学位論文要旨



No 122904
著者(漢字) 直井,義典
著者(英字)
著者(カナ) ナオイ,ヨシノリ
標題(和) 所有権に基づく物上代位論 : 非典型担保を素材として
標題(洋)
報告番号 122904
報告番号 甲22904
学位授与日 2007.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第204号
研究科 法学政治学研究科
専攻 民刑事法専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,一郎
 東京大学 教授 能見,善久
 東京大学 教授 大村,敦志
 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 石川,健治
内容要旨 要旨を表示する

本稿では、非典型担保に基づく物上代位の問題を検討する。ここには、物上代位の可否、担保権に基づくのか所有権に基づくのかという物上代位の論理構成の問題、代位物の範囲、物上代位の要件等の問題が含まれる。

従来の学説の多くは非典型担保に基づく物上代位の全体像を描くことなく譲渡担保に基づく転売代金債権への物上代位を肯定し、非典型担保についても三〇四条の規定を類推適用すれば足りると解するにすぎず、非典型担保の種類・代位物に着目した、踏み込んだ議論はない。また、物上代位とはそもそも何なのかが十分に検討されていない。

そこで、所有権に基づく物上代位の可否を検討すること、そして、それが認められた場合の代位物の範囲、物上代位の要件を明らかにすることが必要となる。所有権に基づく物上代位が認められれば、いわゆる物権の格下げ問題への示唆も与えられ、物権・債権峻別論の再検討のきっかけとなろう。

本稿では、物的代位論が発達していること、フランス法がわが国の民法典の母法であること、非典型担保に基づく物上代位の問題につき相互に異なった解決法を採っていることから、独仏法を検討する。

非典型担保の転売代金債権・保険金等への効力につき、わが国では物上代位の問題として考えられてきた。

ドイツでは、延長型の所有権留保・譲渡担保が約款で認められ、所有権留保の効力が転売代金債権に及ぶものとされる。損害賠償請求権については、所有権者としての権利行使で足りると解されているが、損害賠償請求権上には担保設定者の期待権が課される。保険金請求権については約款で留保買主が保険契約を締結することが義務づけられ、この効果として所有権留保の効力が及ぶ。譲渡担保がトロイハントの一種であることから、代位禁止原則が問題となる。しかしこの原則は、物権・債権峻別論、流通の確実性の確保、物権法定主義という目的によって認められたものであり、近時は強く批判されている。

フランスでは、一九八〇年の法律で、裁判上の更生手続を開始する判決の言渡から三か月以内に取戻権を行使することと転売代金債権が弁済前であることを要件に、転売代金請求権上に留保所有権に基づく取戻権が行使しうるとされる。判例は当初の販売価額の範囲内でのみ取戻権を行使できるという。保険金請求権については、判例が所有権留保の効力が及ぶものとする。営業財産の効力が収用補償金・保険金請求権に及ぶことにつき、財産体の性質は構成要素の取り替わりと無関係なため、フランスの判例・学説に異論はない。

独仏の物的代位と比べたわが国の物上代位の特色は以下の点にある。独仏では、民法典が幅広い領域で物的代位規定を有するほか種々の特別法にも規定が見られ、学説も広範囲で適用される法理として論じる。担保権に関する物的代位論は物的代位論の中心ではない。わが国ではもっぱら担保権の物上代位論が想定されるが、起草過程を見るとボアソナードが担保権以外の領域での物的代位の適用を想定していたことが窺える。

物的代位規定の類推適用は、独仏ではローマ法諺に基づき伝統的には否定されていた。だが、フランスでは負担付贈与の取消において望ましい結論を導くとの実践的理由及び当事者意思による物的代位が存することを直視すべきとの理論的理由により法文の拡大解釈が認められた。また、法文自体の改正による物的代位の適用領域拡大も見られる。ドイツの通説は法文の類推適用に否定的でありシュトラウフもこれを否定するが、彼は他の方法により物的代位を類推適用したのと同様の効果を導く。また、ヴォルフも類推適用を肯定する。これに対してわが国では物上代位は衡平により認められた制度と解され、法文の類推適用は躊躇なく認められる。

ドイツでは物的代位を代位物に応じて権利代位・代償代位・資力代位・関係代位の四類型に区分する。特徴的なのは関係代位であり、他の種の代位に比べ法文上も狭い範囲で、しかも明文規定がある場合にのみ認められる。フランスでは関係代位は認められない。また、ドイツでは公示の関係から不動産を代位物から除外するケースがある。

