学位論文要旨



No 122810
著者(漢字) 関根,理敏
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,マサトシ
標題(和) センサネットワークにおける高効率分散型制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 122810
報告番号 甲22810
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第140号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 助教授 松浦,幹太
内容要旨 要旨を表示する

 近年,ユビキタスコンピューティング環境において,ネットワークに接続された多数のセンサが実空間情報を収集することで,さまざまなサービスを実現するセンサネットワークが注目されている.電子デバイスの微細化技術(MEMS)の発展に伴い,温度,光,音などのセンシング機能を持った小型デバイスが,無線リンクで自律分散的にネットワークを構成し,生活空間にコンピュータが遍在することで,木目細やかな実空間情報取得が可能となる.またローカルに存在する無線センサネットワークはインターネットに接続され,家庭やオフィスといった限定された場所だけではなく,都市や自然環境から得られる実空間情報が広域に流通し,ユーザやアプリケーションが必要とする情報をリアルタイムに得ることが想定される.

 本論文では,多種多様な実空間情報を,センサネットワークを介して収集し,それを活用する環境において,ネットワークを適応的かつ自律分散的に制御することで,ネットワークリソースを有効に活用し,効率的に実空間情報を流通させ,さまざまなサービスに活用させるということを目的とする.その技術的課題の解決について,具体的には無線センサネットワークを想定し,長期間のネットワーク稼動や運用コスト削減に必要な低消費電力化に向けたメディアアクセス制御(MAC:Medium Access Control)や,ノード間のアクティブ・スリープのスケジュールにおける同期制御について論じている.またインターネット上でのセンサデータを収集や管理において,特に高頻度なデータの更新を考慮して,適応的にコンテンツを配置する手法に論じている.

 第2章では,実空間情報を収集し,活用するためのセンサネットワークの概要を述べるとともにセンサネットワーク特有の技術的課題や要求事項を明らかにしている.無線センサネットワークでは,技術的課題として,低消費電力化が挙げられる.無線センサネットワークではバッテリやメモリの容量,CPU(Central Processing Unit)の能力などに大きな制約があり,無線リンクで接続されたノードから構成されるセンサネットワークでは,電力の消費を極力抑え,ネットワークをなるべく長期間稼動させることが必要である.特に無線通信における電力消費が大部分を占めるため,メディアアクセス制御によって,通信を行わない間はスリープ状態となる間欠通信を行うことが有効である.また間欠通信におけるオーバヘッドが小さい同期制御も重要となる.さらにインターネット上で多種多様で大量のセンサデータをスケーラブルに収集,管理,また配信を扱うメカニズムも必要となる.特にセンサデータは一般のWWW(World Wide Web)上のコンテンツと比較して,更新頻度が高く,その更新頻度が地理的・時間的によって異なるため,特定のノードに負荷が集中してボトルネックが発生する可能性がある.そのために適応的かつスケーラブルにコンテンツを配置することが重要となる.

 第3章では,トラフィックの高低が時間的・空間的に偏りがあるセンサネットワークのアプリケーションを想定し,トラフィックの発生に応じて自律分散的かつ動的にスロットを割り当てることで,スループットの低下を抑制しつつ,高い消費電力効率を実現する無線メディアアクセス制御について論じている.無線通信では実際にパケットの送受信を行わなくとも,無線インタフェースがアクティブ状態であれば電力を消費するため,一般に通信を行う期間が比較的短いセンサネットワークにおいては,送受信を行わない期間は,極力無線インタフェースはスリープ状態になることが望ましい.センサネットワークでは,通常はトラフィックがほとんどなく,イベント検知,クエリの配信などの際に,一時的にノードがデータの送受信を行う場合がある.また,異なる位置に配置されたノードによってもトラフィックが異なる場合もある.そのため,MACプロトコルの設計の上で,時間的・空間的なトラフィックの相違に対して,柔軟に対応できることが重要であると考えられる.センサネットワークにおける従来のCSMA(Carrier Sense Multiple Access)方式では,キャリアセンスやバックオフが必要となるので,自分に無関係なパケットの送受信を行う場合があり,消費電力を浪費する可能性がある.一方,TDMA(Time Division Multiple Access)方式では,データパケットの送受信は予め割り当てられたスロットに行われるため,CSMA方式と比較して,データパケットの送受信に伴う冗長なアクティブ期間が少なく,消費電力は抑制される.厳密なスロット割り当てによるオーバヘッドの増加やノードによるトラフィックの違いに応じた割り当てが困難という課題がある.提案手法では,データパケットの送受信を行うノードのみがスロット予約を行うことで,制御パケットのオーバヘッドが削減される.さらに各ノードが,スロット予約期間においてアクティブ状態になる期間を,トラフィックの変動に応じて動的に制御する.提案手法をセンサ実機で動作確認を行った上,計算機シミュレーションによる評価の結果,提案手法では,従来手法と比較して,消費電力を抑制しつつ,トラフィックが増加しても,スループットを維持することができることを示している.

