学位論文要旨



No 122893
著者(漢字) 曾,健洲
著者(英字)
著者(カナ) ソ,ケンシュウ
標題(和) 歴史的建築物の改修工事で取り外された古材の再使用に関する研究 : 台湾離島地域の伝統的な民家を事例として
標題(洋)
報告番号 122893
報告番号 甲22893
学位授与日 2007.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第321号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 准教授 村松,伸
内容要旨 要旨を表示する

1、はじめに

台湾地域は、中国華南地域の東側に位置し、狭い海峡を隔てて中国に隣接しており、住民の殆どが中国福建・福州などの華南地域からの移民である。このため、台湾地域の伝統的な居住習慣や建築様式は、概ね中国の華南文化を踏襲したものとなっており、台湾地域の建物も大部分が中国の建築用材料や職人によって造られていた。

しかし19世紀末以降、長期間の戦乱による政治的混乱が続き、1949年に台湾地域と中国との交流が断絶された。この結果、台湾地域は、中国と狭い海峡で隣接しているにも関わらず、それ以降、自ら職人を育て、材料もできる限り地元から取って建物を造るようになった。ただし、集落地域における民家の形態や構造は、中国の南福建様式がその後も踏襲された。

中でもとりわけ、集落全体に伝統的な民家が多く残されている澎湖列島の二嵌村と金門列島の山后村は、1982年に台湾政府によりそれぞれ風景特定区、国家公園(以降風景特定区と国家公園を合わせて伝建区という)に指定された。伝建区では、伝統的な民家を維持するための改修工事に対して、補助金や減税などの助成制度がある

一方、大部分の伝建区に指定されていない地域では、厳しい規制の法律がなく、住民たちは現代のライフスタイルを追求するため、伝統的な民家がどんどん取り壊されている。特に台湾の離島地域に対する軍事管制が1991年に解除されてから、民主化の進行に伴い、急速に伝統的な民家が鉄筋コンクリートに建替えられつつある。このようにオリジナルの材料で造られた伝統的な民家が取り壊される場合、一般の解体作業と同様に建材は廃棄物として処理されてしまう。

筆者は、天然資源など、台湾の伝統的民家の建材で新規に採取が不可能なオリジナル材料(以下、古材という)が廃棄物となっている状況に直面して、こうした再入手が困難な古材をリユースすることにより、伝建区に残っている伝統的民家の保存修復作業に活用できるのではないかと考えた。

台湾では、1982年に文化資産保存法(略称:文資法)が公布されたため、まだその運用の歴史が浅く、試行錯誤の段階にある。このため伝統的な民家などの文化資産の保存について、政策レベルや行政体制だけでなく、現場段階での工法、材料などについても運用の仕組みが十分に確立されていない。本研究は、文化資産そのものの存続に最も重要な影響のある伝統的民家の維持・修復に係る材料の確保に着目した。

本研究では、台湾離島の伝建区である澎湖列島の二嵌村と金門列島の山后村をケース・スタディの対象として、民家の解体・改修工事における伝統的な材料の保有・調達、及びリユース方法を明らかにし、資源の制約がある中で、民家の歴史性(固有材料の使用)を継承して行くための循環的材料供給システムを検討、提案することを目的としている。

2、台湾の離島地域における伝統的民家の現状と課題

集落全体に伝統的な民家が多く残されている台湾離島のうち、澎湖列島(ホウゴウレットウ)の二嵌村(ニカンムラ)と金門列島(キンモンレットウ)の山后村(サンコウムラ)は、1982年に台湾政府によりそれぞれ伝建区に指定された。伝建区では、伝統的な民家を維持するための改修工事に対して、補助金や減税などの助成制度がある。しかし、そもそも伝統的民家の建材には、サンゴ石、キンモン花崗岩などの天然資源や中国の木材などが使用されていたため、地域希少資源保護や台湾と中国の関係の変化などの問題から、オリジナル材料の新たな入手が不可能な状況にある。このため現在は、伝建区内の伝統的民家の保存修復作業において、オリジナル材料は、職人が他の民家の解体時などに発生した材料を使用しているが、特段のルールはなく、流通システムも存在しない。

こうした台湾離島の伝統的民家の維持・修復において、オリジナル材料の入手が困難である状況を踏まえ、まず始めに(1)伝統的民家を構成する建材をオリジナル性の高さによりランク分けし、(2)入手困難になった建材がどのようなものか整理した。