わが国では三〇四条の解釈論が物上代位論の中心であるため各担保類型につき一律に代位物が解されていたが、近時は担保類型ごとに検討が加えられている。しかし、ドイツのような代位物類型に即した横断的な考察はない。

独仏の物的代位の効果は、代位が生じる以前に被代位物上に存在した物権が維持されることにある。わが国の物上代位の効果はこれと異なり、債権的な効力のみ生じる場合も物上代位と構成される。これをも物上代位に含めることは、物上代位概念を混乱させる。

わが国では物上代位の目的は担保物権の効力の維持とされる。また、差押があらゆる物上代位のケースで要求される。

フランスでは、以下のように財産に特別の目的を設定した場合にその目的を貫徹するために物的代位が認められる。第一に所有権と管理権が分離する場合に所有権者保護を目的とするもの、第二に過去に有した所有権の保存と流通保護との調整を図るもの、第三にある財産につき一定目的を設定した者の意思を尊重するためのもの、第四に物上に存した権利の保存を図るもの、第五に所有権及び管理権の保存を目的とするものである。物的代位の要件は、被代位物の喪失と代位物の取得との間の牽連性、並びに、代位物・被代位物の特定性である。これらの要件はあらゆる物的代位について要求されるが、他に追加的要件が必要とされるケースもある。

ドイツでは、物的代位は次の三つの目的のために認められる。第一に管理権のない財産所有者を管理者の不当処分から保護する目的、第二に代位物の管理権を被代位物の所有者に止める目的、第三に特定目的ある財産を保持する目的である。ドイツにおいても被代位物の喪失と代位物の取得との間の牽連性が要件とされる。他の付加的要件は、関係代位の場合を除いては課されない。第三者対抗要件も課されておらず、第三者は代理制度や善意取得制度によって保護される。

各非典型担保類型の区分が困難であるため、わが国では非典型担保に基づく物上代位として一括して論じることが認められる。損害賠償請求権については、延長型の非典型担保では対処し得ず、また旧来のわが国の判例法理の下ではこれは有用ではない。動産・債権譲渡特例法も不十分である。

所有権に基づく物上代位は認められるか。物的代位性質論に関する独仏法の考察からは、所有権に基づく物的代位は否定されない。もっとも所有権に基づくとはいえ、所有権の所在と管理権のそれとが分離しているケースや過去に有していた所有権に基づくものであり、所有権者に使用・収益・処分の自由が完全に残るケースはない。非典型担保では、担保目的物の形式的所有権の所在と実質的所有権者とが乖離している。よって、非典型担保について所有権に基づく物上代位が認めうる。

次に、わが国において法文なき物上代位が認められるのかが問題となる。この問題について考察するに当たり、流動動産を担保目的物とするケースと単体を担保目的物とするケースとを区分する必要がある。前者につきわが国では合意を要さずに、新たに取得された物の上に担保権が及ぶものと考えてよい。ただ、これは物上代位ではなく特別目的のある財産の構成要素の変動の問題と考えるべきである。後者については、権利類推・全体類推の可否が問題となる。フランスでは擬制説の影響は現在でも強く、旧来の学説は物的代位の権利類推には反対するが、こうした見解の下でも法律類推は比較的広範に認められており法律を制定することによって事を処理する傾向がある。この点でわが国と異なる。また、学説には物的代位を拡大することが望ましいとする見解も多く見られるようになってきており、そこでは当事者の意思解釈や衡平によって物的代位適用場面の拡大がはかられている。ドイツでも、法文なきケースへの物的代位拡大に対する反対が見られ、シュトラウフは権利類推・法律類推・全体類推のいずれをも否定する。ただし、通説と異なり実質的に権利類推を認めたのと同様の効果を導き出す。リュールは権利類推によって物的代位を全ての特別財産について認めることに好意的である。

しかし、物的代位規定が比較的発達し、学説による物的代位の各規定の分析も進んでいる独仏に見られる議論をわが国に持ち込むのは適切ではない。わが国の学説は以前から物上代位の類推適用を否定しておらず、新規立法によって不都合な事態に対処することが困難であることを考え合わせるとき、物上代位の権利類推・全体類推が認められる。

フランスの物的代位一般論からは、衡平・当事者の意思解釈・充当・返還義務といった物的代位に肯定的に働く要素が引き出せる。非典型担保についてはこれらの要素が存し、物上代位を認めるのに肯定的にはたらく。

