学位論文要旨



No 122793
著者(漢字) 田中,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ケンイチロウ
標題(和) 解析関数に対する関数近似と数値積分の研究
標題(洋)
報告番号 122793
報告番号 甲22793
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第123号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 教授 杉原,正顯
 東京大学 助教授 鈴木,秀幸
 東京大学 講師 大石,泰章
 東京大学 講師 松尾,宇泰
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,実軸を含むある領域上の解析関数に対する,高精度な数値積分公式および関数近似公式の理論的誤差評価の研究について記したものである.このような解析関数を考察対象とすることは,理論的側面および現実的側面のいずれからも適切である.対象とする数値計算法は,Sinc近似とDE変換に基づくものである.Sinc近似は,等間隔の標本点における関数値を用いて対象の関数を近似する補間型の公式であり,適当な減衰条件のもとで,実軸上の近似において高い精度を実現することが知られている.さらに,実軸上における定積分公式もSinc近似から導くことができる.DE変換は,変数変換により対象の関数が前述の減衰条件を満たすようにするという方針に基づいて,もともと高精度定積分公式の設計を目的として高橋・森によって提案されたものである.今日では,Sinc近似とDE変換を組み合わせた方法が数値計算法のあらゆる分野に波及しており,DE-Sinc法と呼ばれている.一方で,DE変換を用いずにSinc近似を修正することによって,やはり高精度を実現している関数近似公式もある.

 本論文では,これらの数値計算法のうち,定積分および不定積分,関数近似に対するDE-Sinc法と,関数近似に対するSinc近似の修正に関して,各々の公式が有効になるための条件を明確化し,その条件のもとでの誤差評価式を導出した.前者のDE-Sinc法に関する議論はStengerの方法に対応しており,より高精度な結果を与えるものである.また,このうち定積分を例にとり,設定した条件が破綻する場合に理論どおりの精度が出ないことを数値実験により観察し,条件の重要性を確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 数値計算の技術が現在の科学技術の基盤をなすことは論をまたない.そして,科学技術計算に現れる関数のほとんどは,実は,複素関数論の対象であるいわゆる解析関数である.しかし,不思議なことに,大多数の数値計算法は実変数関数としての微分可能性に基づいて設計されているため解析関数のもつ良い性質を十分利用しきっておらず,その結果,このような数値計算法の精度は,一般に,演算回数に関して多項式オーダーに留まっている.これに対して,F.Stengerは,信号処理の分野でよく知られたSinc関数による展開を,数値積分法の分野で開発された変数変換の技法と結び付けることによって,解析関数に対する種々の数値計算法を開発した.この数値計算法の精度は,演算回数に関して指数関数オーダーという高精度となる.現在では,この種の数値計算法はSinc法と総称され,複素関数論の数値計算法への応用の成功例として高く評価されている.ここでStengerが考察した変数変換の技法は,いわゆる一重指数関数型変数変換であったが,これは,多項式的な振舞いを超越する関数の中で多項式の直ぐ次に位置するものと理解することができる.一方,わが国には,数値積分の分野における変数変換技法に関する研究の伝統があり,一重指数関数型変数変換のみならず,それ以外の変数変換についても深い研究がなされてきた.特に,1974年,高橋秀俊・森正武によって提案された二重指数関数型変数変換(Double Exponential変換,以下DE変換と略記す)は数値積分における超高精度変数変換としてよく知られていた.この状況を受けて,我が国において,このDE変換をSinc法に組み入れることが検討され,1990年代の後半に,DE-Sinc法と称される数値計算法が提案されるに至った.DE-Sinc法はまだ歴史が浅く,その適用範囲や誤差評価の詳細に関する議論が未だ確立されていないものも多い.また,最近,Sinc法の変種と見なせる高精度公式も提案され,それらについてもその適用範囲や誤差評価の詳細に関する議論が必要とされていた.

 本論文は「解析関数に対する関数近似と数値積分の研究」と題し,定積分および不定積分,関数近似に対するDE-Sinc法と,関数近似に対するSinc近似の修正公式に関して,各々の公式が有効になるための条件を明確化し,その条件のもとで誤差評価式を導出したものである.本論文の手法に共通するのは,関数の解析性を利用し,留数定理により公式の誤差を複素平面上の線積分として書き表し,その積分を評価することによって誤差評価式を導出するというものである.本論文は,第1章「はじめに」および,第2章「数学的準備」,第7章「おわりに」を含めて7章より成り,前半で数値積分が,後半で関数近似が,それぞれ扱われている.

 第3章「DE定積分公式」では,DE定積分公式が有効な関数のクラスを決定する定理が確立されている.先に述べたように,DE定積分公式は,1974年に高橋秀俊・森正武によって提案されたDE変換によって実現される高精度定積分公式であるが,これが有効となる被積分関数の条件を,関数それ自身の直接的な条件として明確にした定理はこれまで確立されていなかった.本論文ではこれらの条件の明確化と,その条件のもとでの誤差評価が行われている.さらに,これらの条件が満たされない場合に理論どおりの精度が出ないことが数値実験により実証されており,条件の重要性が示されている.

 第4章「DE-Sinc法による不定積分公式」では,DE-Sinc法に基づく不定積分公式が有効になる条件が明確にされ,誤差評価式が導出されている.DE-Sinc不定積分公式は,累次積分や畳み込み積分の計算,および積分方程式などへの応用がなされうる高精度公式である.この公式自体はDE-Sinc関数近似の応用であるが,DE-Sinc関数近似を被積分関数だけでなくその不定積分に対しても適用する形になっているため,適用条件は複雑になる可能性が懸念される.しかし実際には通常のDE-Sinc関数近似と全く同じ条件下で誤差評価式が導出されているという点に本章の結果の意義がある.

 第5章「DE-Sinc近似公式」では,関数近似に対するDE-Sinc法という最も基本的なものが扱われている.本章でのDE-Sinc関数近似に対する議論の意義は,DE定積分公式の場合と同様,適用対象に課す条件の明確化と誤差評価である.ただし,DE-Sinc関数近似の場合はこの条件が緩和できる点にさらなる意義がある.

 第6章「Sinc-Gaussサンプリング公式」では,関数近似に対するSinc近似の修正公式の一つである,Sinc-Gaussサンプリング公式の誤差評価が行われている.Sinc-Gaussサンプリング公式は,Sinc関数にGauss核を掛けた急減少な基底関数を導入することによって高い精度を実現したものである.本公式に関しては,複素関数論によらない誤差評価を行った先行研究が存在するが,本論文ではその先行研究よりも広い範囲の関数に対する誤差評価が可能になっている.

 以上を総合するに,本論文は,工学において重要な高精度数値積分公式,高精度近似公式の適用範囲を明確にするとともにその誤差評価を与えたものであり,数理工学,特に数値解析学の分野の発展に大きく寄与するものである.

 よって本論文は,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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