学位論文要旨



No 122845
著者(漢字) 辻,良史
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,ヨシフミ
標題(和) (狭小流路における水素 : 空気予混合気の火炎面不安定性に関する研究)
標題(洋) The Dynamics of Premixed Hydrogen : Air Flame Fronts in a Narrow Channel
報告番号 122845
報告番号 甲22845
学位授与日 2007.04.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6572号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長島,利夫
: 東京大学 教授 渡辺,紀徳
: 東京大学 准教授 津江,光洋
: 東京大学 准教授 寺本,進
: 東京大学 講師 姫野,武洋
内容要旨 要旨を表示する

小型エンジン、発動機等向けに燃焼器を小型化するにつれて、1.) いわゆる面積‐体積比の増加に伴い熱損失の影響が大きくなり保炎が困難になること、2.) レイノルズ数Re の低下により燃焼器内部が全域層流になり、乱流火炎を用いた高燃焼強度の燃焼器を設計するのが困難なこと、などの特徴が見られるとすでに指摘されている。

層流火炎の火炎面不安定性は乱流火炎への遷移過程の理解に向けた基礎研究として古くから研究が行われている。その中でJoulinらは、燃焼による膨張を考慮しない熱拡散理論を用いて、火炎面不安定性が系からの熱損失によって増幅されることを示した。火炎が不安定になると、火炎面が増加し火炎強度が増加する。

以上より、小型燃焼器内で発生する熱損失には二つの側面があることが分かる。第一に、燃焼によって発生する熱を奪うことで燃焼器内での保炎を困難にすることが挙げられる。第二に、熱損失は火炎面不安定性を増幅し、その結果、火炎面面積を増加させ火炎強度を強める働きが期待される。従って、高い効率を維持しつつ燃焼器を小型化するためには、第二点の影響を正しく理解することが重要であり、本論文の主要な目的とした。

上記の目的を達成するために、壁からの熱伝導による熱損失が無視できない狭い間隙を有する平行平板の間を伝播する火炎を基礎モデルとして選択して、火炎面不安定性に関して解析を行うこととした。

一般的な火炎の厚さは0.1--0.01 [mm] 程度であり、火炎の失火限界高さ(水素燃料を用いたとき、およそ ~1 [mm] 以下) を考慮すれば、実際の小型燃焼器の限界寸法を反映する流路高さH は、数ミリメートルH = O (1) [mm] であろう。したがって、本論文で対象とする平行平板の間隙距離は、H = O (1) [mm] 程度とした。

流路内の火炎面不安定性について、Joulin らは火炎内部構造を考慮しない流体力学理論を用いて、熱損失は既燃気体の温度を低下させるため火炎不安定性を低下させるとも報告している。ここに挙げたJoulin らによる二つの漸近解析の報告を併せて考えると、熱損失が流路内の火炎面不安定性に与える影響を検討するにあたり、燃焼による膨張と火炎の内部構造を同時に考慮する必要があり、数値解析による手法が有効であると考えられる。

Kang、Kadowakiらは、基礎方程式をNavier Stokes 方程式とし、一段階Arrhenius 型の反応モデルを用いた二次元解析を行い、火炎面に加えた擾乱の波数とその成長率の関係(分散関係) を求めた。Kadowaki らの熱膨張の効果を考慮した解析によって、流路内の火炎面不安定が熱損失により増幅されることが示された。

彼らの二次元解析では、高さ方向流れおよび火炎形状が考慮されていないのだが、Kimによれば、H = O (1) [mm] の流路内の火炎が流路高さ方向に曲率を持つと報告されており、火炎面不安定性に対する流路高さの影響が無視できるかどうか検討する必要があると考えられる。

本論文により、高さ方向を考慮した三次元解析を行うことで、流路内の火炎面不安定に与える熱損失の影響と流路高さの関係を明らかにできれば、狭小流路における火炎面不安定性に対する熱損失の影響についての新たな知見につながり、小型燃焼器設計に役立てることも期待できよう。