 第4章では,間欠通信に適したアクティブ・スリープのスケジュール同期制御について論じている.間欠通信を行うためには送受信ノードがアクティブ状態でなければならないため,間欠通信を行う際にはこのアクティブ・スリープ状態の同期制御が必要となる.この間欠通信における同期制御において,ネットワーク全体で1つの同期を維持する手法は同期制御のオーバヘッドが大きいという問題がある.通常時は同期制御を行わず,通信を行う場合には,送信側が1周期の間受信ノードを起こすための信号を送信し続けることで周囲のノードをアクティブ状態にし,通信を行う方式もある.この方式ではアクティブ・スリープ状態のスケジューリング同期が不要あるが,通信に無関係なノードもアクティブ状態になり,通信を行うたびに同期制御が必要となるため,消費電力を浪費する可能性もある.そこで本研究では,間欠通信における同期制御のオーバヘッドの削減による省電力化を目的とし,送信要求の発生に応じて同期制御を行い,さらにクロックスキューを考慮に入れることで,長期間,同期を維持し,同期制御のオーバヘッドを抑制したオンデマンド型同期制御手法の提案を行う.提案手法では,同期パケットを受信したノードは,その後送信ノードが次にアクティブとなる時間までスリープ状態となることで,無駄な同期パケットを受信することなく消費電力を削減できる.提案手法では,データパケット送信要求が発生した場合のみ同期を取り,その後は定期的な同期パケットの送信は行わない.同期の維持は従来手法の高精度同期方式を基本に行っている.送信側の時刻と受信側の時刻の差を履歴情報として,送信側のクロックスキューを算出することで,送信側と受信側の時刻を同期させる時刻同期プロトコルである.まず,同期の基準となるノードが同期パケットを送信する.このときの同期パケットには基準ノードのパケットの送信時間が記述される.この同期パケットを受信したノードはパケットの受信時間を記憶する.そして送信ノードとの時刻のずれを記憶する.この動作を繰り返すことにより,送信ノードとのタイマのずれの履歴を取得することができる.この履歴情報を直線近似し,その直線の傾きであるクロックスキューを算出することで送信ノードとのタイマのずれを補正することが可能となる.計算機シミュレーション評価により,提案手法では,制御パケットの削減と消費電力の削減できることを示している.

 第5章では,リアルタイムに変動するセンサデータのインターネット上の流通を想定し,構造型ピアツーピア(P2P)ネットワークにおいてデータ登録やクエリ配信における履歴情報の利用やポインタの配置,また適応的なコンテンツ配置により,データの更新や検索における負荷分散を行う手法について論じている.P2Pネットワークでは,効率化,ロバスト性の向上,また負荷分散などの観点から,適切にコンテンツを配置する必要がある.

