学位論文要旨



No 122861
著者(漢字) 森田,智子
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,トモコ
標題(和) Nonsense-mediated mRNA decayに関与するキナーゼhSMG-1の構造活性相関
標題(洋)
報告番号 122861
報告番号 甲22861
学位授与日 2007.04.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第751号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 准教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

序論

ナンセンスコドンを持つ異常なmRNA(ナンセンスmRNA)は生体内において積極的に分解されている。この現象はNMD(Nonsense-mediated mRNA decay)と呼ばれ、酵母から線虫、ヒトにまで保存されている真核生物に普遍的な機構である。ナンセンスmRNAは、遺伝子上にナンセンス変異が存在する場合、転写のミスが起きた場合、未成熟mRNAのスプライシングに異常が起きた場合、さらにナンセンス変異を持つ偽遺伝子から転写が起こる場合など様々な場合に生じる。ナンセンスmRNAが翻訳されると細胞毒性を有する可能性のある短縮型タンパク質が生じるが、NMDはこの異常タンパク質の蓄積をmRNAレベルで抑制している。

ホ乳類におけるMD関連分子の解析による結果、hSMG-1によるhUPF1のリン酸化がNMDを誘導するのに非常に重要であることが明らかになった。hSMG-1はPIKK(PI3kinase-related protein kinase)ファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであるが(Fig.1)、その構造解析は全く進んでいない。

本研究において、私はhSMG-1の構造とキナーゼ活性の関係を主に変異体を作製して解析し、その結果、触媒活性ドメイン(PIKKドメイン)と一次構造的に非常に離れているN末端領域とC末端領域がどちらもキナいゼ活性に必須であるというhSMG-1の興味深い構造活性相関を明らかにした。さらにhSMG-1とその基質であるhUpf1の細胞内局在を検討し、ストレス時における特徴的な局在を明らかにした。

1.本実験系におけるhSMG-1の定量的なキナーゼ活性の確認

本研究におけるキナーゼ活性測定方法の定量性を確認するために、FLAGタグを付加したhSM(Hの野生型(WT)とキナーゼ不活性型(D2331A)を239T細胞に発現させ、FLAG抗体で精製し溶出した。溶出したhSMG-1タンパク質を銀染色によって定量し、それを20-300ng用いてhUpf1のリン酸化サイトを含むGST-hUpf1(1072-1085)を基質としてin vitro kinase assayを行ったところ、WTでは量依存的なキナーゼ活性が見られたのに対し、D2331Aではキナーゼ活性が見られなかった(Fig.2)。このことから、本研究におけるアッセイ系の定量性が示された。

2. hSMG-1のFATCドメインはキナーゼ活性に必要である

FATCドメインはPIKKファミリー間で保存されたドメインである。mTORではTrp(2545)が通常状態のキナーゼ活性に必須であり、ATMではLeu(3032)とLeu(3045)が基底状態のキナーゼ活性には影響を及ぼさないが電離放射線に対する活性化上昇に必須であることがわかっている。そこでhSMG-1のFATCドメイン内のこれに相当するLeu(3646)とTrp(3653)をそれぞれAla、Pheに置換したN末端にFLAGタグを付けた変異体(L3646A、W3653F)を作製して精製し、初vitro kinase assayを行った。その結果、L3646A変異体ではキナーゼ活性が大きく減少したが、W3653F変異体では約半分の活性を保持していた(Fig.2)。このことから、hSMG-1のFATCドメインはキナーゼ活性に必要でありTrp3653よりもLeu3646の方が活性に大きな影響を及ぼすことが示された。さらにこの結果は、アッセイ系を簡略化し、溶出させずタンパク質をレジンに結合させたままin vitro kinase assayを行っても同様であり(Fig.3)、これ以降の実験はこの簡略化した系を用いた。

3. hSMG-1の挿入配列はキナーゼドメインに必須ではない

次に、ヒトSMG-1に特徴的な構造であるPIKKドメインとFATCドメインの間に存在する約1000aaの挿入配列がキナーゼ活性に必須であるかを、同様に欠損変異体を用いて検討した(Fig.4)。その結果、挿入配列をほぼ欠損させてもキナーゼ活性は約30%保持されていた。このことから、挿入配列はキナーゼ活性に影響を与えるが必須ではないことが示された。

