学位論文要旨



No 122768
著者(漢字) 大吉,慶
著者(英字)
著者(カナ) オオヨシ,ケイ
標題(和) 時系列衛星データを用いた北東アジアにおける植物季節変動の評価手法に関する研究
標題(洋) Evaluation of phenological variations in northeastern Asia with time-series satellite data
報告番号 122768
報告番号 甲22768
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第305号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

 産業革命以降,人間活動による二酸化炭素の排出量は急激に増加し続け,大気中の二酸化炭素濃度は産業革命前の220ppmから360ppmへと約30%増加している.地球の平均気温も1981年以降急上昇し,20世紀中には0.6±0.2度上昇したとされている.そして,北半球の20世紀中の気温上昇は過去1000年のどの世紀よりも大きく,1990年代は最も暖かい10年間であった可能性が大きいことが報告されている.さらに,2005年には観測史上最高の全球地表面温度を記録した.

 このように地球の気温上昇が観測されているが,人間が地球で生活していく上で問題となるのは,この気温上昇によりどのような現象が発生し,自然や社会にどのような影響を与えるかということである.地球温暖化の影響を早期に検出することは,温暖化が進行しつつあることを示す証拠となる.また,影響の場所や程度を特定することができれば,継続的・重点的な監視を続けていくため指針となることに加え,影響を軽減するための施策を講じるためにも重要である.

 さらに,地球温暖化問題は個々の人間活動の総体として起きている現象であり,人類がこの問題を解決するには,行動を決定する個々の人間の環境に対する意識よる所が大きいため,温暖化による影響の重大性を社会や市民に訴えていくことも,温暖化対策を推進していく上で重要である.

 発芽や開花,開葉,紅葉・黄葉・落葉など季節特有の植物活動を意味する植物季節(フェノロジー)は,その地域の気候変化に敏感に反応し,暖かい年は開葉時期が早く,寒い年は開葉時期が遅くなるといったように植物活動を変化させる.植物季節は地球温暖化の影響を受けやすい指標であるため,植物季節は地球温暖化による影響を検知するための指標として用いることができる.また,植物は光合成により大気中の二酸化炭素を年間120x10(15)gC吸収しており,地球の炭素循環と密接に関わっているため,地球温暖化による植物季節への影響を捉えることは非常に重要である.

 植物季節観測はこれまで地上で人間の目によって観測されてきたが,植物季節は地球規模の物質循環と深く関わっているため,広範囲を面的に観測することによって,はじめて物質循環を俯瞰的に理解することが可能となる.地球温暖化の影響を示す指標としても,広範囲を面的に観測することによって,環境変動に対する感度の高い地域とそうでない地域を特定することができ,脆弱な地域に対して重点的な観測を行うことで効率的な観測が可能となる.定点での地上観測による植物季節観測は,基本的に人間の目で観測されている.したがって,人的・コスト的な制約から広範囲を高密度で観測するのは不可能である,また,環境条件が厳しく人間が居住していないような地域の観測は不可能である.そこで,広域性,均質性,周期性に優れた衛星リモートセンシングのスペクトルデータから植物季節を観測することが期待されている.

 本研究で対象とする北東アジアが含まれる北半球の中高緯度帯は,現在までの気温上昇率が高く,将来予測において今後の気温上昇も大きいことが予測されている.そのため,これらの地域の植物季節は地球温暖化の影響を最も強く受けていると考えられ,実際にどの程度影響を受けたのかを評価する技術を確立することは,これまでの影響を評価するとともに,継続的な観測をしていく上で欠かすことができない.しかしながら,北東アジアを対象として衛星リモートセンシングにより植物季節変動を観測した研究は存在しなく,地球温暖化に対してどのような場所が影響を受けやすいのかが評価されていない.

 そこで,本研究では北東アジアを対象として気象衛星NOAAに搭載された高時間分解能型センサであるAdvanced Very High Resolution Radiometer(AVHRR)を用いた植物季節の観測手法を開発し,植物季節変動の評価を行うことを目的とした.そして,1984年から2004年までの植物季節の変動傾向および気象要素(気温,降水量,被雲率)との関連性を明らかにした.

 はじめに,AVHRRを用いた時系列解析で問題となるセンサ劣化やセンサ交代の補正を行い,またアジアに適した合成画像処理を行いデータセットの構築を行った.既存のデータセットは空間分可能が4-8kmであり,地上観測値との検証が困難であったり,詳細な現象を捉えることができないという問題があったが,本研究では受信した生データから処理を行っているため,空間分解能が1kmであり北東アジアに最適な前処理を行うことにより,これまでにない独自のデータセットを作成した.

