学位論文要旨



No 122907
著者(漢字) 森,聡
著者(英字)
著者(カナ) モリ,サトル
標題(和) 秩序管理問題としてのヴェトナム戦争 : 一九六四年〜一九六八年の米仏・米英関係
標題(洋)
報告番号 122907
報告番号 甲22907
学位授与日 2007.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第207号
研究科 法学政治学研究科
専攻 政治専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,帰一
 東京大学 教授 五十嵐,武士
 東京大学 教授 高橋,進
 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 川出,良枝
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、一九六四年一二月から六八年三月までの期間を対象に、ヴェトナム戦争をめぐって繰り広げられたアメリカ、イギリス、フランスという三ヵ国の外交に焦点を当て、(1)米仏間および米英間で、アメリカのヴェトナム介入をめぐって軋轢が生じたのはなぜか、(2)ヴェトナム戦争に絡んでイギリスやフランスが展開した対米外交が、果たしてアメリカに影響を及ぼしたのか否か、及ぼしたとしてそれはなぜ可能だったのかという、二つの問題の解明を試みる。

第一に、なぜ米仏間および米英間で、アメリカのヴェトナム介入をめぐって軋轢が生じたのかという問題である。フランスは、南ヴェトナムにおける非共産主義政権の維持を目指したアメリカに対して、共産化のリスクを犯してでもヴェトナムを中立化するよう促し、国際会議の受諾やヴェトナムからの撤退の確約や撤退期日の宣言を求めた。一方イギリスは、アメリカからの派兵要請を拒んだほか、交渉による紛争解決を提唱し、ソ連を巻き込む形で戦闘縮小を実現するための仲介外交を展開した。

本稿は、同盟理論の観点から、ヴェトナム戦争をめぐる米仏関係と米英関係は、(1)なぜ超大国が介入先で維持・樹立しようとする政権を、他の同盟国(フランス)が望まない事態が生じるのかという「政策目標をめぐる不一致」の問題と、(2)なぜ超大国が介入先で軍事力による紛争解決を目指している場合に、他の同盟国が軍事力ではなく、交渉による紛争解決を望む事態が生じるのかという「紛争解決手段をめぐる不一致」の問題という、二つの問題をはらんでいたと考える。そこで、超大国主導型介入に対する同盟国の反応に係わるこれら二つの問題について、既存の理論仮説(同盟セキュリティ・ディレンマ論と国内政治論)や本稿独自の仮説を、ヴェトナム戦争をめぐる米仏関係および米英関係の事例で検証することによって、アメリカの武力介入に対するイギリスやフランスの反応が、アメリカと両国との関係やその関係が置かれていた構造によって、いかに規定されていたのかを解明する。

本稿はヴェトナム介入をめぐる米仏・米英間の軋轢が、アメリカが拡大抑止の提供を通じてもたらした安定的な環境の中で、英仏両国がパワーを増大させたり、対米依存度を低下させたりするという、超大国を頂点とするシステム内の構造的変化に起因していると指摘し、米仏間では<秩序管理問題>が発生していた事実を明らかにする。本稿が言う<秩序管理問題>とは、中小国が超大国システムから離脱したり、超大国が遵守を要求する規範に対して重大な違反を重ねる場合に、超大国と他のシステム内国家との間で、その中小国の政権を維持すべきか、転換すべきかをめぐって生じる、政策目標に係わる対立を指す。

本稿が<秩序管理問題>を捉える際に分析の対象とするのは、対称的な構造を前提とした伝統的な同盟ではなく、超大国を頂点として形成される非対称的な構造を有する同盟である。本稿が取るアプローチは、まず超大国主導型介入への同盟国の協調に関する先行研究が、介入先国でいかなる政権を維持・樹立するのかという政策目標をめぐって、超大国と同盟国との間で生じる根本的な対立を説明していない点を確認する。そのうえで、この問題を説明するための独自の仮説(大国拡張論)を提起する。大国拡張論仮説は、非対称的同盟の構造について、超大国と中小国という従来の二分法ではなく、超大国と大国と中小国という三分法の視角を採用し、大国と垂直的な関係にある中小国に超大国が武力介入する場合には、超大国と大国との間に緊張が生まれ、秩序管理問題が発生する可能性を指摘する。

