学位論文要旨



No 122798
著者(漢字) 牧野,泰才
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,ヤストシ
標題(和) 二次元信号伝送技術に基づく柔軟体インタフェースの研究
標題(洋)
報告番号 122798
報告番号 甲22798
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第128号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 篠田,裕之
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 伊福部,達
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

 本論文は、"2次元通信"という通信の新しい物理層を提案し、その応用技術を検討するものである。

 近年、センサネットワークという分野に注目が集まっている。センサネットワークとは、同一種あるいは複数種のセンサを多数分散させ、ネットワークを介してそれらセンサ情報を取得するというものである。多様なセンサ情報を組み合わせることで、単一のセンサでは得られない情報を取得できる。また、ネットワーク上で情報を共有することで、認証システムの認識率の向上やデータのセキュリティ向上、あるいは各センサの同期や校正を自動的に行うことが可能となるなど、その応用も広い。

 ネットワークが構成されるサイズも多様である。世界中に張り巡らされたインターネットやGPSシステムを利用してデータを取得、伝送する場合には、ネットワークの構成単位は世界全体にまで拡張され得る。一方、意図した範囲内にセンサを配置し、ネットワークを構築するようなセンサネットワークの場合も、そのセンサ配置の範囲は様々である。数百mに及ぶエリアに散布し、周囲の環境をセンシングするようなアプリケーションを想定したものもある一方、室内の人間の動きを観測するために、床面や壁面に多数のセンサ素子を配置したセンサネットワークも提案されている。

 本論文では、数十cmから十数m範囲の室内にセンサを多数分散させることを考える。このとき、各センサの情報を取得するためのネットワークは、どのように構築するのがもっとも便利であろうか?

 そこでまず、現在利用可能な通信について概観する。現在利用可能な通信は、その情報の伝搬経路に着目すると大きく2種類に分類される。すなわちケーブルを用いて直接配線を行なう1次元の通信と、無線を用いる3次元の通信である。ここで1次元、3次元はそれぞれ情報の伝搬する経路の次元を意味する。これら既存技術を、先述の部屋サイズのネットワーク構築に利用することを考えると、どのような問題が生じるであろうか?

 無線を利用した場合、狭い空間において同時にデータを送受信する必要があり、通信容量の制限により高速通信が望めない。また、個別にバッテリを搭載する必要があるため、バッテリ交換など各センサユニットのメンテナンスに多くの手間がかかってしまう。一方、配線を利用した場合には壁面・床面内が配線で覆われることを厭わなければ、それほどの困難は生じないが、拡張性は低くなる。新しいセンサを追加する場合、新たに配線を用意する必要が生じる。また、断線時にはその線に接続されているセンサがすべて使えなくなってしまう。

 以上を考慮すると、部屋サイズのセンサネットワークにおいて有用と思われるのは、壁面・床面といった2次元平面自体が通信媒体になっていることである。本論文で提案する2次元通信は、これを実現するものであり、部屋内や机上にセンサを多数配置する場合に、もっとも有効である。

 2次元通信を実現するための通信シートは、図に示すように非常に簡単な構造により実現される。2枚の導電層が1枚の誘電体層を挟むという3層構造を持つ。この上下の導電層間に高周波の電界を印加した場合、シート内部を2次元的に伝搬する波動が存在する。この伝搬波動を用いて、シート上に配された通信ノード間で通信を行う。通信シート自体は非常に単純な構造で実現されるため、アルミ箔と紙など非常に安価な素材を利用可能である。また、導電性の布やゴムなど、柔軟性を持った素材を使えば、曲げ伸ばしの可能な柔軟な通信シートも実現される。

 本論文で提案する2次元通信には、以下のような利点が生じる。

 1)情報が2次元面内にのみ局在し外部に漏れず、また外部からの干渉を受けない

2)通信を担う2次元シートに接している通信ノードは、任意の位置に配されたノード間で通信が可能

 3)シートの一部が破損しても、シートが完全に断裂しない限り通信が実現される

 4)通信シートを介して、電力も供給可能

すなわち、1次元のように個別に配線すること無く、多数のセンサ素子を2次元状に配置することが容易になる。また、3次元的にエネルギーを放射する無線とは違い、通信時の消費エネルギーを抑えられるとともに、情報の漏洩、傍受も防ぐことができる。外部に電磁波を漏洩しないため、任意の周波数帯域を使用可能であり、通信容量を大きくとることが出来る。配線と同じように電力の供給も可能となるため、センサアレイを実現した場合、各センサにバッテリを搭載することなく通信が実現可能になる。

