学位論文要旨



No 122886
著者(漢字) 白井,重範
著者(英字)
著者(カナ) シライ,シゲノリ
標題(和) 茅盾的「作家精神」の形成と発展に関する研究
標題(洋)
報告番号 122886
報告番号 甲22886
学位授与日 2007.06.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第757号
研究科 総合文化研究科
専攻 地域文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 代田,智明
 東京大学 教授 並木,頼寿
 東京大学 准教授 安岡,治子
 東京大学 准教授 伊藤,徳也
 日本女子大学 教授 近藤,龍哉
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、20世紀中国において様々な意味で大きな位置を占めた作家茅盾の、「作家精神」について、それが誕生し発展していく様を、主として彼の小説を読解することから跡付け、茅盾文学の性質と特徴とを明らかにしたものである。まず序章において、茅盾が作家としてデビューするまでの伝記的側面を概観した上で、本稿の目的と立場を示した。第1章「『蝕』三部作精読-人物像を中心に」では、茅盾の処女作である『蝕』三部作について、作中人物の性格的特徴や足取りおよび革命観を整理しながら、プロットを詳細に説明した。第2章から第7章までは「作家精神の形成」と題し、『蝕』三部作や短編小説集『野薔薇』の分析を通して、茅盾が国民革命失敗の衝撃を経て、「幻滅」から立ち直る中で、それまでの社会運動家や文芸評論家としての彼にはなかった新しい精神状況が生じたことを確認した。第8章「茅盾と現実-1930年前後」と第9章「革命文学について-茅盾と銭杏邨」では、茅盾の作家精神が当初の自己省察から発展する契機と、発展の方向について考察した。終章「『子夜』私論」では、茅盾の代表作である『子夜』において、本稿で提示した作家精神がどのように作用しているかを明らかにした。

茅盾は多くの社会的な顔を持ち、優れた小説をものした「作家」以外に、1920年代初頭には、はやくも中国新文学を理論的に牽引する「文芸評論家」として活躍しており、1925年には中国の無産階級革命文学について最初の本格的な論文を発表してもいる。中国共産党創立以来の党員でもあり、中共中央の連絡員や宣伝工作の責任者としても活躍した。やがて人民共和国成立後には、文化部長として共産党政権の文化政策の最高責任者として、文学制度化の立役者ともなる。しかし、茅盾の1920年代末から40年代に至る作家活動においては、「偉大な共産主義の戦士」といった評価とは重ならない精神の有り様がみられる。本稿ではそれを「作家精神」と呼び、茅盾の「作家」としてのパーソナリティを抽出することに努力を払った。そのため、まず第1章では『蝕』三部作の人物像に注目し、左翼理論を用いて物語を主題に従属させたとしばしば否定的にいわれる茅盾小説の「主題先行」という特徴が、『蝕』においては当てはまらないことを示した。

第1章における整理をふまえて、第2章以下、「作家精神」が形成されていく様子を追った。『蝕』三部作は、第1部『幻滅』、第2部『動揺』、第3部『追求』によって構成される。『幻滅』は章静という女性主人公の革命や恋愛への幻滅を通して、ある一人の青年が国民革命にどう対処したかが描かれる。第3章では、一般に幻滅を繰り返すだけだととらえられ、茅盾自身にも彼女の前途は「一面の灰色」と述べられる章静の形象が、必ずしも消極的方向性を持つとは限らず、『幻滅』はむしろ章静の成長物語であると指摘した。また、『幻滅』に述べられた章静の心理的成長の方向性は、茅盾のそれとかなりの部分で一致し、そこに社会変動に直面した女性の、恋愛や革命に対する複雑な感情を組み合わせたものであることを明らかにした。

第4章では『蝕』第2部『動揺』について、登場人物の多くに共通するとまどいが、国民革命当時の政治的社会的背景からして必然的なものであり、それが国民党と共産党、さらにはコミンテルンの政策の違いによってもたらされたものであることを明らかにした。茅盾にとって、革命失敗の原因は革命陣営内部の矛盾に求めることができ、茅盾の幻滅も直接にはそれに起因する。ただし、社会矛盾に対する幻滅は、やがて自らの能力や理論にまで波及し、茅盾は自己省察の必要を悟る。彼が自己省察に向かう起点が『動揺』に見られることを指摘した。さらに、『動揺』のモデルとなった事件を、かつて茅盾が編集長を務めた『漢口民国日報』の記事から洗い出し、それが湖北省鍾祥県において実際に発生した「五二八惨案」と呼ばれるものであることを明らかにし、事件の概要を示した。「五二八惨案」は、土豪劣紳と匪賊の策動が大規模な白色テロに発展した、国民革命の失敗を印象づける典型的事件であり、また、この事件の特徴こそが『動揺』後半部に顕著な緊迫感を創り出したことを指摘した。

第5章では、茅盾が愛読した北欧神話における厳格な運命の枠組みが、『動揺』のプロットに強く影響したことを明らかにし、また茅盾が現実を理解する際にも、運命が大きな位置を占めることを指摘した。また、『蝕』第3部『追求』において、現在進行形の社会風俗を描くにあたり、1920年代の茅盾が有していた甘さを自ら笑い飛ばし、時代の省察へと向かう様子が、短篇小説「創造」に現れていることを明らかにした。