4.hSMG-1のN夫端側領域はキナーゼ活性に必要である

hSMG-1のN末端側はPIKKファミリー間で一次構造には相同性は見られないが、αヘリックスに富む領域であり、種問で相同性が高い領域も存在する。そこでこのN末端側がキナーゼ活性に影響を及ぼすかどうかを、同様に欠損変異体を用いて見当した結果、N末端側から617aaまでを欠損した変異体でキナーゼ活性がほぼ消失した(Fig.5)。さらにN末端側1674aa以上の領域を小さく欠損させた変異体でも、同様にキナーゼ活性が消失した。このことから、N末端側の広い領域がキナーゼ活性に必須であることが示唆された。

5. hSMG-1はN末端側とC末端側の両方でhUpf1と相互作用し、N末端側でhSMG-7と相互作用する

hSMG-1変異体キナーゼ活性の消失が、基質であるhUpf1との相互作用によるためなのか、またフォールディングが正常かを調べるために、作製したhSMG-1変異体とhUpf1との相互作用をタグの付加したhSMG-1とhUpf1との共免疫沈降法により見当した。その結果、全ての変異体においてhUpf1との相互作用が確認された。また、hSMG-1と相互作用すると報告されているhSMG-7との相互作用部位をhSMG-1変異体と内在性hSMG-7との免疫沈降法により見当した結果、N末端側1-162aaでhsMG-1はhsMG-7と相互作用することが示唆された(Fig.6)。

6. hSMG-1はin vitroにおいて分子内または分子間相互作用をする

mTORでは、ヘリックスに富むN末端領城がダイマー形成に関与していることが示されているため、hSMG-1でもN末端側がダイマー形成に関与しているかどうかをタグの異なるhSMG-1のWT、D2331A、N末端側、C末端側を用いて共免疫沈降法により検討した。その結果hSMG-1はキナーゼ活性の有無によらず相互作用した。しかし、その相互作用はN末端同士、C末端同士、N末端とC末端同士でも見られた(Fig.7)。これはhSMG-1が分子間相互作用している、もしくは分子内相互作用をしていること示唆していた。

7.hSMG-1は細胞内でPbodvとstress granuleの両方に局在する

hSMG-1の細胞内局在は現在まで報告されていない。そこでタグを付加したhSMG-1をHeLa細胞に発現させ免疫染色を行ったところ、細胞質に主に存在し顆はを形成した(Fig.8)。さらにこの顆はは、mRNAの分解の場と考えられるPbodyのマーカーであるDcplaと共局在し、mRNAを蓄積する場と考えられるstress granule(SG)のマーカーであるTIA-1とarseniteストレス依存的に共局在した。このことから、hSMG-1はP bodyとSGの両方に局在することが示唆された。

8.hUpf1は刺激依存的にstress granuleに局在する

hSMG-1以外のNMD関連タンパク質がストレス依存的にSGへ局在するかを見当するために、hUpf-1、hupf2、hsMG-7とTIA-1との局在を見当した結果、hupf1のみがストレス依存的にSGへ局在した(Fig.9)。さらに、hUpf1はUVや熱ショックのストレスでもSGへ局在した。

総括

本研究において私は、NMDに必須のキナーゼであるhSMG-1の構造と活性との関係についての初めての知見を得た。PIKKタンパク質問で相同性のないN末端側領域とPIKKタンパク質問で保存されているFATCドメインがキナーゼ活性に必須であること、さらにhSMG-1が分子内または分子間相互作用することなどが明らかとなった。この結果は、アッセイ系を考慮すると、hSMG-1の立体構造由来であると考えることができる。同じファミリーに属するDNA-PKcsの立体構造の知見から、hSMG-1の構造はFig.10のようであると示唆され、N末端領城とC末端領域が触媒活性領域がとる活性化型コンフォメーションに影響を与えているのではないかと推測された。今後の活性制御機構の解析やNMDインビターのスクリーニングをする上で、本研究におけるhSMG-1の基礎的な知見は非常に有用なものである。また、hSMG-1とhUpf1はストレス存在下でSGに局在することが明らかとなったが、この結果は、NMDとストレスとの関係、またhSMG-1、hUpf1のNMD以外での機能を示唆するもので、非常に興味深いと考えられた。

