学位論文要旨



No 122818
著者(漢字) 大村,吉幸
著者(英字)
著者(カナ) オオムラ,ヨシユキ
標題(和) ヒューマノイドロボットの全身接触行動実現法
標題(洋)
報告番号 122818
報告番号 甲22818
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第148号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 講師 水内,郁夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「ヒューマノイドロボットの全身接触行動実現法」と題し,ヒューマノイドロボットが身体の任意の部位での環境や物体との接触を前提とし,その接触状態を直接検知する全身分布触覚センサを活用した動作制御を行うことにより,行動能力の多様化および向上を図ることを目的とする.これは,ヒューマノイドロボットの生活空間における介護サービスや重量物操作を実現するための基盤となることを想定したものである.全身接触行動の前提となる全身分布触覚センサの構成法を示し,動作に応じて得られる接触状態の変化を分布触覚センサによって直接検知することで動作制御を行い, ヒューマノイドロボットの行動能力の向上を実現することで,全身接触行動の有効性を実証している.

1. 序論

 近年, 一般家庭における雑事や介護サービスなどの分野でロボットの実用化のニーズが高まっている. 人間の生活環境で共存するロボットの形態として, 身体形状の類似しているヒューマノイドは, 最も有効と考えられている. そのため, 近年ヒューマノイドロボットの研究が盛んに行なわれている.

 ヒューマノイドロボットの研究は, ZMP規範のバランス制御と固定マニピュレータ理論を基本として発展した. ZMP規範のバランス制御や固定マニピュレータ理論では, ロボットの身体を, 大きさや形状を無視したリンクと関節からなるモデルで抽象化する. そして,環境から受ける外力を6次元のベクトルデータと抽象化し, 外力の働く位置は無視する. これにより, 接触部位の変化が生じないような全身動作の生成法が実現でき, 歩行動作などいくつかの動作が確立されつつある.

 しかし, それらは, 環境と身体との接触を制限しており, 接触部位が同一リンク内で変化することは考慮に入れていない. 従来実現されてきたヒューマノイドの「実用的なタスク」が, 手先を用いたものに限られている理由は, 力制御に必要な6次元の力情報をエンドリンクでしか得ることができないことと, 接触部位の変化を無視してきたことによると考える.

 本研究の目的は, ヒューマノイドが身体の任意の部位での環境や物体との接触を前提とし, その接触状態を直接検知する全身分布触覚センサを活用した動作制御を行なうことにより, 行動能力の多様化および向上を図ることである.

 本論文では, 環境との自由な接触を可能とする柔軟触覚皮膚の実現法を明らかにした. 接触対象を接触によって幾何を変化させる操作物体と変化させない不変物体に分類し, それぞれについて全身接触行動の実現法を明らかにし, いくつかの適用例を実現することで, その有効性を示した. これらによって, ヒューマノイドの全身接触行動の体系を確立した.

2. ヒューマノイドの全身接触行動

 ヒューマノイドの全身接触行動を, 「全身接触可能なヒューマノイドによる接触状態の変化を伴う行動」と定義する. 全身接触可能なヒューマノイドシステムとは, 柔軟な皮膚と丸みを帯びた身体に分布触覚センサを有するヒューマノイドのことである. 身体の任意の部位で環境や物体と接触するためには, 安全性, 故障耐性の観点から, 柔軟皮膚および曲面形状は必須である. また, その接触状態を直接検知し動作に利用するための全身分布触覚センサも要求される.

 全身接触行動の意義は, 1)モーメントアームの短縮, 2)環境・物体との接触面積の増加, 3)バランス性能の向上, 4)運動能力の向上, 5)未知環境下の行動が挙げられる. これらの特徴により, 従来不可能であった動作が可能となったり, 重量物の操作が可能となる.

 全身接触行動は, 接触対象に応じて2種類に分類できる. 目的とする行動を実現するために, その位置・姿勢・形状を変化させる物体と不変な物体である. 前者を操作物体, 後者を不変物体と定義する. 多くの接触行動で不変物体との接触を含むため, 不変物体との接触行動が基本となる. 一方, 操作物体を含む場合は, 制御すべき自由度や検知すべき情報が多くなるために複雑である. そこで両者を分けて扱う.