3、古材リユースの先進事例

台湾離島におけるオリジナル建材の取得の困難さを踏まえ、古材リユースの先進事例を取り上げる。

先進地域における古材の保有事例への検証については、主に文献と一部の現地調査を通して、その保有の実態を古材所有者(伝統的な民家の持ち主のような、古材の供給側)、リユース事業者(建材ビジネスマン)、ユーザー(古材の需要側)の3主体から把握し、古材保有の流れについて分析を行うものとする。

本研究では、日本の事例として、(1)竹富島、(2)古材文化の会、ドイツの事例として、(1)バイエル州立建築資料館、(2)ザクセン州立マイセン市立古材バンクを取りあげる。竹富島の現地調査については、まず基本資料を掌握する上で2004年7月に竹富島でリユース事業者(一箇所)、またリユース作業に関わっているNPOたきどぅんセンターへのヒアリングを行った。京都古材文化の会とドイツバイエルン州立建材資料館、ザクセン州立マイセン市立古材バングの事例については、文献調査によって整理して、全体の古材保有の流れを分析した。

先進地域に古材リユース事業の比較事例

日本では、文化庁により昭和50(1975)年代に行われた材料別の調査にひきつづき、平成9年度から12年度にかけて文化財全般にわたって「文化財を支える用具・原材料の確保に関する調査」を行っている。この中で建造物に関連する分野としては石材や木材から関連する仕上げ材の貝灰やペンキなどにいたるまで詳細にわたり、生産または自然発生量の激減などに伴って、入手が困難となっている特殊な材料について調査が行われている。そして作成されたデータベースを基にして、文化財に関わる多様な材料の保有の方策が講じられていることがわかった。一方、ヨーロッパのドイツでは地方自治団体によって伝統的材料や古材の保有の成果も見られた。

4、古材再使用の可能性の検討

2では、台湾の離島地域で伝統材料が入手困難になった要因を整理し、このように資源に限定性がある場合の古材再使用の必要性を提示し、3で古材の再使用に関する海外の先進事例を示した。ここでは、1と2を踏まえて、古材再使用の可能性について検討する。古材の再使用を検討する際に、日本のプレファブリケーションの技術を参考した。

日本のプレファブリケーションに関するものには、各社それぞれ独自に開発し、販売しているが、A社とB社のユニットを混ぜて使えるわけではなく、各社によって開発されてきたシステムや規格などの相違性があることがわかった。

しかし、消費者の側からすると、各社のユニットから自由に選んで組み合わせてみたという気がしないでもないと考えられる。何とか規格統一をしてくれないものかという疑問がある。現状をクローズドシステムとすれば、オープンシステムは不可能なのか、と言うような議論と研究が行われつつあり、こうした研究は古材の再使用という条件を検討する際に、重要なヒントとなった。

プレファブリケーションの規格統一という問題点から、第二章にある事例検証を見ると、その古材の保有から再使用まで一連の流れにおいて、別の建物から取り外した古材を、必ずしも手を入れずに直ちに他の伝統的な民家に使えないということが問題として浮かび上がった。竹富島やドイツの事例では、古材は格納、保管だけではなく、設けられた工場で他の建物に適切に使えるため、部材の補強や修正などの作業も行われていることがわかった。

5、台湾離島地域における伝統的な民家の概要

4では、古材の再使用条件を明らかにした。古材の再使用条件を成立するために事例の検証が必要だと考える。台湾の離島地域は、華南地域に近いため、住宅の構成の方式が大体に華南文化を踏襲している。かつて台湾の離島地域は島外との交流がほとんどできなかった経緯があるため、いわゆる制約性が現れてきた。この制約性が空間の営造に影響され、離島地域で地元の限られる資源が使用されているため、民家構造の様式、使い材料の種類、寸法などのものは、その共通性があることがわかった。

6、台湾の離島における古材保有の手法

台湾離島の伝統的な民家の殆どは1940年代までに建てられたものである。1949年以後、政治対立の影響で、中国との関係が断絶され、材料の供給がほとんど台湾本島に移った。そのため、地域の住民は自宅の補修または新築を行う場合、地元産の材料のほか、他地域から材料購入をするようになった。しかし、価格と運搬のコストが以前より高騰したので、職人が材料を保有するため、解体現場から廃棄された古材を収集し、または民家を改築する人との交渉による古材取得を行う必要が生じたことがわかった。したがってこれに対し、ここで、主に台湾の離島地域でのオリジナル材料の取替率と古材の保有・再使用の手法を明らかにする。

7、台湾離島地域における古材リユースシステムの検討

ここで、第1部で述べた台湾離島地域における伝統的民家の維持・修復における現状と課題、先進地域における古材の再使用システムの検討、第2部で整理、分析した台湾の離島の伝統的民家の具体的な修復事例を踏まえ、台湾地域を対象とした古材の再使用システムの成立について保有・収納管理、流通管理、経済価値判断、及び支援制度の計4つの観点から分析や提案を考える。

