学位論文要旨



No 122847
著者(漢字) 竹井,豪
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,ゴウ
標題(和) 酸化チタンを用いたマイクロ化学システムの機能化
標題(洋)
報告番号 122847
報告番号 甲22847
学位授与日 2007.04.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6574号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 准教授 金,幸夫
 東京大学 講師 入江,寛
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、酸化チタン修飾による光機能化表面の特徴をマイクロ空間に利用した研究をまとめたものである。マイクロ空間を反応場とするマイクロ化学システムの研究は世界的に行われており、分析、有機合成などに応用されている。大きな比表面積、短い拡散距離などのマイクロ空間の特徴と油水多相流などのマイクロ流体の特徴が活用され、反応、抽出などの化学プロセスが実現されてきた。当研究室では、化学プロセスの各操作をマイクロ単位操作(MUO)と捉え、複数のMUOを連続流により接続する連続流化学プロセス(CFCP)の方法論に基づいて、重金属分析やコンビナトリアルケミストリーなどの様々な化学システムをミクロ集積化してきた。これらの化学システムでは連続流や油水多相流などを取り扱うため、流体制御が重要な基盤技術である。さらに、複雑な反応系を含む様々な化学システムを構築するためには、MUOとして流体制御、反応などの新規プロセスを開発することが重要である。そのためには、チャネル形状や構造を最適設計しマイクロ流体の特徴を活用することに加えて、流体に対して化学的、力学的に作用する機能の付与が重要である。比表面積の大きなマイクロチャネルでは、内壁の性質が流体に強く作用するため、内壁への機能付与が有効である。特に、チャネル内壁に光機能物質を修飾すれば、内壁の性質や付与した機能をパターニング制御できると考えられる。

本研究では、チャネル内壁の光機能化を目指し、光触媒能、半導体機能などの機能を併せ持つ酸化チタンに着目した。まず、酸化チタンをマイクロチャネル集積化することで、高効率な光触媒反応が実現できる。さらに、酸化チタン修飾による光機能化表面を用いれば、光触媒酸化・還元反応を介して、光活性を持たない有機分子や金属を光パターニングできる。本研究では、修飾疎水分子の光パターニングにより濡れ性を制御し、流体制御プロセスに用いる。また、チャネル内壁の性質や機能を自在なパターニング制御できれば、複雑なチャネル構造を必要としない自由度の高いシステム構築も可能になる。そこで、酸化チタンを用いたマイクロチャネルの光機能化により、酸化チタンと修飾分子、担持金属の機能を利用したプロセスを開発し、これらのプロセスを任意の場所に配したシステムを構築することを本研究の目的とした

第1章では、μ-TASやLab-on-a-chip と呼ばれる研究の歴史的背景とその意義をまとめる。また、酸化チタンの特徴をまとめ、酸化チタンをマイクロ空間で用いることの利点や顕在化する特徴を明確にし、本研究の目的を述べる。さらに、光機能分子によるパターニングに対して、酸化チタンを用いることの利点を明確にし、本研究の意義を述べる。

第2章では、酸化チタン自体の持つ光触媒能、半導体機能を利用し、光触媒反応プロセスを実現した。酸化チタンをチャネル内壁に修飾することでバルク微粒子分散系に匹敵する大きな比表面積が得られ、高い反応効率が期待できる。さらに半導体機能をもつ酸化チタンは電位による反応制御が可能であるが、バルク微粒子分散系では電圧印加が不可能であるため、機能が活かされてこなかった。そこで、電位制御光触媒反応などの反応プロセスの開発を本章の目的とした。まず、酸化チタン薄膜修飾マイクロチャネル(TMC)の作製法として、マイクロチャネル作製基板と酸化チタン薄膜を成膜した白金電極基板を熱融着する手法を確立した。反応例として、L-ピペコリン酸(L-PCA)の光触媒合成反応を行った結果、高効率な光触媒反応が達成できた。この反応は還元触媒を必要とするため、反応に先立って光触媒還元反応によりPt担持を行った。このように、チャネル作製後であっても、必要に応じて、機能付与できることも光機能化の大きな利点である。さらに、電位制御条件でL-PCA合成反応を行った。酸化・還元反応、反応経路を印加電圧により制御した結果、バルク微粒子分散系と比較して高選択的な反応が達成できた。バルク微粒子分散系では触媒や担持金属を変えることにより反応制御が報告されているが、TMCでは電圧印加による表面電荷密度や酸化還元電位の制御により反応制御ができる。これを利用することで、触媒、担持金属の探索をはじめとする反応最適条件のスクリーニングへの応用が期待できる。