 次に,従来の合成画像処理で問題となる雲の残存と観測日間隔が不均等になるという問題を,従来のアルゴリズムを統合化した新たな手法を開発することで解決した.また,雲が残存していたり観測日間隔が不均等であると,植物季節観測に大きく影響することを示した.統合化手法により,残存した雲の影響を除去するとともに観測日間隔を均等化した高品質な時系列NDVIデータセットの構築を可能とした.

 そして,この時系列NDVIデータセットから春の開葉日と秋の落葉日を検出するアルゴリズムの開発を行った.衛星データによる植物季節観測では地上観測値による評価が限定的にしか行われてこなかったが,本研究では気象庁による地上で観測されたサクラの開花日,イチョウ・カエデの落葉日をそれぞれ,春の開葉日,秋の落葉日の検証データとすることで検出手法の評価を可能にした.従来のアルゴリズムおよび本研究で提案したアルゴリズムを評価し,最も高精度で検出できるアルゴリズムを検討したところ,開葉日に関しては従来手法よりも本研究で提案した平均値法が高精度で検出できることが確かめられた.検証を行った1996年から2000年までの5年間で,サクラの開花日と線形回帰した結果,決定係数は0.60,回帰残差は約11日であった.

従来の手法で最も精度が高かった急上昇法では,決定係数は0.44,回帰残差は約13.6日であることがら,提案手法の有効性を示すことができた.また,目視による検証においても,平均値法は南から北に向かって開葉していく様子を捉えることができていた.一方,秋の落葉日の検出に関しては,開葉日の検出アルゴリズムを落葉日の検出用に改良して落葉日の検出をしたが,地上観測値による検証の結果,落葉日を精度良く検出することはできなかった.これは,秋の落葉時期は春の開葉時期と異なり,NDVIの変化が緩やかであるため落葉日を検出することが困難であったと考えられる.

 最後に,北東アジアにおける1984年から2004年までの植物季節の時系列変動の評価を行い,これまでにない詳細なスケールで開葉日の変動傾向の分布図および気象要素(気温,降水量,被雲率)に対する感度の空間分布図を作成した.落葉日に関しては時系列解析を行うのに十分な精度で検出することができなかったため,春の開葉日のみを対象とした.開葉日の変動傾向は,土地被覆により異なることが確かめられ,耕作地や草地では開葉日の有意な変動傾向が見られなかったのに対し,混合林や落葉広葉樹林では開葉日の早期化傾向が見られた.対象とした21年間で,土地被覆全体としては混合林で12.2日,落葉広葉樹林で14.3日開葉日が早期化する傾向が見られた.画素単位での解析の結果,混合林の中でも北緯35度以北の地域で早期化が顕著であった.気温上昇との感度解析の結果,混合林や落葉広葉樹林は,気温上昇に対して開葉日が早期化する傾向を示し,1月から5月までの平均気温が1度上昇すると,混合林は4.3日,落葉広葉樹林は4.2日開葉日が早期化する傾向にあることが観測された.しかしながら,気温が高いにも関わらず開葉日がそれほど早くない年がいくつか観測された.そのような年は降水量が少ない,もしくは気温に対して相対的に降水量が少なく水分量が不足していたり,被雲率が低く日射量が多いために相対的に乾燥していることが気象データから確認されたため,気温は高くても乾燥によるストレスを受けて開葉日が早まらなかったと考えられる.このように本研究で開発した一連の植物季節変動の評価手法により,開葉日の変動傾向を捉えると共に,気象要素に対する開葉日の応答特性を捉えることができた.

