学位論文要旨



No 122891
著者(漢字) 村松,昌幸
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,マサユキ
標題(和) シアノバクテリアの強光順化応答における光化学系1複合体量調節メカニズムの解明
標題(洋) The two-phase mechanism of the regulation of photosystem I content under high-light conditions in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803
報告番号 122891
報告番号 甲22891
学位授与日 2007.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第319号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 園池,公毅
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 馳沢,盛一郎
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 講師 川合,真紀
内容要旨 要旨を表示する

序論

光合成生物にとって、光はエネルギー源として必要不可欠なものであるが、逆に過剰な光エネルギーは、活性酸素分子種等の有害物質の発生を招く要因ともなりうる。このため、光合成生物は強い光に曝された場合には、自らの光合成系を変えて光阻害による障害を回避する能力を備えている。具体的には、集光性アンテナのサイズを小さくする、活性酸素消去系酵素を誘導する、CO2固定能を上昇させる等の調節を行うことが様々な生物種における生理学的研究の蓄積により明らかにされてきた。また、シアノバクテリアにおいては二つの光化学系、特に光化学系I (以下系Iと略す)複合体量の著しい減少も観察される。強光下で系I複合体量調節に欠損のある変異株 (pmgA変異株)がSynechocystis sp. PCC 6803から単離されているが、この変異株は長時間強光培養を続けると致死となるこことから、系I複合体量減少は光阻害回避のための重要な調節であることが分かる。一方、pmgA変異株が単離されたことは、これまで未解明であった、強光下での系I複合体量減少の分子メカニズムの解析への突破口が開けたことを意味する。

Synechocystis sp. PCC 6803を弱光から強光へ移すと、ゲノム上に散在している系I複合体構成遺伝子群の発現が1時間以内に統一的に減少する。その後発現は多少増加するものの、弱光に比べると大きく抑制されたままである。 pmgA変異株では、強光シフト直後の系I遺伝子群の応答は、野生株と変わらないが、強光シフト6時間以降、系I反応中心サブユニットをコードするpsaABの発現が大きく増加することが分かってきた(図1)。さらに、PsaABタンパク質量、およびクロロフィル量においても、野生株では強光シフトにより大きく減少し、その後低く維持されているが、pmgA変異株においては、強光シフト6時間以降からこれらの量も大きく増加してしまうことが分かってきた。したがって、シアノバクテリアの強光下での系I複合体量調節は、強光シフト後6時間までの(Phase 1)のPmgAに依存しない調節と、6時間以降の(Phase 2)、PmgAに依存した調節があることが示された。本研究では、Phase 1における系I遺伝子群の統一的な転写抑制メカニズム、さらにPhase 2におけるPmgAの機能を探ることにより、強光下での系I複合体量調節メカニズムの解明を目指した。

I Phase 1における系I遺伝子群の転写調節メカニズム

強光シフト後の系I遺伝子群の統一的な転写抑制メカニズムの解明

まず、psaABおよび系I小サブユニットをコードするpsaDについて、プライマー伸長法、およびレポーターアッセイを行い、プロモーター構造を詳細に調べた。psaABは、2つのプロモーター(P1、P2)を持ち、その両プロモーターが強光下で強く活性を減少させるという光応答性を示すことが分かった。しかし、それらプロモーターの構造は全く異なるものであった。P1プロモーター活性は、-35配列直上流のATリッチな配列(PE1)により、弱光下で高く制御され、強光シフト直後にその調節が不活化されることで抑制されていた。一方P2プロモーターは、弱光下ではコア部分のみである程度高い活性を示すものの、強光へシフトすると、コア部分からかなり離れた、5'上流域に存在するシスエレメント(HNE1)によって、活性が負に調節されていることが分かった。psaDでは通常働くプロモーターが一つ存在し、そのプロモーターの活性は強光下で減少していた。そして、この光応答は、psaABのP1同様、-35配列上流に存在するATリッチな配列(PE)で制御されていることがわかった。そこで、他の系I遺伝子群psaC, psaE, psaK1, psaL1についても転写開始点を決定しプロモーターの-35配列上流を比較したところ、やはりATに富む配列が存在し、さらにこの領域を欠失させると光応答性が失われることが分かった(図2)。このことから、Phase 1における系I遺伝子群の統一的な転写抑制は、系I遺伝子群プロモーターに共通に存在する-35配列上流のATリッチな配列により制御されていることが明らかとなった。