 本論文では、2次元通信シートと通信ノードとを接続する際に、電気的な接点を必要としない2種類のコネクタを提案する。1つは、シート表面の任意の位置で通信を可能とする"表面近接コネクタ"である。この手法を用いることで、シート上に配された通信ノードは任意の位置において通信および給電が可能となる。もう1つは、センサ素子をシート内に埋め込むようなアプリケーションに適した"共鳴近接コネクタ"である。電気的な接点を必要としないため、通信シートの柔軟性を保ったまま、センサアレイを実現可能になる。これは、触覚センサなど柔軟性が要求されるアプリケーションにおいて、特に有用であると考えられる。

 表面近接コネクタを実現するための要件の1つは、メッシュ状構造を持った通信シートである。通信シートの導体層の片面がメッシュ状構造を持つ場合、シート上部にはエバネッセント波が染み出す。このとき、メッシュの間隔をシート内部に伝搬する電磁波長に対して十分小さく設定することにより、ほとんどのエネルギーをシート内部に局在させた状態で波動を伝搬させることができる。すなわち、導電体層をメッシュ状にしても、その影響はほとんど現れない。ここで、シート上部に導体を近接させた場合を考える。この場合には、メッシュ状の上部導電体層と、近接させた導体との間に電磁波のエネルギーが流れ込むことが計算により求められる。したがって、このエネルギーを受信することで、シート上部に配置されたコネクタにより信号を受信可能になる。効率よく信号を受信するためのコネクタとして本論文で提案するのは、半波長のサイズを持つ同心円構造のコネクタである。このコネクタを用い、IEEE802.11b/gプロトコルの信号の送受信、およびマイクロ波による給電が実現されることを確認した。

 共鳴近接コネクタを実現するための要件は、螺旋状の構造を持った微小電極である。ここで考えるのはシート内部にセンサ素子を配置し、センサネットワークを構築する場合である。このときには、上下の導電体層にそれぞれコンタクトできるため、電気的な接点を持たない状態でシートに高周波の電界を印加するのはさほど難しくはない。例えば、上下の導電層に対向する部分に電極を配置し、静電結合を用い接続することが可能である。しかし、シートの変形まで考慮した場合、この手法は困難になる。電極と導電体層との距離が変化してしまうために、静電容量が変化してしまい、接続状態が安定しなくなる。これを解消するのが、今回提案する共鳴近接コネクタである。4分の1波長の長さを持つライン状の電極を用いる。ライン端部より高周波の電界を印加すると共振が生じ、電極と導電層とが短絡しているようにみなせる。この条件は電極の長さにのみ依存し、電極と導電層との間の距離、すなわちシートの変形には依存しない。したがって、電気的な接点を持たずに安定した接続が実現される。このライン状の電極を丸めて螺旋状にすることで、コネクタの小型化が実現される。シミュレーションおよび試作システムによる実験により、本手法の有効性を示す。

 今回我々は、上記のような特徴を持つ2次元通信の1つのアプリケーションとして、筋電計測システムを提案する。これは2次元通信用のシートをリストバンド型に実現し、筋電計測用のセンサユニットを配置することで、前腕部の2次元的な筋電分布を計測するシステムである。筋電信号は筋肉上を伝搬する電位変化であり、これを経皮的に観測することで手指の動作を予測可能となる。これにより、手指の動作によるマン・マシンインタフェースとしての利用が期待される。また、どの程度の力で対象を把持しているか等、触力覚情報の取得も可能であり、触覚分野での応用も考えられる。通信シートを柔軟な素材で実現可能であり、またその柔軟性を保ったままでセンサを多数配置可能なため、操作者にとって快適な情報入力インタフェースとなりうる。