Fig.1 hSMG-1のドメイン構造

Fig.2 hSMG-1点変異体の定量的キナーゼ活性

Fig.3 hSMG-1点変異体のキナーゼ活性

Fig.4 挿入配列欠損変異体のキナーゼ活性

Fig.5 hSMG-1のN末端領域欠損変異体のキナーゼ活性

Fig.6 hSMG-1とhSMG-7の相互作用

Fig.7 hSMG-11同士の相互作用

Fig.8 hSMG-1の細胞内局在

Fig.9 hUpf1の細胞内局在

Fig.10 hSMG-1の構造とキナーゼ話性の模式図

審査要旨 要旨を表示する

細胞内において、ナンセンスコドンを持つ異常なmRNA(ナンセンスmRNA)は転写ミスなど様々な場合に生じる。ナンセンスmRNAが翻訳された場合、細胞毒性を有する可能性の高いトランケート型タンパク質が生じる。しかし、実際、細胞内ではNMD(nonsense-mediated mRNA decay)という機構により、ナンセンスmRNAは特異的かつ積極的に分解され、トランケート型タンパク質の蓄積をmRNAレベルで抑制している。ホ乳類におけるNMD関連分子の解析による結果、SMG-1によるUPF1のリン酸化がNMDにおいて非常に重要であることが明らかになった。PIKK (PI3 kinase-related protein kinase)ファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであるSMG-1のキナーゼ活性制御は、NMDの制御において重要であると考えられるが、解析はほとんど進んでいない。

本論文では、ヒトSMG-1(hSMG-1)の構造とキナーゼ活性の関係を主に変異体を作製して解析し、hSMG-1の構造活性相関を明らかにした。さらに本論文では、hSMG-1とその他のNMD関連分子の細胞内局在について検討し、ストレス時におけるhSMG-1とhUpf1の特徴的な局在を明らかにした。

本論文の内容は、以下のようにまとめられる。

hSMG-1の構造とキナーゼ活性の関係を調べるために、hSMG-1と他のPIKKファミリータンパク質との構造を比較し、それを元に様々なhSMG-1変異体を作製してin vitroにおけるキナーゼ活性を測定した。まず、キナーゼ活性測定方法の定量性を確認した。FLAGタグを付加したhSMG-1の野生型(WT)とすでに報告のあるキナーゼ不活性型(D2331A)を239T細胞に発現させ、FLAG抗体で精製し溶出し、hUpf1のリン酸化サイトを含むGSTペプチド基質を用いてin vitro キナーゼアッセイを行った。この結果、WTではキナーゼ量依存的に基質へのリン酸化が増加し、アッセイ系の定量性が示された。

次に、hSMG-1のC末端側に存在するFATCドメインがキナーゼ活性に重要であるかを検討した。PIKKファミリーに属するATM、mTORでは、FATCドメインのLeu3045、Trp2535がキナーゼ活性に影響を及ぼす事が報告されている。そこでhSMG-1のFATCドメイン内のこれに相当するLeu(3646)とTrp(3653)をそれぞれAla、Pheに置換した変異体(L3646A、W3653F)を作製して精製し、キナーゼ活性を測定した。その結果、L3646A変異体ではキナーゼ活性が大きく減少したが、W3653F変異体ではキナーゼ活性を半分ほど保持していた。このことから、hSMG-1のFATCドメインはキナーゼ活性に重要であり、Trp(3653)よりもLeu(3646)の方が活性に大きな影響を及ぼすことが示された。

hSMG-1の触媒活性ドメイン(PIKKドメイン)のすぐ上流にはmTORと相同性の高い領域(TSドメイン)が存在する。mTORで、はTSドメインのTrp(2027)がキナーゼ活性に必須である事が報告されている。そこで、hSMG-1でこれに相当するTrp(1962)をPheに置換した変異体(W1962F)を作製してキナーゼ活性を測定した。その結果、W1962F変異体のキナーゼ活性は50%程度保たれており、キナーゼ活性に必須なアミノ酸はmTORとは異なることが示された。