 本研究で開発した植物季節観測手法を継続的にAVHRRデータに適用していくことで,今後の植物季節変動も捉えていくことができる.そして,植物季節変動と気象データを解析することで,気候変動による気温や降水量などの変化が植物季節にどの程度影響を与えているかを評価することができる.また,現在運用中のTerra,Aqua/MODISや,2009年に打ち上げ予定のNPOESS/VIIRS,さらには日本により2011年に打ち上げ予定のGCOM-C/SGLIにも本手法は適用することができるため,本手法により継続的な植物季節観測を行うことが期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

 季節特有の植物活動を意味する植物季節は,気候変化に敏感に反応する指標であるため,地球温暖化による影響を検知するための一つの指標となる.また,植物季節の変動は炭素循環や水循環,熱輸送などに影響を与えるため,植物季節を継続的に観測していくことは,陸域生態系の環境変動に対する影響を理解する上で有用である.従来,植物季節は地上で人間の目により観測されてきたが,近年では衛星リモートセンシングによる観測データが蓄積されてきたことから,衛星リモートセンシングによる広域的かつ面的な植物季節観測が注目されつつある.本論文はこのような研究の情勢をふまえて,「時系列衛星データを用いた北東アジアにおける植物季節変動の評価手法に関する研究」と題し,気温上昇の大きい北東アジアの植物季節観測手法の開発に焦点を当てた研究成果を述べたものであり,7章で構成されている.

 第1章は,研究の背景,既往研究の問題点,研究目的をまとめている.地上観測による植物季節観測では現象の俯瞰的な理解に限界があるため,広域的・周期的・継続的・均質的な観測ができる衛星リモートセンシングが期待されていることを述べている.

 第2章では,対象地域および使用データについてまとめている.使用データとして高い時間分解能と20年分以上のデータが蓄積されているNOAA/AVHRRの観測データを利用することと,データの解析前処理について述べている.

 第3章は,系列植生指標データセットを構築するための手法の開発について記述している.残存した雲の影響を補正するBISE法と,観測日を考慮して観測日間隔を均等化するMVI法の2つの手法を統合した雑音除去手法を提案した.時系列NDVIデータセットに提案手法を適用すると,雲に覆われている地域のNDVIが空間的に補正され,時系列変動においても,雲被覆の影響と考えられるNDVIの急激な変動を補正できることが確かめられた.また,観測日間隔が均等化され,観測日と観測値を1対1で対応させることができ,植物季節検出における誤差を軽減できることを述べている.

 第4章,第5章は,それぞれ春の開葉日の検出手法,秋の落葉日の検出手法の開発についてである.衛星データによるこれまでの植物季節観測では,地上観測値との詳細な検証が行われていなく,地上の植物季節現象との対応づけが不十分であった.これは,検証データの不備によるところが大きいが,日本の気象庁観測による地上での高密度な植物季節データを利用することにより,衛星観測による開葉日および落葉日の検出アルゴリズムの評価を可能にした.その結果,従来手法よりも本研究で提案した平均値法が開葉日を高精度で検出できることを明らかにした.落葉日の検出についても,開葉日検出アルゴリズムを落葉日検出用に改良し,落葉日観測手法の開発を試みた.しかしながら,どの手法を用いても衛星観測値と地上観測値に強い相関は見られなく,十分な検出精度は得られなかった.落葉時期は,樹種により落葉時期が大きく異なることや,落葉した葉が林床に堆積しているために,開葉時期と異なりNDVIの変動が緩やかであり.このような要因が落葉時期の特定を困難にしていることを述べている.

 第6章では,これまでに開発した手法を用い,北東アジアにおける1984年から2004年までの植物季節の時系列変動の評価を行った結果をまとめてある.開葉日の変動傾向は,土地被覆により異なることが確かめられ,耕作地や草地では開葉日の有意な変動傾向が見られなかったのに対し,混合林や落葉広葉樹林では開葉日の早期化傾向が見られた.特に混合林の中でも北緯35度以北の比較的気温の低い地域での早期化が顕著であった.また,気象要素(気温,降水量,雲量)に対する開葉日の感度を分析した結果,開葉前の1月から5月までの平均気温が上昇すると,どの土地被覆とも開葉日が早期化する傾向にあることが観測された.降水量や雲量に関しては,気温ほど開葉日との有意な関係は見られなかった.しかしながら,北東アジアの混合林全体としては,気温が高くとも降水量が少ない,雲量が少なく地表面が乾燥状態にある場合には,開葉日が早まらないという気象要素間の相互作用が観測されたことを述べている.

 第7章では,本研究で得られた結論,および今後の展望についてまとめている.

 このように,本研究は一連のリモートセンシングデータ処理手法を検討し,植物季節変動の評価手法を開発した.また,北東アジアにおける開葉日の変動傾向のみでなく,気象要素の変動に対する開葉日の応答特性を捉えた.さらに,提案手法により植物季節変動の継続的な観測も可能であるため,本研究の衛星リモートセンシングによる地球観測分野への寄与は大きい.したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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