 本システムにおいては、2次元通信シートによる給電を用いることで、コモンモードノイズを低減可能なことを示す。すなわち、孤立した電極対により安定に筋電信号を計測可能となる。試作システムによる検証結果を示し、本手法の有効性を明らかにする。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はマイクロ波帯の二次元通信技術を確立し、それを用いて柔軟素材上に多数の微小センサを実装したインタフェースデバイスを提案・試作したものである。二次元通信とは、薄いシート内を無指向伝播する電磁波によって信号を伝送する技術である。媒体面のどこに端末を近接させてもギガビット級の高速通信が可能であり、媒体から端末への電源供給も同時に行うことができる。導電性繊維など柔軟な材料によって構成される通信シートに多数の素子を実装することが可能になり、什器表面での機器接続、壁面や天井における各種センサの接続など、従来の配線技術、無線技術の代替技術として多分野での利用が期待できる。本論文の前半部分でこのような新規技術を開発したのち後半部分で取り組んでいるのは,筋電位の2次元分布を高密度に計測できるサポータ状デバイスの開発である.具体的には,多数の微小筋電計測素子を柔軟素材にアレイ状に実装する。素材の伸縮性を利用して計測用電極を皮膚に密着させ、高密度2次元筋電パターンを検出する。デバイスの実現方法が示されるとともに、ヒューマンインタフェースなど、筋電計測の新しい応用分野が提案されている。このような本論文は以下の6章から構成される。

 第1章の序論においては、現存する信号伝送技術の物理的形態についてその媒体の次元に着目し、特性を整理している。線による従来の配線技術、3次元空間を伝播する電磁波による無線通信技術に対し、二次元通信技術が有利になる接続対象が述べられている。柔軟体に多数のセンサ素子を実装したインタフェースデバイスの有用性が指摘され、そのような柔軟体デバイスの実現のために二次元通信の利用が有効であることが論じられている。

 第2章では、マイクロ波帯二次元通信の基本特性が解析されている。通信層内部の伝播モード、通信層に設けられた開口からの輻射、誘導性表面をもつ通信シート近傍での電磁場、軸対称なコネクタによって達成可能なエネルギ伝送効率の理論限界、シート端面での反射について、理論解析、数値シミュレーション、実験的検証が行われている。二次元通信システム設計に必須となる基本事項が整理されている。

 第3章では、通信層に非接触のまま結合する近接コネクタが提案され、理論解析と試作による実験検証が展開されている。ここで論じられているのは誘導性表面をもつ通信層の外側から近接して結合可能なタイプのコネクタであり、良好な結合が実現されるための近接距離と、通信シートの諸物理パラメータとの関係が明らかにされている。実験試作では、理論限界に近い変換特性をもつコネクタが実現されている。

 第4章では、通信層を構成する2層の導電層のそれぞれに近接して結合する微小コネクタが提案され、検討されている。信号周波数で共振し、通信層-コネクタ間距離が変動しても両者間のインピーダンスを小さい値に保つことができる。電磁波長より著しく小さいコネクタを実現でき、微小なセンサ素子を通信層に埋め込んで実装するのに適することが示されている。

 第5章では、それまでの章で検討された二次元通信技術を利用して、柔軟なサポータ状筋電計測デバイスを提案している。具体的には,多数の微小筋電計測素子を柔軟素材にアレイ状に実装する。素材の伸縮性を利用して計測用電極を皮膚に密着させ、高密度に2次元筋電パターンを検出する。計測素子の実装には第4章で試作された共鳴近接コネクタが利用される。共鳴近接コネクタ用いることで、通信層と通信素子の電気的接続が不要となり、デバイスの柔軟性、丈夫さが得られる。さらに計測素子上の計測回路をフロート状態で駆動できるため、コモンモードノイズの影響を受けにくい筋電計測が可能となり、ノイズ環境下でも安定した計測が可能になることが示されている。実験的検証としては単一の計測素子の動作確認までが行なわれている。

 またこの章では、従来は大掛かりであった筋電計測装置を伸縮性のあるサポータ状デバイスにして装着を容易・快適にすること、皮膚表面で2次元パターンを検出し、位置合わせなく筋電位と筋肉の対応がとれるようにすること、によって筋電の新しい利用分野が開拓されることが指摘されている。特に情報世界とのインタフェースとしての活用、スポーツや技能のスキルおよび身体運動の分析、筋電は実際の動きより早く発生することを利用した危険回避の補助、など具体的な応用例が示されている。

 第6章は結論であり、成果の総括がおこなわれている。

 以上、要するに、本論文はマイクロ波帯二次元通信の基本技術を確立するとともに、その技術を用いて筋電分布を計測する柔軟インタフェースを提案し、その原理を理論的・実験的に検証したものである。前半の二次元通信技術の確立は、通信工学、計測工学をはじめロボティックス、コンピューティング、ユビキタスネットワークなどの諸工学分野に貢献する成果であり、後半の筋電計測インタフェースについても、神経・運動生理学、医療・福祉工学からヒューマンインタフェース工学まで幅広い分野に貢献する成果であると判断される。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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