学位論文要旨



No 122908
著者(漢字) 西川,貴文
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,タカフミ
標題(和) 構造物におけるクラックの抽出と特徴量把握のための画像処理システムの構築とその適用
標題(洋) Detection of Cracks from Surface Image of Concrete and Asphalt Structure by Image Processing Techniques
報告番号 122908
報告番号 甲22908
学位授与日 2007.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6578号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 准教授 石原,孟
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 講師 竹内,渉
 山梨大学 准教授 吉田,純司
内容要旨 要旨を表示する

我が国の社会基盤は,20世紀後半の建造物や交通ネットワークの建設ラッシュに見られるハードウェア基盤の発展の時代を経て,21世紀は情報化技術に代表されるソフトウェア基盤の確立の時代へと向かいつつある.また,近年,地球環境の抱える問題はその危機的状況をさらに進行させており,世界的に見ても,社会基盤を取り巻くトレンドは確実に短期消却型から長期再生型へ移行している.このような現況において,サステナブルな社会基盤を確立するため,ハード的な長寿命化を可能にする新設技術と新材料の開発に並び重要視されるのが,ソフトウェアの面から構造物の長寿命化を支えるメインテナンス技術である.

我が国において最も多用され,今後も社会基盤の整備,確立において重要な役割を担うものと見られるコンクリート構造物については,多岐にわたる変状に対する維持・管理が必要であるが,特にクラックについては,その発生や進展が,構造物の安全性や機能性に悪影響を及ぼす可能性を有しており,また,構造物の美観を損なう原因ともなるため,定量的で再現性のある診断・点検と早期の対処が求められる.しかし,従来のクラックに関する診断,点検においては,検査員による目視と打音検査による状況の把握が主流となっており,客観的かつ定量的な評価が困難である.また,構造解析の分野では,仕様規定型から性能規定型への設計法の移行に伴い,クラックの発生・進展や破壊挙動を精緻に予測できることが望まれ,クラックを直接的に表現できる数値解析手法やクラックの情報を逆解析に用いる手法などが開発・提案されている.これらの手法の妥当性を検討し,信頼性の高い性能予測を行うためには,構造実験等においてクラックを定量的かつ精緻に把握することが望まれている.クラックや空隙の計測・検出では,特別な装置を用いて構造内部まで3次元的に把握する手法や,表面の可視情報を用いた画像解析による手法などが存在する.しかしながら,これら従来の手法では,装置が非常に高価であることや,計測に多大な時間と労力を要すること,評価指標の定量性に欠けることや手法の適用範囲が限定されることなどの課題が残されているのが現状である.

一方,全国的な整備が進められている自動車道路網は,今後もさらなる建設・整備の推進が図られ,安全で安定したネットワークを整備するためには,既設道路網の適切な維持・管理を行い,道路構造上の欠陥による事故や環境問題の発生を未然に抑制・防止することが強く求められる.これに対し,現在の道路の維持管理は,検査車を用いた画像集録などの非常に高価な装置を導入しているものの,その評価や判断は検査員の経験に基づいた主観によるところが大きく,非効率的であるうえ定量性に欠けるものとなっている.これは,集録した道路面の画像から舗装の損傷を検出することが容易でなく,頑健な画像処理手法が存在しないことに要因があると考えられる.今後,道路網の整備計画の進捗に伴い,供用延長は必ず長大化することを考えると,診断システムの現状は決して看過できるものではなく,システムのインテリジェント化による合理的で定量的な診断手法の確立が望まれる.

第1章では,序論として,上述の背景・既往の研究について整理し,これらを踏まえて,本研究の目的として,(1)様々な条件下で撮影された多様な診断画像に対し,同等に適用可能で頑健な適用結果を得る画像フィルタを生成するシステムを構築する.(2)構築した画像フィルタ生成システムを用いて,コンクリート構造物の表面のクラックを頑健に抽出する画像フィルタを構築する.(3)構築した画像フィルタによるコンクリートクラックの抽出結果を用いて,クラックの特徴量を精度良く把握することを可能とする画像解析アルゴリズムを構築する.(4)道路舗装の健全度診断のインテリジェント化を図るため,画像フィルタ生成システムによって路面の画像から舗装クラックを抽出する画像フィルタを構築する.(5)構築した画像フィルタによる舗装クラックの抽出結果を用いて,道路舗装の健全度を定量的かつ合理的に診断・評価するための画像診断アルゴリズムを構築する.ことを掲げている.