旧民法典起草過程からは、物上代位の可否につき代位物ごとに検討するのが適切である。独仏では賃料債権に対する担保権の効力は物的代位論によって説明されておらず、物的代位論から示唆を得るのは適切でない。

独仏の物的代位論では、物的代位は物権に基づく追及権が行使し得ない場合にのみ認められるという補充性が認められる。わが国でも同様に解すべきである。その理由は、第一に追及権が認められるケースでは第三取得者は代位弁済によって担保権を消滅しうるのにそうしなかったこと、第二に追及権と物上代位権の行使の相手方が異なるためいずれの権利を行使するのかが不明確だと多くの者の権利関係に影響が生じることによる。そして独仏と同様に、ここでの物上代位の要件は第三者に対する対抗要件を具備することで足り、差押は不要と解する。

審査要旨 要旨を表示する

1 本論文は、これまで担保物権特有の性質として議論されてきた物上代位について、所有権に基づく場合を含めた、より広い視点から物上代位制度を考察し、その意味と機能を明かにしようとするものである。従来の我が国の物上代位に関する議論は、もっぱら担保物権の効力(民法304条)という視点からなされてきたが、民法典の規定では、物上代位は、財産分離(民法946条)や遺贈(民法999条)においても認められており、担保物権の効力の問題を超えて、より広がりを持つ制度として位置づけられている。また、近時の判例(最高裁決定平成11年5月17日)は、譲渡担保権者が担保目的物の売買代金債権上に物上代位することを認めたが、これは、譲渡担保権を所有権的に構成する立場からすると、所有権に基づく物上代位を認めることを意味し、ここにも担保物権の効力としての物上代位という従来の議論の枠を超えて、より広い視点からの議論を必要とする契機が存在する。このような問題意識から、本論文は、担保物権の場合だけでなく、夫婦財産や相続財産など広い領域で物上代位を認めるドイツ法およびフランス法に着目し、これら両国において物上代位がどのような領域において、どのような根拠で、何を目的として認められているのかなどの点について、詳細な分析を行うものである。そして、我が国の物上代位についても、新しい視点から見なおすことを提唱する。(なお、本論文は、このような広い範囲で認められる物上代位のことを「物的代位」と呼ぶが、この審査報告書では分かりやすさを考えて「物上代位」という表現を用いる)。

2 本論文は、五章および結語からなる。以下は、その要約である。

本論文は、まず、第1章「日本法における非典型担保の物上代位論」において、上記最高裁決定の登場によって、所有権に基づく物上代位の可否という問題を議論する必要が生じたことを論じる。すなわち、譲渡担保を所有権的に構成すると、譲渡担保権者がその所有権に基づいて、担保目的物が処分された場合の代金請求権などの上に物上代位していくことになる。このように譲渡担保においては、譲渡担保権者の所有権と担保設定者の管理処分権が分離することが生じ、所有権者がその所有権を全うするために、物上代位が認められるのである。このような構造は、所有権留保においても見られるところであり、さらには、担保以外の場面で所有権と管理処分権が分離する場合(夫婦財産など)とも共通するところがある。このように、非典型担保における物上代位の問題を考察することを通じて、担保物権の場合を超えて広く所有権に基づく物上代位へと考察を展開する視点が設定される。

第2章「独仏における非典型担保に基づく物的代位」では、議論が豊富なドイツ・フランスの状況を検討する。ドイツにおいては、譲渡担保の場合のみならず、所有権留保の場合の留保売主の物上代位が議論されているが、所有権留保売買においては代金完済によって所有権を取得する留保買主の期待権(将来の所有権)に基づいて、留保売主が目的物を処分した場合の売買代金債権に対する物上代位が議論されており、担保物権の効力としての物上代位という枠を超えた期待権(将来の所有権)に基づく物上代位論が議論されていることが紹介される。また、フランスにおいては、そもそも非典型担保の効力について争いがあったことから、非典型担保と物上代位に関する議論は多くないが、営業財産に対して質権が設定された場合に、目的物に保険が掛けられ、目的物が滅失したことで生じる保険金請求権の上に質権者が有する物上代位の根拠としては、質権の担保物権性よりも、営業財産が1つの集合体を構成し、その集合体の一部財産が他の物に代わったときには、質権の効力が代位物にも及んでいくという考え方、すなわち、「財産体の構成要素の変動」があっても、もとの財産体を構成するという考え方が根拠となっていることを分析する。

