学位論文要旨



No 122775
著者(漢字) 村内,佳子
著者(英字)
著者(カナ) ムラウチ,ヨシコ
標題(和) デフォルトリスクを考慮した環境型プロジェクトの評価モデル構築 : 木質バイオマスプロジェクトを事例とする採算性とリスク特性の分析
標題(洋)
報告番号 122775
報告番号 甲22775
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第312号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 助教授 吉田,好邦
 上智大学 教授 松原,望
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、プロジェクト価値を統合評価し、意思決定するためのサポート・ツールとなり得るモデルの構築にある。多くのプロジェクトには、(1)プロジェクト自体がデフォルトする可能性、(2)出資母体の都合により出資金がブロジェクトの満期前に引き揚げられてしまうプリペイメントの可能性、(3)プロジェクト満期に融資金を返済できないため返済期間を延長するリスケジュールの可能性といったリスクが内包されている。プロジェクトへの投資を決断し運営するためには、プロジェクトから生み出されるキャッシュフローの変動性や、リスクとリターンのバランス評価が重要である。しかし、デフォルト、プリペイメント、リスケジュールといったイベントが発生すると発生時点以降のキャッシュフロー構造は大きく変化する。また(1)のデフォルトには、(1)外部環境の変化などによりプロジェクトの運営維持が出来なくなった場合、(2)プロジェクトが当初計画通りのキャッシュフローを生み出すことができず債務超過した場合、という2つの状況が考えられる。

 本研究では、デフォルト、プリペイメント、リスケジュールなどのイベントの発生を想定した。また、プロジェクトが生み出す全てのキャッシュフローは、その個々のリスク特性に着目してキャッシュフローの現在価値を算出した。こうした評価方法により、将来時点での不確実性の中で発生する「操業機会」「投資機会」「撤退機会」などの意思決定機会を事前に推測し、リスクを制御しながら採算性を維持するために必要な情報をタイムリーに提供する、数理モデルの構築を実現した。

 従来のリスクマネジメントでは、リスクを「将来の損失や事故の発生する可能性」と限定的に捉えてきた。そして、リスクの顕在化に対する予防策や危機管理方法を議論し、リスクによる影響(損失)を保険でカバーして最小化する方法が採られた。シナリオアプローチは、こうした保守的なリスクマネジメントを背景に、プロジェクトの「創業機会」の意思決定ツールとして使われてきたもので、DCF法はその代表的な評価手法である。DCF法では、プロジェクト計画時点でリスクファクター毎に複数のシナリオを想定する。そして、プロジェクト期間中の各時点でのキャッシュフローをリスク調整割引率で割引き、この結果を合算してプロジェクトの現在価値を求める。したがって、将来のリスクファクターの影響は、キャッシュフローのシナリオとリスク調整割引率で表現される。リスク調整割引率は、過去の類似プロジェクトの融資金利から逆算する方法、将来時点の不確実性の源泉をマーケット・ポートフォリオの変動として説明する方法などにより算出する。

 しかしこの評価方法では、デフォルト、プリペイメント、リスケジュールなどのイベント発生、リスクファクターの変動によるデフォルト発生、リスクファクター間に相関がある場合など、プロジェクト固有のダイナミクスを表現することは難しい。また、多くのプロジェクトには原材料の供給量や価格変動、プロジェクトが生成する製品の販売価格など、資本市場で取引される商品を利用したリスクコントロールが出来ないプロジェクト固有のリスクも存在する。更に、リスクファクター毎のシナリオやリスク量の推定値には恣意性が含まれるため、各シナリオを悪い方向に調整して積み上げる、保守的なリスク見積もり方法がとられる。この結果、リスクコントロールに必要なコスト(リスクプレミアム)は過大となり、プロジェクト価値がネガティブになる傾向があった。

 今後のリスクマネジメントでは、リスクを「プラス(収益)もマイナス(損失)もある将来の不確実性」として捉え、リスクを「収益の源泉」として如何にコントロールするかが重要課題となる。プロジェクトを継続し期待効果を達成するには、プロジェクトが抱えるリスクを抑えつつ、リターンの最大化を追及する必要がある。プロジェクトが求めるリターンと、プロジェクトが負っているリスク情報を利害関係者に開示することは、コーポレート・ガバナンスとアカウンタビリティを高め、プロジェクトの継続性を高めることに繋がる。