第2章では,コンクリート構造の表面を撮影した画像から,表面の汚れや型枠の跡などの不要な情報から受ける影響を抑制しながら,クラックを抽出する直列画像フィルタを構築している.構築したフィルタを適用することで,フィルタの構築に用いた原画像に類似する特徴を有する対象画像から主要なクラックを抽出することが可能となった.ただし,フィルタの構築に用いた原画像とは特徴の異なる対象画像においては,クラックの未抽出やノイズの発生などの現象が見られたため,これらの現象の要因を見出し,より頑健にクラックを抽出するフィルタに求められる要件を明らかにしている.また,直列画像フィルタの有用性について考察し,その有用性が期待される事例について言及している.

第3章では,直列画像フィルタの適用結果をもとに明示化した頑健な画像フィルタの要件について,木構造状の画像フィルタに着目し,さらに,対象画像の多様性に対応するため,複数の原画像を用いてフィルタを生成できるように木構造状画像フィルタ生成システムを改良して,フィルタを構築している.システムの改良にあたって,フィルタの探索方法として,二段階の探索手法を考案した.これにより,計算効率の向上を図りながら,様々な原画像に対して良好な解を得ることが可能となり,大幅な輝度の相違や構造表面の状態に左右されずに主要なクラックを抽出するフィルタを構築することができたといえる.フィルタの頑健性・妥当性については,本研究で対象とした様々な特徴や広範囲のスケールのクラックを有する画像に対して確認している.

第4章では,第3章で述べた抽出処理では抽出することが困難であった,不明瞭なクラックや微細なクラックの抽出を可能とするアルゴリズムを構築し,広範囲のスケールのクラックに対する抽出の頑健性の向上を図った.まず,低解像度画像におけるフィルタの適用結果を重ね合わせる手法であるMulti-Resolution Filteringを考案した.この手法によって,クラックの連続性を強調することが可能となり,ノイズの除去処理において微細なクラックが消失する現象を抑制することが可能となっている.次いで,抽出された主要なクラックの幾何情報をもとに,未抽出の不明瞭なクラックや,消失した微細なクラックが存在する可能性のある領域を自動的に探索し,フィルタを局所的に適用するAuto-Localized Detectionを考案した.これらのアルゴリズムを用いることで,様々な条件下において撮影された,多様なコンクリート表面の画像において,フィルタを画像全体に一括して適用する方法では抽出することが困難な不明瞭なクラックや微細なクラックを頑健に抽出できることを示している.その結果,人間の目視によるクラックの抽出精度と同等の結果が得られることを確認している.

第5章では,構築した木構造状の画像フィルタと,考案したフィルタの適用方法によって構造物の表面の画像からクラックを抽出した結果を用いて,クラックの特徴量を把握するためのアルゴリズムを構築した.次いで,精度検証用の画像を用いて,クラックの幅と方向について目視による計測結果と同定結果の比較を行い,構築したアルゴリズムによって,目視によって測定した結果と同等の精度で,クラックの特徴量である幅と方向を算出できることを確認している.さらに,構築した画像処理システムを,実験室環境下でのコンクリート梁の載荷試験におけるクラック計測に適用して手法の検証を行い,その有用性と将来的な実用化への可能性を示している.

第6章では,道路舗装の損傷を対象として,第5章までに構築した画像処理アルゴリズムを応用し,道路舗装の健全度を評価する画像診断システムを構築している.まず,道路舗装の画像から舗装クラックを頑健に抽出する複合画像フィルタを構築し,第4章において構築したアルゴリズムにもとづいて対象とした路面の画像に適用することで,舗装クラックを頑健に抽出できることを確認している.次いで,クラックを抽出した結果の画像を用いて舗装の健全度を評価する画像診断システムを構築し,画像診断によって取得可能なデータを示すとともに,現行の診断において用いられている舗装の健全度評価指標を迅速に算出可能であることを示し,システムの有用性を示している.また,画像診断システムによって算出可能なクラックに関する諸量を複合的に用いることで新たな評価指標の導入が可能となり,これによって将来的には道路ネットワークの整備計画等への社会的寄与などが見込まれることを述べている.

