学位論文要旨



No 122823
著者(漢字) 山下,紘正
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヒロマサ
標題(和) リンク・ワイヤ駆動方式による細径屈曲機構を用いた内視鏡下手術用鉗子マニピュレータに関する研究
標題(洋)
報告番号 122823
報告番号 甲22823
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第153号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 正宗,賢
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

 内視鏡下手術は従来の開腹下手術と比べ低侵襲であるが,術具の低自由度性のために経験や技術が必要とされる難易度の高い手術でもある.そこで術具先端に多自由度化や多機能化を施し,患部へのアプローチをより自由に行なえる細径のマニピュレータが求められている.多自由度化の実現にはワイヤ駆動やリンク駆動が用いられることが多い.ワイヤ駆動はワイヤロープの細さから細径化や多チャンネル化に適するが,ワイヤ自身の伸びや破断という耐久性の問題がある.一方リンク駆動は剛体のリンクを用いることで高い再現性や精度,大きな発生力を実現できるが,細径化や多チャンネルの確保には限界がある.両者は互いの長所で短所を補える相補的な関係にあるため,それぞれの長所を融合することで屈曲機構の多自由度化・多チャンネル化・細径化を実現できる可能性が高い.

 多チャンネル化は術具の多機能化につながり,術具交換の手間や挿入ポート数を減らすことができる.特に内視鏡下手術では止血や血管閉塞などの血管処理を迅速に行なうことが重要であり,鉗子機能とバイポーラ型電気メス機能を組合せた術具などの多自由度化が求められている.

 細径化は脳外科や胎児外科など,患部周辺への侵襲を避けなければならない手術で必要となる.特に胎児内視鏡下手術では,術後の早産を阻止するため子宮への侵襲を極力避ける必要があり,外径2〜4mmの極細の術具が使用される.適応症例としては双胎間輸血症候群に対する胎盤吻合血管レーザ焼灼術や,脊髄髄膜瘤の胎児期修復術などが挙げられるが,胎盤位置により子宮内へのアプローチが大幅に制限されるため,術具の多自由度化を行なう意義は非常に大きい.

 多自由度化・多機能化・細径化の実現は,互いにトレードオフの関係にあるといえる.そこで先行研究における多節スライダ・リンク機構をベースとし,従来のワイヤ機構の長所を取り込むことで,これらをバランスよく同時に実現可能な新たな屈曲駆動方式の開発に取り組む.

[目的]

 本研究では従来の内視鏡下手術用器具の低自由度性により術者にかかる負担を軽減し,患者に対し低侵襲な手術を実現するため,

 1)多自由度化・多機能化・細径化に適し,広い駆動範囲,高い再現性,精度,制御性,大きな発生力を備えた,リンク機構とワイヤ機構の融合による新たな駆動方式を提案する

 2)提案手法による2自由度屈曲機構を用い,多機能化重視のバイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータ,並びに細径化重視の胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータを開発する

 3)性能評価実験,ファントム実験,In vivo実験により,提案した屈曲駆動方式,並びに開発した多自由度マニピュレータの有用性を検証する

の3点を目的とする.

[方法]

 マニピュレータの多自由度化・多機能化・細径化を実現するため,屈曲機構の大幅な省スペース化を図る.具体的には,リンク機構による駆動力伝達要素と,ワイヤロープによる多関節フレーム間の滑り防止要素を,干渉しないよう融合し,3つのフレーム,2つの関節,1本のリンク節,そして2本のワイヤロープにより,±90°の屈曲範囲を有する滑らかな屈曲動作を実現する(Fig.1).両端のフレームは,それぞれの円弧部分が向かい合う形で中間フレームにより連結される.中間フレームはリンクと連結され,リンクのスライド運動によって根元側のフレームに対し回転する.このとき先端側のフレームも円弧を接触させながら転がり,同じ角度だけ回転するため,合計で2倍の屈曲角度を得ることができる.さらに両端のフレームを2本のワイヤロープで円弧に沿わせて互い違いに連結することで,回転両方向への滑りを防ぐことができる.