まず古材公庫(ストックヤード)を特定的な地域に設置する可能性の分析では、同じ地域様式の民家の解体現場で取り外された古材が現場から選別作業を経てストックヤードに格納・管理して交易市場や直接修復現場に出るまでの一連の流れ方(輸送・運搬)に着目する。一連の流れで関係してくる主体を古材所有者(伝統的な民家の持ち主のような、古材の供給側)、リユース事業者(建材ビジネスマン)、ユーザー(古材の需要側)の3主体にわけ、古材の流れをフローチャート化し、そして各事例の特徴を2のパターンに分けて分析する。

流通調達技術における分析では、事例において、古材の適切な流通網を構築するための古材情報のデータベースの確立や古材の履歴管理、性能検査といった管理技術の存在有無、及び存在形式の特徴を整理し分析を行う。最後に、台湾地域循環型の修復モデルの提案を行う。

8、まとめ

8-1、古材循環再使用手法と事例考察の整理

本研究では、限られた資源の中で歴史性を保つために、台湾の離島における伝統的民家の修復をケース・スタディとしてオリジナルの材料(古材)をリユースする可能性について検討してきた。この結果、以下のことが研究を通じて明らかになった。

1)、伝統的な建築素材の特性

台湾伝統的建築素材の調査では、地域性に反映されやすいのが、素材であることが明らかになった。本研究で対象とした台湾の離島地域では、赤い瓦、レンガ、土壁、石材、木材などの地域特産の材料が独特の集落文化景観を育んできた。また輸送手段が限られていた時代、建築材料は地元産のものを使うのが一般的であった。これは南地域の気候風土にも最も適したものであったと考えられる。

2)、伝統的な建築材料の供給の限界

台湾地域では木材の生産量が少ないため、価額が高くなる。そこでやむを得ずに安価な外国産の木材を調達している状況が見られた。また石材は、台湾での蓄積量がそもそも少なく、採掘も環境面から禁止されている。したがって、台湾の伝統的な建築材料は産出量が少なく、絶対量も不足している2つの問題点である。また、木材に必要な漆喰やのりなどのほかの材料の生産は激減していたり、入手が困難な材料であることがわかった。

3)、地元産材料による代替

台湾における伝統的な建築を構成する材料のうち木質系建材は柱梁構造と建具に限定されている。このうち屋根の荷重を支える柱梁を構成する木材は、ほとんど小丸太や中丸太というスギ材である。これらは一旦蟻害をこうむったとき、破損した柱梁材を取り外して新しい材料に取り替えるほかはない。したがって、木材に対しては、いかに適切な代替材料を取得するかが重要になる。

植物性の原材料の一部は栽培による確保が可能である。本研究で木材の需給を検討した結果、国産材の蓄積量が充分であることが分かった。したがって、補修上の需要を満たすため、長期的視野に立ちながら循環的林業政策を図る必要がある。一方、伝統的な材料の中には、採算や資源保護の原因で、すでに採掘停止になった地元産石材が再び入手が困難になっていることが分かった。したがって、輸入材を慎重的に選び取る以外、現有品の確保なども提案した。そして補修材の供給をめぐることについて、従来中国、ベトナム、ラオスなどの国から安価な輸入木材の供応するものを今後に国産材の供給に移す、また地元産材料の不足の状況を解消するために、外国材の輸入の上で、どんな方策(例えば、材料の同質性を追求すること)を求めるべきかなどの提案を本章で明らかにした。

4)、職人による古材の保有

台湾の伝建区で伝統的な民家のような古い建物の維持が法的に規制された場合、職人が独自に古材保有活動を行っていることが明らかになった。これは、民家を維持する必要なオリジナル材料や地元産の材料の入手が制限されているため、古材再用という活動が自然に行われていた。ただし、それは違法なものであったり、流通システムが確立しているなどの様々な問題を抱えていた。伝統的な民家の保存修復の工事で石材をできる限りに再使用する以外、修復作業を行う時、補修材料の不足の部分に対しては、職人が他の現場や廃材処理場などで収集活動によって再使用できる材料を取ってきて補足していることがわかった。このように古材を収集して再使用するという活動は地域資源循環型の理念に符合するが、その活動自体は無断での希少資源の取得、すなわち盗掘やあるいは非市場での取引きによる不経済性、不公平性という事実が本章での分析によって現れてきた。