以上を踏まえて、本論文では高さH = O (1) [mm] の平行平板間を伝播する当量比1.0 の水素‐空気の層流 炎について、詳細反応を考慮した三次元数値解析を行った。既報の手法に倣い、初期条件として火炎面に与えた微小擾乱の成長を観察し分散関係を求め、流路高さ及び壁面熱条件を変化させることで熱損失によって火炎面不安定が増幅される条件があるかを明らかにした。

さらに、二次元解析と本三次元解析の結果を比較し、その違いを摂動解析を用いて定性的に考察した。近似を適用した解析を行うにあたり、本三次元解析で得られた流れ場の様子を詳細に観察し、速度場の主成分と摂動成分の大きさを調べた。上記観察によって調べた流れ場の大きさに関する知見に基づいて流路内に誘起された高さ方向の流れと火炎面不安定性の関係を摂動解析を用いて考察した。最後に、三次元解析と二次元解析で得られた分散関係の違いが流路内の高さ方向流れの影響によって説明できることを示した。

4.4、2.2、1.1[mm]の高さの流路内を定常伝播する火炎に流路スパン方向に波長を持つ擾乱を加えて、その擾乱の振幅の成長率を求めた。断熱、等温の各壁面熱条件において、流路高さを低くするほど分散関係が大きくなり、火炎面が擾乱に対して不安定になることが分かった。さらに、同一の流路高さにおける断熱・等温の条件の分散関係を比較すると、流路が高いH =4.4 [mm]では、熱損失があることにより火炎が安定になるが、H =1.1 [mm]では、熱損失により火炎が僅かであるが不安定になっていることが分かった。

本三次元解析で求めた分散関係が、H =1.1 [mm] の等温の条件において既報の二次元解析で求められたものよりも小さく火炎が安定であるという結果が得られた。この原因を摂動解析を用いて考察した。数値解析によって得られた流路内の速度場の大きさに基づいて流路内の火炎面不安定性に対する高さ方向流れの影響を考察したところ、三次元解析では、高さ方向の流れの干渉により、断熱、等温の両条件において流れ方向速度が増加し、高さ方向を無視した二次元解析よりも火炎が安定になるということが示された。特に、熱損失があり密度比が小さい場合の方が、流れ方向速度の変化の影響が強くなり、既燃気での増速による火炎の安定化の作用が強くなることも示された。

本論文によって、平行平板間を伝播する火炎の火炎面不安定性について、流路高さ方向を考慮した三次元解析を行い以下の知見を得た。

・流路高さを低くすると断熱及び等温条件において火炎面の不安定性は増加する。

・ある流路高さを境に、高い流路では壁面での熱条件が断熱の場合に火炎が不安定になるが、低い流路では、等温の場合に火炎が不安定になる。当量比1.0 の水素‐空気の場合はこの高さが失火限界の高さより大きかった。

・三次元解析によれば、高さ方向を簡略化した二次元解析と比べて低い流路で熱損失のある場合の火炎面不安定性の増幅が小さくなり、その原因として既燃気の流れ場の高さ方向の干渉による影響が挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 辻 良史提出の論文は、"The Dynamics of Premixed Hydrogen-Air Flame Fronts in a Narrow Channel"(副題「狭小流路における水素 : 空気予混合気の火炎面不安定性に関する研究」)と題し、5章及び付録から成っている。

小型エンジンや発動機などに向け燃焼器を小型化するにつれて、1)表面積と体積の比は増加し、熱損失の影響が大きくなるため、保炎が困難になること、2)レイノルズ数 は低下し、燃焼器内部が全域層流となるため、乱流火炎を用いた高燃焼強度の燃焼器が設計できないこと、など技術課題が生じる。いずれにせよ、小さい空間での熱と流れを伴う燃焼火炎の振る舞いを理解予測することが肝心で、とりわけ、熱損失と層流火炎面の不安定性との関係については、小型化という視点から新たに検討解明が求められよう。すなわち、熱損失は、燃焼発生熱を奪い保炎を困難にする一方、不安定性を助長し、火炎面面積を増加させ、火炎強度を強める効果も期待されるわけで、高い効率を維持しつつ燃焼器を小型化するためには、現象の正しい把握が先ずもって重要となる。