 この屈曲機構を一列に複数連結することで多自由度の屈曲機構を構成でき,特に本研究では垂直と水平に屈曲可能な2自由度屈曲機構を開発した(Fig.2).先端側を水平面屈曲,根元側を垂直面屈曲に割り当て,マニピュレータ先端部に組み込むことで,外径5mmのバイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータ(Fig.3),並びに外径3.5mmの胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータを製作した(Fig.4).前者ではワイヤ駆動式の把持鉗子ブレード上に組織凝固用のバイポーラ型電極を搭載し,後者ではワイヤ駆動式の把持鉗子や剪刀,Nd:YAGレーザ凝固用ファイバを交換可能に搭載した.リンク駆動用のアクチュエータを搭載した直動ユニットと操作用インタフェースは2つのマニピュレータでほぼ共通の仕様とし,マニピュレータ先端側の屈曲部分と容易に着脱可能とすることで,洗浄や滅菌へと対応させた.なおリンクの駆動にはエンコーダやリニアセンサからのフィードバック情報を元にした制御を用い,また屈曲機構に含まれる遊びを補正することでヒステリシス誤差の小さい屈曲駆動を実現した.

[結果]

 屈曲特性評価では,自由度による差が大きく表れた.根元側の垂直面屈曲自由度に関しては,負荷をかけた場合とかけない場合で大きな差はなく,バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータにおいては最大153.9°の駆動範囲を有し,角度再現性は平均1.1°以下,マニピュレータ先端位置のばらつきは1.1mm以下であった.また,胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータでは最大150.1°の駆動範囲を有し,角度再現性は平均0.9°以下,先端位置のばらつきは平均0.4mm以下であり,いずれのマニピュレータにおいても高精度な屈曲が可能であった.一方で先端側の水平面屈曲自由度では,負荷時に屈曲性能の低下が見られたが,無負荷時では高い屈曲再現性が得られた.バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータでは平均1.8°以下,先端位置のばらつきは平均0.7mm以下であり,また胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータでは平均2.1°以下と若干大きいものの,先端位置のばらつきは平均0.6mm以下であり,いずれも高精度な屈曲が可能であった.

 マニピュレータ先端での屈曲力評価では自由度により大きな差が表れた.根元側の自由度では,バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータで最大6.61N,胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータで最大2.57Nであった.一方で先端側の自由度では,バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータでは最大1.89N,胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータでは0.78Nと根元側の自由度の1/3以下の発生力に留まった.また把持力の評価では,バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータでは3.70N,胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータでは3.48Nであり,組織の把持に十分な発生力を得た.

 In vivo実験では,バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータを用いてブタ腸間膜へのアプローチを行ない,組織凝固や血管閉塞に十分な能力を有することを確認した(Fig.5).また,胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータにレーザファイバを搭載して行なったNd:YAGレーザ凝固実験では,最大80°まで屈曲させた状態でも96.6%のレーザ照射エネルギーを保て,水中に固定した胎盤ファントム(鶏レバー)の表面組織を確実に凝固できることを確認した(Fig.6).

[考察]

 マニピュレータの屈曲特性評価では,屈曲自由度や屈曲姿勢,負荷の大きさや方向によって差が表れた.測定対象ではない自由度を大きく屈曲させた状態では駆動範囲が狭まり,また大きな摩擦が生じる傾向にあった.これは駆動用のリンク節の軌道が屈曲角度と共に変化し,駆動力の伝達効率が低下したためと考えられる.また負荷をかけた場合の先端側の自由度は,リンク節を構成する関節での遊びやたわみ,逃げなどが原因で屈曲範囲が大幅に狭まったが,関節部の再設計,伝達効率の低下を考慮した制御系の導入などにより改善可能である.一方でマニピュレータのスケールによる影響は小さく,屈曲時のヒステリシス誤差や,屈曲角度に対する再現性のばらつきなどは自由度に依らず似た傾向を示した.根元側の屈曲自由度については,従来研究と比較しても高い性能を有しているため,先端側の屈曲機構を特に改善することで,多自由度屈曲機構としてより高い性能を得られると期待できる.

[結論]

 細径屈曲駆動方式を搭載した内視鏡下手術用鉗子マニピュレータは,多自由度化・多機能化・細径化をバランスよく両立しつつ,広い屈曲範囲・高い再現性・大きな発生力を実現し,本研究による提案手法が多自由度マニピュレータの性能向上に大きな役割を果たすことを示した.今後は屈曲機構と把持機構の更なる改善に努め,また,マニピュレータの使用感の向上のため,軽量化,インタフェースの操作性,メンテナンス性などについての検討を進める.最終的には臨床応用可能なレベルまで高め,本マニピュレータ全体の完成度の向上に取り組む.

Fig.1 Concept of the wire-guided linkage driven bending mechanism.

Fig.2 Architecture of the 2-DOFs bending mechanism.

Fig.3 System configuration of the bipolar electric scalpel forceps manipulator.

Fig.4 System configuration of the fetoscopic forceps manipulator.

Fig.5 Coagulation of mesenteric tissue.