第3章では、濡れ性の光パターニング制御法を開発し、流体制御プロセスへと応用した。内壁の濡れ性はYoung-Laplaceの式によりラプラス圧に関係づけられ、流体に対して力学的に作用し、流体を制御できる。内壁の濡れ性を利用した流体制御は、複雑な駆動機構を必要とせず、デッドボリュームも無い有力な手法である。平板上とは違い、自在なパターニングが困難なマイクロチャネル内では、任意の濡れ性を任意の場所にパターニングする手法はない。そこで、光機能化表面に修飾した疎水性分子の光触媒分解を利用した濡れ性のパターニング制御法を開発し、流体制御プロセスに用いることを本章の目的とした。まず、チャネル全面にnmスケールの凹凸構造を有する酸化チタン微粒子修飾チャネルを作製した。疎水分子修飾を行うと、ナノ構造により疎水性が増幅され超撥水表面が得られた。UV照射により疎水分子を光触媒分解し、照射時間制御により修飾量を制御することで、超撥水から超親水までの幅広い範囲において濡れ性を制御できた。濡れ性のパターニング境界は、ラプラス圧差に起因する圧力障壁を誘起し、ストップバルブ(ラプラスバルブ)として働く。そこで、濡れ性のパターニング制御表面をラプラスバルブとして用い、4段階の耐圧を持った多段ラプラスバルブを実現した。さらに、4段階の濡れ性パターン、7個のラプラスバルブを作製し、定容量ディスペンサと反応チャンバを組み合わせたマイクロバッチシステムを構築した。これを利用して、バッチプロセスに必要な基本的な液体操作(切り取り、搬送、チャンバへの導入、保持)と超微少体積(390 pL)の溶液混合が実現できた。さらに、蛍光消光反応を行い、定量的な溶液混合が確認できた。マイクロバッチシステムでは超微少体積を規定できるため、超微少量サンプルを用いた滴定などの定容量分析への応用が期待できる。

第4章では、光制御により複数のプロセスを任意の場所に配したシステムを構築した。これまで、チャネル構造や形状を利用し化学システムが構築されてきたが、光機能化表面を用いれば有機分子や金属をパターニングできるため、これらの機能を利用したプロセスを任意の場所に配したシステムが構築できる。そこで、酸化チタン修飾チャネルを用い、反応、流体制御など複数のプロセスを含むシステムの光照射による構築を本章の目的とした。流体制御部では、光パターニングによる超親水、超撥水パターンを用いて、油水混相流形成、混相流から二相流への変換、二相流の相分離を実現した。油水相分離可能な流量条件を実験的に求め、油水相分離が油水動圧とラプラス圧により説明できることを明らかにした。また、反応部では、トルエン/水の二相系反応であるトルエンのヒドロキシル化反応を行った。光によるシステム構築は、チャネル構造や作製プロセスの制約が少なく、チャネル作製後に必要に応じて任意の場所に様々な機能を付与でき、さらには最適化が可能であり、自由度の高いシステム構築が可能になると期待できる。