 センサデータをP2Pネットワーク上でグローバルに共有する場合,センサデータはリアルタイムに変動するため,データ更新におけるオーバヘッドが大きくなることが想定される.しかしながら,従来手法では,主に検索における負荷分散や,オーバヘッドの削減に着目し,データの更新における負荷分散や,オーバヘッドの削減に十分対応しているとはいえない.そこで本章では,連続的な検索範囲を含むレンジクエリに対応した構造型P2Pネットワーク上で,高頻度に更新されるデータを適応的に配置する手法について提案を行っている.提案手法では,ノードが自分の保持するデータを分割して複数のノードに保持させることで,データの更新における負荷分散を行っている.また,データの複製を配置することにより,データ検索における負荷分散を行っている.さらに,データの登録や検索における履歴情報を利用したり,データを提供するノードが,適応的にデータやメタデータの登録や更新を行ったりすることで,データの更新および検索におけるオーバヘッドを削減している.計算機シミュレーションによる評価により,提案手法に有効性を示している.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「センサネットワークにおける高効率分散型制御に関する研究」と題し、実空間における多様な情報をセンサネットワークを用いて効率的に収集すると共に、得られた情報を適応的に配置することにより効率的に流通させるための技術的課題について検討を行ったものであり、全六章から構成されている。

 第一章は「序論」であり、本論文において対象とするセンサネットワークの開発の歴史と応用分野について概観を行い、本論文の研究の意義について整理を行っている。

 第二章は「実空間情報の収集と活用に向けたセンサネットワークの展開」と題し、既存のセンサネットワーク研究の事例を紹介しながら、センサネットワークからの情報収集とこれに基づくコンテキストアウェアサービスのあり方について論じている。また、センサネットワーク技術の実用化に向けた諸課題について検討し、ノードにおける消費電力の削減が技術的に解決すべき最も重要な課題であることを述べている。

 第三章は「適応的スロット予約による低消費電力メディアアクセス制御」と題し、マルチホップ無線センサネットワークに適したMACプロトコルの提案を行っている。まず既存のMACプロトコルにおいては、CSMA方式ではキャリアセンスやバックオフが必要となり、自己ノードに無関係なパケットの送受信を行う場合があるため、冗長なアクティブ期間が増加する傾向があり、低消費電力化に限界があることを示している。一方TDMA方式では、スロット割り当てのための制御パケットの送受信が必要となるために、低トラヒック時に制御オーバーヘッドが大きくなり、低消費電力化に限界があることを示している。次に、これら既存の方式を克服した、データパケットが発生したときのみにスロット予約のための制御パケットを送信するTDMA方式に基づくMACプロトコルの提案を行っている。本方式は、タイムスロットが割り当てられた期間のみノードがアクティブになると共に、スロット予約期間もトラヒックに応じて適応的に制御することによって低消費電力化を図っている。次に、シミュレーションによって提案手法の性能評価を行い、既存手法であるSMAC、TRAMAに比べ、低消費電力であること、パケット送達率、遅延、スループット、等についても既存手法と同程度であること、トラヒックに偏りがある場合でも特性の劣化が生じないことを示し、提案手法の有効性を解明している。更に、提案手法をMICA Mote上に実装しその動作確認を行っている。

 第四章は「間欠型通信適応型同期制御」と題し、センサネットワークのトラヒックが局所的・間欠的である場合に、低消費電力化に有効なオンデマンド型同期手法の提案を行っている。本手法は、グローバルな同期を取らないことによってノードの追加や離脱があった場合にも容易に同期を維持することが可能な画期的な方式である。また、提案手法の有効性の検証のため、シミュレーションにより提案手法の性能評価を行い、従来手法に比べ、低トラヒック時には20%、高トラヒック時においても10%の消費電力が削減出来ることを示している。

 第五章は「P2Pネットワークにおける適応的センサデータ配置法」と題し、センサデータを効率的に流通させるためにP2Pネットワークを用いてリアルタイムに変動するデータを適応的に配置する手法を提案している。提案手法においては、複製データを適切に配置すること、及びメタデータを動的に配置することによりデータ検索時だけではなく、データの更新時においても負荷分散および登録コストを低減化が行われる所にその特長がある。また、あわせてシミュレーションによって提案手法の有効性を明らかにしている。

 第六章は「結論」であり、論文の成果と今後の展開をまとめている。

 以上これを要するに、本論文は、実空間における様々な情報を収集するための無線センサネットワークの低消費電力化を狙ったMACプロトコル及び同期手法を提案すると共に、得られたデータをP2Pネットワークを用いて効率的に流通させる手法を解明したものであって、電子情報学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25867