 本研究では、新たなリスクマネジメント手法を取り入れたプロジェクト価値の統合評価モデルを構築したが、具体的には3つの特徴がある。

(1)デフォルト、プリペイメント、リスケジュールの発生を想定

 (1)デフォルト

 (i)ランダムな時点で発生するデフォルト

 社会経済の変化や出資会社の経営状態変化など、プロジェクトと独立した外部要因によりランダムに発生しうるデフォルトを想定する。デフォルト率の算出には、格付会社が公表する格付推移確率を使う方法、シナリオアプローチに用いた類似プロジェクトの融資金利をリスクに応じた割引率と捉え、Duffie and Singleton[26]のモデルにより逆算してデフォルト率を推定する方法がある。

 (ii)債務超過によるデフォルト

 材料の供給不足や価格変動から生じる収益未達によって債務超過となり、プロジェクトがデフォルトすること想定する。このモデルでは、材料の供給リスクや価格変動リスクとプロジェクトのデフォルトとの因果関係も表現した。

 (2)プリペイメント

 プロジェクトの途中で出資会社の経営状態悪化や社会経済の変化、制度変更などによるプロジェクトに対するインセンティブ低下により、出資金の引揚げ、中断、減額などが発生することを指す。プリペイメント発生後は割増金利が付く再調達資金の返済がキャッシュフローに加わるため、採算性が悪化してデフォルトする可能性もある。このモデルでは、プリペイメントとデフォルトの因果関係も表現した。

 (3)リスケジュール

 プロジェクトは途中でデフォルトせず満期を迎えたが、満期時点で精算しようとしたとき実際には債務の返済が出来ないほど採算が悪化している可能性がある。満期時点で精算するより一定期間リスケジュールした方が大きな回収額が得られると期待される場合には、リスケジュールの検討が必要となる。リスケジュール発生後は、プリペイメント発生時と同様に割増金利が付く再調達資金の返済がキャッシュフローに加わるため、採算性が悪化してデフォルトする可能性がある。このモデルでは、リスケジュールとデフォルトの因果関係も表現した。

(2)割引率とキャッシュフローの評価

 新たな評価モデルでは、キャッシュフローを現在価値に割り戻すための割引率に、資本市場で与えられる無リスクの割引債金利を用いた。またキャッシュフローは不確実性を含むか否かで分類し、不確実性を含むキャッシュフローはGausianタイプの確率過程で評価し、リスクの発生時点、リスク量、リスク間の相関を表現した。

(3)VaRの導入効果

 この評価モデルでは、リスクは対数正規分布に従う確率変数と仮定し、プロジェクト価値は期待値で評価したため、プロジェクト価値は分布として示される。バリュー・アット・リスク(VaR:Value at Risk)は、評価価値の分布が与えられたときのリスクを計測する概念であり、プロジェクトの損失が出る方向のみをリスクとして捉えるダウンサイド・リスクを用いた考え方である。事例研究では経営者層に理解しやすい指標としてVaRの概念を導入したが、リスク個別の変化によるプロジェクト価値への影響や損益分岐点の変化がわかり、また複数のリスクが同時に発生した場合のプロジェクト価値への影響との比較も可能となった。更に信頼水準を変化させた場合のVaR値の比較により損失額の水準が得られた。すなわち、本研究で構築した評価モデルを用いることで、DCF法で評価した場合に比べ、プロジェクト期間中のさまざまな変化に耐え得る実用的な分析結果が得られることが分かった。

 この評価モデルは、今後さまざまな分野におけるプロジェクトに対する民間企業の参入を促進するために必要なリスクと採算性の評価という課題に対し、解決策の一つを与えることになると考えられる。この研究では具体的なプロジェクト事例としてバイオマス発電プロジェクトを用いた。これは、地球温暖化問題が深刻化する状況において、環境プロジェクトへの民間参入推進は可及的な重要課題であり、その有効な対応策としてバイオマス発電プロジェクトが注目されているからである。民間企業にとって、ビジネスとしての収益性が高くないプロジェクトへの投資は高いリスクを伴う。現在のバイオマス発電プロジェクトは技術的にも発展途上にあり、単なる発電効率という面で評価した場合、原子力発電、化石燃料発電などと比較して必ずしも効率的な発電手段とは言えない。しかし、バイオマス発電プロジェクトには、環境保全、地域産業の育成といった付加価値がある。こうした社会便益性のあるプロジェクトの価値は、単にビジネスとしての採算性で評価することはできず、プロジェクトを推進するには付加価値達成を目的とした補助金の投入などを検討する必要がある。この研究では、評価モデルの前提となるスキームとして当初設備投資と売電収益の一部として補助金の投入を仮定した。新たな評価モデルは、プロジェクトで発生する全てのキャッシュフローを評価対象としており、採算性を確保するために必要な補助金の算出にも利用できる。また、バイオマス発電量の大きさは代替エネルギー量に相当するため、プロジェクト本来の目的である二酸化炭素の削減効果を表現したことにもなる。

