学位論文要旨



No 122771
著者(漢字) 田中,陽二
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨウジ
標題(和) 沿岸域における微細気泡を用いた水環境の改善方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122771
報告番号 甲22771
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第308号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 助教授 黄,光偉
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

 近年、日本各地の閉鎖性海域において富栄養化現象が多発している。富栄養化現象が発生すると、植物プランクトンがリンや窒素などを吸収して大増殖し、著しいときは赤潮となって魚類の大量斃死を招く。さらに植物プランクトンの死骸や排泄物はデトリタスとして底層へ沈降し、好気性細菌の働きによって分解されるが、そのとき大量の溶存酸素(DO)が消費される。成層化された海域では底層水は酸素の豊富な表層水との混合がないため、底層水塊はDOの減少が一方的に進行して貧酸素化し、無酸素状態に至ることも少なくない。さらに、分解しきれなかったデトリタスは底層に体積し底泥をヘドロ化させる。底泥がヘドロ状になると含水率が高く底生生物の環境に適さなばかりでなく、底層のDOを長期かつ継続的に減少させる。

 このような底層水の貧酸素化に対する根本的な解決方法は、海域へ流れ込む栄養塩負荷を減らすとともに海域のもつ自浄作用を高め、海域内の富栄養化を解消することである。しかしながら、長期的な努力が必要なために実現は容易ではない。そのため、貧酸素水塊を直接解消できる方法としてマイクロバブルによる曝気技術が注目されている。マイクロバブルの直径は数〜数百μmであるため、他の曝気方法と比べて気泡の上昇速度が極めて遅い。これにより高酸素水塊を直接底層に送ることができ、貧酸素状態を改善する効果が期待されている。

 本研究では、まず室内実験によりマイクロバブルの基本的な特徴を把握した。その上で沿岸域においてマイクロバブルを用いた底層曝気を行い、その適切な運用方法の検討、およびマイクロバブルに適した海域について考察を行った。さらに、DOをはじめとする水質環境や底質環境ならびに生物環境に与える影響を計測し、効果を定量的に把握した。加えて、マイクロバブルを含む流れの数値モデルを新たに構築し、予測方法の確立を行った。本研究により得られた知見は以下のごとくである。

 マイクロバブルによる曝気は、貧酸素状態の水塊に対して発生装置内での酸素の溶解効率が0.8L/minで76%であり、噴射時にすでに高濃度の酸素を溶解させることできることが分かった。これは底層曝気に対して効果的な曝気能を有していることを示す。さらに、送気量に応じて底泥の酸素要求量が減少することが明らかとなり、底質改善効果を持っていることが分かった。加えて、アサリの生存率が向上することを定量的に示し、底生生物環境の改善ができることが明らかとなった。すなわち、マイクロバブルによる底層曝気によってDOの改善だけでなく、本来の目的である底生生物相の回復に対して有効であることが示された。さらに、電力消費が少ないためにソーラー発電でも水質浄化ができることを示した。これによって、慢性的な富栄養化となっている海域に対しても、持続可能な運用が可能であり、必要最小限の人工エネルギーで水質浄化が行える。

 本研究により、マイクロバブルの欠点として、影響範囲に限界があること、および気泡水塊が流されやすいこと、底泥の巻き上がりが発生すること、対症療法的な改善であることが指摘された。ただし、曝気によって貧酸素水塊の解消から底生生物相の回復へ向かい、魚類や鳥類の高次の生態系へ効果が繋がる可能性は有している。健全な生態系の形成によって間接的に海域の自浄作用が高まる効果が期待され、そのような運用方法・付加的技術の開発が今後の課題として残された。