II Phase 2におけるPmgAの役割

PmgAによるpsaAB転写抑制の意義

Phase 2において、pmgA変異株ではpsaAB転写産物量の蓄積が顕著にみられる(図1)。そこで、psaABのみを強光下で強発現させた場合、pmgA変異株同様、系I複合体量が蓄積するのか検証を行なった。psaABを強光下で強発現させたpsaAB-OX株の、強光下での表現型を調べたところ、クロロフィル量や系I複合体量は野生株同様の減少を示した。この結果は、野生株ではpsaAB転写産物量のみで強光下での系I複合体量が規定されているわけではないことを示しており、その他の要因も系I複合体量調節に関係していると考えられる。一方、psaAB-OX株の生育は、弱光下では正常であったが、強光下で大きく阻害されたことから、psaABの転写抑制が強光下での生育に必須であることが示された。

PmgAによるクロロフィル量調節の意義

Phase 2において、pgmA変異株ではクロロフィル量を低く維持できないという表現型が観察される。そこで、系I複合体量とクロロフィル量との関係について解析することにした。まず、強光下において、クロロフィル合成阻害剤であるレブリン酸を、pmgA変異株に対して2 mMの濃度で添加したところ、pmgA変異株における強光下での過剰なクロロフィル量の蓄積は野生株程度に抑えられたが、この時、系I複合体量も野生株程度まで抑制されていた。すなわち、強光下で系I複合体量を減少させるためには、クロロフィル合成量を低く保ち続けることが重要であることが分かった。そこで次に、pmgA破壊株におけるクロロフィル量の抑制維持欠損原因を調べた。クロロフィル合成系における最初の律速段階である、5-アミノレブリン酸(5-ALA)合成の活性を調べたところ (図3)、野生株においては、弱光下で高く、Phase 1にて大きく減少し、更なる強光培養(Phase 2)においてもその活性は低く保たれ続けていた。一方pmgA変異株では、Phase 1での応答は野生株と同様であったが、Phase 2では、その活性が再び大きく増加していた。この結果はPmgAが、Phase 2ではpsaAB転写産物量の抑制に関与するのに加え、クロロフィル合成経路の初期段階を抑制し、その結果クロロフィル量の低下、ひいては系I複合体量の減少を達成させていることを示している。

2.PmgAに調節される遺伝子群の探索

PmgAのアミノ酸配列は、枯草菌のアンチシグマ因子であるRsbWやSpoIIABと、弱いながら相同性を持つ。このことから、PmgAはpsaAB以外にも多くの遺伝子発現調節に関わるのではないかと考え、DNAマイクロアレイ解析を行なった。その結果、強光シフト後12時間において、pmgA変異株では野生株に比べて無機炭素取り込みに関わる遺伝子群cmpB, sbtA, ndhD3の発現が増加していることが分かった。なお、sbtAの発現をさらに詳細に調べたところ、psaABの発現と同様、Phase 2においてはじめて野生株とpmgA変異株間で違いが見られた。次に、pmgA破壊株を高CO2(1%)、あるいは通常CO2 (0.03%)下において強光培養し、生育の違いを調べた。野生株ではCO2濃度に依存せず生育し続けるが、pmgA変異株では、1%CO2存在下ではこれまでの知見と同様、強光シフト2日目から生育阻害を示した。しかしながら、0.03%CO2下で生育させた場合には、2日目、3日目でも生育阻害を示さなかった(図)。このことから、pmgA変異株の強光下での致死原因は、おそらく無機炭素を過剰に取り込んでいることにより細胞内が酸性化されることによると考えられる。

