20回の計測値の標準偏差は,位置0.3mm以下,姿勢1度以下であった.位置計測精度は,10mm間隔で100mmの平行移動を行ったところ,光学式位置計測装置を基準とした場合のRMS誤差は0.37mmであった.姿勢計測精度は,樹脂製の計測器具を用いて行った結果,30度の回転に対するRMS誤差は2.4度であった.

計測環境に関する評価

トラッキングコイルがMRI画像に与える影響評価では,トラッキングコイルをファントム表面に設置し,ボディコイルで撮像を行い,画像に歪み等が生じないか確認を行った.トラッキングコイルが存在する断面における撮像の場合,インダクタンスの位置において信号が弱くなっていることが見られたが,歪み等は確認されなかった.一方,トラッキングコイルを含まない断面においては,影響は見られなかった.各インダクタンス周辺に水素原子が十分に存在する環境における計測可能性評価では,体内における計測可能性を確認するために水中における計測を行った.また,水素原子核に与えるエネルギー量に相当するパラメータであるフリップアングルと信号のS/N比を比較した.フリップ角を30度から3度刻みで3度まで計測を行った.結果は小さなフリップ角の方がS/N比が向上する傾向が見られ,フリップアングルを30度とした場合においては,周辺の水による信号が強く,明確なピークが得られなかった(S/N=0.67).一方,フリップアングルを3度と極端に小さくした場合,周辺の水による信号が相対的に減少し,明確なピークが得られた(S/N=2.07).コイルと静磁場が成す角度とS/N比に関する評価では,静磁場に対する角度を60度,30度,0度としてS/N比の比較を行った.60度においてはS/N比は20.49であったのに対し,0度においては2.66であり,ほぼ静磁場と成す角が0度の条件においても計測は不可能ではなかった.

■ 拡張アクティブトラッキングの応用

ここでは,術具を想定した棒状の器具にトラッキングコイルを設置し,器具端点のキャリブレーションとその誘導を模擬した実験を行った.

トラッキングコイルによる術具の位置姿勢計測

術具を模擬した棒状器具の端点のキャリブレーションを行った.端点を中心とする球運動を行い,その球面上の計測を行うことで計測時のMRI座標系における端点位置を求めた.求められた端点位置とトラッキングコイル座標系の計測値より,トラッキングコイルから測定子端点への変換行列を算出した.この計測を両端に対して行うことで,トラッキングコイルの計測値から測定子の両端の位置および両端を結ぶ線分の姿勢を求めることができる.そこで,キャリブレーションされた測定子の位置計測精度および姿勢計測精度を評価した.位置計測精度は15mmの平行移動に対してRMS誤差0.97mmであった.姿勢計測精度は30度ずつの回転に対してRMS誤差は3.0度であった.

術具ナビゲーションの模擬実験

術具誘導の模擬実験として,ファントムに穴を空け術具を模擬した棒状器具を穴に挿入し,MRI画像から算出した穴の位置姿勢とトラッキングコイルによる器具の位置姿勢の比較を行った.ファントム表面における位置誤差は4mm,姿勢誤差は9.14度であった(図3).

■ まとめ

以上より,本手法による位置姿勢計測精度は,使用するMRIスキャナの計測分解能に依存するが,従来の計測装置では計測不可能な体内における計測対象の位置姿勢を直接計測できることが示された.

 本手法は,将来的な軟性鉗子によるMRIガイド下手術における,鉗子の位置姿勢計測やその誘導において不可欠な位置姿勢計測を可能とする有用な手法である.

図1:拡張アクティブトラッキングによる3点の同時計測原理

図2:製作したトラッキングコイルの外観.

図1:術具ナビゲーションの模擬実験結果.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章から構成されている.

 1章では序論として,1)手術支援システムの利用において術中の位置・姿勢計測が不可欠であること,2)外科領域における今後の傾向としてMRIガイド下手術や軟性鉗子の説明とそれによる新しい位置計測法の必要性について,3)MRIを用いた位置計測法であるアクティブトラッキング法の説明とその課題について述べられている.

 2章では目的として,先行研究であるアクティブトラッキング法の課題を解決するために3軸周りの姿勢計測が可能なアクティブトラッキング法の提案とその評価を行うことが述べられている.

 3章では提案手法である拡張アクティブトラッキング法の原理として,位置姿勢計測用小型受信コイルのインダクタンス成分を3つに直列分解し不等辺三角形を成すように術具表面に設置することによる3点の三次元位置計測の可能性が述べられている.