第3章「物的代位一般論」では、これまでの議論を発展させ、担保物権の通有性では説明できない広い範囲にわたる物上代位一般について、その目的、根拠などをドイツ法・フランス法を対象に考察する。ドイツ法の考察においては、ドイツ法が債権・物権の峻別を重視し、物権法定主義を厳格に考えることから、物上代位を広く認めることには慎重なことが論じられる(「物上代位の補充性」)。しかし、他方で、目的財産やトロイハント(信託)が発達しており、これらにおいて構成要素が交代した場合を物上代位で説明するために、物上代位が認められる場面は全体としては狭くないとする。これに対して、フランス法においては、物権法定主義が厳格ではなく、物上代位を広く認めること自体には抵抗が少ないという。そして、物上代位の根拠付けについての議論のレベルでも、物上代位とは代位物をもとの物と同じであると単純に法によって擬制するものであるとする擬制説、総体としての財産を考える説、当事者の意思を根拠に説明する説などが順次展開され、物上代位を認める範囲が徐々に拡大する傾向と相まって、次第に当事者の意思で説明する説が有力になってきた流れを叙述する。

第4章「物的代位の具体的適用」では、ドイツ・フランスにおいて、具体的にどのような場面で物上代位が認められるかを考察する。まず、ドイツ法の考察において、現在では廃止された夫婦財産制の中の管理共有制において物上代位が認められていた意味を考える。管理共有制では妻の所有権が留保されている留保財産についても夫が処分権を有するが、妻の同意が必要とされ、その意味で夫の処分権に制約がある。このような留保財産を夫が処分したときに、その対価などの代位物を留保財産の区分に組入れるために物上代位が認められる。物上代位が認められないと、留保財産の処分によって夫婦財産に入ってきた対価は、留保財産には区分されず、夫がより自由に処分できる性質の財産とされ、妻の財産の保護が弱められてしまう。このように、一定の財産について所有権と管理処分権が分離している場合に、その財産が処分などされて代わりに取得される代位物についても、従前と同様の制約を課するために物上代位が機能するのである。同様なことは、現行の一般的財産共通制のもとでも、婚姻が終了した後の共通財産清算段階において生じる。また、相続財産、親が管理する未成年者の財産、組合財産などにも見られる。担保物権の物上代位については、所有権と管理権が分属するという構造ではないが、担保権者の物に対する権限と設定者の権限がやはり分属しており、担保権者の利益を保護するために、物上代位が認められるとして、広い物上代位の全体像とその中での担保物権の物上代位の位置づけを示す。なお、ドイツ法においては、前述のように「物上代位の補充性」という考え方が支配しており、この議論の影響で担保物権の物上代位では、たとえば抵当権については、その追及効が認められる場面では、物上代位ではなく追及効で解決していることが示される。

フランス法における物的代位は、規定が十分整備されていないために、判例・学説によって物上代位の認める範囲を徐々に拡張してきた。そして、所有権と管理権の分離している場合に、所有権者を保護する必要がある場合(嫁資)、所有権と管理権の所在は一致しているが、財産の性質を維持する目的がある場合(夫婦共通財産制における固有財産)、過去に有していた所有権の保護の場合(生死不明者の返還請求権)、財産の集合体の保存の場合(夫婦共通財産・尊属の取戻権など)、物上の存する権利(担保権)の保護が必要となる場合などが認められてきた。このように物的代位の機能ないし目的は多様であり、根拠となる権利も所有権、担保物権など多様である。また、広い物上代位における議論が担保物権の物上代位にも影響を及ぼしていることが示される(差押え要件の要否など)。

第5章「我が国の物上代位規定」では、ボワソナードの草案にまで遡り、そこでは広い物上代位制度が構想されており、担保物権の物上代位も、その中の1つと位置づけられていたことを明らかにする。現行民法典も、財産分離や遺贈などの場合の物上代位を認めており、その意味で広い物上代位制度を認めているが、その後の議論はもっぱら担保物権の物上代位に集中したために、それが広い物上代位制度の中の1つであるという視点が忘れられてしまった。そのため、一方で、担保物権の物上代位の議論、それも先取特権について規定されている304条の議論を財産分離などその他の物上代位の場合にも単純に当てはめるという安易な議論がなされ、他方で、広い物上代位の考察から得られる包括的な物上代位についての議論からの視点を担保物権の物上代位について生かすことができない状況が生じている(物上代位の根拠に関する議論、物上代位の補充性に関する議論など)。そこで、我が国の物上代位についても、広い物上代位の中の1類型として担保物権の物上代位があるという認識を踏まえて、包括的物上代位の議論そのものの充実と、それとの関連で担保物権の物上代位の議論を再構築していく必要があるとする。