 マイクロバブルを用いた底層曝気によって水質・底質・底生生物の改善が可能である。さらに自然エネルギーによる運用が可能など、従来の貧酸素対策工法より優れている点も見受けられることから、沿岸域の富栄養化問題の解決策の一つとして有効であると結論づけられる。しかしながら、改善できる範囲が限られていることや対症療法的な改善であることから、実際に適用を考えている海域の流動および水質特性を理解した上で用いることが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、我が国のみならず世界各地の閉鎖性海域において富栄養化現象が多発し、これにともなって植物プランクトンの大増殖による赤潮が発生し、さらにこれを含めた有機物が分解される過程で酸素が消費されるため、夏季に塩分および水温成層ができると、底層水の貧酸素化がしばしば起こっている。また、分解しきれない有機物が底層に堆積すると底泥がヘドロ化し、底層の貧酸素化を長期化かつ深刻化させる。本研究は、貧酸素化した底層水に微細気泡を用いて酸素を供給し、貧酸素状態を解消することによって水質改善を行い、生物生息環境を回復することを目的として、現地実験および数値計算を行ったものである。

 第1章は序論であり、微細気泡の技術について既往の研究のレビューを行うとともに、この研究の目的と研究の概要、論文の構成を述べている。

 第2章は微細気泡装置の機能を室内実験によって検証している。小規模な実験水槽を用いて酸素の溶解率を求めた結果、既存の曝気技術に比較して大幅に溶解効率が高いことがわかった。また、1m程度の浅い水深においては、微細気泡発生装置内部での溶解が主となること、および送気量が大きいほど酸素の溶解時間効率は高くなるものの、溶解効率は低減するという結果が得られた。

 第3章では、南袖において行った現地海域における微細気泡の溶解実験について述べている。この実験海域は岸壁角にあって、潮流が緩やかで外部海域の影響を受けにくい。岸壁の角から約2m離れた底面に16基の微細気泡発生装置を扇状に設置した。このような微細気泡装置を用いることにより、鉛直循環流を抑えて底層に効果的な曝気を行うことに成功した。しかし、装置稼働初期には底泥の巻き上げが起こり、一時的に濁度が上昇した。また、外部からの貧酸素水塊の侵入のため、溶存酸素の増加範囲は装置の近傍に限られた。このような結果より、外海からの侵入水による水質変化の影響を避けて効果を測定するためには、底泥などのように移動が生じない物質を対象として計測するのがよいことが示唆された。

 第4章では、新浜湖において行った現地海域における微細気泡装置の実証実験について述べている。新浜湖の奥部には窪地があり、その底層水が貧酸素化しやすいことがわかっている。その地点に微細気泡装置を設置し、空気または純酸素を供給した。まず、微細気泡実験に先立って行われた新浜湖の水質計測により、新浜湖では千鳥水門による限られた海水交換のため、流入水塊の密度によって上下層で逆向きの流れが生じ、千鳥水門からは東京湾の底層水塊が入り込みやすい地形となっていることがわかった。また、窪地の水塊は停滞しやすく、底泥の酸素消費量が高いことから長期にわたって貧酸素水塊が形成されやすい。このような状況から、微細気泡とは別に、湖内のエスチャリー循環を利用して底層の流動を促進するように地形を改良するという案を提示した。微細気泡に関しては、酸素送気量に応じて水質および底質改善効果があることを定量的に把握した。そして、水中では微細気泡を含む水塊が不均一に拡散するために効果の計測が困難であるが、底泥の酸素消費速度を計測することにより、底層曝気の効果を適切に計測できることを明らかにした。

 第5章では、第4章と同じ新浜湖において行われた、ソーラーパネルを用いた独立型微細気泡装置の実験結果を述べている。ここでは、ソーラーパネルの有効性とともに、発電効率やポンプの稼働時間等が計算されている。そして、溶存酸素の回復状況とともに、アサリの生残に対する溶存酸素回復の効果が論じられている。

 第6章では微細気泡周辺の流れの数値計算を行った結果を述べている。モデルでは気液2相流として扱い、その基礎方程式を述べるとともに、計算手法、モデルの検証を行った上で、現地実験との比較を行い、モデルの妥当性と課題を示している。第7章は研究で得られた結論をとりまとめている。なお、この論文の研究内容を通じ、現地観測、資料解析、数値計算などにおいて論文提出者が主要な貢献をしていると認められ、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

 以上のように、本研究は微細気泡装置について室内実験、現地実験、および数値モデル計算を行い、溶存酸素濃度の向上に有効であることを検証し、水環境の改善に有効な技術となる可能性を示している。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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