学位論文要旨



No 122882
著者(漢字) 林,孟磊
著者(英字)
著者(カナ) リン,メングレイ
標題(和) MELK (maternal embryonic leucine zipper kinase) タンパク質のアポトーシス促進因子Bcl-Gとの結合を通じた乳癌の発癌への関与
標題(洋) MELK, maternal embryonic leucine zipper kinase, involved in mammary carcinogenesis through interaction with Bcl-G, a pro-apoptotic member of Bcl-2 family
報告番号 122882
報告番号 甲22882
学位授与日 2007.06.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2960号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 准教授 福嶋,敬宜
 東京大学 准教授 後藤,典子
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、近年本邦においても増加傾向にある乳癌の新規治療薬の開発およびその発症・進展のメカニズムを分子レベルで解明するために、当研究室で構築しているcDNAマイクロアレイを用いた乳癌の遺伝子発現情報解析を通じて、乳癌の発生母地である正常乳管細胞に比して乳癌細胞において高頻度に発現亢進を認めるキナーゼタンパク質をコードするMELK(maternal embryonic leucine zipper kinase) 遺伝子に着目し、その機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.乳癌臨床検体より抽出したmRNAを用いた半定量的RT-PCR法および乳癌細胞株とヒト正常臓器由来mRNAを用いたノザン解析の結果、MELK遺伝子はほとんどの乳癌細胞において高発現を示す一方、治療薬開発のために重要な観点である正常臓器での発現は、精巣、小腸および胸腺にて若干認めるもののほとんどの臓器において認めなかった。

2.MELK遺伝子の乳癌の細胞増殖への関与を調べるために、MELKの高発現を認める2種類の乳癌細胞株(T47DおよびMCF7)にMELK遺伝子特異的small-interfering RNA (siRNA)発現ベクターを導入し、この遺伝子の発現を特異的に抑制した結果、その発現が転写およびタンパク質レベルともに効果的に抑制され、顕著な細胞増殖抑制効果が認められた。このことより、MELKは乳癌細胞の増殖に重要な役割を果たすことが示めされた。

3.乳癌細胞におけるMELKタンパク質の機能を調べるために、野生型MELKとキナーゼ不活性型変異MELKの組み換えタンパク質をそれぞれ乳癌細胞の細胞可溶化液とインキュベーション後、in vitro pull-downアッセイ法および質量分析法を行った。その結果、野生型MELK特異的に結合するタンパク質として、Bcl-2ファミリーメンバーでアポトーシス促進性因子であるBcl-GLを同定した。MELKおよびBcl-GLの発現ベクターを用いた免疫沈降法およびin vitro結合法により、両タンパク質の相互作用を確認し、その結合はMELKのアミノ末端12-71アミノ残基の領域を介することも明らかにした。さらに、免疫複合体キナーゼアッセイ法および組み換えタンパク質を用いたin vitroキナーゼアッセイ法により、野生型MELKがin vitroにおいてBcl-GLを直接リン酸化することを明らかにし、Bcl-GLがMELKの基質である可能性を示した。

4.アポトーシス促進性因子Bcl-GLは、ほ乳類細胞に過剰発現することによってアポトーシス作用を促進することが知られていることから、MELKによるBcl-GLのリン酸化がアポトーシスに与える影響をTUNELアッセイによって調べた。野生型MELKおよびBcl-GLを共発現した細胞では、Bcl-GL単独に比してTUNEL陽性細胞の明らかな減少を示したのに対して、キナーゼ不活性型変異MELKを導入した細胞では、陽性細胞の変化はほとんど認められなかった。以上の結果は、sub-G1細胞の測定によるFACS解析においても同様の結果が認められた。これらのことより、MELKによるBcl-GLのリン酸化が、そのアポトーシス作用を制御している可能性が示された。