本稿が検討する第二の問題は、ヴェトナム戦争に絡んでイギリスやフランスが展開した対米外交が、果たしてアメリカに影響を及ぼしたのか否か、及ぼしたとしてそれはなぜ可能だったのかというものである。ここでは超大国が軍事力による紛争解決を追求している場合に、他国が武力行使の強度を限定するよう働きかけたり、あるいは交渉や撤退の確約といった代替的な紛争解決手段を取るよう促したりすることに、果たして意味はあるのかという、外交の可能性が問題となる。

ヴェトナム戦争に関する歴史研究は、戦争の国際的な側面を取り上げるものが九○年代以降急増しているが、そのほとんどが各国のアメリカへの働きかけが、アメリカの政策に影響を及ぼしたのか否かという点を検証していない。本稿は、主に米英仏の政府刊行資料や公文書館で公開されている各国政府のヴェトナム政策に関する第一次資料を駆使して、英仏によるアメリカへの働きかけが果たして成果を挙げたのか、挙げたとすれば、それはなぜ可能だったのかを実証的に解明する。

本稿は、英仏のヴェトナム政策に関する実証研究として、次のような新たな見方を示す。まずフランスのヴェトナム政策について、従来の歴史研究は、フランスの対米批判が、批判それ自体に意味が見出されていたとする見方に傾いている。また最近の研究は、将来仲介国としてのフランスの立場を強化するために、対米批判を行ったとする解釈を取っている。これに対して本稿は、フランスのヴェトナム政策は、(1)ヴェトナムから米中のプレゼンスを排除し、フランスの特権的地位を確保する目的で展開され、(2)フランスは交渉をできるだけ早く実現するための和平工作を積極的に行ったと主張するのみならず、(3)北ヴェトナムへの働きかけの成果が、六八年三月三一日のジョンソン米大統領による、北爆の無条件な限定的停止の前提となる条件を整えた事実を明らかにする。

一方イギリスのヴェトナム政策に関する歴史研究は、ウィルソン政権の和平外交について、それが純粋に国内の政局運営を目的としたもので、実際の紛争解決を目指したものではなかったとする見方や、ジュネーヴ会議共同議長国としての義務感に根差していたとする解釈がある。本稿は、イギリスの和平外交は、国内からの反発を緩和する目的で展開された面のほかに、財政再建とポンド安定化のために不可欠となったスエズ以東からの撤退を阻止しようとするアメリカの圧力を緩和し、撤退を正当化できるようにするために、ヴェトナムでの停戦ないし戦闘の縮小を目的とした仲介を展開したという解釈を示す。

以上の問題意識に立った本稿の分析は、次のような検証結果を出す。まず超大国主導型介入に対する英仏の反応の、構造的起源についてである。アメリカのヴェトナム介入に対するイギリスの反応は、北爆の強化に伴って紛争が拡大し、それに自国が巻き込まれる恐怖によって規定されていたのではなく、もっぱら国内からの対米支持方針に対する反発の強度、ならびに財政再建に不可欠だったスエズ以東撤退を正当化するために停戦、もしくは戦闘の縮小を目指した。イギリスがこうした国内政治・経済事情を優先したヴェトナム政策を展開できた背景には、イギリスの対米依存度の低下があった。アメリカの外交的支持を必要としていたマレーシア紛争は、六六年一○月以降収束していき、スエズ以東からの撤退決定自体も、アメリカの金融支援に依存しながら、世界大のプレゼンスを維持するという対米依存の構造からの脱却を意味していた。対米依存度の低下を背景に、イギリスは主に国内政治・経済事情を考慮したヴェトナム政策を展開できた。