第8章では、茅盾が現在を司る北欧の運命の女神ヴェルダンディを精神の先導としたことに注目し、茅盾の現実観が現在に限定された非常に特殊なものであることを明らかにし、また1930年前後において、十月革命後のロシア思潮の影響が大きくなること、それが「作家精神」の発展と一定の関係を有することを指摘した。第9章では、茅盾の『蝕』や『野薔薇』を痛烈に批判した銭杏邨との認識の相違を、茅盾の「論無産階級芸術」、「従〓嶺到東京」、「読『倪煥之』」、「写在『野薔薇』的前面」等に対する銭杏邨の評価を見る中で跡付けた。銭杏邨は日本の文芸批評家蔵原惟人の影響を受けることで批評原理を転換したが、茅盾もまた国民革命の前後で「作家精神」の獲得によって現実認識を大きく変化させており、銭杏邨の茅盾批判が茅盾の変化に起因することを明らかにした。

終章においては、これまで追ってきた「作家精神」の内実を明確にするとともに、それが茅盾の代表作『子夜』に結実するする様を「私論」としてまとめた。

茅盾は当初自らの幻滅を脱却すべく、幻滅をもたらした原因であるところの現実社会を分析したが、その際に現状の不条理を運命の枠組みを導入して把握した。また悲観消沈から抜け出すため、北欧の運命の女神ヴェルダンディを自らの精神の先導とした。茅盾は現在を過去や未来から切り離した上で、それを唯一の奮闘対象とした。厳格な運命に支配された現実にあって、現在だけは自らの意志による働きかけが可能であり、このことの発見によって茅盾は頽廃から免れ、やがて自らの幻滅を中心的課題とするのではなく、絶望へ抗戦を挑むべく、今度は社会の客観的分析の方に重心を置くようになる。その際には社会科学の理論を積極的に取り込む必要がでてくるが、しかしそれを現実を支配する運命の枠組みの中に置くことによって、様々な階級の人々の悲喜劇を立体的に描くことが可能となった。物語の結末は必然として提示され、必ずしも確固とした理由付けがなされるわけではないが、不可知な事象を必然としてのみ提示する茅盾の小説は、結果的にかえってリアリティを獲得することにつながったと見られる。「作家精神」の特徴として挙げられる現実主義的態度、現在への執着、暗黒との闘争、運命の枠組み等は単なる名詞であり、その時々で現れ方も異なるが、その一つ一つが有機的なつながりを持って連動するとき、1+1が3以上になるような効果を上げることになる。茅盾の場合、それがあくまでも「作家」の部分において有効なのだと結論した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近代中国における著名な作家、評論家である茅盾(筆名、本名沈雁冰)について、その小説家としての出発と形成、発展を、前期作品の『蝕』3部作から長編『子夜』(真夜中)までのテクスト分析と時代背景などを通して明らかにしようとしたものである。論文は序論と『子夜』を論じた終章を除いて9章からなり、第1章から第7章までは『蝕』を中心に、中国国民革命の挫折を経験した茅盾が、創作を通して、自己省察を行い、世界観を再構成しようとした結果、作家茅盾が誕生した過程が詳細に語られている。第8章から終章では、そこに形成された作家精神が、さらにどのように発展していったかについて、現実に対する茅盾の姿勢を問題にしながら、20世紀20年代末に行われた革命文学論戦において茅盾と銭杏邨との興味深い差違がどのように表れたのか、その作家精神が30年代初頭の長編『子夜』にどのように反映されていったのかを論じている。以下、少し詳細に内容を概括しながら、評価を記述しておくこととしたい。

茅盾は、中国共産党の創立以来の党員として、社会運動に携わっていたが、それとともに、中国近代文学創成期において、編集者、翻訳者、評論家として、中国近代文学の礎を築いたひとりであった。また1925年にはボグダーノフの文芸理論をなぞる形で、無産階級革命文学に関する中国嚆矢とも言える評論を発表しており、左翼文芸理論家としても知られる存在であった。その彼が、1927年の北伐、国民革命の過程で、蒋介石のクーデタさらには、武漢国民政府の崩壊という挫折に出会い、共産党の武装蜂起に参加せず、大金を持ち出したまま戦線を離脱し、一時日本に亡命、そのため共産党員の資格は死後党籍が回復されるまで取り消されたままとなった。その後、1930年代には再び、左翼作家、評論家として活躍するようになるのだが、本論文はその間の茅盾の内面的苦悩と省察を、短篇長編をあわせた小説から分析しようとする、画期的なものとなっている。

