学位論文要旨



No 122820
著者(漢字) 徳田,淳一
著者(英字)
著者(カナ) トクダ,ジュンイチ
標題(和) 術中磁気共鳴画像による臓器運動の可視化に関する研究
標題(洋)
報告番号 122820
報告番号 甲22820
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第150号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 神崎,亮平
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 青木,茂樹
 東京大学 助教授 正宗,賢
 東京大学 助教授 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

背景

 近年,手術室に磁気共鳴診断画像(MRI)装置を導入し,患部の状態をスクリーン上の画像で確認しながら最小限の切開で外科手術を行う「MRI誘導手術」の臨床研究が行われている.MRIは(1)高コントラストな軟組織の2次元または3次元の形態画像によって術中の正確な腫瘍位置の特定が可能,(2)放射線を用いないため患者・医療従事者双方にとって被曝の心配がない,(3)解剖学的な情報のみならず,温度変化や生理学的な情報の取得も可能であり,治療経過や効果の確認に極めて有用な情報を提供できる,といった利点がある.最近では,術者の手による腫瘍の切除や穿刺による治療に加え,MRI対応の穿刺マニピュレータや収束超音波照射デバイスによる治療も実用化され,高精度な画像情報が治療に直接反映される環境が整備されつつある.

 しかしMRIは本質的に撮像時間のかかる画像法であり,呼吸や拍動に伴う臓器運動が存在する場合,動きに画像が追従できない上,動きによるアーチファクトが画像の観察を困難にする.そこで本研究では術中MRIによる,新しい臓器運動の可視化法を提案する.手術誘導のための臓器運動の可視化は,(1)リアルタイムな情報の提供と(2)変形等を含めた高度な運動情報の提供の両面からのアプローチが必要となる.(1)については他の高速な画像法との組み合わせる方法があるが,放射線被曝や複数の機器の使用による画像統合の複雑化が問題になる.また(2)についてはMRIによる4次元撮像があるが,撮像の効率や撮像の時間分解能で現時点では手術誘導には適していない.そこで本研究では,(1)に対してMRIによるリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーション,(2)に対して新しい4次元撮像法を提案する.将来的には,これらを統合することによってリアルタイムかつ高度な臓器運動の可視化の実現をめざす(Fig.1).これにより治療デバイスを臓器運動に追従させる臓器運動補償が可能となり,MRI誘導による手術の精度の向上と対象領域の拡大が期待される.

方法

1.MRIによるリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーション

 本手法では,情報量を1次元ないしは2次元の並進移動情報のみに限定することによって,取得するデータの実時間性を追求するものである.MRIは画像を得るために数十〜数百ms間隔で100〜200回の信号取得を繰り返す必要があり,撮像に時間がかかっているが,ナビゲータ・エコーとよばれる位置変化検出用の信号を取得することにより,1回の信号取得で撮像対象の平行移動量を測定することができる.本研究ではナビゲータ・エコーの取得と撮像を同時に行い,リアルタイムで臓器移動の測定を行うと同時に,撮像結果を臓器移動量の情報に基づいて補正し(レジストレーション),臓器の動きを画像上で忠実に再現するシステムを開発した.開発したシステムを評価するため,ファントムによる精度・リアルタイム性評価と,健常ボランティアを対象とした,臨床条件下での精度検証を行った.

2.4次元MRI撮像法

 呼吸に伴う繰り返しの臓器運動を1周期分の3次元動画画像(4次元画像)として画像化する手法として、4次元MRI撮像法Adaptive 4D Scanを開発した.本手法では撮像中に被験者の呼吸を計測し,呼吸の位相に基づいて位相エンコーディングとスライス選択位置のパラメータを動的に変更しながら信号取得を行う.呼吸計測値の変化範囲はあらかじめNφ個の領域に分割され,呼吸計測値に応じて信号データを振り分ける.振り分けられた信号にそれぞれ3次元再構成処理されてNφ個の3次元画像が生成され,4次元画像を得る.呼吸計測にはナビゲータ・エコーを用いた.

本研究では臨床用MRI装置に本手法を実装し,肝臓を対象領域とした手術誘導への応用を想定して,ファントム・ボランティアの撮像実験および手術臨床中の患者の撮像による臨床適応性の評価を行った.ファントムによる評価実験では,提案手法による撮像の撮像時間や画質が呼吸運動のパターンに大きく依存することから,麻酔器のベンチレータによって駆動される呼吸モデルファントムを作成して実験を行った.画像の評価は定性的・定量的な画質の評価と,画像上のファントムの位置の精度評価で,(a)撮像方向と動き方向の関係の違いによる比較,(b)時間解像度Nφの違いによる比較,(c)呼吸位相の分割法の違いによる比較,(d)呼吸運動の周期の違いによる比較を行った.一方ボランティア・臨床撮像実験では,肝臓を撮像し,得られた画像の定性的な評価を行った.