3. 全身触覚センサシステム構成法

 全身接触可能なヒューマノイドシステムを実現するためには, 全身分布触覚センサが不可欠であるが, 従来提案されてきた触覚センサはヒューマノイドの全身に実装するためには実用的でなかった. 接触状態検知のための分布触覚センサ実現には, 曲面適応, 大面積, 柔軟性, 高ダイナミックレンジ, 応答速度, 耐荷重などの課題がある. さらに, 触覚センサが運動を妨げないために, 薄く軽量であることも要求される. また, 実装にかかる労力が少なくメンテナンス性が高いことも要求される.

 触覚センサの新しい実装法を提案・実現し,ヒューマノイドロボットの全身触覚センサ構成法を確立した.複数の触覚センサエレメントと通信機能をフレキシブル基板上に実現し, さまざまなシステムに適用可能なモジュールを作成する. モジュールは, 曲面適応機能, 領域調整機能, 密度調整機能, 感度調整機能を持ち, さまざまな曲率・形状・サイズを持つシステムに実装可能である. 曲面適応機能および密度調整機能は,すべてのエレメントを個別に位置調整可能とすることで実現でき,領域調整機能はモジュール間の結合機能とエレメントを個別に切り取り可能とすることで実現できる.感度調整機能は,光拡散方式の小型触覚センサにより実現した.

 モジュール間結合機能, エレメント位置調整機能, エレメント切り取り機能を有する触覚センサモジュールをつなげたり, 切ったり, 折り曲げながら, 任意のシステムに触覚を実装する方法を「触覚センサの切り貼り実装」と名付ける.

 触覚センサの切り貼り実装により, 大きさの2倍異なる2体のヒューマノイドに柔軟な触覚皮膚を実装することが可能となった. また, 動画像で高い認識率が得られているCHLAC特徴を用いたパターン認識により, 複雑なパターンに対して高い認識率が得られることから, 再現性や時空間分解能の高い分布触覚センサシステムであることが示された. この分布触覚センサシステムを用いて全身接触行動の実現を行なう.

4. 不変物体との間の全身接触行動

 不変物体との接触行動は, 1)不変物体の幾何情報の獲得, 2)目的とする接触状態の決定, 3)接触状態の遷移という3つの手順からなる. 本論文では, 目的とする接触状態の決定, およびそれに必要なプランニングの問題は扱わず, 接触状態の遷移について扱った.

 接触状態の遷移には, 1)不連続的な接触状態の変化, 2)連続的な接触状態の変化が存在し, 一般的にはそれらを組み合わせることで接触行動を実現することができる. 接触状態の遷移を検知することで接触行動を終了する. 接触状態の遷移は, 完全にモデル化された環境における精確な身体形状のモデルを持つロボットの場合には完全に予測可能であるが, それを実現することは困難である. そのため, 接触状態を直接検知することで遷移の完了を検知することが不可欠である.

 不変物体との不連続な接触状態の変化において, 新たな接触を検知した場合には動作の切替えが必要となる. 新たな接触によって, リンク構造が変化し拘束条件が変化するため, 可能な動作が変化するからである. 新たな接触の検知によって動作を停止することで, 環境との多様な接触行動が可能となる. 本論文では, 着席行動, 壁に寄りかかる行動を実現した.

 さらに,連続的な接触状態の変化と不連続な接触状態の変化の両方が生じる全身接触行動の例として動的起き上がり行動を扱う.起き上がりにおいて, 足裏着地後に重心を持ち上げ不安定平衡点に達するための角運動量を得るために,連続的な接触状態の変化である転がりが必要となる. 転がり拘束はノンホロノミックであるため, いくつかの動作の切替えが必要となる. 本研究では, 必要な動作の切替えを全身分布触覚センサの情報とジャイロの情報に基づいて行なうことで起き上がり行動を実現した.