アメリカのヴェトナム介入に対するフランスの政策は、フランスがヴェトナムで利権を保持し、対米依存度をアメリカが本格介入する前の段階でかなり低下させていた構造によって可能となっていた。ドゴールが南ヴェトナムの中立化を提唱したのは、アメリカを批判してフランスや自身の国際的威信を高めるためではなく、ヴェトナムにおけるフランスの特権的地位の確保を目指したからだった。そこでフランスは、アメリカや中国の影響力が及ばないような、ヴェトナム共産主義政権の樹立を政策目標とした。またフランスもイギリスと同様、北爆強化が紛争の拡大を招き、それに自国が巻き込まれるのを恐れたわけではなかった。むしろフランスは北爆の強化によって、北ヴェトナムが中国への依存度を高めてしまい、将来ヴェトナムで自国のプレゼンスを拡大する余地が狭まることを嫌ったので、中立化のための交渉の実現を重視したのであった。

次に英仏のアメリカの政策に対する影響については、イギリス(とソ連)がアメリカの交渉方針に影響を及ぼせたのに対し、フランスは全く影響を及ぼせなかった事実を明らかにする。本稿が分析するヴェトナム戦争をめぐる米仏関係と米英関係の事例を見る限り、同盟国が超大国に影響を及ぼすために必要な条件として、次のようなものが明らかになった。まず同盟国の側については、(1)超大国への働きかけを行う強いインセンティヴを有しているほか、(2)超大国の政策を規定している利害計算の体系を変化させるような外交を展開する能力を持っていなければならない。超大国の側については、(3)その同盟国が政策目標を共有していると超大国が認識し、(4)その支持に政治的価値を見出しているか、(5)その同盟国に全般的な戦略的価値を見出していなければならず、さらに、(6)超大国の政府が、分極化した世論によって選択肢を制約されていないという条件が必要となる。

超大国と大国との間で発生する<秩序管理問題>の場合、超大国の介入先国における大国の既得権益が、超大国の武力介入によって、超大国が意図せずして制限、あるいは場合によっては排除してしまう点に問題がある。本稿はヴェトナム戦争を秩序管理問題の失敗例として捉え直すことによって、超大国システムの構造に起因する秩序管理問題が発生したとしても、それが超大国の武力介入による政権変革以外に、問題となっている中小国に既得権益を保有する大国と超大国との間の協議によっても解決されうる可能性を指摘するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、アメリカの同盟諸国がアメリカと方針が違う場合に、どれだけアメリカの対外政策に影響を与えることができるのかを検証するために、ヴェトナム戦争中の1964年12月から68年3月までの期間を対象にして、この戦争をめぐるアメリカとイギリスおよびフランスとの外交関係を考察したものである。

論文の構成は、第一章で超大国の対外政策に対する同盟諸国の影響を検証するために考案した、独自の分析視角およびアプローチを導入して仮説を提示した上で、上記の期間を四つの時期に分けてそれぞれの時期の米英・米仏両関係を第二~五章で考察し、最後に終章で仮説を検証して、同盟諸国が超大国に影響を与えられる場合の条件を指摘している。

まず第一章では、同盟理論の先行研究を概観した上で、本論文の課題を解明するために同盟諸国を超大国、大国、中小国に分け、大国をさらに超大国と利害関心が基本的に一致している非競合的大国と、利害関心の一致しない競合的大国に分けている。このうち非競合的大国とは、超大国との違いが対外政策の目的ではなく手段に関してのものにとどまるのに対して、競合的大国の場合は手段ばかりでなく目的そのものに関しても利害関心が一致していない。

ヴェトナム戦争の場合には、南ヴェトナムの共産化防止という目的に関して、イギリスはアメリカと一致していたので非競合的大国であり、それに対してフランスは旧宗主国として独自の権益を持ち、南ヴェトナムの共産化も容認する方針だったので競合的大国であった。このような相違に応じて、超大国の対外政策に大国がいかなる違った立場を取るかを検証するために、超大国への依存度が低い場合には、非競合的な大国が国内の批判が高まるにつれて、交渉による停戦や戦闘縮小を求めるのに対して、競合的大国の場合は介入自体に反対し、撤退を要求するという仮説を立てている。