Fig.6 Laser ablation of placental phantom model.

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目「リンク・ワイヤ駆動方式による細径屈曲機構を用いた内視鏡下手術用鉗子マニピュレータに関する研究」の学位論文は,内視鏡下手術用マニピュレータの多自由度化・多機能化・細径化を実現するためのリンク機構とワイヤ機構を融合した屈曲駆動方式と,細径鉗子マニピュレータの開発に関する研究論文である.

 本論分は8章からなり,第1章では内視鏡下手術の現状と問題点について触れ,解決方法として,本研究の提案手法の位置付けについて述べている.第2章では本研究の目的として内視鏡下手術用マニピュレータの多自由度化・多機能化・細径化を実現するため,リンク・ワイヤ駆動方式による屈曲鉗子マニピュレータを開発することを述べている.第3章ではリンク・ワイヤ駆動方式による屈曲機構解析について述べている.第4章では開発したバイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータついて述べている.第5章では開発した胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータについて述べている.第6章では各マニピュレータについて性能評価実験,ファントム実験,In vivo実験を行ない,その結果について述べている.第7章では実験結果を基に考察を行い,提案した駆動方法とマニピュレータの臨床応用における有用性を検証している.最後に第8章で本論分の結論を述べている.

 リンク機構による駆動力伝達要素と,ワイヤ機構による多関節フレーム間の滑り防止要素を組み合わせることで,3つのフレーム,1本のリンク節,2本のワイヤロープによる1自由度屈曲機構を構成している.両端のフレームは,各々が有する円弧部分を向かい合わせる形で,中間のフレームと2本のワイヤロープで連結される.中間のフレームがリンク節のスライド運動により根元側のフレームに対して回転すると,先端側のフレームも連動して同じ角度だけ回転し,合計で±90°の屈曲角度を得ることができる.

 本研究では水平・垂直方向に屈曲可能な2自由度屈曲機構を構成している.そしてマニピュレータの先端部に組み込むことで,外径5mmのバイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータと,外径3.5mmの胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータを開発している.前者ではワイヤ駆動式の把持鉗子ブレードにバイポーラ型電極を搭載し,後者ではワイヤ駆動式の把持鉗子や剪刀,Nd:YAGレーザ凝固用のファイバを交換可能に搭載している.リンク駆動用アクチュエータを搭載した直動ユニットとグリップ式インタフェースは,マニピュレータ先端側の屈曲部分と着脱可能であり,洗浄や滅菌作業に対応させている.

 バイポーラ型電気メス屈曲鉗子マニピュレータでは,最大153.9°の駆動範囲,最高0.2mmのマニピュレータ先端位置精度,最大6.61Nの屈曲力,3.70Nの把持力を確認し,in vivo実験ではブタ腸間膜上の組織凝固と血管閉塞に成功している.胎児内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータでは,最大150.1°の駆動範囲,最高0.2mmの位置精度,最大2.57Nの屈曲力,3.70Nの把持力を確認し,Nd:YAGレーザ凝固実験では,80°まで屈曲させた状態であっても96.6%以上の照射効率による組織凝固に成功している.

 方法と評価実験の結果から,本論分で開発したマニピュレータは,従来のリンク駆動やワイヤ駆動によるマニピュレータと比較しても高い屈曲性能を示しており,提案手法による細径屈曲機構が内視鏡下手術用マニピュレータ技術の向上に有効であると判断できる.

 本論分の結論としては,リンク機構とワイヤ機構の融合による駆動方式を採用した屈曲機構は,マニピュレータのスケールに依らず,多自由度化・多機能化・細径化をバランスよく両立しつつ,広い屈曲範囲・高い精度・十分な発生力を実現でき,様々な内視鏡下手術をより低侵襲に行なえる臨床応用可能性を示している.

 以上のように,本論分では外径の縮小と内径チャネルの拡大を満たす独創的な屈曲駆動方式を考案し,スケールの異なる2種類の屈曲鉗子マニピュレータを開発した.今後は屈曲駆動力の伝達機構やマニピュレータの使用感について改善を加え評価を進めることで,実用化可能な内視鏡下手術用屈曲鉗子マニピュレータ装置としての発展が期待される.

 なお,本論分は東京大学の土肥健純教授,佐久間一郎教授,正宗賢助教授,小林英津子助教授,松宮潔助手,廖洪恩助手,ハーバード大学の波多伸彦助教授,国立成育医療センターの千葉敏雄先生,九州大学の橋爪誠教授との共同研究であるが,論文提出者が主体となって開発並びに評価を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 よって本論分は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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