結論

本研究では、シアノバクテリアにおける、2つのフェーズを伴った強光下での系I複合体量減少メカニズムの解明を目指した。強光シフト後6時間までのPhase 1では、系I遺伝子群の統一的な転写抑制が寄与するが、この統一的な転写抑制は、系I遺伝子群の-35配列上流に共通して存在するATリッチな配列により達成されていることが明らかになった。一方、シフト後6時間以降になると(Phase 2)、PmgAによる調節が顕著になる。PmgAは、5-アミノレブリン酸合成活性を抑制させることでクロロフィル量の低下を達成させ、ひいては系I複合体量の減少を達成させていた。また、pmgA変異株では、Phase 2において無機炭素取り込み系遺伝子群の発現が増加しており、さらにCO2濃度が高いほど致死性を示した。シアノバクテリアでは光合成電子伝達活性が高いほど無機炭素の取り込み活性が誘導されることが報告されており、これらの事実から、PmgAによる強光下での系I複合体量減少は、過剰に無機炭素を取り込みすぎ、細胞内が酸性化して致死になってしまうことを避けるための重要な調節であると考えられる。

図1 野生株およびpmgA破壊株における、弱光から強光へシフト後のpsaAB転写産物量の変動

図2 系I遺伝子群プロモーターのレポーターアッセイ。

-35上流領域を含む (+)、または欠失させたプロモーター(-)をそれぞれluxABレポーターに連結し、強光シフト後のプロモーター活性をluxABの転写産物量を指標に調べた。

図3 野生株(WT)とpmgA変異株(△pmgA)における強光シフト後の5-アミノレブリン酸合成活性

図4 野生株(WT) およびpmgA変異株(△pmgA)を1%CO2または0.03% CO2存在下で連続強光培養した際の生育曲線

審査要旨 要旨を表示する

本論文においては、シアノバクテリアの強光順化の過程で観察される光化学系I複合体量減少の分子メカニズムの解析を行っている。強光下で系I複合体量調節に欠損のある変異株 (pmgA変異株)がSynechocystis sp. PCC 6803から単離されているが、この変異株は長時間強光培養を続けると致死となることから、系I複合体量減少は光阻害回避のための重要な調節であると考えられる。したがって、その分子メカニズムを知る事は、強光順化における系I複合体量調節の意義を包括的に明らかにするためにも重要であると考えられる。

Synechocystis sp. PCC 6803を弱光から強光へ移すと、ゲノム上に散在している系I複合体構成遺伝子群の発現が1時間以内に統一的に減少する。その後発現は多少増加するものの、弱光に比べると大きく抑制されたままである。 pmgA変異株では、強光シフト直後の系I遺伝子群の応答は、野生株と変わらないが、強光シフト6時間以降、系I反応中心サブユニットをコードするpsaABの発現が大きく増加する。さらに、PsaABタンパク質量、およびクロロフィル量においても、野生株では強光シフトにより大きく減少し、その後低く維持されているが、pmgA変異株においては、強光シフト6時間以降から顕著な増加が観察される。したがって、シアノバクテリアの強光下での系I複合体量調節は、強光シフト後6時間までの(Phase 1)のPmgAに依存しない調節と、6時間以降の(Phase 2)、PmgAに依存した調節があることが示された。本論文では、Phase 1における系I遺伝子群の統一的な転写抑制メカニズム、さらにPhase 2におけるPmgAの機能を探ることにより、強光下での系I複合体量調節メカニズムの解明を行なっている。

1章 Phase 1における系I遺伝子群の転写調節メカニズム

1章では、psaABおよび系I小サブユニットをコードするpsaDについて、プライマー伸長法、およびレポーターアッセイを行い、プロモーター構造を詳細に調べた上で、両者の比較を行い、共通の光応答に必要なシス配列の同定を行っている。このシス配列は、各プロモーターの-35配列上流に存在しており、ATリッチであることが特徴的である。さらに、他の系I遺伝子群psaC, psaE, psaK1, psaLIについても転写開始点を決定しプロモーターの-35配列上流を比較したところ、やはりATに富む配列が存在し、さらにこの領域を欠失させると光応答性が失われることを見出している。このことから、Phase 1における系I遺伝子群の統一的な転写抑制は、系I遺伝子群プロモーターに共通に存在する-35配列上流のATリッチな配列により制御されていることが示された。