第5章では、第2章から第4章までで述べたマイクロチャネルの光機能化の意義についてまとめ、展望を示した。

以上のように、酸化チタンを用いたマイクロ化学システムの光機能化に関する研究を行った。マイクロ化学システムの光機能化により、有機分子や担持金属のパターンを足場とした様々な機能付与、機能パターニングが可能になると考えられる。これは、自由度の高いシステム構築を可能にすることであり、マイクロ化学システムの発展に大きく寄与するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「酸化チタンを用いたマイクロ化学システムの機能化」と題し、マイクロメートルサイズの流路(マイクロチャネル)を反応場、分析場とするマイクロ化学システムの機能化に関する研究をまとめている。マイクロ化学システムの機能化には、マイクロチャネルへの機能付与、さらに、機能を任意の場所に配置するパターニング法が重要である。そこで、本論文では、酸化チタンの持つ光触媒能、光触媒反応を介して光活性のない有機分子や金属をパターニングできる特長に着目した。具体的には、光触媒能合成反応への応用とマイクロチャネル内壁濡れ性のin situパターニング法の開発、応用に関して研究を行った

第1章では、マイクロ化学システム、半導体触媒の背景と意義をまとめ、マイクロ化学システムの機能化とパターニング法の重要性を述べた。さらに、酸化チタンを用いたパターニングの特徴を述べ、本論文の意義、目的を述べた。

第2章では、光触媒反応プロセスへの応用を検討した。薄膜触媒は微粒子触媒を用いた反応系と比較して比表面積が小さく反応効率が低い問題があった。そこで、大きな比表面積を持つ酸化チタン薄膜修飾マイクロチャネルを用い、薄膜触媒を用いて高効率な光触媒合成反応を示した。これにより、電位制御が可能な光触媒反応プロセスが集積化できた。電位による反応制御を行い、収率の向上を示した。

第3章では、濡れ性のパターニング法を開発した。濡れ性パターンを利用した流体制御はデッドボリュームのない有効な流体制御法であり、濡れ性のパターニング法は重要である。そこで、酸化チタンナノ微粒子修飾チャネルを用い、ナノメートルスケールの表面粗さと光触媒反応を利用したチャネル内壁濡れ性のin situパターニング・チューニング法(PCPT法)を提案、実証した。これにより、超撥水から超親水の任意の濡れ性を自在なパターニングすることが初めて可能となった。この特徴を利用し、マイクロチャネル内に異なる複数のラプラス圧を誘起し、これをストップバルブとして流体制御に応用した多段ラプラスバルブを示した。

第4章では、第3章で開発した多段ラプラスバルブを利用し、マイクロバッチシステムを構築した。連続流を用いる既存の連続式のマイクロ化学システムでは、微小体積を規定した滴定などの定容量分析を取り扱うことが困難であった。そこで、サブナノリットルの溶液を簡単に取り扱うことができ、バッチ操作を取り扱えるシステムを光パターニングにより構築した。サブナノリットルの溶液混合、反応を行い、定量性の評価を示した。マイクロバッチシステムにより、微小サンプルを用いた定容量分析システムの構築が可能となった。

第5章では、PCPT法を利用したセグメント流を用いたマイクロ化学システムの構築を示した。セグメント流は相分離する手法が無かったため、化学プロセスを連続流により接続したシステムの構築に用いることは難しかった。そこで、PCPT法により作製した超親水・超撥水のパターニング表面を用いて、セグメント流の相分離を実現した。また、セグメント流の相分離メカニズムを明らかにし、相分離可能な圧力範囲がラプラス圧によって決まることを示した。最も大きなラプラス圧を誘起できる超親水、超撥水のパターニング表面は、安定な油水系マイクロ化学システムの構築に大きく寄与すると考えられる。次に、セグメント流の特徴を活かした反応プロセスとして、セグメント流と濡れ性制御を用いた反応空間制御による反応制御を提案、実証した。さらに、セグメント流を用いた反応プロセスと相分離を組み合わせたシステムを、有機分子、金属を連続的にパターニングにすることで構築し、セグメント流を用いたプロセスを連続流により接続したシステムを実証した。

以上のように、酸化チタンのマイクロ化学システムへの集積化により、光触媒反応だけでなく、有機分子や金属のパターニング、チューニングが可能となった。それにより、チャネル作製後に任意の場所に必要な機能を付与できる自由度の高いシステム構築が可能になり、マイクロバッチシステムやセグメント流を用いたマイクロ化学システムの構築が可能となった。これらの成果はマイクロ化学システムの発展に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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