学位論文要旨



No 122885
著者(漢字) 小田,健昭
著者(英字)
著者(カナ) オダ,タケアキ
標題(和) DNA損傷によって誘導される新規RNA結合タンパク質D8の同定と機能解析
標題(洋) Identification and characterization of D8, a novel RNA-binding protein,induced by DNA damage
報告番号 122885
報告番号 甲22885
学位授与日 2007.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5078号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
内容要旨 要旨を表示する

DNAは生命の根幹をなす遺伝物質であり、細胞を構成するタンパク質の設計図でもあるため、細胞内で最も重要な役目を担う物質の一つと考えられる。DNAは外部からの物理的また化学的な刺激によって損傷を受ける。これらの損傷は結果的にDNAの転座、欠損、点変異などを引き起こし、細胞の形質を変えて、細胞が帰属する組織や個体などに重大な欠陥をもたらすことになる。そのため、細胞はこのDNA損傷に対する防御反応を備えている。具体的には程度の弱い損傷に対しては細胞周期を止め、損傷箇所を修復する。さらに、損傷が激しい場合、細胞死(apoptosis)や細胞老化(senescence)を選択することにより、組織や個体全体の恒常性を保つ。これらDNA損傷に対する細胞の制御機構は多くの遺伝子による分子基盤によって支えられ、複雑、巧妙に成り立っている。

この分子基盤の主要構成因子の一つが癌抑制遺伝子p53である。p53遺伝子の変異・欠損は約50%の腫瘍において発見されていて、p53が正常な腫瘍においてもp53を抑制するMDM2などが異常元進していることが明らかになっている。また、p53遺伝子欠損マウスは高頻度に腫瘍を発生する。p53はDNA損傷や酸化ストレスなど外因性のストレスに応答し細胞周期の停止、細胞老化やアポト―シスを誘導することが明らかになっている。癌で見出されるp53の変異は殆どがアミノ酸置換の起こるミスセンス変異であり、その変異がDNA結合ドメインに集中していることから、p53の最も重要な機能は標的遺伝子の転写活性化能であることが推測される。p53の標的遺伝子は大きく分けて4種類に分けられる。第1に細胞周期を止め損傷を受けたDNAの修復に関与する遺伝子、第2にアポト―シスを誘導する遺伝子、第3に血管新生や浸潤など癌の悪性化に関連する遺伝子、第4にp53シグナルの制御遺伝子である。p53は必要に応じた様々な修飾を受けることによって、活性化状態や共役因子を変えて、状況に適した標的遺伝子の発現を誘導する。多くのp53標的遺伝子が同定されている一方、包括的なゲノム解析などから、未だに明らかになっていない多くの標的遺伝子が存在することが予測されている。そのため、新たなp53標的遺伝子の同定と機能解析によって、恒常性の制御機構が解明されると期待される。

mRNAの分解制御など遺伝子の転写後調節は遺伝子発現調節機構の一つとして精力的に研究されてきた。近年、miRNAなどの低分子RNAが発見され、シグナル特異的また配列特異的なmRNAの分解制御がさらに注目されている。mRNAの配列特異的な分解制御はmRNAの3'UTRに依存的であることが多い。AU―richelement(ARE)はその分解を制御する配列として半減期の短いmRNAに見出されている。AREを含むmRNAはc.mycなどの原癌遺伝子からIL-1などのサイトカインまで多岐にわたる。AREに結合するタンパク質も数種類発見され、AREを介したmRNAの分解が組織特異的、シグナル特異的に、複雑に制御されていることが明らかになりつつある。AREが存在するmRNAとしてBim-mRNAが知られている。BimはBH3ーonlyファミリ-に属し、その遺伝子産物はBcE2と直接相互作用することによって、アポトーシスを誘導する。

Bimの遺伝子欠損マウスは胸腺細胞の選択に異常が起こり、自己免疫疾患を引き起こす。免疫系におけるBimの発現制御にもAREを介したmRNAが関与していると考えられており、その制御機構が注目されている。

本研究では、p53依存的にDNA損傷によって発現誘導される遺伝子として、新規RNA結合遺伝子D8を同定した。デ―夕べ-ス検索の結果、D8遺伝子産物がN末端に二つのhnRNPKhomology(KH)ドメイン、C末端にRINGフィンガードメインを持つ569アミノ酸からなるタンパク質であることが明らかになった。さらに、D8は線虫からヒトに至るまで高度に保存されていて、脊椎動物では、4遺伝子からなるファミリ―を形成していることが明らかになった。