第7章では,本研究の成果をまとめるとともに,得られた知見を述べている.

審査要旨 要旨を表示する

我が国の社会基盤において最も多用され,今後もその整備,確立の大部分を占めるものと見られるコンクリート構造物については,定量的で再現性のある診断・点検と早期の対処が求められる.しかし,従来のクラックに関する診断,点検は,迅速性に欠けるうえに検査員の経験的主観に基づく定性的なものである.また,構造解析の分野では,仕様規定型から性能規定型への設計法の移行に伴い,クラックの発生・進展や破壊挙動を精緻に予測できることが望まれ,クラックを直接的に表現できる数値解析手法やクラックの情報を逆解析に用いる手法などが開発・提案されている.これらの手法の妥当性を検討し,信頼性の高い性能予測を行うためには,構造実験等においてクラックを定量的かつ精緻に把握することが望まれているが,従来のクラックの計測・検出手法は,計測に要する時間や労力が多大である点や,評価指標の定量性に欠けること,手法の適用範囲が限定されることなどの課題が残されているのが現状である.

一方,全国的な整備が進められている自動車道路網は,今後もさらなる建設・整備の推進が図られることが明らかである.継続的に安全で安定したネットワークを整備するためには,既設道路網の適切な維持・管理を行い,道路構造上の欠陥が引き起こす事故や環境問題を未然に抑制・防止することが強く求められる.これに対し,現在の道路の維持管理は,検査車を用いた画像集録などの非常に高価な装置を導入しているものの,実際にはその評価方法は検査員の経験に基づいた主観によるところが大きく,迅速性と定量性に欠けるものとなっている.これは,集録した道路面の画像から舗装の損傷を検出することが容易でなく,頑健な画像処理手法が存在しないことに要因があると考えられる.今後,道路網の整備計画の進捗に伴う,供用延長の長大化は明らかであり,上述した現況は決して看過できるものではなく,システムのインテリジェント化による合理的で定量的な診断手法の確立が強く望まれる.

以上の背景,現況を受けて本論文では,社会基盤構造物において発生,進展する顕著な損傷であるクラックを対象として下記を目的として掲げている.

(1)様々な条件下で撮影された多様な診断画像に対し,同等に適用可能で頑健な適用結果を得る画像フィルタを生成するシステムを構築する.

(2)構築した画像フィルタ生成システムを用いて,コンクリート構造物の表面のクラックを頑健に抽出する画像フィルタを構築する.

(3)構築した画像フィルタによるコンクリートクラックの抽出結果を用いて,クラックの特徴量を精度良く把握することを可能とする画像解析アルゴリズムを構築する.

(4)道路舗装の健全度診断のインテリジェント化を図るため,画像フィルタ生成システムによって路面の画像から舗装クラックを抽出する画像フィルタを構築する.

(5)構築した画像フィルタによる舗装クラックの抽出結果を用いて,道路舗装の健全度を定量的かつ合理的に診断・評価するための画像診断アルゴリズムを構築する.

これらに対する,本論文の結果と成果,得られた知見は以下のとおりである.

第2章において,コンクリート構造の表面を撮影した画像から,表面の汚れや型枠の跡などの不要な情報の影響を抑制しながら,クラックを抽出する直列画像フィルタを構築した.構築したフィルタを適用することで,フィルタの構築に用いた原画像に類似する特徴を有する対象画像から,比較的良好にクラックを抽出することが可能となった.ただし,フィルタの構築に用いた原画像とは特徴の異なる対象画像においては,クラックの未抽出やノイズの発生などの現象が見られたため,これらの現象の要因を見出し,より頑健にクラックを抽出するフィルタに求められる要件を明らかにしている.ただし,探索計算が短時間で済む点や,フィルタ生成システムの構築が簡易である点を考慮すると,対象の可視的特徴に関する情報が予め得られており,またその特徴の時間的変化が顕著でない場合においては,十分に目的の効果を発揮するものと期待できる.