層流火炎の不安定性に関しては、Landauによる密度不連続界面の不安定解析をはじめ、従来、乱流火炎への遷移機序との関連から、主に流体力学的な視点で微小擾乱の線形的な成長を追う基礎的解析が進んだものの、化学反応を組み込んで火炎および燃焼領域の構造そのものまで解明しつつ、その安定化ないし不安定化の要因を探る研究は、扱う化学種の組成と反応に関連する熱や流動および拡散を左右するパラメータが多岐にわたり複雑で、しかも急峻な勾配をもつ温度分布への依存性が効く理由から困難で、進展が遅れている。 そこで、著者は、熱伝達のある2枚の平板に挟まれた隙間で予混合された水素と空気に生じる火炎という十分に単純化した理論モデルを取り上げ、定常燃焼する火炎を摂動させ、数値流体シミュレーション手法を適用して、伝播擾乱の線形的な成長率と波数との分散関係を判定する方針を選択した。それにより、火炎安定性と熱損失との関係について、従来の理論解析で確かめられた事象および前提条件の検証吟味を行いながら、並列数値計算という手段を駆使して、新たに、狭小な領域という設定に適った熱的境界条件の下に、2次元から3次元空間まで統一した現象解明を行い、隙間が及ぼす影響と熱流体力学的メカニズムにつき大切な基礎的知見を得ることに成功している。

本論文は、第1章から第5章までの構成となっている。

第1章は序論であり、研究背景、燃焼流動の支配方程式とミリ寸法スケーリング、熱損失に言及した従来研究そして本論文の目的が述べられている。

第2章では、本研究で用いた数値解析について述べている。基礎方程式、計算手法、化学種と反応過程そして大規模並列化を含む計算スキームを順次説明し、構築した計算コードを1次元的な火炎構造に適用して、その精度信頼性を検証している。

第3章では、2次元火炎伝播につき解析した結果を述べている。先ず、熱損失のないモデルを取り上げ、本計算手法に基づく解析結果が、火炎面の安定性を決める流れと波動および熱と化学種の拡散の基本的な現象を十分捉えられるかを、既存の理論解析の結果と対比して検証するとともに、安定性を量的に比較する上で重要となる特性長さと特性時間について考察を加えている。理論混合比での分散関係について、最大発熱位置での輸送係数を用いた基準化により整理した結果は、本計算手法の妥当性を十分裏付ける根拠を示しており、流体力学的不安定が生じる火炎面近傍の流れ場の詳細のほかに、波数の限界値や当量比の違いによる影響などを併せて説明している。

第4章では、3次元火炎伝播につき解析した結果を述べている。熱損失は、隙間を挟む2枚の平板に断熱ないし等温の熱的境界条件を課すことで、初めて、2次元の制約なしの物理的に自然な形で導入され、さらに、隙間の寸法を変える影響を議論できるようになった。2次元火炎伝播で解明された基本事項に加え、等温条件により熱損失を考慮した結果は、隙間を狭くすると火炎面の不安定性が増すこと、ある隙間寸法を境に、広い流路で火炎が安定に、狭いと不安定になること、3次元では既燃気の隙間方向の流れが誘起され、流体力学的には安定化に向かうことなどが説明されている。

第5 章は、結言であり、本研究から得られた知見をまとめている。

以上要するに、本研究は、小さい燃焼器で課題となる熱損失が火炎の安定性に及ぼす影響を、従来の理論解析に代わる3次元数値流体シミュレーション手法に基づき、狭い隙間の予混合火炎の理論モデルを用いて、伝播擾乱の線形的な成長率と波数との分散関係から基礎的に解明したもので、航空宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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