5. 操作物体を含む全身接触行動

 操作物体との接触行動は, 1)操作物体の切りだし, 2)操作物体の状態検知, 3)操作物体の操作という3つの手順からなる. 操作物体の切りだしは, 物体を操作物体と不変物体に分け, 操作物体の幾何情報と不変物体の幾何情報を分離して認識することである. 一般的には, 操作物体や不変物体に関して, さまざまなモダリティーの特徴を統合し, 抽象化したものとして記憶されるべきである. この問題は, 一般的な認識の問題を含むために本論文では扱わなかった. 操作物体や不変物体に関して前提条件をロボットに与えた上で, 未知の状態を検知する. 検知すべき状態には, 操作物体の位置・姿勢・形状などの幾何情報と重量などの力学情報がある. 操作物体の状態の検知を行ない, その情報に基づいて動作を生成することで操作物体との接触行動を行なう.

 接触部位情報と運動学計算により物体の位置や形状などの幾何情報を得ることができる. 全身分布触覚によって, 環境と接触する部位が制限されないため探り動作が容易となる.

 また, 全身分布触覚センサによって得られる接触状態と関節トルクおよび姿勢角情報を用いて, 関節トルクと外力との間のヤコビアンから外力の推定を行なうことで力学情報を得ることができる. 未知変数である外力の次元を減らすために接触状態を直接検知することが重要である.

 全身接触行動を有効に利用することで重量物の操作が可能となる. 環境に密着することでバランス性を上げることで, 重さ66[kg]の救助訓練人形を身長155[cm], 体重70[kg]の等身大ヒューマノイドにより机上で移動することが可能となった. また, 幾何情報を探り動作によって取得し, 身体に物体を近付けモーメントアームを短縮し, さらに環境との密着によってバランス性を向上することで, 重さ32[kg]の重量物を操作し, 持ち上げることが可能となった.

6. 結論

 ヒューマノイドが任意の身体部位で環境や物体との接触を可能とし,全身に実装された分布触覚センサにより直接検知できる接触状態を利用した行動制御により,行動能力を向上可能であることを示した.触覚センサの切り貼り実装法により,ヒューマノイドロボットの全身の曲面に触覚センサを実装する方法を確立した.分布触覚センサによって接触状態を直接検知することで,未知環境下での幾何情報を取得し運動制御に利用することで,全身接触行動を実現し,その有効性を示した.

 展望として介護動作などの応用が考えられる. 介護動作では, 能動的に動く柔軟大重量リンク系を扱わなければならない. さまざまなセンサ情報を駆使して, 操作物体の位置・姿勢・形状などの状態の変化を検知し, 動作を生成する方法を確立する必要がある. このためには,全身の接触分布を利用することが不可欠であるが,それだけでなく,視覚などの遠隔受容器との統合が不可欠である.これらによって接触状態の変化を予測しプランニングすることで,ヒューマノイドロボットの知能化・実用化へつながると考えられ,本研究は,それらの基盤に位置づけることができる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ヒューマノイドロボットの全身接触行動実現法」と題し,6章からなっている.本論文ではヒューマノイドロボットが身体の任意の部位での環境や物体との接触を前提とし,その接触状態を直接検知する全身分布触覚センサを活用した動作制御を行うことにより,行動能力の多様化および向上を図ることを目的としている.これは,ヒューマノイドロボットの生活空間における介護サービスや重量物操作を実現するための基盤となることを想定したものである.全身接触行動の前提となる全身分布触覚センサの構成法を示し,動作に応じて得られる接触状態の変化を分布触覚センサによって直接検知することで動作制御を行い,ヒューマノイドロボットの行動能力の向上を実現することで,全身接触行動の有効性を実証している.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,論文の構成について述べている.

 第2章「ヒューマノイドロボットの全身接触行動」では,全身接触行動を「全身接触可能なヒューマノイドによる接触状態の変化を伴う行動」と定義し,その意義として1)モーメントアームの短縮,2)環境・物体との接触面積の増加,3)バランス性能の向上,4)運動能力の向上,5)未知環境下の行動を挙げた.さらに全身接触行動の実現について議論し,接触状態を直接検知するための全身分布触覚センサが必要であることを説いた.そして,全身接触行動を実現するために,接触対象を不変物体と操作物体の2種類に分類し,それぞれに対して接触行動の実現法を示した.