 4章では実験装置として,実験に使用したMRIスキャナや製作したトラッキングコイル,評価のために製作した樹脂製計測器具について説明されており,製作したトラッキングコイルを用いて3点の三次元位置計測が可能であることが示されている.また,受信アンプが1台の場合の複数のトラッキングコイルの動的な切り替え法についても示されている.

 5章では基礎的評価として1)姿勢計測可能性の確認,2)トラッキングコイルの位置・姿勢計測精度評価,3)計測環境に関する評価について説明されている.姿勢計測可能性の確認では,トラッキングコイルによって計測される3点の位置が計測対象上に固定されていること,および3点の成す三角形が一定の形状であることを明らかにし,提案手法によって位置・姿勢計測が可能であることを示している.トラッキングコイルの位置・姿勢計測精度評価では,計測器具を用いて位置・姿勢計測再現性および位置・姿勢計測精度評価を行い,計測再現性は位置0.3mm,姿勢1度であり,計測精度は位置0.21mm,姿勢2.4度であること,また計測分解能を0.39mmとした場合の姿勢計測精度は1.17度であり,MRIスキャナの計測分解能および3つのインダクタンスの配置による精度で計測可能であることが述べられている.計測環境に関する評価では,トラッキングコイルがMRI画像へ与える影響評価,計測環境におけるピーク値のSNRに関する評価が行われている.MRI画像への影響評価においてはトラッキングコイルを含む断面においては内部の信号源が描出されるがトラッキングコイルによる計測対象の輪郭に対する歪みは確認されないことを示している.ピーク値のSNRに関する評価においては,フリップ角を6度程度とすることで水中においても明確なピークが得られること,空気中においては静磁場とコイル長軸の成す角が0度であっても計測可能であること,不均質なノイズ源中においては,静磁場とコイル長軸の成す角が30度以上であればフリップ角を3度とすることで明確なピークを得られることが示されている.

 6章では応用実験として1)計測対象端点位置のキャリブレーション,2)キャリブレーションされた計測対象の位置・姿勢計測精度評価,3)画像誘導可能性の確認について説明されている.計測対象端点のキャリブレーションにおいて,計測対象端点を中心とする球面上の計測を行うことで計測値を端点位置に変換できることを明らかにしている.キャリブレーションされた計測対象の位置・姿勢計測精度評価では,計測器具を用いた評価を行い,位置0.92mm,姿勢0.47度で計測対象の位置・姿勢計測が可能であることを明らかにしている.画像誘導可能性の確認では,MRI画像から求めた計測対象の位置・姿勢と提案手法によって求めた計測対象の位置・姿勢の比較を行い,先端位置の誤差は1.32mm,姿勢誤差は1.08度であり,位置1mm,姿勢1度程度の精度で画像誘導が可能であることを示している.

 7章では考察として,1)拡張アクティブトラッキング法について,2)トラッキングコイルのハードウェアについて,3)臨床応用に対する課題について述べられている.拡張アクティブトラッキング法については,既存の位置計測装置と比較してMRI下における術中位置・姿勢計測においては先端位置を直接計測可能であることから,先端位置における計測精度においては既存の位置計測装置に対して遜色なく,有用な計測法であることが述べられている.トラッキングコイルのハードウェアについては,計測されるピーク値のSNRを一定以上に保つ場合,計測分解能とトラッキングコイルのサイズがトレードオフの関係にあることが述べられている.臨床応用に対する課題においては,既存のMRIスキャナにおいてもハードウェア上の改造をすることなく提案手法を適用できる反面,ソフトウェア上では位置・姿勢計測のためのパルスシーケンスの追加や一部パラメータ制限の撤廃の必要性,リアルタイムにデータを出力する機能の必要性が述べられている.

8章では結論として,提案手法である拡張アクティブトラッキング法は位置・姿勢計測精度がMRIの計測分解能の程度で安定に位置・姿勢を計測することが可能であり,既存のMRIスキャナで分解能を0.39mmとした場合に位置計測精度1mm,姿勢計測精度1deg程度で計測対象の端点位置・姿勢が計測可能な手法であると述べられている.

 本論文はMRI画像誘導治療技術の発展に不可欠な,手術機器の位置・姿勢計測法を提案し,その基礎特性を詳細に検討している。今後のMRI画像誘導手術技術の発展に寄与する成果であると考えられる。以上より,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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