2章 Phase 2におけるPmgAの役割

2章では、強光シフト6時間以降に観察されるPmgAを介した系I複合体量抑制メカニズムについて、2つの観点から解析を行っている。1つ目として、Phase 2において、pmgA破壊株ではpsaAB転写産物量の蓄積が顕著にみられる。そこで、PmgAによるpsaABの転写抑制がどれだけ重要であるのかを知るため、強光下でpsaABの転写を過剰発現させた株を作成し検証を行っている。psaABを強光下で強発現させたpsaAB-OX株の表現型は、クロロフィル量や系I複合体量は野生株同様の減少を示しており、この結果は、psaAB転写産物量のみで強光下での系I複合体量が規定されているわけではないことを示している。一方、psaAB-OX株の生育は、弱光下では正常であったが、強光下で大きく阻害されたことから、psaABの転写抑制が強光下での生育に必須であることが示されている。

2つ目の観点としては、Phase 2において、pmgA破壊株ではクロロフィル量を低く維持できないという表現型が観察されることから、系I複合体量とクロロフィル量との関係について解析を行っている。強光下において、クロロフィル合成阻害剤であるレブリン酸を、pmgA変異株に対して添加し、pmgA破壊株における強光下での過剰なクロロフィル量の蓄積を野生株程度に抑ええたところ、系I複合体量も野生株程度まで抑制された。すなわち、強光下で系I複合体量を減少させるためには、クロロフィル合成量を低く保ち続けることが重要であることが示された。さらにpmgA破壊株におけるクロロフィル量の抑制維持欠損原因の同定を行っている。クロロフィル合成系における最初の律速段階である、5-アミノレブリン酸(5-ALA)合成の活性を調べたところ、Phase 1では野生株とpmgA破壊株ともに大きく減少していたが、Phase 2では、pmgA破壊株でその活性が再び大きく増加していた。この結果はPmgAが、Phase 2ではpsaAB転写産物量の抑制に関与するのに加え、クロロフィル合成経路の初期段階を抑制し、その結果クロロフィル量の低下、ひいては系I複合体量の減少を達成していることを示している。

本論文2章ではさらに、PmgAが系I複合体量調節以外に、どの様な調節を担っているのか同定を試みている。PmgAのアミノ酸配列は、枯草菌のアンチシグマ因子と、弱いながら相同性を持つ。このことから、PmgAはpsaAB以外にも多くの遺伝子発現調節に関わるのではないかと考え、DNAマイクロアレイ解析を行っている。その結果、強光シフト後12時間において、pmgA変異株では野生株に比べて無機炭素取り込みに関わる遺伝子群cmpB, sbtA, ndhD3の発現が増加していることが示されている。なお、sbtAの発現をさらに詳細に調べたところ、psaABの発現と同様、Phase 2においてはじめて野生株とpmgA変異株間で違いが見られている。また、pmgA破壊株では、高濃度のCO2存在下のほうが低濃度CO2存在下より生育が悪くなることを見出している。このことから、PmgAは、強光下での無機炭素取り込みを抑制し、致死とならないよう制御している可能性が示された。

以上の解析結果から、強光下での系I複合体量の調節は、2つのフェーズで行なわれていること、フェーズIでは系I遺伝子群の転写抑制が顕著でありその統一的な応答は系I遺伝子群プロモーターに共通に存在するATリッチ配列により制御されていること、フェーズ2ではPmgAによるクロロフィル量の調節が重要であること、更には、PmgAはこのフェーズにおいて無機炭素取り込みの調節にも関与していることが示された。

なお、本論文の第I章は、埼玉大学の日原由香子氏、また、第II章は主査である園池公毅氏および埼玉大学の日原由香子氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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