分析は『蝕』3部作の『幻滅』『動揺』『追求』の3部を順に追う形で、茅盾の作家精神がいかに形成されていったかを述べる。『幻滅』は、茅盾が国民革命挫折前から、ある程度準備していた作品で、ここでは主人公が、社会変動に直面し、恋愛や革命に複雑な対応を示しながら成長する物語になっているとする。『動揺』は、当時の国民党と共産党との政策の差違を背景に、時代に翻弄される人々と対立による生々しい現実を描いているとする。この描写は、茅盾が『漢口民国日報』編集長時代に収集した記事情報、とりわけ「五二八虐殺事件」にもとづいていることを詳細に分析し、そのことによって作品にリアリティと緊迫感を与えていると指摘した。『追求』においては、かつての自己の世界認識の不十分さを確認し、それを自嘲しつつ、新たに時代の理解へと立ち向かう作者の姿が描かれたとする。ここで茅盾が、以前に研究していた北欧神話に拠り所をえたことがとくに強調されていると言えよう。茅盾は国民革命の失敗を、北欧神話の終末論的なラグナロクに例え、太陽神の復活と「現在」に奮闘する女神ヴェルダンディの精神を我がものとして、挫折の体験を、一時的なものとして相対化することに成功したとする。

こうして、精神的危機を乗り越え、作家として新たな世界認識を得た茅盾は、当時革命文学を唱えていた太陽社、創造者たちのグループと衝突することとなった。その革命文学派の文芸理論家であった銭杏邨は、日本のプロレタリア文学とくに蔵原惟人の影響を受けて、かつて無産階級文学を紹介していたはずの茅盾の新たな評論や小説に違和感を覚え、その変化を激しく批判することとなる。この論争を通して、茅盾は身を以て体得した作家精神をはっきり自覚し、自らの認識を鍛えることとなった。

論文の最後では、近代中国最初の長編小説として名高い『子夜』を論じて、全面的なテクスト分析ではないものの、既述した作家精神によってこそ初めて成立した作品だと指摘している。ここではその精神によって、現実を見すえつつ、翻弄されながらも現在に奮闘する、民族ブルジョアジーを含めた諸階級の形象を生き生きと描きえたとする。そして北欧神話を下敷きにしつつ、ラグナロクに向かって突き進む時代の流れに対しては、結局は悲劇を生みだすしかないこと、その悲劇を乗り越えた先にしか将来はないという構成が、結果的に激動のさなかにあった中国において、ある種のリアリティをもたらし、典型的なリアリズムの作家という規定がなされるようになったとする。国民革命の挫折を経た、作家精神の働きによって、20世紀前半における茅盾という作家の独自性につながったと分析したのである。なお本論においては、人民共和国成立後、茅盾が文芸政策の中核的存在として、いわば文芸官僚として手腕をふるった点については、この作家精神は有効ではなかったことを暗示して、作家精神の機能を限定していることは付け加えておきたい。

本論文の特徴は、近代中国文学の典型的リアリズム作家といわれる茅盾が、自らの世界観、歴史観を検討することを通して、作家として形成されたこと。さらに創作を通して、自らを省察、対象化し、それによって、当時の現実としての中国を認識する位置を勝ち得たことを説得的に分析していることである。とくに前半では、いままで詳細には分析されていなかった『蝕』3部作の成り立ちを、当時の資料をもとに背景を含めて分析し直し、それを茅盾という作家の誕生に結びつけたこと。国民革命の挫折という体験や戦線の離脱と創作とを関係づけたことに大きな収穫が認められる。後半では、『蝕』3部作創作において、大きな作用をもたらした北欧神話の女神ヴェルダンディを手がかりに、現実を認識する作家の発展を跡づけている。ここで強調するに値するのは、銭杏邨の批判と茅盾のそれに対する応酬について、新たな視点から解明したことであり、革命文学論戦の研究においても、おおきな成果を残したこと。またリアリズム作家といわれている茅盾の長編『子夜』について、それがマルクス主義的歴史段階論よりも、北欧神話における世界の壊滅という悲劇のイメージに裏打ちされたことによって、かえってリアリティをもたらしたという、新たな解釈を提示したことである。前半と後半におけるこれらの特徴は、近代中国文学研究における貴重な業績であるばかりでなく、激動にあった近代中国の知識人の精神的歴程を明らかにするものとして、より広い分野から参照されるべき成果であると思われる。

審査委員会においては、もとよりいくつか論文の不足する点も指摘された。例えば茅盾が『蝕』などの作品において、恋愛や女性の形象を好んで描いている点をどう捉えるか、また論者が指摘する現在に固執するヴェルダンディ精神とは、どこまで茅盾の精神的拠り所になり得たか、表面的な比喩でなく、世界認識として精神的深奥にまで食い込んでいたと証明できるのか、はっきり確証ができていない。またそうした精神を論者は作家としての創作に限定し切り離しているが、人民共和国においては、創作を放棄し文芸官僚として生きた茅盾とどう関連づけるのか、などの疑問点が指摘された。さらにマルクス主義への回帰という視点から、30年代以降の茅盾を見直す可能性もありうるだろうことも提示されている。これらについて、確かに論文の欠点となる一面ではあるが、論文の価値そのものを損なう点ではないこと、一部は今後の課題として論者の研究の展開に期待すべきことであると思われた。従って本審査委員会は、本論文の既述の成果に対して高い評価を与えうると判断し、全員一致によって、博士(学術)の学位にふさわしい論文と認定する。

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