結果

1.MRIによるリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーション

 ファントム実験では,臨床用MRI装置を用いてファントムの2次元のトラッキング及び撮像を行った.同時に評価基準としてビデオカメラでのファントムの撮影を行い,各フレームでのファントムの位置から,評価基準としてのファントムの移動量のデータを取得した.トラッキングのフレームレートは一方向あたり2.5fpsで,トラッキングの誤差のroot mean square(RMS)は35cmのFOVに対して2.0mmであった.またファントムの動きがトラッキング結果に反映されるまでの遅延は100msであった.ボランティアの評価実験では,ランダムな呼吸位相での息止めを行い,通常の2次元画像撮像と提案手法による肝臓のシフト量の計測を行った.得られた2次元画像から肝臓のシフト量を求めてトラッキングの評価基準とした.その結果誤差のRMSは1.1mmという結果を得た.

2.4次元MRI撮像法

 (a)の撮像方向の違いによる比較では,周波数エンコーディングの方向とファントムの動き方向の関係が画質へ大きく影響し,両者が同方向になるように設定された際に画像のノイズが最も小さかった.ナビゲータ・エコーの取得断面が異なる場合,ナビゲータ・エコー取得による残存磁化の影響が見られた.(b)の時間解像度の違いによる比較では,時間解像度の向上による画質・画像位置精度の向上は限界があり,Nφ=6より大きなNφを設定する意味はあまりない.撮像時間はNφにほぼ比例しNφ=6で22分であった.(c)の呼吸位相分割方法の比較では,(i)各呼吸信号区間を等分割にした場合と,(ii)各区間での呼吸信号計測値の出現度数が等しくなるように分割した場合の2通りについて比較を行った.両者とも画質についてはそれほど大きな差がなく,位置精度は誤差のRMSが(i)1.8mm,(ii)1.7mmであった.撮像時間は大きな違いが見られ,(i)の22分に対して(ii)では10分であった.(d)の呼吸周期の比較では,呼吸周期が短くなるほど画質は落ちるが,T=3.0秒までは実用的な画質を保っており,自発呼吸での患者の撮像において呼吸周期にある程度の幅があっても対応可能であることが示された.ボランティアの撮像では5人のボランティアについて撮像を行った.結果をFig.2に示す.また臨床撮像は肝腫瘍のマイクロ波凝固の臨床時に全身麻酔下で行われ,10分30秒で4次元画像を取得し,腫瘍の動きを描出できることを確認した.

考察

 ナビゲータ・エコーを用いたリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーションにより,画像よりも高いフレームレートと短い遅延で動きの情報を提供できることが示された.ナビゲータ・エコーはこれまで撮像後の画像補整のための動き情報の取得や,呼吸同期のタイミング決定に用いられていたが,臓器の動きそのものを数値として活用するのは本研究が最初である.画像による術中の臓器運動の追従では,よりフレームレートの高い超音波画像を利用した手法等があるが,MRI誘導手術の場合本手法は特殊なデバイス等を追加する必要がなく,実用性の高い手法といえる.

 4次元撮像法では肝臓の呼吸に伴う臓器運動を1.9mm程度の精度で視覚化できることを示した.4次元画像の時間分解能は原理的には任意に設定可能だが,撮像時間の延長を招く上,現実には画像の質や画像の位置精度はある程度時間分解能で頭打ちになる.実験結果より,一定程度より大きな時間解像度を設定しても撮像時間の延長を招くだけで画質や位置精度向上はみられない.高速イメージングによる2次元撮像と撮像後の後処理による4次元画像撮像が提案されているが,信号取得の効率や低磁場装置への対応を考えると本研究の提案手法のほうが有利だと言える.

 将来の展望としては,4次元撮像で得られた患部の4次元画像データを,術中のリアルタイムトラッキングによって実際の患部の動きに同期させ,収束超音波手術などの際の臓器運動補償の制御での活用が考えられる.4次元画像と患部の同期は,臓器運動が再現性のある運動の繰り返しであることを前提としているが,こういった治療は患部に対する力学的な力の作用は小さく,治療対象部位の変形が最小限に抑えられるため,実用化が期待される.

結論

 本論文は,MRI誘導下で動く臓器に対する手術誘導を提供する手法として,「リアルタイム臓器トラッキング」および「4次元撮像法」を開発し,これらと治療デバイス技術の統合による臓器運動補償による手術誘導を提案した.リアルタイム臓器トラッキングでは,肝臓の2次元の運動を十分なリアルタイム性と精度をもって可視化することができ,また4次元撮像法によって十分な画質と精度にて肝臓の詳細な臓器運動を可視化できることを示した.これらの結果を踏まえ,MRI装置を呼吸に伴って動く臓器を対象とした手術の誘導に用いることの有効性,予想される精度を明らかにした.

Fig.1 MRI-guided surgery based on real-time organ tracking using MR and 4D MR imaging. In this approach, 4D image capturing one cycle of organ motion is acquired just before the operation. The organ is tracked in real-time during operation, and pre-operative 4D image is synchronized with the motion of the organ based on the tracking information.