最後に「結語(まとめ)」では、いままでの議論を整理し、今後の議論を発展させるべき方向を示すとともに、所有権の基づく物上代位の議論が、物権と債権の峻別の問題の再検討、物権的救済をどこまで拡張できるかというより根本的な問題に繋がっていくことを示唆する。

3 本論文の評価は次のとおりである。

本論文の長所としては、次の諸点が挙げられる。

第1に、本論文が、物上代位が担保物権の場合だけでなく、所有権に基づいても認められるものであることを、ドイツ・フランスにおける物上代位制度の沿革に遡って明らかにし、物上代位制度の全体像を描いたことである。物上代位は、もともと一定のまとまりを持った財産の集合体が、これを構成する財産の譲渡などによって集合体の一体性が破られた場合に、それを回復するための手段なのであり、相続財産や夫婦財産などにおいて認められてきたところ、これが担保物権にも認められるのである。こうした物上代位制度の全体的・包括的な研究は、これまで我が国にはなかったところであり、本研究はその意味で物上代位制度の研究にとって重要な基礎を提供することになろう。

第2に、物上代位制度を法体系の中の他の諸制度――物権法定主義、目的財産、信託(ドイツ法のトロイハント)など――との関係で横断的かつ有機的な考察をおこなったことである。これによって、一見すると広い物上代位を認める点で共通するドイツとフランスの制度が、かなり異なる意味を有することも明らかにすることができた。このような分析は、従来の研究にはなかったものである。

第3に、比較法的考察で得られた知見と視点をもとに、我が国の物上代位制度の特徴と問題点を明かにし、再検討の可能性を示したことである。すなわち、我が国の民法典は財産分離や遺贈の場合について広く物上代位を認めているにもかかわらず、議論はもっぱら担保物権の物上代位に集中しており、しかも担保物権の物上代位の議論をそのまま財産分離など所有権に基づく物上代位の場合に当てはめようとすることから、担保物権の物上代位権においてその行使の要件として要求される差押(民法304条)を、財産分離の物上代位についても要求している。しかし、財産分離の場合は所有権に基づく物上代位が認められるのであり、担保物権の物上代位に要求される差押を要求することは必ずしも適当ではない。同様に、譲渡担保の物上代位についても、譲渡担保を所有権的に構成し、所有権に基づく物上代位という視点から捉え直すことができるとすると、ここでも差押が必要という通説的見解に対しては再検討の余地があるとする。このように、本論文は、我が国の物上代位の研究に対しても、新しい視点を提供した点に意義がある。

もっとも、本論文にも問題がないわけではない。

第1に、本論文の叙述が決して平易・明解とは言えず、議論の展開にも不十分な点が少なからず見られる。また、論文の構成としても工夫があってよかったと思われる。たとえば、いきなり抽象度の高い物上代位の理論的根拠を論じるより先に、具体的に物上代位の認められる各場合を説明した方が分かりやすかったと思われるし、日本法の沿革的説明をする部分の位置についても、わかりやすさの観点からより工夫されるべきであったと思われる。

第2に、ドイツとフランスの物上代位の相違点に関しては、長所のところで述べたように興味深い分析を行っているが、一層踏み込んだ考察があると、より立体的で深みのある研究になったと思われる。

しかし、以上のような問題点は、本論文の価値を損なうものではない。第1の点は、本論文が物上代位の根拠という最も中心的な論点に焦点を当てようとして、敢えて抽象的で難解な部分を先に議論したことによるものであり、これによって論文は難解にはなったが、その内容的な価値が損なわれるわけではない。また、第2の点は、物権法定主義や目的財産概念といった、それ自体で大きな論文のテーマになりうるものであり、これらの点について本論文の中で本格的な論述を期待することは望蜀の感がある。

本論文は、物上代位の議論にこれまでなかった新しい視点を提供したことで学界に大きな貢献を果たすものであり、とくに優秀な論文と認められる。

以上から、本審査委員会は、本論文が博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものであると評価するものである。

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