プロモ-タ―アッセイやク口マチン免疫沈降法など詳細な発現解析の結果、p53がD8プロモ-夕一に直接結合し、D8の転写を活性化していることが明らかになった。p53は細胞がDNA損傷を受けることによって活性化されるため、DNA損傷によるD8の発現制御を検討した。その結果、DNA損傷を引き起こす様々な薬剤を細胞に添加することによって、D8の発現が誘導されることが明らかになった。また、siRNAによってp53の発現を抑制すると、DNA損傷によるD8の発現誘導が阻害された。これらの結果から、D8はDNA損傷によってp53依存的に発現誘導されると考えられる。さらに、DNA損傷によるD8の発現誘導にはp73やE2F1などの転写因子が関与している可能性が示され、D8の転写制御が複数の転写因子によって複雑に制御されていることが示唆された。

D8の生体内における機能、特にDNA損傷によって発現誘導される意義を明らかにするために、培養細胞へD8を強制発現し、フロ-サイトメトリ―解析を行った。その結果、D8を強制発現した細胞ではアポトーシスが起こっていることが確認された。

そこで次に、p53やDNA損傷によるアポトーシス誘導に対するD8の関与を検証した。

siRNAによってD8の発現が抑制された細胞群では、p53の強制発現やDNA損傷によって誘導されるアポトーシス細胞が顕著に減少していた。この結果から、DNAが損傷を受けると活性化したp53がD8の発現を誘導することによってアポトーシスを誘導していると考えられ、D8がDNA損傷に対する生体の防御機構の中で重要な役割を果たしていることが示唆された。

KHドメインを欠損させたD8は細胞増殖の抑制能がほとんどないことから、D8のアポト―シス誘導能にはKHドメインが重要であると考えられる。D8によるアポト-シス誘導の機序を明らかにするために、D8がKHドメインを介して結合するmRNAの探索を行った。その結果、D8の強制発現によってBimのmRNAが安定化していることが見出された。さらに、DNA損傷がD8を介して、Bimの発現を促進していることも明らかになった。免疫沈降実験によって、細胞内でD8とBim-mRNAが相互作用していることが示唆されたため、この相互作用をinvitroにおいても検証した。Bim-mRNAの3'UTRにはAREが8箇所存在し、そのうち4箇所がマウスにおいても保存されている。invitroUVク口スリンクアッセイ及びinvitrodegradationアッセイの結果、D8はKHドメインを介してBim3'UTR内のAREに結合することにより、Bim-mRNAを安定化していることが示唆された。

D8がBimmRNAを安定化し、Bimの発現を促進していることが明らかになったため、D8のアポトーシス誘導能へのBimの関与を検証した。siRNAによってBimの発現が抑制された細胞群では、D8の強制発現によって誘導されるアポト―シス細胞が顕著に減少していた。D8がBimmRNAを安定化することによってBimの発現を促進し、アポト―シスを誘導していることが明らかになった。

本研究によりDNA損傷のアポトーシス誘導に新規遺伝子D8が関与し重要であることが示された。DNA損傷がアポト-シスを誘導する機構に転写後調節が関与していることを示す報告はわずかであり、本研究によって新たなアポト-シス誘導の制御機構が提示された。

DNA損傷への応答やp53シグナル経路に異常が起こると癌が発生することから、D8も癌抑制遺伝子として機能している可能性があると推測され、今後、腫瘍などでD8の欠損や変異が見出される可能性が期待される。また、Bim遺伝子欠損マウスは胸腺細胞の選択に異常が生じ、自己免疫疾患を発祥することが知られており、D8と免疫系の関与も興味深い。

一方、D8の発現が今回明らかになった機構以外でも制御されている可能性が示唆された。D8の発現を制御する新たな機構を発見することによって、D8遺伝子の生理的意義についての理解が深まると考えられる。また、D8のKHドメインと相互作用するmRNAはBim以外にも多数存在しているはずであり、今後網羅的なスクリーニング系を構築する予定である。新たなD8結合mRNAの発見によって、未知なるD8の機能が明らかになる可能性がある。mRNAの分解制御機構については未だ明らかになっていない点も多く、D8のmRNA安定化機構の詳細な解析によって、新たな転写後調節の制御機構が明らかになることが期待される。

D8によるアポトーシス誘導の概略図

審査要旨 要旨を表示する

DNAは生命の根幹である遺伝物質であり、細胞を構成するタンパク質の設計図でもあるため、細胞内で最も重要な役目を担う物質の一つと考えられる。DNAは外部からの物理的また化学的な刺激によって損傷を受ける。これらの損傷は結果的に細胞の形質を変え、細胞が帰属する組織や個体などに重大な欠陥をもたらすことになる。そのため、細胞はこのDNA損傷に対する防御反応を備えている。DNA損傷に対する細胞の制御機構は多くの遺伝子による分子基盤によって支えられ、複雑、巧妙に成り立っている。