 第3章「全身分布触覚センサシステム構成法」では,運動制御に利用可能で,運動の妨げとはならない全身分布触覚センサの構成法を示した.触覚センサエレメントと通信機能を組み合わせ,1)曲面適応機能,2)領域調整機能,3)密度調整機能,4)感度調整機能を有する触覚センサのモジュール化を行うことで,さまざまなサイズや曲率の異なる曲面への触覚センサの実装が可能となる.大きさの2倍異なるヒューマノイドに適用可能なことから実装方法の有効性を示し,全身分布触覚の構成法を確立した.

 第4章「不変物体との間の全身接触行動」では,第3章で実現した全身接触可能なヒューマノイドロボットを用いて不変物体との全身接触行動を実現する.不変物体とは,目的とする行動を実現するために,その位置・姿勢・形状が不変な物体である.不変物体との接触行動は,1)不変物体の幾何情報の獲得,2)目的とする接触状態の決定,3)接触状態の遷移という3つの手順からなる.本論文では,連続的な接触状態の遷移および不連続な接触状態の遷移に基づく接触状態の変化を触覚センサにより検知し,精確な環境や身体に関する幾何モデルを持たない条件で,全身接触行動を実現した.接触状態の不連続な変化を伴う行動は,ZMP規範の動作生成によって関節駆動を決定し,全身分布触覚による接触の検知によって動作の切り替えを行うことで実現され,着席行動や壁へのさまざまな寄りかかり行動が実現された.

 第5章「操作物体を含む全身接触行動」では,第3章で実現した全身接触可能なヒューマノイドロボットを用いて,4章で扱った不変物体だけでなく,操作物体との接触を含む場合の全身接触行動を実現する.操作物体とは,目的とする行動を実現するために,その位置・姿勢・形状が変化する物体である.操作物体との接触行動は,1)操作物体の切り出し,2)操作物体の状態検知,3)操作物体の操作という3つの手順からなる.操作物体の状態は,幾何情報と力学情報からなり,前者については全身分布触覚センサから得られる接触部位情報と運動学情報とから得ることができ,後者については接触部位情報と動力学情報および関節トルク情報によって計算することができる.これらの状態検知によって動作の切り替えを行うことで操作物体の操作が実現される.環境に密着しバランス性能を向上させることで重さ66[kg]の救助訓練人形を身長155[cm]体重70[kg]の等身大ヒューマノイドにより机上で移動することが可能となった.さらに,全身接触行動の意義であるモーメントアームの短縮,未知環境情報の取得によって,重さ32[kg]の箱を操作し持ち上げることが可能となった.

 第6章「結論」では,本論文の結論としてこれまで各章で述べた内容を総括した.本論文では,従来限定されていたヒューマノイドロボットの接触を,全身の任意の部位で行うことで行動能力の向上を実現した.ヒューマノイドロボットの全身の接触状態を直接検知する全身分布触覚センサの構成法を確立し,この情報を全身接触行動の実現に利用した.また,ヒューマノイドロボットの全身接触行動実現法の展望について記した.展望として,ベッド上での介護サービスを挙げ,これを実現するためには,視覚などの遠隔受容器との統合によって豊富な幾何情報を得ることで全身接触行動を高度化することが重要と述べた.

 以上要するに,本論文はヒューマノイドロボットが,身体の任意の部位での接触を前提とし,全身に動作制御に適した全身分布触覚センサを実装し,接触状態を直接検知し動作制御を行う全身接触行動を提案し,その実現法および有効性を等身大ヒューマノイドロボットにおける適用を通じて実証したものである.ヒューマノイドロボットの全身接触行動は生活空間でのロボットの実用化へ向けて意義深いものであり,本論文はその実現法を示すことで知能機械情報学の発展に貢献したものである.

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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