学位論文要旨



No 122871
著者(漢字) 遠藤,大昌
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,ダイスケ
標題(和) アクチビンA-フォリスタチン系による肝再生の調節
標題(洋)
報告番号 122871
報告番号 甲22871
学位授与日 2007.05.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2959号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 國土,典宏
 東京大学 講師 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

肝臓は再生能が高い臓器である。部分肝切除を行った場合は、比較的短期間のうちに残存肝の再生(正確には代償性肥大)が生じて、もとの肝重量まで回復する。しかしながら、臨床の場で、その再生能をさらに補助・コントロールできれば、と思われることが多い。そうすれば、これまで切除不能であった肝腫瘍の手術適応の拡大や、生体肝移植のドナー不足の解消につながると考えられる。このためには、肝再生の仕組みについて、さらなる理解が必要である。本研究では、特にアクチビンA‐フォリスタチン系に着目して、肝再生のメカニズムを調べた。

アクチビンAは、肝細胞で産生・分泌され、肝細胞に対しては、部分肝切除後の肝再生終了時の増殖停止に寄与したり、平常時の肝容積を一定に保つ働きを持っていることが知られている。また、肝星状細胞のマトリックス産生を促す働きもある。しかし、類洞内皮細胞に対する作用については知られていない。肝再生には、肝細胞の増殖だけでは不十分で、上記の如く、非実質細胞の増殖、またさまざまな細胞の配置・関係が正しく制御され、肝の組織構築(小葉構造)が正しく形作られることが、再生した肝臓が正常な機能を果たすために必要である。この構造は、肝再生の過程でいったん失われ、その後、再び形成される。この構造では、肝の類洞と呼ばれる構造が重要であり、したがって、この再構築の過程で、(肝細胞とともに)類洞内皮細胞が重要な役割を果たしていると考えられる。類洞内皮細胞の制御には、肝細胞で作られるVEGFが重要な働きを果たしているが、血管内皮細胞の増殖を抑制することを考えると、類洞内皮細胞に対して、何らかの作用を持っている可能性は十分考えられる。このため、今回まず、類洞内皮細胞に対するアクチビンA‐フォリスタチン系の作用について、研究を行った。

ラット肝を、コラゲナーゼ溶液で灌流して細胞を分離し、遠心操作によって、主に類洞内皮細胞を含む分画を分離して、これを培養した。単層培養では、アクチビンAはVEGFと相乗的に働いて、細胞の生存を改善し、アポトーシスを防ぐことがわかった。また、コラーゲンゲル中の培養では、やはりVEGFと相乗的に働いて、毛細管構造形成を生じた。いずれもアクチビンA単独では効果がなかったことから、その機序を調べたところ、アクチビンAはVEGFの発現には影響していなかったが、VEGFの受容体であるFlt-1およびFlk-1の発現を増加させていることが判明した。また、VEGFは、アクチビンのβAサブユニットの発現を増加させた。逆に、VEGFの作用は、アクチビンのアンタゴニストであるフォリスタチンによって阻害された。以上のように、肝細胞に対しては増殖抑制因子として働いているアクチビンAが、類洞内皮細胞に対しては、VEGFの受容体の発現を通して、増殖促進および分化誘導に働いていることがわかった。