5)、部材の取替率と再使用率の相関性

保存修復が行われた伝統的な民家の部材の取替率及び再使用率を算出した結果、取替率の高い部材は再使用率が低く、取替率の低い部材は再使用率が高いことがわかった。基本的に、入手困難で再使用率が高い部材では、古材保有・リユースなどの行為が職人によって行われてきたことが明らかになった。部材の取替率が高くなる要因は、物理的な要素(耐久性など)だけではないことがわかった。まず、材料取得の容易性も間接的に影響していた。例えば、地元でまだ生産されている材料や安価に仕入れる材料などを、人件費の必要がある古材の整理という作業と較べて、新しい材料の使用の方がコストがはるかに安い。それ故、歴史建築物を保存・修復する上で、当初材はその残る価値がなければ、新しい部材に取り替えるのが当たり前と考えられる。一方、古材が簡単に取り替えられてしまう理由として修復工事が行われる前の部材の調査で当初材の履歴調査が行われていないことがわかった。

同じように取替率の低い部材は、その物理性(耐久性など)の要素以外に部材の絶対量が不足しているという問題が本研究を通じて明らかになった。第6章で計算した主な部材の平均取替率表のように、取替率の低い部材は主に地元産の石材というものがわかった。

6)、古材の価値の評価の必要性

前述の通り、古材を保有する場合、価値(歴史性の価値または物理性の価値を指し)というものが基本的に古材を保有するかどうかということを左右する。古材を保有するかどうかの決定は、事前の部材の調査の結果によって決められる。つまり古材の履歴が古材取替る判断の基準となる。言い換えれば、材料に古材としての履歴がない場合、簡単に取り替えられてしまうため、部材の取替率は高くなる。したがって、修復作業をする前に部材リストを作成する必要があると考える。

8-2、リユースシステムの構築に向けて

1)、古材の履歴分析規制の確立。

古材の再使用の可能性、そして事例を検証した結果、保存修理を行う前に調査を実施すること、そして調査に基づき部材を丁寧に取り外すこと、また確実に保存格納すること、さらに適切な修正を行うことにより構造材を他の建物に再用することができることがわかった。

どうやって「効率的に再使用できる」と「どんな手法によって」古材を再使用することができるのかということについて、材料リストの確立や準則の確立ということを提案した。本研究で提案した材料リストから、歴史建築物は他の建物と異なり、一定の規制(建築の様式、空間の規模さらに使用されていた材料)が地域の社会文化によって既に定められていることがわかった。したがって、これらの情報をすることによりリストに記入することによりされたものにより、どんなものを再取得することができ、どんな部材を類似材料に取り替えることができ、かつ異なるものの使用は、地域環境また歴史建物の価値に悪い影響を及ばないかということがリストチェックによってわかった。

本研究で提案した古材リストを示したような「部材位置検索」と「データベース」を二つに分けて、とくにデータベースの中にある材料管理に解体方法、格納管理、保存状態、補修方法建議と代替材料などの項目があった。取り外された古材の取り扱いをリスト化によって保存修復作業に携わる職人や第三者へ理解の深まりを助け、また関連するものが可用、不可用を問わず一体的に管理できることでその整備効果も高めると考える。こうした古材の整備や保全は、直ぐに効果が顕在化するものばかりではないため、何のための管理であるのかについての古材の保有に関心を持つ地域住民や保存修復に携わる業界でのコンセンサス形成が非常に重要である。

2)、流通調達技術の課題

1と3で検討したリユースシステムをもとに、第2章、第4章、第5章及び第6章で取りあげたケース・スタディ事例を保有・収納管理、流通管理、経済価値判断、及び支援制度の計4つの観点から分析を行った。

まず保有・収納に関しては、日本、ドイツまたは台湾など三つの国における古材の保有手法と管理機制及び現存問題を整理し、将来的に生じると予測される主な課題を提示した。とくに台湾の離島地域で古材の保有または流通している活動の中に「外部不経済」と「ただ乗り」によって環境問題が引き起こされる可能性を、本研究で分析して提示した。

次は、古材流通の課題について、現在台湾で古材が個人間コミュニケーションで取引きされているものを市場として成立させることを検討するために、市場限定型(竹富島伝建区保存事業、ドイツ伝統的な市街地保存事業、台湾離島地域集落文化景観の修景事業など古材運用エリア集約性が強い3つの事例)と市場未確定型(京都府古材文化の会の古材収集再使用事業など古材運用エリアの集約性が弱い事例)を2つのパターンに分けて、そしてその2つのパターンを基にして、法的拘束(保存法と建設リサイクル法)や経済的支援などの制度を加え、地域循環型修復モデルの提案を検討した。