ホ乳類SMG-1には、PIKKドメインとFATCドメインの間に特徴的な1081アミノ酸の挿入配列が存在する。この配列がキナーゼ活性に必須であるかを、欠損変異体を用いて検討した。その結果、挿入配列を90%以上欠損させてもキナーゼ活性は約30%保持されていた。このことから、挿入配列はキナーゼ活性に影響を与えるが必須ではないことが示された。

hSMG-1のN末端側は、他のPIKKファミリーとアミノ酸の相同性は見られないが、PIKKファミリー間で共通してみられるαへリックスリピートに富む領域が存在する。また、種間で相同性が高い領域(OCR1-3)も存在する。N末端側の様々な欠損変異体を用いてキナーゼ活性を見当した結果、N末端側1674アミノ酸以上の領域の配列を小さく欠損させた全ての変異体でキナーゼ活性が消失した。このことから、N末端側の広い領域がキナーゼ活性に必須であることが示唆された。

以上のin vitroにおけるhSMG-1変異体のキナーゼ活性の消失が、基質であるhUpf1との相互作用によるためなのか調べるために、作製したhSMG-1変異体とhUpf1との相互作用を共免疫沈降法により検討した。その結果、全ての変異体においてhUpf1との相互作用が確認され、変異体におけるキナーゼ活性消失は基質との相互作用ができないためではないことが示唆された。

ATMでは分子間相互作用がキナーゼ活性に重要であることが報告されているため、異なるタグを付加したhSMG-1を用いて免疫沈降法により相互作用を検討した。その結果、SMG-1どうしの相互作用が見られ、さらにN末端側、C末端側の両方で相互作用した。このことから、hSMG-1は細胞内で分子間、または分子内相互作用をしていることが示唆された。

さらに、hSMG-1と相互作用すると報告されており、hUpf1の脱リン酸化に関与するhSMG-7とhSMG-1の相互作用部位をhSMG-1変異体と内在性hSMG-7との共免疫沈降法により検討した結果、N末端側1-162アミノ酸の領域でhSMG-1はhSMG-7と相互作用することが示唆された。

以上の結果から、hSMG-1において、触媒ドメインから遠く離れたN末端側領域とC末端側領域がキナーゼ活性に重要であることが明らかになった。同じファミリーに属するDNA-PKcsの立体構造の知見と比較すると、hSMG-1のN末端領域とC末端領域は立体構造的に触媒ドメインの近傍に位置し、触媒活性ドメインのコンフォメーションに重要であると考えられた。さらに、hSMG-7がhSMG-1のN末端側と相互作用することによりhSMG-1のコンフォメーションが変化し、hSMG-1のキナーゼ活性が制御されるのではないかと考えられた。

さらに本論文では、hSMG-1を始めとするNMD関連タンパク質の細胞内局在を検討している。その結果、NMD関連タンパク質のうちhSMG-1とhUpf1は酸化ストレス依存的にstress granulesと呼ばれる構造体に局在することが明らかとなった。Stress granulesは翻訳の止まったmRNAが貯蔵される場所と考えられており、NMD以外にもhSMG-1、hUpf1がmRNAの動態について役割を担う可能性が考えられた。

以上、本論文はhSMG-1の構造とキナーゼ活性の相関関係を明らかにし、hSMG-1の立体構造モデルを予測している。さらに細胞内において、hSMG-1とその基質であるhUpf1が酸化ストレス依存的にstress granulesに局在するということを明らかにしている。本研究から得られたhSMG-1の構造活性相関の基礎的なデータは、今後hSMG-1の活性制御、さらにはNMDの制御の研究に十分に貢献するものと考えられ、また細胞内局在の結果は、hSMG-1やhUpf1のNMD以外の機能を示唆する興味深い知見である。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するに相応しいと認定した。

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