第3章においては,直列画像フィルタの適用結果をもとに明示化した頑健な画像フィルタの要件について,フィルタを改善するため,木構造状画像フィルタ生成システムによって,木構造状の複合画像フィルタを構築した.複合画像フィルタは,その適用過程において入力画像を複数回読み込み,画像の加減演算を行う構造を成しているため,クラックの保存とノイズの除去を両立することを可能にしている.さらに,対象画像の多様性に対応するため,複数の原画像を用いてフィルタを生成できるように木構造状画像フィルタ生成システムを改良した.システムの改良にあたり,フィルタの探索方法として,二段階の探索手法を考案した.これにより,計算効率の向上を図りながら,様々な原画像に対して良好な解を得ることが可能となり,大幅な輝度の相違や構造表面の状態に左右されずに主要なクラックを抽出するフィルタを構築することができている.

次いで,第4章において,低解像度画像によるフィルタ処理結果を重ね合わせる手法であるMulti-Resolution Filteringを考案した.また,ノイズの除去処理によって消失したクラックを,局所領域に対してフィルタを適用して再抽出するAuto-Localized Detectionを考案した.本論文で対象としている様々な特徴や広範囲のスケールのクラックを有する画像について,これらの手法を用いたクラック抽出処理の妥当性を確認し,その結果,人間の目視によるクラックの抽出精度と同等の結果が得られることを示している.

第5章においては,構築した複合画像フィルタと,考案した上述の適用方法によって構造物の表面の画像からクラックを抽出した結果を用いて,クラックの特徴量を把握するためのアルゴリズムを構築した.さらに,精度検証用の画像を用いて,クラックの幅と方向について目視による計測結果と同定結果の比較を行った.その結果,構築したアルゴリズムによって,目視によって測定した結果と同等の精度でクラックの特徴量である幅と方向を算出できることが確認された.そこで,構築した画像処理アルゴリズムを,実験室環境下でのコンクリート梁の破壊試験におけるクラック計測に適用し,計測精度や計測手順,作業性について,従来のクラック計測手法との比較を行い,手法の検証を行っている.その結果,構築した画像処理システムが,非常に短時間で簡易な作業によって高い精度でクラックの幅を同定することがわかり,その有用性と実用化への可能性が十分に示されている.

第6章では,道路舗装に発生,進展する損傷を対象とした健全度評価のインテリジェント化を目的とし,道路舗装の健全度を定量的かつ効率的に診断,評価する画像診断システムの構築を行なっている.まず,路面画像から舗装クラックを頑健に抽出する複合画像フィルタを構築し,多様な路面画像へ適用して,その頑健性を示した.次いで,舗装クラックの抽出結果をもとに,舗装の健全度を評価するために必要な諸量を同定する手法を考案し,実際の診断において撮影された画像を対象とした画像診断システムを構築した.構築した画像診断システムにより,診断対象区間に対する舗装クラックの面積の割合や,線状や面状といったクラックの形状,クラック幅の最大値や平均値,中間値など,クラックに関する総合的な評価指標を算出することが可能であることを示している.さらに,現行の診断手法と比較した結果,同等の診断結果を得ることができており,画像診断システムの有用性が確認されたといってよい.また,システムによって算出可能なクラックに関する諸量を複合的に用いることで,新たな評価指標の導入による時系列データベースの構築や未来時刻における危険度評価などが可能となることを述べており,社会基盤としての道路ネットワークの整備計画等への社会的寄与など,システムの将来的な有用性と可能性を見出している.

本論文の新規性および独自性は,構築した手法の対象の抽出における安定性および汎用性が非常に高い点にある.手法は,汚れ,手書きの文字,型枠の跡など,広範囲なノイズをクラックと分離し,クラック部のみを高い精度で安定して抽出することができる.加えて,今後,今回構築した処理で抽出困難な事例に遭遇した場合でも,基本構造はそのままに採用する空間画像フィルタを改良するのみで対応可能であることが期待でき,社会基盤構造物の維持管理や診断・計測技術の分野に大きなインパクトを与えることが予想される.

以上,本論文は,今後ますます重要性が増大する社会基盤施設の維持管理情報の蓄積と利用に関して多大な知見を呈示していると判断される.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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