非競合的大国たるイギリスのウイルソン労働党内閣が、アメリカのジョンソン政権の方針に同調しなかったのは、アメリカが北ヴェトナムへの北爆を開始し、戦争が拡大するのに反対したからであった。ウイルソン内閣は財政事情の打開を急務としており、アメリカが難色を示すスエズ運河以東からのイギリス軍の撤退を実現させるためにも、交渉による解決に向けてアメリカに積極的に働きかけたのである。イギリスは、ヴェトナム問題の国際的な収拾を図ったジュネーヴ会議の共同議長国だったので、同じ共同議長国のソ連との連携も模索しながら、アメリカの説得に努めた。ジョンソン政権内部にもそうしたイギリスの和平外交を好意的に評価する向きがあり、イギリスの活動は当初はアメリカ側からも尊重されて、政策の変更をもたらしたのであった。

他方、フランスの場合は南ヴェトナムの共産化を容認する点でアメリカと対立したばかりでなく、北爆で中国に対する北ヴェトナムの依存が高まり、権益を保持しにくくなるのを警戒するドゴール大統領が、期限を決めたアメリカ軍の撤退を強硬に主張したことから、アメリカの対外政策に直接影響を与えることはできなかった。しかし、北ヴェトナムへの影響力を確保していたことによって、北爆の無条件停止を条件にしてアメリカとの交渉に踏み切るよう北ヴェトナムを導き、ジョンソン政権がパリで和平交渉を開始する可能性を開いたのである。

以上の考察を踏まえて、本論文は先に挙げた仮説を改めて検証し、同盟内の大国が超大国の対外政策に影響を与えられる条件として、超大国がその大国との同盟関係に戦略的な重要性を見出していることや、大国が超大国の対外政策の基盤になっている利害計算の体系を変更させられるような外交の展開能力を持っていることなどを指摘している。

本論文の長所として次のような点を挙げることができる。

第一は、ヴェトナム戦争の研究では、これまで米英・米仏間の外交関係について本格的な学術的解明がなされてこなかったが、本論文が三カ国の外交文書など第一次資料の調査に基づいて分析し、数多い新たな事実の発見にも成功している点である。特に日本ばかりなくヨーロッパでも、第二次世界大戦後の米欧関係に関する学術的な研究が少なかったので、この点は特筆に値する。

第二は、アメリカのヴェトナム政策に対する英仏両国の影響に焦点を当てていることによって、理論的に見ても注目すべき成果を挙げている。すなわち、アメリカの対外政策で重視されるクレディビリティの研究では、クレディビリティが従来アメリカ政府関係者の認識の問題と捉えられていたのに対して、本論文では同盟国の行動そのものに注目し、英仏両国のアメリカに対する具体的な働きかけがアメリカの政府関係者によっていかに受け止められ、それがアメリカ政府内部での政策の審議にどのような影響を与えたのかを明らかにしているからである。

第三は、ヴェトナム戦争に関するイギリスの対ソ外交やフランスの対北ヴェトナム外交なども解明されており、かなりの程度でヴェトナム戦争をめぐる国際関係史になっている点である。平明な叙述は、そのような複雑な国際関係の様相を極めて分かりやすいものにしている。

とはいえ、本論文にも以下のような改善すべき点がみられる。

第一は、本論文の提起する独自の理論モデルがこれまでの理論研究とどのような関係に立ち、本文の歴史叙述とどう関連しているのかが分かりにくい面がある。例えば、本論文で言う「大国」の関与が、第三国による紛争への関与とどれぐらい同じで、どのように違うのかなどの点について、理論的な先行研究を踏まえて、さらに洗練することが望まれる。

第二は、アメリカと英仏両国との関係に焦点が当てられていることによって、ヨーロッパにおける国際関係がいかなる情勢にあったのかが必ずしも十分に押さえられていない。また英仏両国の東南アジア政策に関しても、さらに踏み込んで解明する余地がある。

このように改善すべき点はあるものの、それらは必ずしも本論文の学術的な価値を損なうものとはいえない。本論文は、これまでの研究の空白を埋め、学界の発展に大きく貢献する、特に優秀な研究と言うことができる。

以上から、本審査委員会は、本論文が博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものであると評価するものである。

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