この分子基盤の主要構成因子の一つが癌抑制遺伝子p53である。p53遺伝子の変異・欠損は約50%の腫瘍において見出されている。p53は転写因子で、多くのp53標的遺伝子が同定されている一方、包括的なゲノム解析などから、未だに明らかになっていない多くの標的遺伝子が存在することが予測されている。

近年、miRNAなどの低分子RNAが発見され、シグナル特異的また配列特異的なmRNAの分解制御がさらに注目されている。mRNAの配列特異的な分解制御はmRNAの3'UTRに依存的であることが多く、その中でもAREはその分解を制御する配列として半減期の短いmRNAに見出されている。AREが存在するmRNAとしてBim-mRNAが知られている。BimはBH3-onlyファミリーに属し、その遺伝子産物はBcl2と直接相互作用することによって、アポトーシスを誘導する。Bimの発現制御にもAREを介したmRNAが関与していると考えられており、その制御機構が注目されている。

本研究では、p53依存的にDNA損傷によって発現誘導される遺伝子として、新規RNA結合遺伝子D8を同定した。さらに、D8がBim-mRNAに相互作用し安定化することによって、DNA損傷によって誘導されるアポトーシスに重要な役割を果たしていることを明らかにした。

D8タンパク質はN末端に二つのhnRNP K homology(KH)ドメイン、C末端にRINGフィンガードメインを持つ569アミノ酸からなるタンパク質である。本研究では、プロモーターアッセイやクロマチン免疫沈降法など詳細な発現解析の結果、p53がD8プロモーターに直接結合し、D8の転写を活性化していることが明らかになった。また、DNA損傷を引き起こす様々な薬剤を細胞に添加することによって、D8の発現が誘導されることが明らかになった。さらに、siRNAによってp53の発現を抑制すると、DNA損傷によるD8の発現誘導が阻害された。この結果によって、D8がDNA損傷によってp53依存的に発現誘導されていることを示された。

D8の生体内における機能、特にDNA損傷によって発現誘導される意義を明らかにするために、培養細胞へD8を強制発現し、フローサイトメトリー解析を行った。その結果、D8を強制発現した細胞ではアポトーシスが起こっていることが確認された。さらに、siRNAによってD8の発現が抑制された細胞群では、p53の強制発現やDNA損傷によって誘導されるアポトーシス細胞が顕著に減少していた。この結果から、DNAが損傷を受けると活性化したp53がD8の発現誘導することによってアポトーシスを誘導していると考えられ、D8がDNA損傷に対する生体の防御機構の中で重要な役割を果たしていることが示唆された。

KHを欠損させたD8は細胞増殖の抑制能がほとんどないことから、D8のアポトーシス誘導能にはKHドメインが重要であると考えられる。D8によるアポトーシス誘導の機序を明らかにするために、D8がKHドメインを介して結合するmRNAの探索を行った。D8の強制発現によってBimのmRNAが安定化していることが見出され、さらに、細胞内でD8とBim-mRNAが相互作用していることが示唆されたため、この相互作用をin vitroにおいても検証した。in vitro UVクロスリンクアッセイ及びin vitro degradationアッセイの結果、D8はKHドメインを介してBim3'UTR内のAREに結合することにより、Bim-mRNAを安定化していることが示唆された。さらに、D8のアポトーシス誘導能へのBimの関与を検証したところ、siRNAによってBimの発現が抑制された細胞群では、D8の強制発現によって誘導されるアポトーシス細胞が顕著に減少していた。D8がBim-mRNAを安定化することによってBimの発現を促進し、アポトーシスを誘導していることが明らかになった。

以上のように、本研究ではDNA損傷によってp53依存的に転写誘導される新規遺伝子D8を同定した。さらに、D8がBim mRNA3'UTRに直接結合し、Bim mRNAを安定化することによってアポトーシスを誘導することが明らかになった。D8を抑制した細胞はDNA損傷によるアポトーシスに対して耐性を得ることから、D8はDNA損傷によるアポトーシス誘導に重要な役割を果たしていることが示された。すなわち、DNA損傷に対する細胞応答における転写後調節の重要性を明らかにしたものであり、これまで示されていなかった機構を明らかにした極めて重要な研究である。なお、本論文は廣子貴俊、秋山徹との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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