Fig.2 Part of 4D sagittal liver image of a volunteer (left) and a surface models in different respiratory phase generated from the 4D image (right).

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目「術中磁気共鳴画像による臓器運動の可視化に関する研究」の学位論文は、磁気共鳴画像(MRI)装置による手術誘導において、従来では不可能であった臓器運動の情報を可視化する手法を提案した論文である。本研究の成果として(1)MRIによる臓器トラッキング/レジストレーションと実時間での臓器の平行移動情報の提示、及び(2)4次元MRI撮像法による複雑な臓器運動情報の提示が実現され、評価実験やボランティア,手術中の患者の撮像実験を通して,患者の呼吸によって臓器運動が生じる部位での、MRIによる手術誘導の可能性・有用性を示した.

 本論文は6章からなる。第1章ではMRI誘導手術の現状や問題点について述べており、特に術中の患者の呼吸に伴う臓器運動が手術誘導の誤差の大きな要因になっている問題を取り上げ、MRIによる臓器運動可視化の必要性を明確にしている。第2章では本研究の目的としてリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーションおよび4次元撮像法の開発および評価と、これらの結果に基づく術中の臓器運動可視化の可能性・有用性の検証を挙げている。第3章ではリアルタイム臓器トラッキング/レジストレーションの原理、臨床用MRI装置への実装、およびファントムとボランティアの肝臓の撮像による精度評価実験とその結果について述べている。第4章では4次元撮像法「Adaptive 4D Scan法」の原理、臨床用MRI装置への実装について解説し、呼吸モデルファントムの撮像による画質・精度の定量的な評価、ボランティア撮像による撮像条件の評価、さらに手術臨床中の患者の撮像による肝腫瘍の動きの可視化の実験を行っている。第5章では第3、4章の実験結果の検証と、本研究で提案した手法を臨床応用するための技術的課題等について述べ、これに基づいて第6章で結論を述べている。

 MRI手術誘導では撮像フレームレートの制約により、呼吸による臓器運動の情報を可視化することができず、高精度な画像を手術誘導に充分活用できていなかった。この問題に関して、従来、超音波やX線透視画像の併用が提案されてきたが、複数の撮像機器の統合や放射線被曝などに問題がある。本研究はMRIのみによる臓器運動の可視化をめざすため、問題を(1)実時間性の向上(2)変形等を含めた情報の高次元化の2点に絞り、それぞれに特化した技術を開発して最終的にこれらを統合することによって、臨床において実用性の高い臓器運動の可視化手法を提案している。

 (1)に対してはナビゲータ・エコーと呼ばれる位置検出用の磁気共鳴信号を取得することにより、画像撮像の64〜128倍のフレームレートで臓器運動情報を取得し、この情報を手術ナビゲーションソフトウェアに取り込んで術前診断画像の位置あわせ(レジストレーション)を行うことにより臓器運動をリアルタイムに可視化するシステムを開発した。開発したシステムは手術用MRI装置に組み込まれ、最高で27fpsのフレームレート、遅延137msで臓器の平行移動トラッキングを可能にし、その際の位置検出誤差は1.4mmという結果を得ている。従来、MRI装置単体では秒単位での画像取得しかできなかったことを考慮すると、この結果はMRI誘導手術における臓器運動可視化における大きな進歩だといえる。

 (2)については、撮像中の呼吸モニタリングに基づくMRIパルスシーケンスの動的制御を行い、取得された磁気共鳴信号を適切な画像フレームに振り分けることによって呼吸1周期分の4次元画像を得る「Adaptive 4D Scan法」を提案し、臨床用MRI装置に実装した。この手法は撮像結果が呼吸パターンに依存することを考慮し、本研究では呼吸をモデル化したファントムを作成して画像の精度、画質、撮像時間の評価を行っており、ファントムの動きを1.9mmの精度、4〜10フレームで画像化できることを示した。さらに提案手法を用いてボランティアの肝臓撮像を行い、撮像の際のパラメータ設定やエンコーディング方向等の最適な条件を求めた。これに基づいて手術中の全身麻酔下の患者の撮像を行い、肝腫瘍の動きを画像で観察できることを示した。

 考察として、トラッキング情報に基づいて4次元画像を患者の臓器運動に同期させ、リアルタイムに臓器運動情報を提示するシステムを提案している。本研究での実験結果から、4次元画像のフレーム数とスライス厚が精度上の制約になる点を指摘し、今後の課題として4次元画像のフレーム補間、3次元エンコーディングによる4次元撮像法の開発を挙げている。また臓器運動提示によって収束超音波やマイクロ波等の照射による癌治療を行う際の臓器運動補償への応用が期待されることを述べている。

 以上のように、本論文では、従来MRIでは不可能とされた臓器運動のリアルタイムの可視化手法を提案している。提案手法は評価実験を通してその実現可能性と有用性が示されており、MRI誘導による低侵襲手術の可能性を広げていくことが期待される。

 なお、本研究は滋賀医科大学 森川茂廣助教授、GE横河メディカルシステム株式会社、東京大学 土肥健純教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、評価を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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