続いて、フォリスタチンは、肝再生を著しく亢進させるが、以前の実験で、ラットの90%肝切除モデルにおいて、血清ビリルビンの値の上昇が見られたことから、この肝再生亢進が、生体にとって本当に有益であるかどうかを調べることとした。これが、実際には有害であるとすると、逆に(少量のアクチビンAを投与して)肝再生を適度に抑制することが有益である可能性があると予想した。90%肝切除時に、門脈内にフォリスタチン300ngまたはアクチビンA 100ngを投与して、コントロール群(生理食塩水を投与)と比較した。その結果、フォリスタチン群では、肝細胞のDNA合成(BrdU標識により判定)は著明に亢進し、残肝重量から計算した肝再生率も高い値となった。これに対して、アクチビンA群では、コントロールよりもさらにDNA合成が抑えられ、肝再生率は低値であった。しかし、フォリスタチン群では、血清ビリルビン値は有意に上昇し、血清グルコース値は有意に低下した。アクチビン群ではコントロール群と比較して有意差はないものの、より血清ビリルビン値は低く、血清グルコース値は高く保たれる傾向にあった。また、120時間後の残肝の組織像は、コントロール群およびアクチビン群では、類洞構造が再構築され、肝細胞索構造が見られるのに対して、フォリスタチン群では、類洞構造が未だ作られておらず、肝細胞はバラバラに並んでいる状態であった。以上から、90%肝切除モデルにおいて、フォリスタチン投与によって肝再生を亢進させることは、生体にとって、かえって有害であることを示した。アクチビンAの投与では、有意差は生じなかったものの、より血清ビリルビン値は低く、血清グルコース値は高く保たれる傾向にあったことから、少量のアクチビンAの投与により、適度に肝再生を抑制することによって、おそらくはアクチビンAの分化誘導能を介して、生体にとってより有益な状態に導くことができる可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肝再生の過程で、肝細胞に対しては増殖の停止に重要な関与が知られているアクチビンAと、それに拮抗するフォリスタチンの系が、類洞内皮細胞に対してどのような作用を及ぼしているかについて解析を行ったものであり、また、それに加えて、ラット90%肝切除モデルを利用して、この系の、さまざまな細胞に対する異なる作用が、全体としてin vivoでどのような影響を生じるかの解析を行っており、これらによって以下の結果を得ている。

1.ラットより初代培養で得た類洞内皮細胞を使用して、アクチビン-フォリスタチン系の作用を調べた結果、

1)類洞内皮細胞は血管内皮増殖因子(VEGF)を加えるとアポトーシスが生じずに生存し、増殖を引き起こされることがすでに知られていたが、アクチビンA(25ng/ml)は単独でもある程度アポトーシスを抑制し、また少量のVEGF(5ng/ml)とともに加えると、VEGF単独で最大限の増殖を引き起こす濃度(50ng/ml)に匹敵する増殖効果が得られた。

2)コラーゲンゲル内で3次元培養を行い、管腔形成作用を解析したところ、アクチビンA(25ng/ml)は単独では管腔形成作用を持たないが、VEGF単独でもっとも管腔形成を生じる場合(50ng/ml)と比較して、両者(VEGF50ng/mlおよびアクチビンA25ng/ml)を加えた場合、有意に管腔形成の程度が大であった。

3)ウェスタンブロットにより、アクチビンAはVEGFの産生には影響しないが、VEGFの受容体であるFlt-1およびFlk-1のアップレギュレーションを生じていることがわかり、これは類洞内皮細胞に対するアクチビンAの作用の機序の少なくとも一部であると考えられた。VEGFのほうは、アクチビンAの産生を引き起こした。

4)アクチビンAは投与後24時間を過ぎてからフォリスタチンの産生を引き起こしていた。

2.ラット90%肝切除というモデルを利用して、肝細胞の増殖は抑制し、類洞内皮細胞の増殖には促進的に働くアクチビンA、およびその作用を阻害するフォリスタチンが、in vivoでどのような影響を及ぼすか調べた結果、

1)フォリスタチンを投与すると、コントロールやアクチビンAを投与した群と比較して、細胞のDNA合成の指標であるBrdUラベリング指数や、肝重量の増加を反映する肝再生率からみると、肝再生を亢進させるが、これに伴って、血清のビリルビン値が高値、グルコース値が低値となり、生体に不利益を生じている一面があると考えられた。また、120時間後の組織像では、フォリスタチンを投与した群のみ、類洞構造が回復していない状態であった。

2)アクチビンAを投与すると、BrdUラベリング指数や肝再生率は低下し、肝再生は抑制されたが、有意ではないもののコントロールよりも血清のビリルビン値は低値、グルコースは高値となり、類洞構造も回復していて、生体にとってはむしろ好ましい作用を生じている可能性が示唆された。

以上、本論文は、in vitroで類洞内皮細胞に対するアクチビンA-フォリスタチン系の作用を明らかにし、またin vivoではラット90%肝切除モデルにおいて、フォリスタチンが肝再生を亢進させるものの、生体に不利と考えられる作用を生じることを明らかにした。本研究は、肝再生において、さまざまな因子が織り成す複雑なネットワークの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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