学位論文要旨



No 122892
著者(漢字) 三上,直之
著者(英字)
著者(カナ) ミカミ,ナオユキ
標題(和) 円卓会議方式による地域環境再生計画の策定過程の分析と評価
標題(洋)
報告番号 122892
報告番号 甲22892
学位授与日 2007.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第320号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大澤,眞理
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 鬼頭,秀一
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京電機大学 教授 若松,征男
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の課題

本研究の課題は,市民参加型の円卓会議方式による地域環境再生計画の策定過程に関する事例調査を通じて,地域環境再生の公共性(=ローカルレベルにおける公共事業や政治的意思決定における正当性の根拠)をいかに構築しうるかを明らかにすることである。事例調査に際しては,参加型調査・参加型評価の考え方を応用して開発した「評価ワークショップ」の手法を用いることにより,環境問題に関する社会学的研究と,環境政策・環境運動などの実践との連携を図る方法論的可能性を探求した。

2.円卓会議方式による地域環境再生計画の策定過程の事例分析

第I部では,円卓会議方式によって環境再生計画を策定した東京湾三番瀬の事例分析を行った。

第1章では,2001年の埋め立て計画中止に至るまでの三番瀬問題の展開過程を,漁村文化の解体と,戦後の臨海開発,開発や公害に抗議する住民運動の高まりという三つの要素を軸に分析した。高度経済成長期以降,京葉地域では,行政主導による臨海開発が漁村文化を飲み込みながら展開していったが,この政策に関わる意思決定構造は官独占型(行政主導型)の「公共性」によるものであり,また80年代に入って千葉県全体の総合開発計画に位置づけられる形で三番瀬埋め立て計画が復活するという展開は,レバレッジ(強化)された官独占型の「公共性」の典型的な現われであった。しかし,自然環境の破壊に反対する市民運動が高まる中で,1990年代に入ってから臨海開発計画は見直され,2001年の知事選において,三番瀬の埋め立て計画の「白紙撤回」を公約した堂本暁子氏が当選する。

第2章・第3章では,堂本氏が埋め立て計画の「白紙撤回」を公約に当選してから,三番瀬円卓会議が設置されるまでの過程と,同会議の設置後,1年目(2002年1月から2003年1月まで)の過程を分析した。堂本知事らは,徹底した情報公開と住民参加,参加者主導の会議運営という方針を掲げ,関係者の間でも当初こうした方針に対しては相当の期待があった。しかし,参加者がいったいどういう位置づけ,立場で参加するのかについては当初から合意がなく,課題設定の点でも,円卓会議に求められる計画案がどの程度の詳しさの,いかなる時間的スパンを対象にしたものであるのかが明らかでなく,周辺で計画されている事業との関連や,円卓会議の議論結果と実際の政策決定の接続についても明確な方針は示されなかった。このため,1年目の円卓会議では,船橋市漁協の覆砂計画や小委員会の公募委員選出をめぐる軋轢,環境NGOから選ばれた一部委員の辞任などの問題が生じた。三番瀬円卓会議には,利害関係者による意見調整の場と,より幅広い住民の参加する場という二つの性格づけが混在しており,それを整理する明確な課題設定や手法の導入が行われなかったため,種々の軋轢が生じたと考えられる。

第4章では,円卓会議の後半にあたる2年目の展開過程について分析した。1年目と比べ,2年目には,再生計画案に結びつく議論が進展した。その最大の要因は,一部の利害関係者が,円卓会議の場から退場したこと,すなわち,一部の環境保護団体のグループの委員らが会議運営への不満からこぞって辞任したこと,また覆砂問題などへの対応から,円卓会議が環境保護団体に「乗っ取られている」と感じ,自らの意見が通る余地はないと失望した漁業関係者委員が,会議の議論から実質的に撤退したことである。これら利害関係者の一部が退場する中,代わりに会議の議論を担ったのは,「会議を維持し,円卓会議として何とか成果を出そう」という意志を持った公募参加者(漁業者を含む)や専門家,環境保護団体の委員などであった。このとき会議にとどまった委員らが,それぞれの集団の利害関心を超えて共通に依拠したのは,「時間を戻す」という言葉に象徴される,地域での漁を中心とした自然との関わりの履歴であった。戦後開発の過程で,漁を中心とした海との関わりの文化が失われてきたことを古老へのインタビューや資料調査によって掘り起こす作業が行われる一方,そうした関わりを回復する第一歩として,護岸を撤去して陸域で湿地再生を行うことが検討された。このように,円卓会議の2年目は,開発前の地域における人々の自然との関わりのありようが,再生を議論する際の一つの準拠点,正統性の根拠としてせりあがってくる過程であった。

ただ,途中で退場した環境保護団体のメンバーや,途中から消極姿勢に転じた漁協役員らは,こうして得られた結論に正統性を認めていない。この点は,円卓会議方式という手法の限界を露呈したものであると言えよう。そもそも手法として,専門家の学識や,生業や市民活動を通じた経験知を計画づくりに生かすことと,幅広い市民の思いや意見を計画の検討に反映すること,という二つの課題を,峻別しないまま一つの枠組みで扱おうとしたことに問題の原因があった。

第5章では,円卓会議が出した最終報告書の内容と会議終了後における問題点を分析した。最終報告書では,「海に手を入れて人工干潟や藻場・葦原などを造成していく」のか,「現在の海には一切手をつけず埋立地を海に戻していく」のかという最大の争点に関して,「海をこれ以上狭めない」という原則が確認された。三番瀬の自然再生の方策としては,海域に少しずつ土砂の供給を行い干潟の形成を進めつつ,既存の埋立地に用地を確保して後背湿地化・干潟化を進めることを盛り込まれた。最初から大規模な造成する工事を行うのではなく,小規模に試しながら結果をモニタリングし軌道修正していく「順応的管理」の手法を取り入れ,「市民参加・市民主導」で行うことも確認された。報告書の提出を受けて,県は再生計画の策定を進めているが,円卓会議への不満から漁業関係者の参加がなく,また既存の縦割り行政の中で報告書が十分に生かされるか不透明であるなど,多くの課題が残されている。

第6章では,三番瀬円卓会議を検証・評価するため,筆者らが実施した評価ワークショップ(ふりかえりWS)の実施プロセスを詳述した。ふりかえりWSでは,環境社会学的な調査技法を,参加型調査の場にただ提供するだけでなく,「提案レポート」という成果目標を設定したワークショップ手法と組み合わせて用いることで,当事者や関心のある市民がテーマに関して限られた時間で議論を深め,部分的ではあるが,ある程度明確な方向性を持つ政策提言を得ることができた。

3.総合考察と結論

第II部では,第I部の事例分析に基づき円卓会議方式に関する総合考察を行った。

第7章では,まず,市民参加の議論の場に加わる参加者について,当事者性の強弱という軸と,専門性や近代的組織・制度との関わりの強弱という二つの軸を導入して,「利害関係者」「当事者」「市民」「専門家」という四つのカテゴリーに分類して把握することを提案した。この分類の利点は,近代的な組織・制度や,狭い意味での専門知識との関わりは薄いが,当の課題や現場との関わりは深い「当事者」というカテゴリーを析出できる点にある。三番瀬円卓会議で言えば,漁協という利害組織から比較的自由な立場で円卓会議に参加し,再生計画案の取りまとめに大きな役割を果たした一部の漁業者は,まさにこの意味での「当事者」であった。この「当事者」こそ,既存集団の利害に拘束される「利害関係者」や,一方で地域の文化や歴史から自由な,一般の「市民」とは異なる存在として,両者と並んで市民参加の議論の場を形作っていく主要な参加者である。「当事者」が,専門家の支援を受けつつ,より広い一般の「市民」や直接の利害関係者とも協働していく過程にこそ,行政主導の意思決定システムの中で維持されてきた「公共性」が揺らぐ中,新たな〈公共性〉への道筋を見いだすことができる。

これら4種類の参加者が,それぞれの役割を果たせるような手法設計としては,利害関係者による論点整理に基づいて専門家が選択肢を提示し,それを使って一般公募などで集まった市民参加者が議論するという「ハイブリッド型」(3段階型)が有力である。ただ,既存の「ハイブリッド型」の会議方式では,本論文で言う「当事者」に明確な位置づけが与えられていないので,その点に関しては,三番瀬円卓会議の経験から,実地踏査やインタビュー,ワークショップなど,当事者の知見を他の利害関係者や一般市民にも理解可能な形で議論の場に引き出すしかけを用いて,3段階すべてにわたって当事者の知を議論に反映させる必要がある。

また,地域環境保全をめぐって,「参加型」の政策形成の場を成り立たせる条件として,(1)社会や経済の持続可能性までを含んだ政策統合の視点や,(2)目的設定の方法の転換,とくに,長期的なビジョンを明確にして,それと照合しながら現在の対応を決めていく「バックキャスト型」のアプローチ,(3)市民参加による検討の結果に実効性を持たせるための,財源や制度的裏づけの確保,とくに地方自治体のコミットメントの強化――の3点が重要だと主張した。

第8章では,筆者らが実施したふりかえりWSの方法論的意義と,そこから示唆される社会学的な環境問題研究と環境保全の実践との連携の可能性について考察した。先行研究で指摘されてきた参加型調査の方法論的なメリットは,ふりかえりWSにおいても確認され,(1)あるプロジェクトについて,(2)簡易な社会調査,報告書・資料,ワークショップという三つのツールを組み合わせて利用し,(3)当該プロジェクトの参加者・関係者,住民などが主体となって実施する「評価ワークショップ」というモデルを得ることができた。こうした活動において,環境社会学研究者は,立場を異にする当事者が直接対話するなかで意思決定プロセスの問題点を自ら検証・評価できる場を創り出す,コーディネーターの役割を果たしうる。そこに,社会学的な環境問題研究と,環境保全の実践とを連携させる一つの可能性がある。ただ、実際の運営においては,研究者の組織するこの種のプロジェクトに相対立する当事者すべての参加が得られるとは限らず,調査自体の客観性,正統性の確保には困難が伴うことも明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は第I部で、千葉県三番瀬をフィールドとして、市民参加型の円卓会議方式による地域環境再生計画の策定過程を事例分析し、第II部では円卓会議方式を総合的に考察する。

第I部は第1章で、2001年に至る三番瀬問題の展開過程を分析する。高度経済成長期以来の京葉地域の臨海開発政策は、官独占型(行政主導型)の「公共性」(=ローカルレベルにおける公共事業や政治的意思決定における正当性の根拠)により意思決定されてきた。しかし、市民の環境運動が高まり、1990年代に入って臨海開発計画は見直され、2001年の知事選で、三番瀬の埋め立て計画の白紙撤回を公約した堂本暁子氏が当選する。

第2章・第3章は、「三番瀬円卓会議」(以下、「会議」)が2002年1月に設置され、1年を経る過程を扱う。知事らは、情報公開と住民参加、参加者主導の「会議」運営という方針を掲げ、関係者の期待を集めた。しかし、多様な参加者の位置づけや立場、「会議」のアジェンダ、「会議」の成果物と実際の政策決定の接続などに、明確な方針が示されていなかった。このため「会議」1年目には、漁業協同組合を代表する委員が実質的に撤退し、一部の環境NGOから選ばれた委員らが辞任した。

第4章が分析する「会議」2年目には、再生計画案に結びつく議論が進展した。その要因は、「会議」を維持して成果を出そうという意志を持った公募委員(漁業者を含む)や専門家、環境保護団体の委員などが「会議」を担ったことにあった。それらの委員の間で「時間を戻す」が共通の標語となり、開発前の地域における人々の自然との関わりの履歴が、再生にとっての準拠点、正統性の根拠としてせりあがってきたことが示される。

第5章では、まず「会議」の最終報告書の内容を分析する。海に手を入れるのか、現在の海には一切手をつけないのか、という最大の争点に関して、最終報告書では「海をこれ以上狭めない」という原則が確認された。自然再生の方策では、小規模に試しながら結果をモニタリングし軌道修正していく「順応的管理」を取り入れ、「市民参加・市民主導」で行うことも合意されたが、利害関係者の承認などの問題を残している。

第6章では、「会議」を検証・評価するために筆者らが実施した「ふりかえりWS」のプロセスを詳述する。そこでは、「提案レポート」という成果目標を設定した「評価ワークショップ」手法を、環境社会学的な調査技法と組み合わせることで、当事者や関心のある市民が限られた時間で議論を深め、ある程度明確な方向性を持つ政策提言が得られたとする。

第II部ではまず第7章で、市民参加の議論に加わる参加者について、当事者性の強弱という軸と、専門性や近代的組織・制度との関わりの強弱という2つの軸を導入し、「利害関係者」「当事者」「市民」「専門家」という4カテゴリーに分類する。「当事者」は、利害団体を含む近代的な組織・制度や、狭い意味での専門知識との関わりは薄いが、当の課題や現場との関わりは深い。「会議」では一部の漁業者が、漁協という利害組織から比較的自由な立場で参加し、再生計画案の策定に大きな役割を果たした「当事者」だった。当事者は地域の文化や歴史に根ざす点で、一般「市民」とも異なる。当事者が専門家の支援を受けつつ、より広い一般市民や直接の利害関係者とも協働していく過程に、官独占型の公共性に替わる新たな〈公共性〉への道筋を見いだすことができるとされる。

異なる参加者が役割を果たすうえで、利害関係者による論点整理に基づいて専門家が選択肢を提示し、一般公募などで集まった市民参加者が選択肢を議論するという「ハイブリッド型」(3段階型)の会議は、有効ではあるものの、「当事者」が位置づけられていない。当事者の知を他の利害関係者や一般市民にも理解可能にし、3段階すべてにわたって議論に反映させる必要があるとする。また、地域環境保全をめぐる「参加型」政策形成が機能するには、(1)社会や経済の持続可能性までを含んだ政策統合、(2)長期的なビジョンを明確にし、それと照合しながら現在の対応を決めていく「バックキャスト型」の目的設定方法,(3)財源や制度的裏づけの確保(とくに地方自治体のコミットメントの強化)、の3点が重要だと主張する。

第8章は、ふりかえりWSの方法論的意義から考察する。調査の客観性や正統性の確保は容易ではないとはいえ、環境社会学研究者は、立場を異にする参加者が直接対話しつつ意思決定プロセスを自ら検証・評価するうえで、コーディネーターの役割を果たしうるとされる。

本論文は、地域環境再生の新たな公共性を構築する道筋を探求し、環境社会学的研究と環境政策・環境運動などの実践との連携を図る方法論的可能性を考究したものであり、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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