3)、地域循環型保存修復モデルに関する議論の可能性

本研究では、古材の再使用という観点から、各地域における古材保有の実態を分析した。そしてその結果、上述したような、持続可能な循環型修復モデルを達成する上で、補修用材料が正しい取得できや環境負荷を削減するために出された古材を適に再使用などの「循環型社会」に求められる要件について明らかにした。

こうした要件は、既往の建物の保存やリユースに関わる研究の詳細な分析と循環型社会白書によって設定した評価基準、及び先進地域にある各事例によって求めた古材保有モデルに基づくものの、あくまで台湾の離島地域というケース・スタディから抽出されたものであり、普遍的な議論展開には限界があると考えられる。特に集落文化景観を修景するために古材を収集するというような活動が台湾と異なり多様性の社会または単一様式の集約性弱い地域で行われているケースは少ないという事実もある。すなわち地域Aで成功したらといって、その技術を単純に地域Bに持ち込んだとしても、必ずしもそれは有効性を発揮するとは限らないのである。また、社会的要請の多様化に伴って、技術を判断するための軸も多様化し、単純な善し悪しの議論では済まされない場合が多い。つまり、古材再使用という技術が社会に受けられるかどうかはその技術の客観的性能に関わらず多くの社会要素に支配される。

しかしながら、本研究が「取り外された古材の再使用」として敢えて地域循環型保存修復モデルの再構築に着目して研究を進めたのもまさにこの理由による。つまり、地域の既存資源に依拠することを前提にして、地域社会文化の特有性を保全している以外、その資源の固有性も持続的に保有していきたいのである。例えば、伝建区 (伝統的建築保存区)として成立するためには、伝統的な様式や地元産材料の確保が必要となるのである。したがって、地域文化景観保全の視点から問題とされるべきなのは、集落全体の伝統的な文化または見た目の様式の保全だけでなく、内在固有資源の保全には、本研究で最も着目することである。どのように既存の伝統的な民家の保存改修体制を再構築しながら、地域の固有資源に依存する循環型修復モデルを創出していくかという提案が本研究の目指しである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3部、8章で構成されており、第1章から第3章までの第I部と、第4章から第6章の第II部、第7章が第III部となり、第8章の結論にいたっている。第I部は古材循環再使用の手法と参考事例の検証として、リユースシステムの成立要因について検証し、第II部は選定した事例の調査・分析として、第I部で得られた知見をケーススタディで検証し、第III部では古材管理機制、地域循環型の修復モデルの提案として第II部までに得られた知見からモデルを提案しているという流れである。

第I部では、使用できる資源が限定されている状況において、リユースシステムにより資源をいかに持続的に有効活用できるかという観点から、伝統的な材料が保有される手段、解体・改修工事を通じて古材が再使用されている先進的な事例について検討している。第1章では、台湾の離島地域における伝統的民家の現状と課題を整理している。第2章で古材の再使用に関する先進事例として日本とドイツにおける古材バンクなどの事例について、分析・整理している。さらに第3章では、古材を他の建物に再使用する可能性について、事例分析、調査から詳細な検討を行っている。

第II部では、台湾離島地域を具体的なケース・スタディの対象として、伝統的な民家の修復における古材のリユースの実態を分析している。具体的には、台湾離島の中でも大陸に近いが建築資材となる資源に乏しい澎湖列島と金門列島の二つの離島で、ある程度残っている伝統的な民家の修復の際に使用されていた古材を中心に分析している。まず第4章では、台湾離島地域における伝統的な民家の概要についてその位置や量、構造形式と建築素材を整理し、調査対象の条件を明確化している。第5章では伝統的民家に使用される材料の供給状況を分析し、調査対象における古材の再利用の有効性について明らかにしている。さらに第6章では、具体的な民家の修復事例を取り上げ、部材の再使用率や取替率などの実際のリユースの可能性の分析を行っている。

第III部では、第I部と第II部で分析して明らかになった結果を基に、修復のための古材が流通するための条件を整理し、その可能性を検討している。具体的には、第7章で古材再使用による伝統的な民家の循環修復モデルとして、これまでの知見をあわせて実現可能なあらたなシステムを提案している。

最後に第8章では、1章から7章までの概要を整理し、本研究全体の結論についてまとめている。

このように本論文は、歴史的建築物の古材の再利用という課題に対して、リユースシステムの成立要件について分析し、そこで得られた成果をケーススタディとして台湾離島地域という資源の限られた厳しい条件の伝統的民家に適用して、提案されたシステムの具体的な検証と今後の可能性について明らかにしたものである。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24336