 今回の評価モデルは、さまざまなプロジェクトの評価に幅広く応用可能な概念となっている。今後、環境プロジェクトをはじめとするさまざまなプロジェクトにおいて、本研究での評価モデルの概念が応用され、プロジェクトの価値がより精緻に評価されることで、民間プロジェクトの守備範囲拡大に繋がることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、事業継続に関わるデフォルトを考慮した事業評価手法を構築したものである。提示されたモデルは、事業キャッシュフローを確率変数として表し、リスク要因の変動による事業のデフォルト、融資側の選択肢としてのプリペイメント、経営側と融資側の合意に基づくリスケジューリングなどの事業リスク発生を想定しつつ、事業への新たな投資機会や撤退機会といった意思決定を事前に行うツールとして有用であると考えられる。モデルの特徴は、事業のキャッシュフローに不確実性を取り入れた上で、それらが相互に関連し合う構造を表現している点にあり、事業の初期投資時点、期間中、満期時点ごとに、以下に示す事由を考慮したキャッシュフローの構造変化を分析することを可能とする。

1)ランダムあるいは債務超過によるデフォルト

2)事業期間中の出資金の減額あるいは引揚げや中断(プリペイメント)

3)事業満期時点での一括返済までの期間延長(リスケジュール)

4)発生時点によって変化するリスク量およびその相関

5)キャッシュフローにリスクを折り込むことによる、無リスク金利を用いた割引評価

本論文には、提示されたモデルの有効性を検証するために、ベトナムとマレーシアにおける実際の木質バイオマス発電事業を事例にしたシミュレーションも含まれる。事例分析では、複数のリスクの相関を考慮した場合の、事業価値の期待値の推移、損益分岐点の変化、リスク変動による感度に関する考察および知見が示されている。

 論文は6章からなり、第1章では、研究の目的と背景及び主要な結論を述べた。第2章では、最近のリスクマネジメントの考え方とリスク評価手法のあり方を示し、本研究の評価モデルの基本概念を説明した。第3章では、温室効果ガス削減効策として注目される木質バイオマス事業の特徴とリスクを述べ、モデルの前提となる新たな事業スキームを提案した。新たなスキームでは、事業継続に関わる重要なリスク・ファクターとして原材料と電力の売電価格の変動性に着目、またデフォルト、プリペイメント、リスケジュールといったイベントを導入し、イベント発生時のリスク対応策も考慮した。更に、環境プロジェクトへの民間参入促進を目指し、公的資金の投入プロセスも盛り込んだ。第4章では、新たな事業スキームをもとにプロジェクト価値の数理モデルを構築した。初めに、事業キャッシュフローをリスクを含むか否かで分類し、リスクを含むキャッシュフローは対数正規分布に従う確率変数とみなして確率微分方程式で評価した。また、複数イベントの発生によるキャッシュフロー構造の変化を表現し、リスクの発生と事業のデフォルトとの因果関係の説明も可能な、事業価値の統合評価モデルを構築した。この統合評価モデルではリスク間の相関も考慮できる。第5章では、ベトナムとマレーシアで計画されているバイオマス発電事業事例を用いて評価モデルの適合性と有意性を検証し、モデルの応用性と柔軟性を示した。また、VaRの概念を導入することにより、事業価値の評価結果を実際に用いられる経営指標で示した。第6章では、本研究のまとめを行い、今後の課題を述べた。

 本研究の最大の貢献は、プリペイメントおよびリスケジュールといった、実際の事業マネジメント手段をオプションとして捉え、事業評価に組み込んで表現した点にある。これは、提示されたモデルが、従来からのDCF法の前提となるシナリオに基づく単なる予想ではなく、事業固有のダイナミクスを表現できる実用的な手法として有用性が高いことを意味する。理論上の貢献は、事業キャッシュフロー自体を確率変数として捉え、リスク要因相互の相関を考慮しながら、無リスク金利による割引の方法を提示した点にある。

 以上より、本論文は、理論的な精緻化および実用的な観点からも価値のある研究と言え、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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