以上、本論文は、ゲノムワイドな遺伝子発現情報解析を通じて同定した乳癌特異的遺伝子MELKがそれ自身のキナーゼ活性によるアポトーシス促進性因子Bcl-GLのリン酸化を介して、そのアポトーシス作用を阻害することで乳癌の発症進展に重要な役割を担っていることをはじめて明らかにした。また治療を考える上で、MELKは、正常臓器での発現が極めて低いことから、MELKを標的とした抗がん剤の開発は重篤な副作用が起こる恐れが少ないことが期待される。以上より、本研究は、乳癌新規分子標的治療薬の開発および乳癌発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、近年本邦においても増加傾向にある乳癌の新規治療薬の開発およびその発症・進展のメカニズムを分子レベルで解明するために、当研究室で構築しているcDNAマイクロアレイを用いた乳癌の遺伝子発現情報解析を通じて、乳癌の発生母地である正常乳管細胞に比して乳癌細胞において高頻度に発現亢進を認めるキナーゼタンパク質をコードするMELK(maternal embryonic leucine zipper kinase) 遺伝子に着目し、その機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.乳癌臨床検体より抽出したmRNAを用いた半定量的RT-PCR法および乳癌細胞株とヒト正常臓器由来mRNAを用いたノザン解析の結果、MELK遺伝子はほとんどの乳癌細胞において高発現を示す一方、治療薬開発のために重要な観点である正常臓器での発現は、精巣、小腸および胸腺にて若干認めるもののほとんどの臓器において認めなかった。

2.MELK遺伝子の乳癌の細胞増殖への関与を調べるために、MELKの高発現を認める2種類の乳癌細胞株(T47DおよびMCF7)にMELK遺伝子特異的small-interfering RNA (siRNA)発現ベクターを導入し、この遺伝子の発現を特異的に抑制した結果、その発現が転写およびタンパク質レベルともに効果的に抑制され、顕著な細胞増殖抑制効果が認められた。このことより、MELKは乳癌細胞の増殖に重要な役割を果たすことが示めされた。

3.乳癌細胞におけるMELKタンパク質の機能を調べるために、野生型MELKとキナーゼ不活性型変異MELKの組み換えタンパク質をそれぞれ乳癌細胞の細胞可溶化液とインキュベーション後、in vitro pull-downアッセイ法および質量分析法を行った。その結果、野生型MELK特異的に結合するタンパク質として、Bcl-2ファミリーメンバーでアポトーシス促進性因子であるBcl-GLを同定した。MELKおよびBcl-GLの発現ベクターを用いた免疫沈降法およびin vitro結合法により、両タンパク質の相互作用を確認し、その結合はMELKのアミノ末端12-71アミノ残基の領域を介することも明らかにし、この領域の細胞浸潤性合成ペプチドにより結合を阻害することで乳癌細胞の増殖が抑制されることも証明した。さらに、免疫複合体キナーゼアッセイ法および組み換えタンパク質を用いたin vitroキナーゼアッセイ法により、野生型MELKがin vitroにおいてBcl-GLを直接リン酸化することを明らかにし、Bcl-GLがMELKの基質である可能性を示した。

4.アポトーシス促進性因子Bcl-GLは、ほ乳類細胞に過剰発現することによってアポトーシス作用を促進することが知られていることから、MELKによるBcl-GLのリン酸化がアポトーシスに与える影響をTUNELアッセイによって調べた。野生型MELKおよびBcl-GLを共発現した細胞では、Bcl-GL単独に比してTUNEL陽性細胞の明らかな減少を示したのに対して、キナーゼ不活性型変異MELKを導入した細胞では、陽性細胞の変化はほとんど認められなかった。以上の結果は、sub-G1細胞の測定によるFACS解析においても同様の結果が認められた。これらのことより、MELKによるBcl-GLのリン酸化が、そのアポトーシス作用を制御している可能性が示された。

以上、本論文は、ゲノムワイドな遺伝子発現情報解析を通じて同定した乳癌特異的遺伝子MELKがそれ自身のキナーゼ活性によるアポトーシス促進性因子Bcl-GLのリン酸化を介して、そのアポトーシス作用を阻害することで乳癌の発症進展に重要な役割を担っていることをはじめて明らかにした。また治療を考える上で、MELKは、正常臓器での発現が極めて低いことから、MELKを標的とした抗がん剤の開発は重篤な副作用が起こる恐れが少ないことが期待される。以上より、本研究は、乳癌新規分子標的治療薬の開発および乳癌発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク